獣たちの宴
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城内に現れた曲者をどうやって追い詰めるか、という手段を考えた時にまずもって取るべき行動は出入り口を塞ぐということだろう。
これは戦法や策略、軍事論がどうとか以前に常識的な問題だ。
要するに戸締まりはしっかりしましょうというやつ。
私だってそうするレベルの対策を敵が取っていないわけがない。
そういうわけで通常の出入り口は逃走経路の選択肢から真っ先に外されることになる。
…もっとも、わざわざ確認するまでもなく広く見通しの良いこのサマディー城内。どこにどのように兵士が配置されているかなんてことは夜目でもわかりやすかった。
この騒ぎの中安眠を妨害された猫が、にゃあと不服な声をあげながら歩き回っているのですら、そのシルエットではあるが明確に視認できる。
ということは逆に言えば、私の居場所もわかりやすいということだ。
逃走ルートを弾き出しながら城内中央に位置する階段を勢い良く駆け上る。
追ってくる兵士。しかし挟み撃ちではない。一定の距離を保ち長いそこを上り切る。
目指すは二階玉座の間。
そこから直通のバルコニーから脱出を謀るつもりだけれど、なんというかここまでろくな邪魔が入らなかった次点で、自力で逃げてこられたなんてポジティブなことはとても思えなかった。
「飛び降りるつもりかい?危険だ、悪いことは言わないからやめておきたまえ」
広く取られた玉座の間の中央辺りまでたどり着いたところだろうか。
案の定この場所は突き止められていたらしく、忌むべき声が引き止めてきた。
足を止め振り向くとそこには10を下らないランタンに照らされ、浮かび上がる王子様の姿を借りた何か。
「このサマディー城は、建物の規模の割に出入り口が少ない。これは風向きの関係でこうなっていてね。
端的に言うと砂塵が起これば場内は砂まみれになる。
だから使用人用の勝手口すらないのは、そんなやむを得ない事情によるものだ」
迂遠な語り口はつい先程まで私に愛を囁いていた男のもので間違いない。
しかし何かおかしかった。
先程まではあれだけ密着してようやくわかったほどに隠されていた魔力のにおいが、現状は数メートルは離れているにも関わらず明確に伝わってくる。
あまりにも強いそれは多分魔法戦士でなくても感づける人間がいるのではと思うほどだ。
それほどまでに存在感抜群だった。
「私がここに来るのは予想通りだったと?」
「その通りだ。キミはバカではないが、そう機転がきく方でもないだろう?実に読みやすかったよ」
軽やかな口調をただただ不快に感じる。けれどそれ以上に魔力が気になって仕方がない。
「ねえ!」
私は一旦ファーリス王子をうっちゃうことにした。かわりに後ろに控える兵士たちに向かい声を張る。
「おかしいと思わないの!?あなた達の王子様!
サマディーは魔法に疎いそうだけど、もうひとりくらいさすがに気づいてるよね!?あなたたちの王子様は人間じゃ」
「父上と母上が起きてしまう。騒ぐのはそこらへんにしてくれないか」
私の訴えを、冷静にファーリスが遮る。自分の正体を暴露されかけてなお、余裕の笑みを崩さぬまま。
「彼らはわかっているのさ。ボクはボク。サマディーのファーリス王子その人。
仕えるべき偉大な国サマディーを治める主君の大事なひとりっ子」
彼が言うとおり、兵士たちは私の話に耳を傾けた様子すらなくこちらに対峙したままだ。
焦りが募る。こうも話が通じないとは思わなかった。
「そう。もう……詰み、か」
不意に肩の力が抜け、諦観が訪れる。
サマディーの兵士は魔法に疎い反面単に腕っ節の強さだけでいえば実はデルカダールに匹敵する。
さすがにグレイグさまやホメロスさまほどの実力の持ち主がここにいるとは思わないが、しょせん私も一般兵士程度の実力しかない。
多対一はどうにも成立しなさそうだ。
そもそも、丸腰な上にかわいいドレスまで身につけた自分が、屈強な男たちを相手にまともに戦えるわけがない。
「そんなことはないよ。言ったろう。ボクはキミに惚れていると。
…残念ながらこのようなことになってなお、エルザ、キミのことは嫌いになれそうにもない。…戻っておいで」
甘い声が逃げ道を作る。いっそのこと従ってしまおうかと弱い心が嘯いてくる。
今はそうして、あとでスキをついて逃げれば良いではないかともっともらしい作戦が構築されていく。
けれど。
「…ふざけないで。それをやるくらいなら死んだほうがマシだ。今、ここで」
低く、いっそ呪詛のように宣言する。ファーリスが静止しかけるのを無視し、行動を再開する。
と言ってもゆっくりと歩くだけだ。飽くまでも敵に背は見せず、後退。
「何をする気だ、エルザ」
玉座を通り過ぎ、バルコニーまで出たところで足を止める。
「さあ、何をする気でしょう」
強い光が全身を覆う。これから唱えるのは、一世一代の大技ともいえる呪文だ。
正式には人生においておよそ一度しか唱えられないと言った方が正しい。自分の生命力と引き換えに、眼前の敵をすべて砕く自己犠牲呪文。
はっと聡明な男が気づき、似合わないくらいに声を張る。
「まさかメガンテか!そんなことまでできるとはな!みんな!伏せろ!」
言うが早いか真っ先に王子が腹ばいになり、部下たちもそれに続く。
「そんな程度で避けられるか!!」
私はもっと大きく声を張り――もはや怒鳴る。光が強さを増す。
一閃。
「破壊神シドー!受け取るがいい!私の魔力を!生命を!願わくば彼のもの総ての破壊を!」
詠唱を叫べば呼応するように一度光は縮み、溢れだす。
「メガンテェエエエエ!!!」
そして弾けた。私も、ファーリス王子も兵士たちも巻き込む破滅の光。
その規模に反し、音はひどく小さなものだった。
これは戦法や策略、軍事論がどうとか以前に常識的な問題だ。
要するに戸締まりはしっかりしましょうというやつ。
私だってそうするレベルの対策を敵が取っていないわけがない。
そういうわけで通常の出入り口は逃走経路の選択肢から真っ先に外されることになる。
…もっとも、わざわざ確認するまでもなく広く見通しの良いこのサマディー城内。どこにどのように兵士が配置されているかなんてことは夜目でもわかりやすかった。
この騒ぎの中安眠を妨害された猫が、にゃあと不服な声をあげながら歩き回っているのですら、そのシルエットではあるが明確に視認できる。
ということは逆に言えば、私の居場所もわかりやすいということだ。
逃走ルートを弾き出しながら城内中央に位置する階段を勢い良く駆け上る。
追ってくる兵士。しかし挟み撃ちではない。一定の距離を保ち長いそこを上り切る。
目指すは二階玉座の間。
そこから直通のバルコニーから脱出を謀るつもりだけれど、なんというかここまでろくな邪魔が入らなかった次点で、自力で逃げてこられたなんてポジティブなことはとても思えなかった。
「飛び降りるつもりかい?危険だ、悪いことは言わないからやめておきたまえ」
広く取られた玉座の間の中央辺りまでたどり着いたところだろうか。
案の定この場所は突き止められていたらしく、忌むべき声が引き止めてきた。
足を止め振り向くとそこには10を下らないランタンに照らされ、浮かび上がる王子様の姿を借りた何か。
「このサマディー城は、建物の規模の割に出入り口が少ない。これは風向きの関係でこうなっていてね。
端的に言うと砂塵が起これば場内は砂まみれになる。
だから使用人用の勝手口すらないのは、そんなやむを得ない事情によるものだ」
迂遠な語り口はつい先程まで私に愛を囁いていた男のもので間違いない。
しかし何かおかしかった。
先程まではあれだけ密着してようやくわかったほどに隠されていた魔力のにおいが、現状は数メートルは離れているにも関わらず明確に伝わってくる。
あまりにも強いそれは多分魔法戦士でなくても感づける人間がいるのではと思うほどだ。
それほどまでに存在感抜群だった。
「私がここに来るのは予想通りだったと?」
「その通りだ。キミはバカではないが、そう機転がきく方でもないだろう?実に読みやすかったよ」
軽やかな口調をただただ不快に感じる。けれどそれ以上に魔力が気になって仕方がない。
「ねえ!」
私は一旦ファーリス王子をうっちゃうことにした。かわりに後ろに控える兵士たちに向かい声を張る。
「おかしいと思わないの!?あなた達の王子様!
サマディーは魔法に疎いそうだけど、もうひとりくらいさすがに気づいてるよね!?あなたたちの王子様は人間じゃ」
「父上と母上が起きてしまう。騒ぐのはそこらへんにしてくれないか」
私の訴えを、冷静にファーリスが遮る。自分の正体を暴露されかけてなお、余裕の笑みを崩さぬまま。
「彼らはわかっているのさ。ボクはボク。サマディーのファーリス王子その人。
仕えるべき偉大な国サマディーを治める主君の大事なひとりっ子」
彼が言うとおり、兵士たちは私の話に耳を傾けた様子すらなくこちらに対峙したままだ。
焦りが募る。こうも話が通じないとは思わなかった。
「そう。もう……詰み、か」
不意に肩の力が抜け、諦観が訪れる。
サマディーの兵士は魔法に疎い反面単に腕っ節の強さだけでいえば実はデルカダールに匹敵する。
さすがにグレイグさまやホメロスさまほどの実力の持ち主がここにいるとは思わないが、しょせん私も一般兵士程度の実力しかない。
多対一はどうにも成立しなさそうだ。
そもそも、丸腰な上にかわいいドレスまで身につけた自分が、屈強な男たちを相手にまともに戦えるわけがない。
「そんなことはないよ。言ったろう。ボクはキミに惚れていると。
…残念ながらこのようなことになってなお、エルザ、キミのことは嫌いになれそうにもない。…戻っておいで」
甘い声が逃げ道を作る。いっそのこと従ってしまおうかと弱い心が嘯いてくる。
今はそうして、あとでスキをついて逃げれば良いではないかともっともらしい作戦が構築されていく。
けれど。
「…ふざけないで。それをやるくらいなら死んだほうがマシだ。今、ここで」
低く、いっそ呪詛のように宣言する。ファーリスが静止しかけるのを無視し、行動を再開する。
と言ってもゆっくりと歩くだけだ。飽くまでも敵に背は見せず、後退。
「何をする気だ、エルザ」
玉座を通り過ぎ、バルコニーまで出たところで足を止める。
「さあ、何をする気でしょう」
強い光が全身を覆う。これから唱えるのは、一世一代の大技ともいえる呪文だ。
正式には人生においておよそ一度しか唱えられないと言った方が正しい。自分の生命力と引き換えに、眼前の敵をすべて砕く自己犠牲呪文。
はっと聡明な男が気づき、似合わないくらいに声を張る。
「まさかメガンテか!そんなことまでできるとはな!みんな!伏せろ!」
言うが早いか真っ先に王子が腹ばいになり、部下たちもそれに続く。
「そんな程度で避けられるか!!」
私はもっと大きく声を張り――もはや怒鳴る。光が強さを増す。
一閃。
「破壊神シドー!受け取るがいい!私の魔力を!生命を!願わくば彼のもの総ての破壊を!」
詠唱を叫べば呼応するように一度光は縮み、溢れだす。
「メガンテェエエエエ!!!」
そして弾けた。私も、ファーリス王子も兵士たちも巻き込む破滅の光。
その規模に反し、音はひどく小さなものだった。