獣たちの宴
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スタイリストを自称するゴリアテはますますいけ好かないが、腕に関しては確かなようだ。
あのエルザをそれなりに見られる容姿にまで仕上げてみせた。
いかにも男好きのしそうな自然感を残しつつも、色気を漂わせるような。それを、短時間でやり遂げる。
デルカダールで貴族相手に商売をする者でも中々できぬのではなかろうか。
…いや、できるのかも知れないが、オレにとってはごくどうでもいいことだ。感心くらいならしてやっても良いが。
とにかく、サマディーから支給されたドレスを身に纏い、今しがたあの女は外の兵と共に城に向かった。
楚々と普段のがさつをひた隠しにして歩く姿は滑稽極まりなく、笑いをこらえるのに必死になった。……いややはり笑ってやればよかったか。
先ほどの光景はそれほどまでに不快だったので、その程度はしてもバチは当たらないだろう。
「…我ながら完璧な出来だったわ」
自分の女を他の男の部屋へと笑顔で見送りきったゴリアテは、化粧道具を片付けをする最中ようやくゆるりと息を吐いた。
「さすが、エルザ専属スタイリストを自称するだけある」
「珍しいわね、褒めてくれるの」
「貴君らの間抜けさはもはや賞賛に値する。それだけの話だよ」
ゴリアテはいつものような減らず口を叩かない。否、叩けない。
今オレがこの男の目の前にいること自体が、こいつとそしてあの女の何よりのドジの証拠だった。
「まさかアナタを置いて行かされるなんて」
「…真っ当に考えれば、そもそも当然の処遇だがな」
エルザの魔力はまだ残っているとはいえ、無駄遣いせず剣の中に引っ込んでやっても良かったのだが、そのような選択肢はない。
無論、先程のストレスに対する当てつけである。
当初エルザは、オレのプラチナソードを持ち込むつもりでいたらしい。奴は魔力こそ豊富だがマルティナ姫のように身体能力が突出して優れているわけではない。
ファーリス王子が本当に魔物であった時に備え、愛用の武器を持とうと考えるのは当然だ。
しかしあちらからはそれ以上に当然の対応として、武器の持ち込みを禁止された。
なにせ単純に暗殺の絶好の機会だ。いくらデルカダールが友好国とはいえ、そこまで懐を許すことはあり得ないというのは、グレイグでもわかることだろう。…多分。
「…何もなければ良いのだけど」
「何かあるから向かわせたのだろうが。鳥頭か貴様」
「オンナはただ帰りを待つしかないのね……」
会話が成立しない。
エルザも大概生理的に受け付けないが、この男はもっとだ。
思わず頭を掻きむしりたくなるような苛立ちを覚える。
「ああ!すでにもどかしいわ!もう乗り込んじゃおうかしら」
「これは親切で言っておいてやるが、そんな女はいない」
更にエルザが部屋を発ってから十分と経たないうちにこの言動である。
常々やかましい男だとは思っていたが、それ以上に疲れる。
なぜかこいつと進んで関わろうとするエルザという名の防波堤の有り難みを、図らずも知る羽目になった。
「…そんなにあの女が大事なのか?」
「当たり前じゃない。ホメロスちゃんはとっても嫌っているみたいだけれど、アタシにとっては、すっごく大切なカノジョよ」
唐突に向き直ってきて、その上できっぱりと言い切る。
今までわざと阿呆のような言動を繰り返していたのだと気づいて更に頭にくるが、それがゴリアテのやり方だ。
感情を抑え、冷静さを取り戻す。
「……アナタには大切な人はいないのかしら?」
「生憎だが、そのような情など持ち合わせてはいない」
本気で言っているかいないか判断がつかないが、いずれにしてもゴリアテは真顔で地雷を踏み抜いてくる。
……もしいたところでこの精神体の身だ。
何もどうにもならぬではないか。
と反論したいところだったが、時間の無駄なのでやめた。この男とこんなくだらないテーマで議論をする気など、オレには更々なかった。
「だが、忠告してやることくらいはできるぞ、ゴリアテ殿。これは親切心だ。
あの女はやめておけ。おそらく、否間違いなくろくな末路は辿らない」
再び化粧道具を片付けていたゴリアテの手が止まる。
「…どういうこと?」
考えること暫し。
緩慢な動作で再び作業に戻ったゴリアテの返しは非常に陳腐なものだった。
「わからないのか。いくら天下のデルカダールとはいえ、一介の兵士でしかないエルザがなぜファーリス王子に呼ばれたか。
デルカダールにもサマディーにもある一点において以外は、アレより優れた女など掃いて捨てるほどにいるにも拘わらず、だ」
ゴリアテは黙る。
一度はこのオレを出し抜いた男だから、そこまで頭の回転は悪くないのだろう。
それを証明するほどの僅かな逡巡のあと、やはり躊躇いがちに言う。
「きっとその一点――魔力が目当て、なのでしょう?
……アタシには魔法のことなんてよくわからないけれど、あの子ったら相当なものを持っているって。以前アナタやロウちゃんが……」
あの女の価値をよくわからない。
よくもまあぬけぬけと言えたものだと吹き出しそうになるのを堪える。
打算的に考えればあの女と深い仲になるメリットなどそこしかないというのに。
…そうは言っても、一応嘘ではない可能性もあった。
ソルティコ出身の騎士も、気質と腕っ節はともかく、魔法という面においてはサマディーのそれと大差はない。
エルザの真の価値に気づいていない――ゴリアテが貴族の出でありながら家を構わず、本気で望んであの女といるのだとするならば。
他人事ながらこんな頭の痛い話はなかった。閑話休題。
「ああ。あの女は表面的な能力は平凡だ。
反面、潜在魔力その一点においてはこのホメロスすら凌ぐものがある。
大袈裟ではなく、お前たちのお仲間のベロニカにも匹敵するかもしれんな。
一方でそれはとてもあの女に扱いきれる代物ではない。完全に手に余る力だ。……しかし」
密かに息を呑む。オレにとってもこれは重要な事柄であり、情報として提供するには少々覚悟が要るものだった。
「母体としてはとても優秀だ。
身分こそ卑しいが、優れた魔法使いの家系の祖として据えるには、あれ以上の女はまずいないだろう」
「なんですって…?」
よくわからないと言い切ったゴリアテの言葉はやはり嘘ではなかったらしい。
その証拠にその顔は青ざめきっていた。
頭痛と引き換えにこの男から余裕を奪う愉しさに気づいてしまったオレは、早々に次なる真実を叩きつけてやる。
「それは魔物から見た場合も同様だ。オレは生理的に受け付けないが、奴らからしてもエルザは相当魅力的に映るらしいな?
人間と子を成せる種もあるそうだ。…つまり」
続く言葉の予想が容易であるからして、わざとらしく言葉を切ってやる。
「お前の言う『大切な人の存在』とやらがある限り、生涯奴は戦い続けるしかない宿命を背負っている。
こんな厄介な女もそういないだろうなぁ?」
現在オレが立てているとある計画のためには、エルザが必要だった。
好むと好まざると、あの女の質も量も兼ねた魔力が肝要であり、そしてその騎士とも言えるゴリアテは、邪魔を通り越し厄介な障害以外の何物でもなかった。
だからこの口撃で手を引いてくれれば平和で何よりだ。いくらオレでも無意味に敵を作りたくないのが本音である。
今はこんな身体なのだから尚更だ。
「ホメロスちゃん…それは…」
いくらソルティコの騎士が精神面に優れていると言われているとはいえ。
ゴリアテもさすがにショックだったようだ。
頭以上によく回るはずの口が言葉を紡げていない。作業の手は完全に止まる。
一度俯き、何かを思案。
再び顔を上げたその表情は、悍ましいことに失望や絶望からは、ほど遠いものだった。
「些細な問題にもならないわ。言いたいことはそれだけ?」
確固たる、揺るぎない台詞。
この男の美点と言われるものであり、同時にオレにとっては恐ろしく厄介な性質である。
「エルザちゃんはね、デルカダールの兵士ちゃんよ。
アナタも将軍を経験したならわかっていると思うけれど戦うのがお仕事なの。それに」
にやりと口角を吊り上げる。
「あの子が倒せない相手はアタシがやっつけるわ。それでダメなら協力するの。
…ってヤダ。それってもう、カップルどころか夫婦の共同作業じゃない!?」
…いろんな意味でこの男は気持ちが悪い。
若い女のようにきゃあきゃあとはしゃぎ始める己とそう年齢の変わらない男。
かつての自慢の子息がこの有り様では、ジエーゴ殿の落胆ぷりもさぞかしだろう。あの文字通り頑固親父が頭を抱える様が目に浮かぶようだ。
…これが他人事なら滑稽極まりないのだが。
とにかく、明後日の方向に成長を遂げた息子の方も、その気質に関してだけはしっかり受け継いでいるらしい。
気味は悪いがそれ以上に、揺るぎない決意を胸に秘めているようだった。
「ホメロスちゃんが何を企んでいるか知らないけれど、その程度の挑発でアタシたちの仲を引き裂けると思ったら大間違いよ!」
「…オレは飽くまで親切心のつもりだよ、ゴリアテ殿」
なるべく友好的に笑いかける。
気は進まないが、ここでこいつを完全に敵に回すわけにはいかなかった。
「仲睦まじい貴君らを見て、どうにも忠告せずには居れなかったのだ。
…この障害はオレには過酷に見えたのでな。とはいえ結果的には余計なお世話だったらしい」
「ホメロスちゃん」
ゴリアテは一瞬、驚いたともつかぬぽかんとした表情を浮かべる。
正直演技はそこまで得意ではない。
何かしらの地雷を踏んだのかもしれないと僅かに緊張が走るが、幸いなことに敵は笑顔を見せた。
「そんなことないわ、ありがとう。いいところあるじゃない」
…イラッとした。が、これもどうにか顔にだけは出さないようにする。
幸か不幸かはともかくすっかりご機嫌を直したゴリアテ嬢は、今一度己の荷物を片す作業に戻った。その最中再び口を開く。
「これが片付いたら、アタシ行くわね」
「エルザのところにか」
「違うわ、サーカスのショーに出るのよ。
こちらが本来の予定だったんだけど、とにかくそろそろ行かないと団長ちゃんに迷惑がかかっちゃう」
ああ。やけに都合良く話が進んでいると思ったらそういうことだったのか、と妙に納得する。
そういえばエルザもやけにうきうきとしながらグレイグからのこのいかにも面倒な仕事を受けていた。
本来ならば仕事終わりにゴリアテが出るショーを観覧するつもりだったのだろう。
それにしても、相手の動機はごく単純、とはいえ元親友が知らない内に交渉術なるものを身につけたことは、奴が憎い敵となった現在でもなぜだか素直に賞賛できた。
「…とんだ騎士様もいたものだ」
どうにも我慢がきかずつい皮肉を飛ばすも、完全に立ち直ってしまったゴリアテにはもはや通用しない。
「あの子を信じる。
二言はないわよ、アタシだって騎士だもの」
そうか、とだけ返した。
これ以上言うべき言葉はなくはなかったが、口にする気は起きなかった。
「それに、」
オレの心境を知らずか、或るいはわかっていて、わざとなのか。
どこに属して言うのかは知らないが、いずれにしてもゴリアテのその時の表情はオレをして、背筋に冷たいものが走る部類のものだったと言って良い。
「この事件を乗り越えた時、エルザちゃんはもっともっと素敵な子になると思うの。
これはオンナの勘。…ね、ホメロスちゃん」
…己の肩を抱くゴリアテの顔がどこか紅潮している。
オレは一体何を見せられているんだとげんなりとした感情と、やはりなという確信と諦観がないまぜとなる。
「それってとっても楽しみじゃない?」
エルザに底知れぬ感情を持つこの男とは、いつか対峙することになるだろう。
あらゆる意味でごく素直な気持ちとして単純に相手にしたくない。
というか関わりたくない。
だが、何はともあれこの男がエルザを愛していることは間違いないようだ。
ゆえに奴は必ず立ちはだかる。
そんな確信がある。
…簡単に事は運ばぬ。しかし策を練り虎視眈々と好機を狙うは、むしろオレの本分であることも間違いない。
逆境を楽しんでしまう己の騎士としての性を自覚し、口元を感情のまま吊り上げる。
やはりこうでなくては面白くない。
必ずオレは、あの素晴らしき女を手に入れてみせよう。
無論この場合の素晴らしいとは生贄として、という意味であるのだが。
あのエルザをそれなりに見られる容姿にまで仕上げてみせた。
いかにも男好きのしそうな自然感を残しつつも、色気を漂わせるような。それを、短時間でやり遂げる。
デルカダールで貴族相手に商売をする者でも中々できぬのではなかろうか。
…いや、できるのかも知れないが、オレにとってはごくどうでもいいことだ。感心くらいならしてやっても良いが。
とにかく、サマディーから支給されたドレスを身に纏い、今しがたあの女は外の兵と共に城に向かった。
楚々と普段のがさつをひた隠しにして歩く姿は滑稽極まりなく、笑いをこらえるのに必死になった。……いややはり笑ってやればよかったか。
先ほどの光景はそれほどまでに不快だったので、その程度はしてもバチは当たらないだろう。
「…我ながら完璧な出来だったわ」
自分の女を他の男の部屋へと笑顔で見送りきったゴリアテは、化粧道具を片付けをする最中ようやくゆるりと息を吐いた。
「さすが、エルザ専属スタイリストを自称するだけある」
「珍しいわね、褒めてくれるの」
「貴君らの間抜けさはもはや賞賛に値する。それだけの話だよ」
ゴリアテはいつものような減らず口を叩かない。否、叩けない。
今オレがこの男の目の前にいること自体が、こいつとそしてあの女の何よりのドジの証拠だった。
「まさかアナタを置いて行かされるなんて」
「…真っ当に考えれば、そもそも当然の処遇だがな」
エルザの魔力はまだ残っているとはいえ、無駄遣いせず剣の中に引っ込んでやっても良かったのだが、そのような選択肢はない。
無論、先程のストレスに対する当てつけである。
当初エルザは、オレのプラチナソードを持ち込むつもりでいたらしい。奴は魔力こそ豊富だがマルティナ姫のように身体能力が突出して優れているわけではない。
ファーリス王子が本当に魔物であった時に備え、愛用の武器を持とうと考えるのは当然だ。
しかしあちらからはそれ以上に当然の対応として、武器の持ち込みを禁止された。
なにせ単純に暗殺の絶好の機会だ。いくらデルカダールが友好国とはいえ、そこまで懐を許すことはあり得ないというのは、グレイグでもわかることだろう。…多分。
「…何もなければ良いのだけど」
「何かあるから向かわせたのだろうが。鳥頭か貴様」
「オンナはただ帰りを待つしかないのね……」
会話が成立しない。
エルザも大概生理的に受け付けないが、この男はもっとだ。
思わず頭を掻きむしりたくなるような苛立ちを覚える。
「ああ!すでにもどかしいわ!もう乗り込んじゃおうかしら」
「これは親切で言っておいてやるが、そんな女はいない」
更にエルザが部屋を発ってから十分と経たないうちにこの言動である。
常々やかましい男だとは思っていたが、それ以上に疲れる。
なぜかこいつと進んで関わろうとするエルザという名の防波堤の有り難みを、図らずも知る羽目になった。
「…そんなにあの女が大事なのか?」
「当たり前じゃない。ホメロスちゃんはとっても嫌っているみたいだけれど、アタシにとっては、すっごく大切なカノジョよ」
唐突に向き直ってきて、その上できっぱりと言い切る。
今までわざと阿呆のような言動を繰り返していたのだと気づいて更に頭にくるが、それがゴリアテのやり方だ。
感情を抑え、冷静さを取り戻す。
「……アナタには大切な人はいないのかしら?」
「生憎だが、そのような情など持ち合わせてはいない」
本気で言っているかいないか判断がつかないが、いずれにしてもゴリアテは真顔で地雷を踏み抜いてくる。
……もしいたところでこの精神体の身だ。
何もどうにもならぬではないか。
と反論したいところだったが、時間の無駄なのでやめた。この男とこんなくだらないテーマで議論をする気など、オレには更々なかった。
「だが、忠告してやることくらいはできるぞ、ゴリアテ殿。これは親切心だ。
あの女はやめておけ。おそらく、否間違いなくろくな末路は辿らない」
再び化粧道具を片付けていたゴリアテの手が止まる。
「…どういうこと?」
考えること暫し。
緩慢な動作で再び作業に戻ったゴリアテの返しは非常に陳腐なものだった。
「わからないのか。いくら天下のデルカダールとはいえ、一介の兵士でしかないエルザがなぜファーリス王子に呼ばれたか。
デルカダールにもサマディーにもある一点において以外は、アレより優れた女など掃いて捨てるほどにいるにも拘わらず、だ」
ゴリアテは黙る。
一度はこのオレを出し抜いた男だから、そこまで頭の回転は悪くないのだろう。
それを証明するほどの僅かな逡巡のあと、やはり躊躇いがちに言う。
「きっとその一点――魔力が目当て、なのでしょう?
……アタシには魔法のことなんてよくわからないけれど、あの子ったら相当なものを持っているって。以前アナタやロウちゃんが……」
あの女の価値をよくわからない。
よくもまあぬけぬけと言えたものだと吹き出しそうになるのを堪える。
打算的に考えればあの女と深い仲になるメリットなどそこしかないというのに。
…そうは言っても、一応嘘ではない可能性もあった。
ソルティコ出身の騎士も、気質と腕っ節はともかく、魔法という面においてはサマディーのそれと大差はない。
エルザの真の価値に気づいていない――ゴリアテが貴族の出でありながら家を構わず、本気で望んであの女といるのだとするならば。
他人事ながらこんな頭の痛い話はなかった。閑話休題。
「ああ。あの女は表面的な能力は平凡だ。
反面、潜在魔力その一点においてはこのホメロスすら凌ぐものがある。
大袈裟ではなく、お前たちのお仲間のベロニカにも匹敵するかもしれんな。
一方でそれはとてもあの女に扱いきれる代物ではない。完全に手に余る力だ。……しかし」
密かに息を呑む。オレにとってもこれは重要な事柄であり、情報として提供するには少々覚悟が要るものだった。
「母体としてはとても優秀だ。
身分こそ卑しいが、優れた魔法使いの家系の祖として据えるには、あれ以上の女はまずいないだろう」
「なんですって…?」
よくわからないと言い切ったゴリアテの言葉はやはり嘘ではなかったらしい。
その証拠にその顔は青ざめきっていた。
頭痛と引き換えにこの男から余裕を奪う愉しさに気づいてしまったオレは、早々に次なる真実を叩きつけてやる。
「それは魔物から見た場合も同様だ。オレは生理的に受け付けないが、奴らからしてもエルザは相当魅力的に映るらしいな?
人間と子を成せる種もあるそうだ。…つまり」
続く言葉の予想が容易であるからして、わざとらしく言葉を切ってやる。
「お前の言う『大切な人の存在』とやらがある限り、生涯奴は戦い続けるしかない宿命を背負っている。
こんな厄介な女もそういないだろうなぁ?」
現在オレが立てているとある計画のためには、エルザが必要だった。
好むと好まざると、あの女の質も量も兼ねた魔力が肝要であり、そしてその騎士とも言えるゴリアテは、邪魔を通り越し厄介な障害以外の何物でもなかった。
だからこの口撃で手を引いてくれれば平和で何よりだ。いくらオレでも無意味に敵を作りたくないのが本音である。
今はこんな身体なのだから尚更だ。
「ホメロスちゃん…それは…」
いくらソルティコの騎士が精神面に優れていると言われているとはいえ。
ゴリアテもさすがにショックだったようだ。
頭以上によく回るはずの口が言葉を紡げていない。作業の手は完全に止まる。
一度俯き、何かを思案。
再び顔を上げたその表情は、悍ましいことに失望や絶望からは、ほど遠いものだった。
「些細な問題にもならないわ。言いたいことはそれだけ?」
確固たる、揺るぎない台詞。
この男の美点と言われるものであり、同時にオレにとっては恐ろしく厄介な性質である。
「エルザちゃんはね、デルカダールの兵士ちゃんよ。
アナタも将軍を経験したならわかっていると思うけれど戦うのがお仕事なの。それに」
にやりと口角を吊り上げる。
「あの子が倒せない相手はアタシがやっつけるわ。それでダメなら協力するの。
…ってヤダ。それってもう、カップルどころか夫婦の共同作業じゃない!?」
…いろんな意味でこの男は気持ちが悪い。
若い女のようにきゃあきゃあとはしゃぎ始める己とそう年齢の変わらない男。
かつての自慢の子息がこの有り様では、ジエーゴ殿の落胆ぷりもさぞかしだろう。あの文字通り頑固親父が頭を抱える様が目に浮かぶようだ。
…これが他人事なら滑稽極まりないのだが。
とにかく、明後日の方向に成長を遂げた息子の方も、その気質に関してだけはしっかり受け継いでいるらしい。
気味は悪いがそれ以上に、揺るぎない決意を胸に秘めているようだった。
「ホメロスちゃんが何を企んでいるか知らないけれど、その程度の挑発でアタシたちの仲を引き裂けると思ったら大間違いよ!」
「…オレは飽くまで親切心のつもりだよ、ゴリアテ殿」
なるべく友好的に笑いかける。
気は進まないが、ここでこいつを完全に敵に回すわけにはいかなかった。
「仲睦まじい貴君らを見て、どうにも忠告せずには居れなかったのだ。
…この障害はオレには過酷に見えたのでな。とはいえ結果的には余計なお世話だったらしい」
「ホメロスちゃん」
ゴリアテは一瞬、驚いたともつかぬぽかんとした表情を浮かべる。
正直演技はそこまで得意ではない。
何かしらの地雷を踏んだのかもしれないと僅かに緊張が走るが、幸いなことに敵は笑顔を見せた。
「そんなことないわ、ありがとう。いいところあるじゃない」
…イラッとした。が、これもどうにか顔にだけは出さないようにする。
幸か不幸かはともかくすっかりご機嫌を直したゴリアテ嬢は、今一度己の荷物を片す作業に戻った。その最中再び口を開く。
「これが片付いたら、アタシ行くわね」
「エルザのところにか」
「違うわ、サーカスのショーに出るのよ。
こちらが本来の予定だったんだけど、とにかくそろそろ行かないと団長ちゃんに迷惑がかかっちゃう」
ああ。やけに都合良く話が進んでいると思ったらそういうことだったのか、と妙に納得する。
そういえばエルザもやけにうきうきとしながらグレイグからのこのいかにも面倒な仕事を受けていた。
本来ならば仕事終わりにゴリアテが出るショーを観覧するつもりだったのだろう。
それにしても、相手の動機はごく単純、とはいえ元親友が知らない内に交渉術なるものを身につけたことは、奴が憎い敵となった現在でもなぜだか素直に賞賛できた。
「…とんだ騎士様もいたものだ」
どうにも我慢がきかずつい皮肉を飛ばすも、完全に立ち直ってしまったゴリアテにはもはや通用しない。
「あの子を信じる。
二言はないわよ、アタシだって騎士だもの」
そうか、とだけ返した。
これ以上言うべき言葉はなくはなかったが、口にする気は起きなかった。
「それに、」
オレの心境を知らずか、或るいはわかっていて、わざとなのか。
どこに属して言うのかは知らないが、いずれにしてもゴリアテのその時の表情はオレをして、背筋に冷たいものが走る部類のものだったと言って良い。
「この事件を乗り越えた時、エルザちゃんはもっともっと素敵な子になると思うの。
これはオンナの勘。…ね、ホメロスちゃん」
…己の肩を抱くゴリアテの顔がどこか紅潮している。
オレは一体何を見せられているんだとげんなりとした感情と、やはりなという確信と諦観がないまぜとなる。
「それってとっても楽しみじゃない?」
エルザに底知れぬ感情を持つこの男とは、いつか対峙することになるだろう。
あらゆる意味でごく素直な気持ちとして単純に相手にしたくない。
というか関わりたくない。
だが、何はともあれこの男がエルザを愛していることは間違いないようだ。
ゆえに奴は必ず立ちはだかる。
そんな確信がある。
…簡単に事は運ばぬ。しかし策を練り虎視眈々と好機を狙うは、むしろオレの本分であることも間違いない。
逆境を楽しんでしまう己の騎士としての性を自覚し、口元を感情のまま吊り上げる。
やはりこうでなくては面白くない。
必ずオレは、あの素晴らしき女を手に入れてみせよう。
無論この場合の素晴らしいとは生贄として、という意味であるのだが。