獣たちの宴
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幽霊のくせに怒鳴り疲れたのか、ふらっとホメロスさまは足元を崩す。
それでも倒れ込まないで、彼は一つ息を吐く。
本当に無理矢理に、冷静さを取り戻したようだった。
「……言いたいことはまだあるが。
とにかく、ゴリアテ殿。貴様は何をしにここに来た?
まさかこの女の弁明を聞いて、尚我々を止めに来たとでも言うのではあるまいな?」
「んっふふー!そのまさかよホメロスちゃん!!
いくら王子ちゃんが怪しいと言っても、エルザちゃんをみすみす――」
いつものゴリアテさんのテンション。しかし、それは突然に急降下する。
ややあって自嘲的な笑みを浮かべながら、続ける。
「……と言いたいところだけど、騎士の血かしらね。知ってしまった以上、やっぱりアタシも看過はできないのよ。…嫌になるわ。
まるで、エルザちゃんを生け贄にしてるみたい……いいえ、まさにそうなのだもの」
「ゴリアテさん…」
つい、淋しげな彼の手をぎゅっと握ってしまう。
「勇者様やあなたたちが救ってくれた世界を守ることに繋がるんだから、こんなに誇らしいことはないよ」
この人たちがウルノーガを、邪神を討伐してからしばらくが経つ。
世界は平和になったとは言うけれど、そして魔物も数こそは減ったものの、しかし完全に姿を消すことはなかった。
……いやそれどころか邪神が歪めた魔物の生態系はその支配を逃れ、かえって凶悪さを増したと言って良い。
実際、最近なんて被害も増えてすらいる。
これを勇者様たちのせいだとバッシングする声も少数ながら聞かれたけれど、彼らやウルノーガが動かなくても、邪神は復活してロトゼタシアを脅かす筋書きになっていたのだから、彼らに現状に対する責任はもちろんない。
けれども中にはこうなったことを重く受け、パーティーを解散した後、今に至るまで未だに剣を振るう人も少なくない。
グレイグさまはその最たるところで、彼の部下を長くしているラグレイ将軍補佐が言うのには、その業務量はかつて【悪魔の子】を追っていた頃より更に増しているとのこと。
過労死予備軍を思わせるその働きっぷりは、小悪魔ことマルティナ姫すら気遣わせるレベルだった。
今回曲がりなりにも王家の招きであるにも拘わらずグレイグさまが欠席しているのは、そんな彼女がほぼ無理矢理に休暇を取らせたからだ。
表向きは、ソルティコに外遊召されるフリーダムなお姫様の護衛だったけれど。
「エルザちゃん…」
そっと瞼を伏せ、ゴリアテさんは私の手に自分のそれを重ね、微笑む。とても美しく。
「ありがとう。アナタみたいな人に、イレブンちゃんやアタシたちがどれだけ救われているか」
「ううん、大したことないよ。…あなたたちが成し遂げたことに比べれば」
目があい、見つめあい、微笑みあう。
あまりに美しい彼のその顔は、ともすれば直視すら難しい。けれども、やはり目が離せない。
そんな愛しさと愛しさの赴くままに口づけを――。
「本当にいい加減にしろよ貴様ら」
ホメロスさまの怒気に塗れたツッコミでその甘い雰囲気は強制的に終了した。
いい加減にしてほしいのはこちらの方だが、空気を読んでくれないホメロスさまにも一理以上があった。
「このあまりにも無意味な話し合いの結果、ヤツの部屋には行かせることにしたのだろうが。さっさとせねば、好機を失う羽目になるぞ」
相当イライラしていたのだろう
ホメロスさまは引きつりながらそれでも真っ黒な笑みを浮かべ、言い放つ。
「さあ!ご自慢の腕前を存分に発揮してみせよ、スタイリスト…否、ゴリアテ殿!
己の女を最高の娼婦として送り出すのだろう?」
「…言われなくてもやるわよ」
エルザをファーリス王子の部屋には行かせたくない。
言外にそんな雰囲気を纏うどころか巻き付けながらゴリアテさんもまた言い切った。
眉間に皺を寄せつつ、普段より少しだけ乱暴にメイク道具の準備を始める。
ホメロスさまの嫌味が珍しく堪えているようだった。
……当然だ。
前向きに、真面目に、いつでも全力投球。
ポジティブの化身のような人間であるゴリアテさんの気質を逆手にとった、それは最悪の部類の言葉だからだ。
ホメロスさまに対してもちろん怒りが湧いたが、思い直す。
元はといえば、自分が招いた現状なのだ。
だからこの毒舌極まりない幽霊の言動を咎める権利など、ありはしなかった。
「…ゴリアテさん」
ぽつり、と言葉を洩らす。
ちょうど彼が口紅を置いたことんという音と重なった。
振り向くその顔を確認しないまま続ける。
「私、あの王子の正体を暴くけど。
……でも…でも!絶対、きれいなままで戻るから」
使命感を超えた申し訳なさが、ようやくと言っていい程に遅れて、滂沱とした涙に変わる。
「……それこそどんなことをしても。だけどゴリアテさん…」
言葉が、情緒が整わない。
「ごめんなさい」
声が震えて掠れて、消える。
ゴリアテさんはもう一度だけ作業の手を止めて、近寄ってくれた。
「泣いてはダメよ。目が腫れてしまうわ」
いつの間にか手に持っていたハンカチで、優しく私の涙を拭ってくれて。
それから、続ける。真剣な表情で、いつになく。
「アタシがここで、エルザちゃんを信用できなくてどうするの」
その震えながらも余りに力強い言葉に撃ち抜かれ、また涙が溢れそうになり、なんとか言われた通りに堪える。
唇をわざと強く噛んだその痛みで感情をコントロールしてみせる。
そして、自分の中でおぼろげながら答えを見る。
この戦いが誰のためのものであるかを。
「…ありがとう、ゴリアテさん」
「違うわよ、エルザちゃん」
彼はようやく、いつもの口調に戻った。
「アタシ、せっかくだしもっと違う表現をしてほしいわ」
そしてにっこりと笑って、この隠れサディストは割ととんでもないことを言い出すのだ。
「『ゴリアテさん愛してる』って言ってほしいの」
ええ。なにそれ。
そしてすっかり忘れ去っていたが、ここには約一体幽霊がいる。金髪の美丈夫だ。
ホメロスさまの方をちらりと伺うと、いつも不機嫌そうな彼の顔は苦虫を百匹は噛みつぶしたようなものに変貌している。
ゆえに。
あ、これ完全にさっきの嫌味への仕返しだ、と察するには余りあった。
大嫌いなホメロスさまへの嫌がらせと自分の羞恥心を天秤にかけた結果、どちらに傾いたかなんて言うまでもないことだった。
…どちらにしたって本音だし。
それでも倒れ込まないで、彼は一つ息を吐く。
本当に無理矢理に、冷静さを取り戻したようだった。
「……言いたいことはまだあるが。
とにかく、ゴリアテ殿。貴様は何をしにここに来た?
まさかこの女の弁明を聞いて、尚我々を止めに来たとでも言うのではあるまいな?」
「んっふふー!そのまさかよホメロスちゃん!!
いくら王子ちゃんが怪しいと言っても、エルザちゃんをみすみす――」
いつものゴリアテさんのテンション。しかし、それは突然に急降下する。
ややあって自嘲的な笑みを浮かべながら、続ける。
「……と言いたいところだけど、騎士の血かしらね。知ってしまった以上、やっぱりアタシも看過はできないのよ。…嫌になるわ。
まるで、エルザちゃんを生け贄にしてるみたい……いいえ、まさにそうなのだもの」
「ゴリアテさん…」
つい、淋しげな彼の手をぎゅっと握ってしまう。
「勇者様やあなたたちが救ってくれた世界を守ることに繋がるんだから、こんなに誇らしいことはないよ」
この人たちがウルノーガを、邪神を討伐してからしばらくが経つ。
世界は平和になったとは言うけれど、そして魔物も数こそは減ったものの、しかし完全に姿を消すことはなかった。
……いやそれどころか邪神が歪めた魔物の生態系はその支配を逃れ、かえって凶悪さを増したと言って良い。
実際、最近なんて被害も増えてすらいる。
これを勇者様たちのせいだとバッシングする声も少数ながら聞かれたけれど、彼らやウルノーガが動かなくても、邪神は復活してロトゼタシアを脅かす筋書きになっていたのだから、彼らに現状に対する責任はもちろんない。
けれども中にはこうなったことを重く受け、パーティーを解散した後、今に至るまで未だに剣を振るう人も少なくない。
グレイグさまはその最たるところで、彼の部下を長くしているラグレイ将軍補佐が言うのには、その業務量はかつて【悪魔の子】を追っていた頃より更に増しているとのこと。
過労死予備軍を思わせるその働きっぷりは、小悪魔ことマルティナ姫すら気遣わせるレベルだった。
今回曲がりなりにも王家の招きであるにも拘わらずグレイグさまが欠席しているのは、そんな彼女がほぼ無理矢理に休暇を取らせたからだ。
表向きは、ソルティコに外遊召されるフリーダムなお姫様の護衛だったけれど。
「エルザちゃん…」
そっと瞼を伏せ、ゴリアテさんは私の手に自分のそれを重ね、微笑む。とても美しく。
「ありがとう。アナタみたいな人に、イレブンちゃんやアタシたちがどれだけ救われているか」
「ううん、大したことないよ。…あなたたちが成し遂げたことに比べれば」
目があい、見つめあい、微笑みあう。
あまりに美しい彼のその顔は、ともすれば直視すら難しい。けれども、やはり目が離せない。
そんな愛しさと愛しさの赴くままに口づけを――。
「本当にいい加減にしろよ貴様ら」
ホメロスさまの怒気に塗れたツッコミでその甘い雰囲気は強制的に終了した。
いい加減にしてほしいのはこちらの方だが、空気を読んでくれないホメロスさまにも一理以上があった。
「このあまりにも無意味な話し合いの結果、ヤツの部屋には行かせることにしたのだろうが。さっさとせねば、好機を失う羽目になるぞ」
相当イライラしていたのだろう
ホメロスさまは引きつりながらそれでも真っ黒な笑みを浮かべ、言い放つ。
「さあ!ご自慢の腕前を存分に発揮してみせよ、スタイリスト…否、ゴリアテ殿!
己の女を最高の娼婦として送り出すのだろう?」
「…言われなくてもやるわよ」
エルザをファーリス王子の部屋には行かせたくない。
言外にそんな雰囲気を纏うどころか巻き付けながらゴリアテさんもまた言い切った。
眉間に皺を寄せつつ、普段より少しだけ乱暴にメイク道具の準備を始める。
ホメロスさまの嫌味が珍しく堪えているようだった。
……当然だ。
前向きに、真面目に、いつでも全力投球。
ポジティブの化身のような人間であるゴリアテさんの気質を逆手にとった、それは最悪の部類の言葉だからだ。
ホメロスさまに対してもちろん怒りが湧いたが、思い直す。
元はといえば、自分が招いた現状なのだ。
だからこの毒舌極まりない幽霊の言動を咎める権利など、ありはしなかった。
「…ゴリアテさん」
ぽつり、と言葉を洩らす。
ちょうど彼が口紅を置いたことんという音と重なった。
振り向くその顔を確認しないまま続ける。
「私、あの王子の正体を暴くけど。
……でも…でも!絶対、きれいなままで戻るから」
使命感を超えた申し訳なさが、ようやくと言っていい程に遅れて、滂沱とした涙に変わる。
「……それこそどんなことをしても。だけどゴリアテさん…」
言葉が、情緒が整わない。
「ごめんなさい」
声が震えて掠れて、消える。
ゴリアテさんはもう一度だけ作業の手を止めて、近寄ってくれた。
「泣いてはダメよ。目が腫れてしまうわ」
いつの間にか手に持っていたハンカチで、優しく私の涙を拭ってくれて。
それから、続ける。真剣な表情で、いつになく。
「アタシがここで、エルザちゃんを信用できなくてどうするの」
その震えながらも余りに力強い言葉に撃ち抜かれ、また涙が溢れそうになり、なんとか言われた通りに堪える。
唇をわざと強く噛んだその痛みで感情をコントロールしてみせる。
そして、自分の中でおぼろげながら答えを見る。
この戦いが誰のためのものであるかを。
「…ありがとう、ゴリアテさん」
「違うわよ、エルザちゃん」
彼はようやく、いつもの口調に戻った。
「アタシ、せっかくだしもっと違う表現をしてほしいわ」
そしてにっこりと笑って、この隠れサディストは割ととんでもないことを言い出すのだ。
「『ゴリアテさん愛してる』って言ってほしいの」
ええ。なにそれ。
そしてすっかり忘れ去っていたが、ここには約一体幽霊がいる。金髪の美丈夫だ。
ホメロスさまの方をちらりと伺うと、いつも不機嫌そうな彼の顔は苦虫を百匹は噛みつぶしたようなものに変貌している。
ゆえに。
あ、これ完全にさっきの嫌味への仕返しだ、と察するには余りあった。
大嫌いなホメロスさまへの嫌がらせと自分の羞恥心を天秤にかけた結果、どちらに傾いたかなんて言うまでもないことだった。
…どちらにしたって本音だし。