獣たちの宴
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あの試合。
何か、どこか疑わしかった。
自分があの王子に負けたことが認められないとか、そういうわけではなかったけれど。
それでもあの人間離れした身体能力、剣術。
ホメロスさまは言わなかったけれど、ほのかに漂う変な魔力の臭い。
色々と不審だった。
以前の私ならば、ここまで金の臭いがしない案件はスルーしていた。
けれど、今はこのようにあらぬことを疑われるとわかっていてすら、放置できない。
ゴリアテさんの影響を受けたせいなのか、デルカダールの兵としての自覚がそうさせるのか、理由はわからないけれど。
とにかくだから今、約束のその時間までと充てがわれている宿屋のスイートルームで待機する羽目になっているのだ。
部屋の外には万が一のことがないようにと、サマディーの兵士が二人ほどついてくれている。
……実際のところ、万が一にも私が逃げないように監視しているのだろう。
見張りをつけると言われたときに即座に察した。
他国の下っ端兵士相手にしては扱いこそ異常なまでに丁寧だったが、その実獲物を逃さないようにしようとする趣が強い。
ドアの鍵こそ閉まりプライバシーは確保できたが、窓ははめ殺しで開かない。ヒャドの冷気を込めたらしい魔法の玉が備え付けられてあるため、室温は快適そのものだったが。
そんな華やかな監獄のような部屋。
こんなところ一つ取っても不審だったのだ。
「…人を疑うことを知らぬ上司よりは敏いようだ」
ホメロスさまは私ではなくグレイグさまに皮肉を遠投すると、ふと息をつく。
切れ長の目を閉じて何かを思案し、それからゆっくりと開く。
幽霊特有の生気のない鳶色に、今ばかりは嫌味のニュアンスはない。
「お前が感じたのはあの魔力のことだろう、エルザ?…その通りだ。たしかに奴からは強いそれを感じる。
魔物ではなく人間であるならば、大魔道士やら賢者などと呼ばれる者に並ぶような、な…」
そこで一度言葉を切ったホメロスさまは、ふと何かを憂うように天を仰ぐ。
そんな感傷的な面持ちを見せたのはほんの一瞬のことで、次にこちらを見たときには不自然なくらい真顔に戻っていた。
普段ならこういう話をする時には必ずと言って良いほど私の凡百な才能を論い、何かと比較しては誹り嘲笑うのだが、そうともしないのが逆に不気味なほどだった。
「魔法は鍛錬以上に資質が物を言う。生まれついての才能なくしては鍛錬しようとも無駄というもの。
更に魔の才は血により呪いが如く濃く受け継がれる。
強き魔道士の母は強き魔道士の子を産む。ラムダの繁栄はそのためだ」
ホメロスさまにしてはずいぶん迂遠なところからの語り口だった。
私は彼を見据えたまま、黙って頷き、続きを促す。
ここまでのことは知っている。
魔法は血と才能が一番だなんて、とても有名な話だ。
恐らくここまでは私の知識の確認のための前置きだろう。案の定本題はここからだった。
「サマディーは騎士の国であり、王家自体も、代々高名な武人を何名も輩出している。
その一方で魔法面は貧弱であり、同時にそこがサマディーの大きな弱点だ。…しかし」
ホメロスさまは一旦言葉を切ったが、息継ぎの意図しかなかったようだ。
「不自然なのだよ。王子に強い魔法の才能があるならばまず、あの虚栄心の強い王が黙ってなどいない。
現にあの王子のご高名な噂は、遥か遠くデルカダールまで伝わってきていたさ。
剣に優れ、頭脳に優れ、容姿に優れ――しかし、魔法に優れるという話など聞いたことがない!」
そう、非常に乱暴に言葉を切る。軍人とは思えないほどに白いホメロスさまの肌が、頬が、赤い。そこまで怒りに燃える理由がわからずつい首を傾げる。
「サマディー王が我々を謀ったのでなければ、アイツはニセモノだ。大方、低俗な魔物が化けたのだろう」
ああ、そういうことか。
「前、ウルノーガがやったみたいな?」
「…ヤツならばもっとうまく化けるさ」
【主君】の真似事をされて怒っているのかと思いきや、人称を聞く限りそうでもないらしい。
となるとあれか。
軍人時代に内心格下と見下していたサマディーに、してやられたかもしれないという事実に怒ってるのかこの人。
何せダーハルーネでも作戦失敗そのものより、ぽっと出の旅芸人との対決に負けたことにキレ倒したくらいの、プライドの塊のような人だ(なおしわ寄せはこちらに向かってきた)。
魔物の仕業であってほしいと思っていて、てんで不思議ではない。
「ファーリス王子の正体は未知数ってところ…とはいえ裏は確実にある。
これで間違いなさそうですね」
ホメロスさまは珍しく素直に頷く。
「ああ。魔法戦士が二人も乗り込んで来たのがヤツの運の尽き。
……もっとも片方は箸にも棒にもかからぬ味噌っカスだが」
「優秀な方は実体がありませんよね!?」
魔法戦士二人は、顔を見合わせる。
お互い中指でも立てんばかりの、ある意味お互いにしか見せられないような凄まじい形相をしている。
一緒に過ごす時間は今やゴリアテさんより長いのだけれど、この性格の悪い幽霊を好きになれる気は全くしない。
私史上最悪の安心安全である。
しばらくそうしていると、ドアが叩かれる。
「なんだ?」
「多分、スタイリストの人。
ファーリス王子がぜひきれいになって来てくれって」
「いよいよ売春婦の扱いではないか!」
ホメロスさまが珍しくまともなツッコミをしたところでドアが開かれる。
入ってきたスタイリストさんのテンションはバカ高かった。
「はあーい!!スタイリストのゴリアテです☆★
アナタがファーリス王子ちゃんのお気に入りのエルザちゃんね!?
うふふ、アタシもアナタのこと気に入っちゃったわ♥
とっても。とってもきれいにしちゃうわよー!!」
あ、やべえ終わった。
ファーリス王子の正体暴く前に死ぬやつだこれ。
体温が直下していくのを感じながら、謎の手段で乗り込んで来たゴリアテさんが、うきうきと道具を準備するのを眺めているしかなかった。
何か、どこか疑わしかった。
自分があの王子に負けたことが認められないとか、そういうわけではなかったけれど。
それでもあの人間離れした身体能力、剣術。
ホメロスさまは言わなかったけれど、ほのかに漂う変な魔力の臭い。
色々と不審だった。
以前の私ならば、ここまで金の臭いがしない案件はスルーしていた。
けれど、今はこのようにあらぬことを疑われるとわかっていてすら、放置できない。
ゴリアテさんの影響を受けたせいなのか、デルカダールの兵としての自覚がそうさせるのか、理由はわからないけれど。
とにかくだから今、約束のその時間までと充てがわれている宿屋のスイートルームで待機する羽目になっているのだ。
部屋の外には万が一のことがないようにと、サマディーの兵士が二人ほどついてくれている。
……実際のところ、万が一にも私が逃げないように監視しているのだろう。
見張りをつけると言われたときに即座に察した。
他国の下っ端兵士相手にしては扱いこそ異常なまでに丁寧だったが、その実獲物を逃さないようにしようとする趣が強い。
ドアの鍵こそ閉まりプライバシーは確保できたが、窓ははめ殺しで開かない。ヒャドの冷気を込めたらしい魔法の玉が備え付けられてあるため、室温は快適そのものだったが。
そんな華やかな監獄のような部屋。
こんなところ一つ取っても不審だったのだ。
「…人を疑うことを知らぬ上司よりは敏いようだ」
ホメロスさまは私ではなくグレイグさまに皮肉を遠投すると、ふと息をつく。
切れ長の目を閉じて何かを思案し、それからゆっくりと開く。
幽霊特有の生気のない鳶色に、今ばかりは嫌味のニュアンスはない。
「お前が感じたのはあの魔力のことだろう、エルザ?…その通りだ。たしかに奴からは強いそれを感じる。
魔物ではなく人間であるならば、大魔道士やら賢者などと呼ばれる者に並ぶような、な…」
そこで一度言葉を切ったホメロスさまは、ふと何かを憂うように天を仰ぐ。
そんな感傷的な面持ちを見せたのはほんの一瞬のことで、次にこちらを見たときには不自然なくらい真顔に戻っていた。
普段ならこういう話をする時には必ずと言って良いほど私の凡百な才能を論い、何かと比較しては誹り嘲笑うのだが、そうともしないのが逆に不気味なほどだった。
「魔法は鍛錬以上に資質が物を言う。生まれついての才能なくしては鍛錬しようとも無駄というもの。
更に魔の才は血により呪いが如く濃く受け継がれる。
強き魔道士の母は強き魔道士の子を産む。ラムダの繁栄はそのためだ」
ホメロスさまにしてはずいぶん迂遠なところからの語り口だった。
私は彼を見据えたまま、黙って頷き、続きを促す。
ここまでのことは知っている。
魔法は血と才能が一番だなんて、とても有名な話だ。
恐らくここまでは私の知識の確認のための前置きだろう。案の定本題はここからだった。
「サマディーは騎士の国であり、王家自体も、代々高名な武人を何名も輩出している。
その一方で魔法面は貧弱であり、同時にそこがサマディーの大きな弱点だ。…しかし」
ホメロスさまは一旦言葉を切ったが、息継ぎの意図しかなかったようだ。
「不自然なのだよ。王子に強い魔法の才能があるならばまず、あの虚栄心の強い王が黙ってなどいない。
現にあの王子のご高名な噂は、遥か遠くデルカダールまで伝わってきていたさ。
剣に優れ、頭脳に優れ、容姿に優れ――しかし、魔法に優れるという話など聞いたことがない!」
そう、非常に乱暴に言葉を切る。軍人とは思えないほどに白いホメロスさまの肌が、頬が、赤い。そこまで怒りに燃える理由がわからずつい首を傾げる。
「サマディー王が我々を謀ったのでなければ、アイツはニセモノだ。大方、低俗な魔物が化けたのだろう」
ああ、そういうことか。
「前、ウルノーガがやったみたいな?」
「…ヤツならばもっとうまく化けるさ」
【主君】の真似事をされて怒っているのかと思いきや、人称を聞く限りそうでもないらしい。
となるとあれか。
軍人時代に内心格下と見下していたサマディーに、してやられたかもしれないという事実に怒ってるのかこの人。
何せダーハルーネでも作戦失敗そのものより、ぽっと出の旅芸人との対決に負けたことにキレ倒したくらいの、プライドの塊のような人だ(なおしわ寄せはこちらに向かってきた)。
魔物の仕業であってほしいと思っていて、てんで不思議ではない。
「ファーリス王子の正体は未知数ってところ…とはいえ裏は確実にある。
これで間違いなさそうですね」
ホメロスさまは珍しく素直に頷く。
「ああ。魔法戦士が二人も乗り込んで来たのがヤツの運の尽き。
……もっとも片方は箸にも棒にもかからぬ味噌っカスだが」
「優秀な方は実体がありませんよね!?」
魔法戦士二人は、顔を見合わせる。
お互い中指でも立てんばかりの、ある意味お互いにしか見せられないような凄まじい形相をしている。
一緒に過ごす時間は今やゴリアテさんより長いのだけれど、この性格の悪い幽霊を好きになれる気は全くしない。
私史上最悪の安心安全である。
しばらくそうしていると、ドアが叩かれる。
「なんだ?」
「多分、スタイリストの人。
ファーリス王子がぜひきれいになって来てくれって」
「いよいよ売春婦の扱いではないか!」
ホメロスさまが珍しくまともなツッコミをしたところでドアが開かれる。
入ってきたスタイリストさんのテンションはバカ高かった。
「はあーい!!スタイリストのゴリアテです☆★
アナタがファーリス王子ちゃんのお気に入りのエルザちゃんね!?
うふふ、アタシもアナタのこと気に入っちゃったわ♥
とっても。とってもきれいにしちゃうわよー!!」
あ、やべえ終わった。
ファーリス王子の正体暴く前に死ぬやつだこれ。
体温が直下していくのを感じながら、謎の手段で乗り込んで来たゴリアテさんが、うきうきと道具を準備するのを眺めているしかなかった。