獣たちの宴
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サマディー王国で御前試合が開かれた。
いつもはウマレースを開催する広い馬場で。
そして御前試合といってもやたらと開かれたこの国のこと、観客は王様や軍属の方々のみばかりでなく、観覧希望の国民までもが殺到したためだ。
ファーリス王子というのは相当な人気者らしい。
なぜこのような試合に、一般兵に過ぎない私が出場することになったのか。
なぜ相手が王の嫡男たるファーリス王子なのか。上の考えることは全くわからない。
が、風の噂に聞くところによると、なんでもこの線の細い王子の夢が、デルカダール帝国のそれもグレイグ将軍自ら指揮する部隊に入ることらしく、その試験のようなものを兼ねているのだとか。
それが本当だとするなら私が遣わされたのも頷けた。
まだ日が浅いとはいえ、グレイグ様の直属の部下であり腕っ節だけで言えば軍でもそこそこ上位。
一方でそれ以外の業務にはまだ明るくないため大した事務作業もできず、数日抜けたくらいでは問題にならない。
ついでに見栄えがする(と自分で言うのも難だが)若い女性兵。
あのカタブツおじさんに接待という概念があるかどうかは甚だ疑問だけれど、王子の相手として選出される条件は、我ながら満たしていそうだった。
そんなわけで軽く揉んでやるかーじゃないけれども、それくらいには軽いノリでこの出張を引き受けた。
なぜならばファーリス王子はその頭脳は優秀な反面武芸は全くだめだからだ。
これは噂などではなく、昔まだ勇者様たちが旅をしていた頃、ベロニカちゃんから何かの折に悪口同然に聞かされていた話。
なんでも以前、彼と共に砂漠の殺し屋と呼ばれる魔物・デスコピオンを退治したそうだが、実は彼は戦闘訓練なんかしたことがなく、てんで戦力にならなかったのだ。
それから【旅芸人シルビア】に騎士のなんたるかを叩き込まれ(色んな意味でどういうことなの)、心を入れ替えることになったのだそうだが。
とはいえ短い訓練期間で勝てるほど、私も甘い相手ではない。
伊達に(時々とはいえ)勇者様と肩を並べて戦ってきたわけではないし、グレイグさまやゴリアテさんたちの教えも受けてきた。
もちろん一人で戦ってきたことも含め、この妙に濃いキャリアは私の数少ないプライドの一つだ。
だからそう簡単には、負けるつもりなんてなかった。
「だが、負けた。所詮エルザ殿はそんなものだったというところか」
ここが宿屋の個室であるからか、登場にも言動にも一切の遠慮はなかった。
躊躇いなく言葉の毒を発射した金髪の剣の霊がくつくつととても愉快そうに笑う。
本当は今にも爆笑してしまいたいところを、キャラ崩壊を起こすからという理由でどうにか保っている風にさえ見えた。
色々あって私は死んだはずのホメロスさまと行動を共にしているが、スキあらば嫌味を言われるこの状況にはひたすらストレスを溜めるばかりだ。
「うるさいですよ…」
しかも今回ばかりは反論すらできない。ホメロスさまは現状事実しか言っていないからだ。
それほどまでに一方的に、蹂躙と言って差し支えないほどの実力の差を見せつけられた。
「ファーリス王子。ヘタレだと聞かされていたけれど、アレは天才かバケモノだよ。間違いなく。
…ホメロスさまだって思ってたでしょ?」
言い訳をするなと罵られるかもとは思ったが、素直な感想を口にする。意外なことに、ホメロスさまはぴたりとそこで真顔に戻る。
「三合打ち合う頃には理解したさ。剣の鋭さ、迷いのなさは一流の戦士と違わぬほどだ。
それに何よりもあの力……。まさしく人間離れしている。女の細腕では受けきれぬのも無理はないだろう。
…それにしても、あれほどまでの人材が埋もれていたとは俄には信じ難いが」
滔々と語るその感想は、私のそれとほぼほぼ一致している。当然だろう。
私の剣に憑いた霊なのだから、ファーリス王子の剣技をほとんど身を持って体験したのと変わらない。
「…あぁ、勘違い召されるなよエルザ殿。デルカダールの兵は飽くまでも男女平等。
故にあの王子の剣を受け切れなかった貴様を擁護するつもりなど微塵もない。己の鍛錬不足を自覚せよ」
「そうしますけど、…一体どの口がデルカダールを語るんですか」
ツッコミどころ満載の一言を付け足しながら、ホメロスさまは解説を締めくくる。
なんとか言い返して、どっとした疲労感を覚えたのでベッドの縁に腰掛ける。
改めてぐるりと辺りを見渡すと、金細工が施された水差しに花瓶に、茫洋たる海の絵画など、水にまつわる調度品が数々並んでいた。
砂漠において水は価値が高い。
高級な宿らしく、だからかそういったもので内装は飾り立てられていた。
なんだか落ち着かない。
そんな私を見下ろし、ホメロスさまは私を見下ろし、新たな疑問をぶつけてくる。
「ファーリス王子の部屋に行くのか」
無言で頷く。
……あの試合のあと、私はいたくファーリス王子に気に入られていた。
実力差こそあるが、その戦う姿が舞にでも興じているようで美しいとか可憐とか、正直意味がわからないがそんな理由だった。
人を褒めるのが得意なゴリアテさんにすら、そんなの言われたことはない。
「さすがは下賤のエルザ嬢。単純にもならぬ誘いに乗るあばずれ。あるいは売女。
これはさすがに、あのゴリアテ殿への同情すら禁じ得ぬ」
そして、何を勘違いしたのかホメロスさまは嫌味たっぷりににやにやと笑う。
こういう時の彼は幽霊であるにも関わらずとても目が輝いている。
顔は良く地位もあったから、生前は(余計な発言をしなければ)それはもうモテていたのだろうと思いつつ、私はやはり首を振って否定。
それでも私は嫌だ。ゴリアテさんを抜き考えても、嫌いだ。
いやそうじゃない。思考の軌道修正をしなければならなかった。
『夜にボクの部屋に来てほしいんだ。キミとはぜひ、夜通し語り合いたい』
その軽い口調が何を意味するかがわからないほど、私も子どもでも世間知らずでもない。
だからホメロスさまがなぜそのような嫌味を飛ばしてくるかわかるし、それも仕方ないのではないかと思う。
けれど一方で、彼が思うのとは目的が違うとも胸を張って言える。
だって私にはゴリアテさんがいるし浮気するつもりなんか命の大樹に誓ってないのだ。
けれど。
「あの王子から嫌な感じがした。だから行かなきゃいけないと思う」
そこまで言い切るならばこんなお願いという名の命令なんて無視してデルカダールに帰れば良い。
恐らくマルティナ姫やグレイグさまの性格ならばそれを許してくれる。
そもそも天下のデルカダール兵が枕営業という方がむしろおかしいくらいなのだ。
けれども、自分の勘に基づいた疑念がそこに落ち着くことを許さなかった。
いつもはウマレースを開催する広い馬場で。
そして御前試合といってもやたらと開かれたこの国のこと、観客は王様や軍属の方々のみばかりでなく、観覧希望の国民までもが殺到したためだ。
ファーリス王子というのは相当な人気者らしい。
なぜこのような試合に、一般兵に過ぎない私が出場することになったのか。
なぜ相手が王の嫡男たるファーリス王子なのか。上の考えることは全くわからない。
が、風の噂に聞くところによると、なんでもこの線の細い王子の夢が、デルカダール帝国のそれもグレイグ将軍自ら指揮する部隊に入ることらしく、その試験のようなものを兼ねているのだとか。
それが本当だとするなら私が遣わされたのも頷けた。
まだ日が浅いとはいえ、グレイグ様の直属の部下であり腕っ節だけで言えば軍でもそこそこ上位。
一方でそれ以外の業務にはまだ明るくないため大した事務作業もできず、数日抜けたくらいでは問題にならない。
ついでに見栄えがする(と自分で言うのも難だが)若い女性兵。
あのカタブツおじさんに接待という概念があるかどうかは甚だ疑問だけれど、王子の相手として選出される条件は、我ながら満たしていそうだった。
そんなわけで軽く揉んでやるかーじゃないけれども、それくらいには軽いノリでこの出張を引き受けた。
なぜならばファーリス王子はその頭脳は優秀な反面武芸は全くだめだからだ。
これは噂などではなく、昔まだ勇者様たちが旅をしていた頃、ベロニカちゃんから何かの折に悪口同然に聞かされていた話。
なんでも以前、彼と共に砂漠の殺し屋と呼ばれる魔物・デスコピオンを退治したそうだが、実は彼は戦闘訓練なんかしたことがなく、てんで戦力にならなかったのだ。
それから【旅芸人シルビア】に騎士のなんたるかを叩き込まれ(色んな意味でどういうことなの)、心を入れ替えることになったのだそうだが。
とはいえ短い訓練期間で勝てるほど、私も甘い相手ではない。
伊達に(時々とはいえ)勇者様と肩を並べて戦ってきたわけではないし、グレイグさまやゴリアテさんたちの教えも受けてきた。
もちろん一人で戦ってきたことも含め、この妙に濃いキャリアは私の数少ないプライドの一つだ。
だからそう簡単には、負けるつもりなんてなかった。
「だが、負けた。所詮エルザ殿はそんなものだったというところか」
ここが宿屋の個室であるからか、登場にも言動にも一切の遠慮はなかった。
躊躇いなく言葉の毒を発射した金髪の剣の霊がくつくつととても愉快そうに笑う。
本当は今にも爆笑してしまいたいところを、キャラ崩壊を起こすからという理由でどうにか保っている風にさえ見えた。
色々あって私は死んだはずのホメロスさまと行動を共にしているが、スキあらば嫌味を言われるこの状況にはひたすらストレスを溜めるばかりだ。
「うるさいですよ…」
しかも今回ばかりは反論すらできない。ホメロスさまは現状事実しか言っていないからだ。
それほどまでに一方的に、蹂躙と言って差し支えないほどの実力の差を見せつけられた。
「ファーリス王子。ヘタレだと聞かされていたけれど、アレは天才かバケモノだよ。間違いなく。
…ホメロスさまだって思ってたでしょ?」
言い訳をするなと罵られるかもとは思ったが、素直な感想を口にする。意外なことに、ホメロスさまはぴたりとそこで真顔に戻る。
「三合打ち合う頃には理解したさ。剣の鋭さ、迷いのなさは一流の戦士と違わぬほどだ。
それに何よりもあの力……。まさしく人間離れしている。女の細腕では受けきれぬのも無理はないだろう。
…それにしても、あれほどまでの人材が埋もれていたとは俄には信じ難いが」
滔々と語るその感想は、私のそれとほぼほぼ一致している。当然だろう。
私の剣に憑いた霊なのだから、ファーリス王子の剣技をほとんど身を持って体験したのと変わらない。
「…あぁ、勘違い召されるなよエルザ殿。デルカダールの兵は飽くまでも男女平等。
故にあの王子の剣を受け切れなかった貴様を擁護するつもりなど微塵もない。己の鍛錬不足を自覚せよ」
「そうしますけど、…一体どの口がデルカダールを語るんですか」
ツッコミどころ満載の一言を付け足しながら、ホメロスさまは解説を締めくくる。
なんとか言い返して、どっとした疲労感を覚えたのでベッドの縁に腰掛ける。
改めてぐるりと辺りを見渡すと、金細工が施された水差しに花瓶に、茫洋たる海の絵画など、水にまつわる調度品が数々並んでいた。
砂漠において水は価値が高い。
高級な宿らしく、だからかそういったもので内装は飾り立てられていた。
なんだか落ち着かない。
そんな私を見下ろし、ホメロスさまは私を見下ろし、新たな疑問をぶつけてくる。
「ファーリス王子の部屋に行くのか」
無言で頷く。
……あの試合のあと、私はいたくファーリス王子に気に入られていた。
実力差こそあるが、その戦う姿が舞にでも興じているようで美しいとか可憐とか、正直意味がわからないがそんな理由だった。
人を褒めるのが得意なゴリアテさんにすら、そんなの言われたことはない。
「さすがは下賤のエルザ嬢。単純にもならぬ誘いに乗るあばずれ。あるいは売女。
これはさすがに、あのゴリアテ殿への同情すら禁じ得ぬ」
そして、何を勘違いしたのかホメロスさまは嫌味たっぷりににやにやと笑う。
こういう時の彼は幽霊であるにも関わらずとても目が輝いている。
顔は良く地位もあったから、生前は(余計な発言をしなければ)それはもうモテていたのだろうと思いつつ、私はやはり首を振って否定。
それでも私は嫌だ。ゴリアテさんを抜き考えても、嫌いだ。
いやそうじゃない。思考の軌道修正をしなければならなかった。
『夜にボクの部屋に来てほしいんだ。キミとはぜひ、夜通し語り合いたい』
その軽い口調が何を意味するかがわからないほど、私も子どもでも世間知らずでもない。
だからホメロスさまがなぜそのような嫌味を飛ばしてくるかわかるし、それも仕方ないのではないかと思う。
けれど一方で、彼が思うのとは目的が違うとも胸を張って言える。
だって私にはゴリアテさんがいるし浮気するつもりなんか命の大樹に誓ってないのだ。
けれど。
「あの王子から嫌な感じがした。だから行かなきゃいけないと思う」
そこまで言い切るならばこんなお願いという名の命令なんて無視してデルカダールに帰れば良い。
恐らくマルティナ姫やグレイグさまの性格ならばそれを許してくれる。
そもそも天下のデルカダール兵が枕営業という方がむしろおかしいくらいなのだ。
けれども、自分の勘に基づいた疑念がそこに落ち着くことを許さなかった。