第三回デルカダール軍特別会議
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「気に入らなさそうね」
その視線が射抜いた先は、私ではない。かなり上。
ゴリアテさんのその表情は、ついぞ見ないほどにひどく不機嫌そうだった。
「気にいるわけがないでしょう。アタシは反対よ。
だって、その剣を持つのはエルザちゃんでしょう?」
不快感を露わにした抗議に、マルティナさんはごく真面目な顔をして答えた。
「そうよ。ただし、もちろんホメロスに勝手な真似はさせない。
エルザには毎日報告書を出してもらうことにするわ。
この幽霊が、どういう言動を取ったか、包み隠さずね」
えっ。
さりげなく増えた業務内容に、しかし何も言えない。
何せ相手は組織のトップより更に上の地位に君臨しているのだ。
鳴り物入りとはいえ公務員の身分で、お上には逆らえるはずもない。
まあそれでも、チェックを入れるとすればマルティナさんになるのだろうから、それでいいのかな、なんて勝手に思う。
彼女ならば私の知能レベルも知っているだろうし、あまり畏まったものは要求してこなさそうな気がした。
「でも、マルティナちゃん。アナタ言ってたわよね?『ホメロスちゃんは口が上手い』。
エルザちゃんが丸め込まれたり……魔法なんかで洗脳される可能性もあるでしょう」
「今の私は全くの無力な存在だ。……メラすら使えぬ。
小娘相手とはいえ、できることはごく限られる」
ゴリアテさんの追及はごくまっとうなもの。
魔法はからっきしのため、想定すらしていなかったのだろう。
言葉に詰まるマルティナ姫に助け舟を出したのは、それまで罵倒しあっていたホメロスさまだった。
それまでの悪意や敵意はどこへやらといった風情で、眉尻さえ僅かに下がっている。
「それにしても、貴殿はやはり勘違いしている。
以前も言ったが、この女に洗脳の類は効かん。魔法によるものに限った話だがな。
この耐性の高さは、人間が持つものとしては異常と言える」
「ふむ。ホメロスも気づいておったか。いやはや、全く。面白い体質じゃ」
「出来損ない、と言うのですよロウ様。
これの魔力の使い方には、まるでセンスを感じない」
「言いたいことはわかるがの。しかしそうだと断定するにはさすがに尚早ではないか。
ワシはエルザと剣を交えたことがあるが、下手な大魔法の使い手より厄介であったぞ」
「魔法耐性は通常の人間であれば高が知れていますからな。
ところがエルザはこの一面に限って言えば、魔物と比肩すらし得る。
アラウネという呪文耐性だけは妙に高い魔物がいますが、あれを彷彿とさせるほどだ。
ゆえにセオリーを知っている者ほど虚を突かれるのもやむなし。
たしかに一芸に秀でているという点において異論はありませんよ。ですが……」
ホメロスさまの意見を補強でもするのかと思いきやロウさんが盛大に話の腰を折る。
ホメロスさまも止めればいいのに、むしろ水を得た魚のように、魔法談義に花が咲く。
「ホメロスめ。その悪い癖、治っていなかったのだな…」
その悪行以外でグレイグさまが親友に呆れる様を見るのはきっと珍しいことだろう。
先ほどまで対立していたはずの、魔法おたく二人のトーク内容はどんどん深みを増し、あっという間に混沌の領域へ。
時折エルザ、と自分の名前が出ているので多分話題は飽くまでも私のことなのだろうけれど、そこが私の残念な理解の終着点だった。
「とにかく」
ごちんとにぶい音がした。
決定的な瞬間は見逃したけれど、ロウさんがマルティナさんの足下で頭を押さえて蹲っている辺りで、何が起きたかは察する。
「シルビアの言い分はもっとも。あなたの心配は極力排除できるよう、最大限配慮するつもりよ。
正直面倒なことこの上ないけれど、いい機会だとも、私は思ったの」
物理的な強制終了を敢行したマルティナさんはきれいに微笑む。
小悪魔的な色香を排除した、ビジネス的な表情はあまり見たことがない。
世界が平和になったあとも、姫としてこの方は勝負の場数を踏み続けてきたのだ。
「魔法戦士はね、今この国にはエルザしかいないの。
この子の実力を本当の意味で底上げできるとすれば、それはあなたでもグレイグでもなく、同じ魔法戦士だったホメロスよ」
「それは、そうでしょうけれど……」
言い淀むゴリアテさんに、マルティナさんは更に畳み掛ける。
「……エルザはもう、あなたに守られるだけの存在じゃない。
デルカダール兵として、民を守る立場でもある。
自分でもちょっと短絡的だと思うけれど、私は毒を食べるなら皿までいくタイプよ。
シルビア。そしてエルザ。あなたたちはどうかしら?」
二人の……いや、この場にいる全員の注目が、再び私に集まる。
ある意味では最初よりよほど居たたまれない気分だ。
先ほど紅茶を飲んでおいてよかったとすら思う緊張感。
……いや、水でもいいからお代わりがほしい。
急速に口から喉にかけての水分が、急速に干上がっていく気がしで、思わず抑える。
「前提として……ゴリアテさんがもし少しでも嫌なら、私はすぐにこの考えを撤回します」
思ったよりずっと枯れた声だった。
ぴりっとした感覚にせき込みそうになるけれどそれはさすがに気のせいだ。
ゴリアテさんが少し眉を持ち上げる。
「ホメロスさまが……本当に改心して、私を、自分の代わりになるまで育成する……そのつもりなら。
私は、彼に協力してもいいと思う」
「理由を聞くわ。反対するのはそれからよ」
ゴリアテさんの声がひどく厳しい。
怒りを買う覚悟はしていたけれど、辛い。
それでも、兵士として生きる日常に紛れて薄れかけていた感情を、思い出してしまったのだ。
ブラックドラゴン戦の時に、ホメロス様に煽られたのが案外効いているのかもしれない。
「悔しかったの」
しん、と室内が静まり返る。
そのせいで時計の針が進む音だけが妙に際立った。
もしかしたら自分は泣くのではないかなと思ったけれど、そうでもない。
緊張でこわばる肩を、擦る。
「私、悔しかった。邪神と戦うみんなに協力しきれなかった自分が、許せなかった。
みんなを裏切った私を、みんなは許して、大切にしてくれたのに、私は何も返せなかった……。
自分より年が下のイレブンくんの方が、ずっと過酷な戦いを続けてきたのに、何をやってるんだって……何回も思った」
面白いくらいに声が震える。まったく愉快ではないけれど。
「今更だとは思う。私は、強くなりたい。
少しでもみんなの強さに報いることができるなら……ゴリアテさんを守ることができるなら。……私はホメロスさまを受け入れる」
静まり返った室内に、狂いもしない時計の音。
まぎれもない本音ではあるけど……どうも外したみたいだ。
上司の空気を読めなさが伝染ったみたいだと、唐突な責任転嫁を図る。
「……そう言われたら、アタシには否定できそうにないわ」
寂しそうに、でも少しだけ満足そうにゴリアテさんは微笑を浮かべる。
「それにしても、いつの間にかすっかりガンコになっちゃったわね。一体誰に似たのやら」
それでもホメロスさまに私を差し出すのは気に食わないのだろう。
普段あまり言わない嫌味がさすがに口をついて出ていた。
いやお前だろ、とその場にいるゴリアテさん以外の全員が、視線をもって返事をしていたけれど。
「……ゴリアテさん。ごめん。心配するなっていう方が無理だと思うけど」
みんなの前だけれど、けれどやはり自分もまだまだ若輩というところか。
衝動を抑えようという気持ちにはならなかった。
ゴリアテさんの手をそっととり、誓う。
騎士のそれに較べればきっとはるかに安いけれど、私にとっては何より重い誓いだった。
「それでも私の心には、あなただけ。
あんな性格最悪男が入るスキなんて……どこにもない」
彼はそれに少し驚いたようだった。数秒の間。
頬が微かに紅いのは、どうもチークのせいだけじゃなさそうなようで。
「ほんと、あなたって……」
笑いもしないけれど、怒っているわけでもない。
でも、無感情なわけでもない。
「ズルい子よね。前も言ったかもしれないけれど」
ひどく優しい声音。
でも、他の人には聞こえないような声量だったかもしれない。
瞼を伏せ、ゴリアテさんは自由な方の手を私の手に重ねた。
その視線が射抜いた先は、私ではない。かなり上。
ゴリアテさんのその表情は、ついぞ見ないほどにひどく不機嫌そうだった。
「気にいるわけがないでしょう。アタシは反対よ。
だって、その剣を持つのはエルザちゃんでしょう?」
不快感を露わにした抗議に、マルティナさんはごく真面目な顔をして答えた。
「そうよ。ただし、もちろんホメロスに勝手な真似はさせない。
エルザには毎日報告書を出してもらうことにするわ。
この幽霊が、どういう言動を取ったか、包み隠さずね」
えっ。
さりげなく増えた業務内容に、しかし何も言えない。
何せ相手は組織のトップより更に上の地位に君臨しているのだ。
鳴り物入りとはいえ公務員の身分で、お上には逆らえるはずもない。
まあそれでも、チェックを入れるとすればマルティナさんになるのだろうから、それでいいのかな、なんて勝手に思う。
彼女ならば私の知能レベルも知っているだろうし、あまり畏まったものは要求してこなさそうな気がした。
「でも、マルティナちゃん。アナタ言ってたわよね?『ホメロスちゃんは口が上手い』。
エルザちゃんが丸め込まれたり……魔法なんかで洗脳される可能性もあるでしょう」
「今の私は全くの無力な存在だ。……メラすら使えぬ。
小娘相手とはいえ、できることはごく限られる」
ゴリアテさんの追及はごくまっとうなもの。
魔法はからっきしのため、想定すらしていなかったのだろう。
言葉に詰まるマルティナ姫に助け舟を出したのは、それまで罵倒しあっていたホメロスさまだった。
それまでの悪意や敵意はどこへやらといった風情で、眉尻さえ僅かに下がっている。
「それにしても、貴殿はやはり勘違いしている。
以前も言ったが、この女に洗脳の類は効かん。魔法によるものに限った話だがな。
この耐性の高さは、人間が持つものとしては異常と言える」
「ふむ。ホメロスも気づいておったか。いやはや、全く。面白い体質じゃ」
「出来損ない、と言うのですよロウ様。
これの魔力の使い方には、まるでセンスを感じない」
「言いたいことはわかるがの。しかしそうだと断定するにはさすがに尚早ではないか。
ワシはエルザと剣を交えたことがあるが、下手な大魔法の使い手より厄介であったぞ」
「魔法耐性は通常の人間であれば高が知れていますからな。
ところがエルザはこの一面に限って言えば、魔物と比肩すらし得る。
アラウネという呪文耐性だけは妙に高い魔物がいますが、あれを彷彿とさせるほどだ。
ゆえにセオリーを知っている者ほど虚を突かれるのもやむなし。
たしかに一芸に秀でているという点において異論はありませんよ。ですが……」
ホメロスさまの意見を補強でもするのかと思いきやロウさんが盛大に話の腰を折る。
ホメロスさまも止めればいいのに、むしろ水を得た魚のように、魔法談義に花が咲く。
「ホメロスめ。その悪い癖、治っていなかったのだな…」
その悪行以外でグレイグさまが親友に呆れる様を見るのはきっと珍しいことだろう。
先ほどまで対立していたはずの、魔法おたく二人のトーク内容はどんどん深みを増し、あっという間に混沌の領域へ。
時折エルザ、と自分の名前が出ているので多分話題は飽くまでも私のことなのだろうけれど、そこが私の残念な理解の終着点だった。
「とにかく」
ごちんとにぶい音がした。
決定的な瞬間は見逃したけれど、ロウさんがマルティナさんの足下で頭を押さえて蹲っている辺りで、何が起きたかは察する。
「シルビアの言い分はもっとも。あなたの心配は極力排除できるよう、最大限配慮するつもりよ。
正直面倒なことこの上ないけれど、いい機会だとも、私は思ったの」
物理的な強制終了を敢行したマルティナさんはきれいに微笑む。
小悪魔的な色香を排除した、ビジネス的な表情はあまり見たことがない。
世界が平和になったあとも、姫としてこの方は勝負の場数を踏み続けてきたのだ。
「魔法戦士はね、今この国にはエルザしかいないの。
この子の実力を本当の意味で底上げできるとすれば、それはあなたでもグレイグでもなく、同じ魔法戦士だったホメロスよ」
「それは、そうでしょうけれど……」
言い淀むゴリアテさんに、マルティナさんは更に畳み掛ける。
「……エルザはもう、あなたに守られるだけの存在じゃない。
デルカダール兵として、民を守る立場でもある。
自分でもちょっと短絡的だと思うけれど、私は毒を食べるなら皿までいくタイプよ。
シルビア。そしてエルザ。あなたたちはどうかしら?」
二人の……いや、この場にいる全員の注目が、再び私に集まる。
ある意味では最初よりよほど居たたまれない気分だ。
先ほど紅茶を飲んでおいてよかったとすら思う緊張感。
……いや、水でもいいからお代わりがほしい。
急速に口から喉にかけての水分が、急速に干上がっていく気がしで、思わず抑える。
「前提として……ゴリアテさんがもし少しでも嫌なら、私はすぐにこの考えを撤回します」
思ったよりずっと枯れた声だった。
ぴりっとした感覚にせき込みそうになるけれどそれはさすがに気のせいだ。
ゴリアテさんが少し眉を持ち上げる。
「ホメロスさまが……本当に改心して、私を、自分の代わりになるまで育成する……そのつもりなら。
私は、彼に協力してもいいと思う」
「理由を聞くわ。反対するのはそれからよ」
ゴリアテさんの声がひどく厳しい。
怒りを買う覚悟はしていたけれど、辛い。
それでも、兵士として生きる日常に紛れて薄れかけていた感情を、思い出してしまったのだ。
ブラックドラゴン戦の時に、ホメロス様に煽られたのが案外効いているのかもしれない。
「悔しかったの」
しん、と室内が静まり返る。
そのせいで時計の針が進む音だけが妙に際立った。
もしかしたら自分は泣くのではないかなと思ったけれど、そうでもない。
緊張でこわばる肩を、擦る。
「私、悔しかった。邪神と戦うみんなに協力しきれなかった自分が、許せなかった。
みんなを裏切った私を、みんなは許して、大切にしてくれたのに、私は何も返せなかった……。
自分より年が下のイレブンくんの方が、ずっと過酷な戦いを続けてきたのに、何をやってるんだって……何回も思った」
面白いくらいに声が震える。まったく愉快ではないけれど。
「今更だとは思う。私は、強くなりたい。
少しでもみんなの強さに報いることができるなら……ゴリアテさんを守ることができるなら。……私はホメロスさまを受け入れる」
静まり返った室内に、狂いもしない時計の音。
まぎれもない本音ではあるけど……どうも外したみたいだ。
上司の空気を読めなさが伝染ったみたいだと、唐突な責任転嫁を図る。
「……そう言われたら、アタシには否定できそうにないわ」
寂しそうに、でも少しだけ満足そうにゴリアテさんは微笑を浮かべる。
「それにしても、いつの間にかすっかりガンコになっちゃったわね。一体誰に似たのやら」
それでもホメロスさまに私を差し出すのは気に食わないのだろう。
普段あまり言わない嫌味がさすがに口をついて出ていた。
いやお前だろ、とその場にいるゴリアテさん以外の全員が、視線をもって返事をしていたけれど。
「……ゴリアテさん。ごめん。心配するなっていう方が無理だと思うけど」
みんなの前だけれど、けれどやはり自分もまだまだ若輩というところか。
衝動を抑えようという気持ちにはならなかった。
ゴリアテさんの手をそっととり、誓う。
騎士のそれに較べればきっとはるかに安いけれど、私にとっては何より重い誓いだった。
「それでも私の心には、あなただけ。
あんな性格最悪男が入るスキなんて……どこにもない」
彼はそれに少し驚いたようだった。数秒の間。
頬が微かに紅いのは、どうもチークのせいだけじゃなさそうなようで。
「ほんと、あなたって……」
笑いもしないけれど、怒っているわけでもない。
でも、無感情なわけでもない。
「ズルい子よね。前も言ったかもしれないけれど」
ひどく優しい声音。
でも、他の人には聞こえないような声量だったかもしれない。
瞼を伏せ、ゴリアテさんは自由な方の手を私の手に重ねた。