Hevenly sun
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殺された仲間と同じ絶望に囚われている真っ最中であるボクにとっても、現状が異常極まりないことはわかった。
ビビアンだけではない。
サイデリアやベロリンマン、ファーリスはもちろん、敵であるバリクナジャやホロゴーストも微動だにしなくなっていた。
最初は魔物の術か罠かとすぐに疑ったが、どうやら違うらしい。
子どもたちが変異させられたシャドーやその他有象無象の魔物の動きまでもが全く止まってしまったことから明らかだった。
ボク以外の時がなんの脈絡もなく止まった。…そうとしか言いようがない。
「肉体的制約から解き放たれることでナントカの力を行使できる。こうして、時を停めることすら。
…うーん。あの青髪のお姉さん、怪しかったけど本当のことは言ってたみたいね」
そしてさほど時が経っていないにも拘わらず、ひどく懐かしく感じてしまう声が背後からした。
振り向くといけ好かないそいつは、なんともいけ好かない笑みを浮かべる。
「助けに来たよ、ラゴス。今度は、私があなたを引っ張り上げる番」
生前のどこか張りつめたような雰囲気とは違う、穏やかな声。穏やかな笑み。
そうして与えてくる安心感がシルビアさんのそれと酷似していて気に入らなくて、眉間にシワが寄る。
「不快だ。やはりお前のことは好きになれそうにもない」
「それでこそラゴスだよ」
「ボクはラゴスじゃ…っ!」
思わず、いつものように怒ってしまう。そんなボクをそいつ――エルザはただ見ていた。
「…すまない。あの時のお前の気持ちが、今のボクにはわかるんだ。ボクはお前に」
「私謝ってもらいに来たんじゃないよ」
しん、と無音になる。辺りをしばし見渡し、エルザはボクに向き直る。
無駄な感情は感じさせない、ただ努めて淡々と振る舞っていた。
「…時間がないの。生前にはあまり思わなかったけれど、今は少しでも消費魔力を抑えたい。
時を止めるってね、力がいるのよ。そもそもまずいことみたいだし。とにかく、手短に済ませたい」
「ああ…」
呆気に取られながら返事をしてしまう。
ボクが知っているエルザとは、恐らくすでに違う存在のようだ。
どこか超越者めいた雰囲気すら漂わせながら、恋敵だった女は続ける。
「私の魔力をハンサム。あなたにあげようと思う」
「…は?」
聞き返す声が裏返る。いくら事情があってそうるする必要があるとはいえ、手短すぎだ。
理解が追いつかないボクをこの女ときたら鼻で笑った。
なんでボクこんな女のために泣いてビビアンにまで縋ったのかわからなくなってくる。
「MPパサーだよ、ハンサム。私が今から使うのはそんなのメじゃないけどね」
ぽかんとするボクにそんな説明をしてくるが、そういう答えは正直求めていなかった。
その様子に気づいたのか、時間がないと言う割にエルザは長々と説明を始める。
「それともこっちのが聞きたかったかな。
『なんでエルザがそんな膨大な魔力を持っているのか?』
…正直これは私にもわからない。
ベロリンマンと同じで、自分の出自すらよく知らないから」
「違う、そうじゃない……」
弱々しく、首を振る。ボクはエルザが、いつの間にか大事な仲間と認識していた恋敵が急速にわからなくなっていた。
「どういう風の吹き回しだ。なんで、ボクなんだ…。
それに、そんな大量に魔力を使ったら、肉体のないお前はどうなってしまうんだ?」
「ハンサムって、なんだかんだで優しいよね」
エルザは苦笑して、ゆっくり歩み寄ってくる。それから不意に、抱きついてきた。
…といっても相手は霊体であり、なんの感触もない。とはいえ、思うところはある。
「おいお前!何するんだ!シルビアさんはどうした!気持ち悪い、離れろ!」
自然と出てくる罵倒の言葉などエルザは気にしなかった。
ただそうする必要があるんだと説明してきた。…どこまで本当かわからないが。
「本当は私だって嫌だよ、シルビアさんが良かった。でもね、妥協先ならハンサムが一番。…だって、私を仲間として大切に思ってくれてるから」
肩に顎を乗せるエルザの表情はもはや窺えない。
「私のこと心配してくれて、嬉しかった」
心底不満そうに、それでもある面では満足そうな、そんな矛盾とすら言える感情は読み取れた。
そんなエルザの身体が、輝き出す。
「私は死んでるし、もう肉体もない。
ここでありったけの魔力を使ったら、消滅するかも知れない……っていうのはさすがに冗談だけど」
「こんな時に冗談ってお前…」
「…本当に消滅するとしても私は同じやり方を選んでた。
ハンサムに、みんなに生き残ってほしいから」
光がますます強くなる。
単純にその眩しさで目が開けていられなくなって、閉じる。その闇すら光に灼かれるようだ。
エルザの声しか、聞こえなくなる。
天上の太陽のような声は、たとえばこんな感じなのだろうかと場違いにも思う。
しかしすぐに否定。だってこいつはあくまで恋敵で、仲間でしかない。
「ちなみになんだけど、私の魔力は一回しか使えないから。
固着までは無理みたい。…一発でかいのかましてきてよ、私の代わりに」
なんにせよ。ボクはエルザの意を組んでやる必要があるらしい。
あの時、ボクが無理にこいつを引っ張りあげたように、今同じことをされている。
ある種の意趣返しに屈辱すら覚えるが、それほど悪い気分ではなかった。
そんな折不意に、今となっては懐かしい場面が脳裏に浮かぶ。
遺跡の入り口で調子に乗って、ファーリスに叱られた時だ。
随分昔に感じるが、この過酷な旅において数少ない手放しに楽しいと思えた部分だった。
…ああこれが。
「ライバル同士が組むと最強というやつか」
エルザは何も答えない。けれど否定されたわけではないということはわかる。
その程度にはこの女のことは理解しているし、それを不快に思うことももうない。
「さよなら、ハンサム。シルビアさんをよろしくね」
女の結びの言葉にそれでも強い寂寥感を覚える。目を閉じた絶対的な闇でさえ光に飲み込まれた。