Hevenly sun
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ウソだろ!!おい、エルザ!!ベロリンマン!!返事をしろ!!おい!!!」
ハンサムくんが半分パニック状態に陥ったようにバンバンと壁画を叩くが、そのへんにしておいてほしい。
なぜならばそれはおそらく、歴史的な面でも芸術的な面でも価値が高く、貴重な品だから。
そんなことを思ってはみるものの、彼を口に出して咎めることもまたできなかった。
クールを気取っているハンサムくん本人は恐らく認めないだろうが、彼はボクらの中で一番仲間意識が強い。
このような事態になっては取り乱してしまうのも無理からぬことだ。
「おいファーリス!話が違うじゃないか!!これは一体どういうことだ!?」
「話が違うと言われてもだね…」
ここでボクも取り乱そうと思えば簡単にできたけれど、そういうわけにもいかない。
むしろボクだけでも冷静でいるべきだ、落ち着けと高鳴る胸を押さえつける。
優男風に言うとすればこれが恋ならば良かったのにというところか。
まったくくだらない思考だが、そうでもしなければボクだって平常心が保てなかった。
とにかく、落ち着け、ファーリス。
予想外の事態に狼狽える軍師など三流も良いところだ。
ボクの憧れの騎士の一人であるデルカダールのホメロス軍師ならばと考える。
あの人ならばきっと、こんな異常な状況だって冷徹とまで言われるその頭脳で、あっと言う間に切り抜けてしまうのに違いなかった。
幾度か深呼吸をして頭を冷やし、壁画と向き合う。
隣ではハンサムくんがまだ何かを喚きながらそれを叩いている。
やめてほしいなぁとやっぱり思いながらも、それを横目に、先程この絵に引きずり込まれてしまったエルザくんの行動を思い出す。
危険を承知で、そっと触れてみる――彼女がそうしたように。
しかし、何も怒らない。ハンサムくんと同じように。
「ハンサムくん」
「なんだ…?」
怒鳴り疲れたのか、ハンサムくんの息は乱れ声も掠れていた。
が、さすがに自業自得なので気にせず話を進める。
「エルザくんは、絵を触った結果引きずり込まれていった。
ボクらは同じことをしてもまったく何も起こらない。彼女は何か特別なことをしたのかな?」
「さあ…?ボクもあいつのことは一々見てないからな。触れただけのはずだ、それだけしかわからない」
しっかり見ているじゃないかと内心ツッコミを入れつつ、考える。ボクらと彼女の違いを。そして。
「ではベロリンマンはなぜここを行き来できた?彼は何者か聞いても良いかい?」
彼女と、ベロリンマンと呼ばれている男の共通点を。
「ベロリンマン…。あいつは、ボクやビビアンたちと同じ、グロッタの闘士だ。
だが、ボクらはそれしか知らない」
「それしか、と言うと?」
「とにかく謎なんだ。出自は自分ですらわからないらしい。難なら見た目も特徴ありすぎるだろ」
「確かに、一度見たら忘れられない部類の顔かも知れないね」
どんぐり眼という言葉を説明する時に持ち出す例としてはこれ以上ないと断言できそうなくらいまん丸な目。
謎の隈取り。だらりと伸びた長い舌。
顔は本当に一瞬見ただけだが。
ベロリンマンというインパクト抜群の名前といい、多分ボクは死ぬまで忘れられないと思う。
いかに世の中が広くまたいかにボクの見聞が狭いか思い知らされた。
「感想を言ってる場合か。とにかく、あいつは謎なんだ。分身までするしな」
「分身?」
「ああ。どういう仕組みかわからないが実体もある。四人になる」
「ちょちょちょ、ハンサムくん?ボクは今ベロリンマンという人間の話をしているんだけど」
「ああ。だから、ベロリンマンという人間の話だ。
…そういえば、魔物の血が混じってるってくだらない噂も聞いたな。
とにかく、そんなヤツなんだよあの男は。悪いヤツじゃないんだがな…」
そこまでハンサムくんは澱みなく言い、しかし次にははっと自分の言動が信じられないと言わんばかりに口元を押さえた。
「悪いヤツじゃ、ないんだよな…?」
それはボクに対する質問ではなかった。
みるみる、彼の目に猜疑の色が浮かび上がってくる。
かつての仲間を疑うのは精神的にキツイのだろう、顔色も急速に悪くなっていった。
「ベロリンマンが悪いヤツかどうかは、ボクにはわからないよ、ハンサムくん。彼に会って確かめないと」
ボクはボクに向けられていない疑問であるにも関わらずそう答えた。
すごく上から目線だが、これ以上自分の思考に入ってもらっても困った。だってどうせ答えは出ないのだから。
「会うと言っても。ボクたちは絵の中に入れないんだぞ?どうするんだよ。
エルザがいない以上、お前が言うところの最後の手段も使えないだろ」
「そうだね。ハンサムくんでダメなら、ボクには到底無理だ」
『ベロリンマンが魔物の血を引いている噂』というのがボクはどうにも気になった。
というかこの噂が本当であると仮定したとき、一つの(こじつけに近いかも知れないが)仮説が生まれるのだ。
そんな感じに前置いて、話してみる。
「この絵は、フィルターのような役割を果たしているのかも知れない……。
言うなれば強い魔力を持つ者のみを通す門だ」
「どういう意味だ?」
「…そう聞かれると説明は難しいのだが。
逆に質問するが、魔物と人間の違いって、ハンサムくんは具体的にはどういうものがあると思う?」
ハンサムくんは格好こそ(パレードの服を着ている今は特に)浮かれているが、元来真面目な気質なのだろう。
こんな的も射ないようないい加減な質問にも腕を組み実に真剣に考える。
「まず、見た目が違うな。それから気質も。奴らは大抵興奮しやすく、凶暴で好戦的だ。
それから略奪も好むし、――えっと他には」
聞いておいて悪いがキリがないので勝手に切り上げさせてもらう。
「ボクら人間とは持っている魔力量が違う。
スライムですらボクみたいなただの人間よりは遥かに多いだろう。系統にもよるんだがね。
特にシャドーのようなエレメント系の魔物は身体の殆どが魔力で構成されているそうだよ。
ここはそういった魔力量の多い魔物――もとい、生物だけが出入りできるように作られている」
「…なるほど?じゃあなんでエルザは」
最もな疑問をハンサムくんは口にする。もちろん予想範囲内だ。
「簡単な話だ。さっきも言っただろう、彼女の持っている魔力量は人間の中ではずば抜けている。
上位の魔物とも比肩し得る存在だ。
生かす術がMPパサーしかないのが悔やまれると本人は言っていたが。
とにかく、何の気なく通れたって何ら不自然じゃない」
便宜上『見破りの望遠鏡』と名付けたアーティファクトを通してエルザくんを見た時は、その潜在魔力の多さ(少なくともサマディーのどの兵士も敵わない)に驚いたものだ。
本人の言うとおり才能を活かしきれないちぐはぐさにもまた。
きちんとしたところに師事すればまた違ったのかもしれないが。
あるいは彼女のように優れた才能を持ちながらもめぐり合わせが悪く、何も残さず時代に消えていく者も少なからずいるのだろうと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
いずれにしても、常時マジックバリアを張っている状態と変わらないまでの強い魔力を溢れさせている彼女ならば、特別に何もせずとも絵の門に認められ、あちら側に行けるのも納得できる。
「…ベロリンマンもそうなのか?アイツが、呪文を使っているところを見たことがないが」
「ベロリンマンについては、先ほどキミ自身が言っていたじゃないか。
『魔物の血が交ざっているかも知れない』と。
それが本当なら、ここを通れる。理屈も通る」
「ファーリス。お前は頭が良いくせに信じるのか?あの荒唐無稽な噂を」
信じられないものを見る目でハンサムくんはボクを見る。ボクはゆっくりと首を振る。
「真実は例の望遠鏡が教えてくれるさ。その必要があるかはわからないが。
それに単にベロリンマンは、エルザくんと同じく生まれながら持っている魔力は多くも、それを扱う才能には恵まれてないだけかも知れないしね。
とにかく、なぜここに入れたかという疑問を解決する手がかりとして以外では、彼の正体は今は大して重要ではないんだ。
無論エルザくんは心配だが」
個人的にはベロリンマンは結局何者なのか大いに気になったが、それもまあとにかく。
「この仮定が正しければ、向こうにボクたちは行けない。だが、方法はないわけじゃない」
「なら早くその方法とやらを教えろ。モタモタしている暇はないだろ!」
いや、全くそのとおりだ。そのとおりなんだが…。
「方法はあるが、ボクたちにはできないんだ、どう足掻いてもね。
ビビアンくんたちがこちらに来ないことには…」
「ビビアン!?ファーリス、お前!」
ボクの言動の何がハンサムくんに火をつけたかわからない。
胸ぐらを掴まれ、間近で怒鳴られ恐怖を覚える中で一つ言えることは、いつの間にやらボクが彼からの信頼を失っていたという事実。
「エルザだけでは飽き足らずビビアンにまで犠牲を強いる気か!!」
「違うんだ、ハンサムくん!」
「何が違うんだ、何が!
エルザは結果的にはああなったが、そうでなきゃお前、あいつを生贄にするつもりだったんだろうが!
お前は確かに頭は良い、ボクたちは確かに助けられているし感謝はしている。だがな!」
彼の怒りは今回のことだけではなかったことにようやくボクは気づいた。
「お前はやはり所詮『王子』だよ。ボクたちを駒としか思っていない。
だからそんな誰かを犠牲にするような作戦が、平気で立てられる」
「ハンサムくん……」
激昂の熱量がすっと引いていくのがわかる。
けれども静かに言葉を紡ぐ彼の言葉はより深くボクを抉る。
そうか、そういう風に思われてしまっていたのか。ボクは己の間違いを悟った。
ボクはあの日シルビアさんに叱咤激励されてから己を見つめ直し、生まれ変わろうと誓った。
ほとんど握ったこともない剣を取り、兵士に雑って訓練もした。
元々あまり戦いの才能に恵まれていないボクはやはり弱く、今までサボっていたツケですぐにバテるし、強くなる誓いはあっと言う間に崩れそうになったものだった。
……しかし。
ある夜現実逃避がてら砂漠の殺し屋ことデスコピオンの研究をしていた時ボクはボクの強みに気づいた。
それは、ボクは楽をするためならあらゆる努力をすることができるということ。
というと聞こえはかなり悪いが、しかし事実だ。
公務と訓練の合間を縫ってちまちまと行っていたデスコピオン対策も、言ってしまえば楽にヤツを倒す攻略法を編み出す努力をしていたというわけで。
そして実際にそれは、先日大発生したそいつらに対し有効打となった(結局数に負けたが)。
とにかく、楽をすることは決して悪いわけじゃない。
そのぶん細部にまで気を払え、ひいては民を守ることに繋がる。
言うなれば人民の効率化。
ボク独りの力は大したことないが、上に立つ者としては必須のスキルだと思う。
ボクはこれが意外と得意かもしれない。
確かに以前のボクはシルビアさんの言うとおり卑怯者だった。
だが、その卑怯者という本質の中にこそボク自身の強みがあったのだと言えた。
だが。
ボクは間違った。
シルビアさんの恋人のエルザくん(あの人が選んだだけありやはりタダモノではない)が頼りにしてきてくれた時は正直嬉しかった。
始めての国外の案件だけに必ず解決してみせると内心燃え上がったものだったし、実際にボクのした推理はことごとく当たっていた。
トラブルはあったものの、このまま事件解決まで邁進できるものだと思っていた。
とんだ思い上がりだったのだ。
一番効率的な最短ルートを求めるあまり、一番重要な人命を知らぬうちに軽視していた。
ボクはみんなを守ると言いながらそのみんなをチェスか何かの駒扱いしていたのだ。
また、皮肉なことにエルザくんは思考をあえて停止させて任務に挑むという、ある意味傭兵としての本分に優れている面も災いした。
彼女はボクを全面的に信頼しすぎていたし、文句を言わず従いすぎていた。
ボクはちっとも完璧ではなかったのに。
ボクは彼女の性質に甘えていたにすぎないのだった。
「…すまない、ハンサムくん。キミの怒りはもっともだ」
謝罪するしかなかった。いや、それは良いのだ。
またボクは口ばかりの卑怯者になりかけていた、それを止めてくれたハンサムくんには感謝する。
「しかしボクが言えた義理ではないが、今は仲間割れをしている場合じゃない。
そしてボクはキミに言われたことは肝に銘じるが、それでもまた調子に乗って間違うかも知れない。
…キミがおかしいと思ったら、止めてくれ」
「あ、ああ…ボクこそガラにもなく熱くなってしまった」
すまん、とハンサムくんは謝罪の言葉を受ける。
基本的に今は自己主張している場合ではないのだ。ケンカなどもっての外。
そんなこと、彼もわかっていたに決まっている。
それでも言わなければならないほどのことをボクはしでかしてしまった。本当にまだまだだ。
「とにかく、二人を待とう。信じてもらえないとは思う。
しかし、ビビアンくんに負担は強いても危険は犯させない。絶対にだ」
ハンサムくんが半分パニック状態に陥ったようにバンバンと壁画を叩くが、そのへんにしておいてほしい。
なぜならばそれはおそらく、歴史的な面でも芸術的な面でも価値が高く、貴重な品だから。
そんなことを思ってはみるものの、彼を口に出して咎めることもまたできなかった。
クールを気取っているハンサムくん本人は恐らく認めないだろうが、彼はボクらの中で一番仲間意識が強い。
このような事態になっては取り乱してしまうのも無理からぬことだ。
「おいファーリス!話が違うじゃないか!!これは一体どういうことだ!?」
「話が違うと言われてもだね…」
ここでボクも取り乱そうと思えば簡単にできたけれど、そういうわけにもいかない。
むしろボクだけでも冷静でいるべきだ、落ち着けと高鳴る胸を押さえつける。
優男風に言うとすればこれが恋ならば良かったのにというところか。
まったくくだらない思考だが、そうでもしなければボクだって平常心が保てなかった。
とにかく、落ち着け、ファーリス。
予想外の事態に狼狽える軍師など三流も良いところだ。
ボクの憧れの騎士の一人であるデルカダールのホメロス軍師ならばと考える。
あの人ならばきっと、こんな異常な状況だって冷徹とまで言われるその頭脳で、あっと言う間に切り抜けてしまうのに違いなかった。
幾度か深呼吸をして頭を冷やし、壁画と向き合う。
隣ではハンサムくんがまだ何かを喚きながらそれを叩いている。
やめてほしいなぁとやっぱり思いながらも、それを横目に、先程この絵に引きずり込まれてしまったエルザくんの行動を思い出す。
危険を承知で、そっと触れてみる――彼女がそうしたように。
しかし、何も怒らない。ハンサムくんと同じように。
「ハンサムくん」
「なんだ…?」
怒鳴り疲れたのか、ハンサムくんの息は乱れ声も掠れていた。
が、さすがに自業自得なので気にせず話を進める。
「エルザくんは、絵を触った結果引きずり込まれていった。
ボクらは同じことをしてもまったく何も起こらない。彼女は何か特別なことをしたのかな?」
「さあ…?ボクもあいつのことは一々見てないからな。触れただけのはずだ、それだけしかわからない」
しっかり見ているじゃないかと内心ツッコミを入れつつ、考える。ボクらと彼女の違いを。そして。
「ではベロリンマンはなぜここを行き来できた?彼は何者か聞いても良いかい?」
彼女と、ベロリンマンと呼ばれている男の共通点を。
「ベロリンマン…。あいつは、ボクやビビアンたちと同じ、グロッタの闘士だ。
だが、ボクらはそれしか知らない」
「それしか、と言うと?」
「とにかく謎なんだ。出自は自分ですらわからないらしい。難なら見た目も特徴ありすぎるだろ」
「確かに、一度見たら忘れられない部類の顔かも知れないね」
どんぐり眼という言葉を説明する時に持ち出す例としてはこれ以上ないと断言できそうなくらいまん丸な目。
謎の隈取り。だらりと伸びた長い舌。
顔は本当に一瞬見ただけだが。
ベロリンマンというインパクト抜群の名前といい、多分ボクは死ぬまで忘れられないと思う。
いかに世の中が広くまたいかにボクの見聞が狭いか思い知らされた。
「感想を言ってる場合か。とにかく、あいつは謎なんだ。分身までするしな」
「分身?」
「ああ。どういう仕組みかわからないが実体もある。四人になる」
「ちょちょちょ、ハンサムくん?ボクは今ベロリンマンという人間の話をしているんだけど」
「ああ。だから、ベロリンマンという人間の話だ。
…そういえば、魔物の血が混じってるってくだらない噂も聞いたな。
とにかく、そんなヤツなんだよあの男は。悪いヤツじゃないんだがな…」
そこまでハンサムくんは澱みなく言い、しかし次にははっと自分の言動が信じられないと言わんばかりに口元を押さえた。
「悪いヤツじゃ、ないんだよな…?」
それはボクに対する質問ではなかった。
みるみる、彼の目に猜疑の色が浮かび上がってくる。
かつての仲間を疑うのは精神的にキツイのだろう、顔色も急速に悪くなっていった。
「ベロリンマンが悪いヤツかどうかは、ボクにはわからないよ、ハンサムくん。彼に会って確かめないと」
ボクはボクに向けられていない疑問であるにも関わらずそう答えた。
すごく上から目線だが、これ以上自分の思考に入ってもらっても困った。だってどうせ答えは出ないのだから。
「会うと言っても。ボクたちは絵の中に入れないんだぞ?どうするんだよ。
エルザがいない以上、お前が言うところの最後の手段も使えないだろ」
「そうだね。ハンサムくんでダメなら、ボクには到底無理だ」
『ベロリンマンが魔物の血を引いている噂』というのがボクはどうにも気になった。
というかこの噂が本当であると仮定したとき、一つの(こじつけに近いかも知れないが)仮説が生まれるのだ。
そんな感じに前置いて、話してみる。
「この絵は、フィルターのような役割を果たしているのかも知れない……。
言うなれば強い魔力を持つ者のみを通す門だ」
「どういう意味だ?」
「…そう聞かれると説明は難しいのだが。
逆に質問するが、魔物と人間の違いって、ハンサムくんは具体的にはどういうものがあると思う?」
ハンサムくんは格好こそ(パレードの服を着ている今は特に)浮かれているが、元来真面目な気質なのだろう。
こんな的も射ないようないい加減な質問にも腕を組み実に真剣に考える。
「まず、見た目が違うな。それから気質も。奴らは大抵興奮しやすく、凶暴で好戦的だ。
それから略奪も好むし、――えっと他には」
聞いておいて悪いがキリがないので勝手に切り上げさせてもらう。
「ボクら人間とは持っている魔力量が違う。
スライムですらボクみたいなただの人間よりは遥かに多いだろう。系統にもよるんだがね。
特にシャドーのようなエレメント系の魔物は身体の殆どが魔力で構成されているそうだよ。
ここはそういった魔力量の多い魔物――もとい、生物だけが出入りできるように作られている」
「…なるほど?じゃあなんでエルザは」
最もな疑問をハンサムくんは口にする。もちろん予想範囲内だ。
「簡単な話だ。さっきも言っただろう、彼女の持っている魔力量は人間の中ではずば抜けている。
上位の魔物とも比肩し得る存在だ。
生かす術がMPパサーしかないのが悔やまれると本人は言っていたが。
とにかく、何の気なく通れたって何ら不自然じゃない」
便宜上『見破りの望遠鏡』と名付けたアーティファクトを通してエルザくんを見た時は、その潜在魔力の多さ(少なくともサマディーのどの兵士も敵わない)に驚いたものだ。
本人の言うとおり才能を活かしきれないちぐはぐさにもまた。
きちんとしたところに師事すればまた違ったのかもしれないが。
あるいは彼女のように優れた才能を持ちながらもめぐり合わせが悪く、何も残さず時代に消えていく者も少なからずいるのだろうと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
いずれにしても、常時マジックバリアを張っている状態と変わらないまでの強い魔力を溢れさせている彼女ならば、特別に何もせずとも絵の門に認められ、あちら側に行けるのも納得できる。
「…ベロリンマンもそうなのか?アイツが、呪文を使っているところを見たことがないが」
「ベロリンマンについては、先ほどキミ自身が言っていたじゃないか。
『魔物の血が交ざっているかも知れない』と。
それが本当なら、ここを通れる。理屈も通る」
「ファーリス。お前は頭が良いくせに信じるのか?あの荒唐無稽な噂を」
信じられないものを見る目でハンサムくんはボクを見る。ボクはゆっくりと首を振る。
「真実は例の望遠鏡が教えてくれるさ。その必要があるかはわからないが。
それに単にベロリンマンは、エルザくんと同じく生まれながら持っている魔力は多くも、それを扱う才能には恵まれてないだけかも知れないしね。
とにかく、なぜここに入れたかという疑問を解決する手がかりとして以外では、彼の正体は今は大して重要ではないんだ。
無論エルザくんは心配だが」
個人的にはベロリンマンは結局何者なのか大いに気になったが、それもまあとにかく。
「この仮定が正しければ、向こうにボクたちは行けない。だが、方法はないわけじゃない」
「なら早くその方法とやらを教えろ。モタモタしている暇はないだろ!」
いや、全くそのとおりだ。そのとおりなんだが…。
「方法はあるが、ボクたちにはできないんだ、どう足掻いてもね。
ビビアンくんたちがこちらに来ないことには…」
「ビビアン!?ファーリス、お前!」
ボクの言動の何がハンサムくんに火をつけたかわからない。
胸ぐらを掴まれ、間近で怒鳴られ恐怖を覚える中で一つ言えることは、いつの間にやらボクが彼からの信頼を失っていたという事実。
「エルザだけでは飽き足らずビビアンにまで犠牲を強いる気か!!」
「違うんだ、ハンサムくん!」
「何が違うんだ、何が!
エルザは結果的にはああなったが、そうでなきゃお前、あいつを生贄にするつもりだったんだろうが!
お前は確かに頭は良い、ボクたちは確かに助けられているし感謝はしている。だがな!」
彼の怒りは今回のことだけではなかったことにようやくボクは気づいた。
「お前はやはり所詮『王子』だよ。ボクたちを駒としか思っていない。
だからそんな誰かを犠牲にするような作戦が、平気で立てられる」
「ハンサムくん……」
激昂の熱量がすっと引いていくのがわかる。
けれども静かに言葉を紡ぐ彼の言葉はより深くボクを抉る。
そうか、そういう風に思われてしまっていたのか。ボクは己の間違いを悟った。
ボクはあの日シルビアさんに叱咤激励されてから己を見つめ直し、生まれ変わろうと誓った。
ほとんど握ったこともない剣を取り、兵士に雑って訓練もした。
元々あまり戦いの才能に恵まれていないボクはやはり弱く、今までサボっていたツケですぐにバテるし、強くなる誓いはあっと言う間に崩れそうになったものだった。
……しかし。
ある夜現実逃避がてら砂漠の殺し屋ことデスコピオンの研究をしていた時ボクはボクの強みに気づいた。
それは、ボクは楽をするためならあらゆる努力をすることができるということ。
というと聞こえはかなり悪いが、しかし事実だ。
公務と訓練の合間を縫ってちまちまと行っていたデスコピオン対策も、言ってしまえば楽にヤツを倒す攻略法を編み出す努力をしていたというわけで。
そして実際にそれは、先日大発生したそいつらに対し有効打となった(結局数に負けたが)。
とにかく、楽をすることは決して悪いわけじゃない。
そのぶん細部にまで気を払え、ひいては民を守ることに繋がる。
言うなれば人民の効率化。
ボク独りの力は大したことないが、上に立つ者としては必須のスキルだと思う。
ボクはこれが意外と得意かもしれない。
確かに以前のボクはシルビアさんの言うとおり卑怯者だった。
だが、その卑怯者という本質の中にこそボク自身の強みがあったのだと言えた。
だが。
ボクは間違った。
シルビアさんの恋人のエルザくん(あの人が選んだだけありやはりタダモノではない)が頼りにしてきてくれた時は正直嬉しかった。
始めての国外の案件だけに必ず解決してみせると内心燃え上がったものだったし、実際にボクのした推理はことごとく当たっていた。
トラブルはあったものの、このまま事件解決まで邁進できるものだと思っていた。
とんだ思い上がりだったのだ。
一番効率的な最短ルートを求めるあまり、一番重要な人命を知らぬうちに軽視していた。
ボクはみんなを守ると言いながらそのみんなをチェスか何かの駒扱いしていたのだ。
また、皮肉なことにエルザくんは思考をあえて停止させて任務に挑むという、ある意味傭兵としての本分に優れている面も災いした。
彼女はボクを全面的に信頼しすぎていたし、文句を言わず従いすぎていた。
ボクはちっとも完璧ではなかったのに。
ボクは彼女の性質に甘えていたにすぎないのだった。
「…すまない、ハンサムくん。キミの怒りはもっともだ」
謝罪するしかなかった。いや、それは良いのだ。
またボクは口ばかりの卑怯者になりかけていた、それを止めてくれたハンサムくんには感謝する。
「しかしボクが言えた義理ではないが、今は仲間割れをしている場合じゃない。
そしてボクはキミに言われたことは肝に銘じるが、それでもまた調子に乗って間違うかも知れない。
…キミがおかしいと思ったら、止めてくれ」
「あ、ああ…ボクこそガラにもなく熱くなってしまった」
すまん、とハンサムくんは謝罪の言葉を受ける。
基本的に今は自己主張している場合ではないのだ。ケンカなどもっての外。
そんなこと、彼もわかっていたに決まっている。
それでも言わなければならないほどのことをボクはしでかしてしまった。本当にまだまだだ。
「とにかく、二人を待とう。信じてもらえないとは思う。
しかし、ビビアンくんに負担は強いても危険は犯させない。絶対にだ」