Hevenly sun
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「いざ対峙してみると、思ったより巨大だねぇ…」
「無理に攻撃を受けることはない、というか英雄グレイグでもない限り不可能だ。
サイデリアくんは隙を見つけて攻撃してくれ!」
さり気なくグレイグさまのハードルを上げながらファーリス王子はサイデリアちゃんに指示を飛ばす。
まずは彼女にバイキルトとフォースを唱え、遅滞なくピオリムの詠唱を始める。
「いいか二人ともよく聞け!ボクは呪文は得意ではない!面倒だからくれぐれも致命傷だけはもらうな!!」
怒鳴るようにハンサムが声を上げる。
今回の戦いの要にして唯一のヒーラーだ。決して好きな相手ではないが忠告に従うに越したことはない。
「はいよ!!肝に銘じておくさ!!」
サイデリアちゃんは元気よく軽口を叩き、バイキルトで倍加した腕力をもってサバクくじらに斬りかかる。
相手はその鈍重な図体を裏切らず、動きは遅い。
ゆえにごく簡単に動きは捉えられたが――その皮膚はゴムのように分厚く丈夫で、
彼女の剣を弾き返してしまう。
「…おいおいちょっと硬すぎるだろ…わっ」
唖然とするサイデリアちゃんを、サバクくじらは鋭い爪で襲う。
紙一重で逃げた彼女の代わりに風を切って現れたのは毒の矢。
どす、と恐らく狙い通りに魔物の太い腕を捉える。
「うーん。やはり一本では話にならないか」
例の望遠鏡を覗いて、ファーリスは呟く。最初からクライマックスの勢いで冷や汗をだらだらと流しながら、
次の矢をつがえ始める。
「もうしばらく試させてくれ!引き続き陽動を頼む!」
「りょーかい!」
私は返事をして、サイデリアちゃんを狙ったことで背を向けたサバクくじらに襲いかかる。
彼女にかけたバフと同じものはとっくに発動していた。
それに氷のフォースもプラスする。
「切断武器で部位破壊!」
狙いやすさも考慮して、尻尾の付け根のあたりを狙う。
が。氷の力を持ってしても、私の力では切断どころかかすり傷がせいぜいだ。
「うあっ!!」
そして手痛い反撃を食らう。サバクくじらが、力強く尻尾を振った。
それでふっ飛ばされた私はそのまま、地面に強く叩きつけられる。
「言わんこっちゃないバカ女が!!」
ハンサムがすかさずベホイミを飛ばしてくれたことで傷は回復する。
彼はああ言ったが、サバクくじらが私を捉えたのは悪いことばかりではない。
どすどすと、今度は間こそ空いたが立て続けに今度は敵の無防備な腹に毒矢が刺さる。
善哉。
「くそ、やはり毒餌の方が良かったか!」
温厚なファーリスが毒づく程度には実は結ばなかったが。
「馬は使うなと言っただろうが!!」
そしてハンサムが半ギレになって反論する。何が彼をそこまで突き動かすのだろうか。
「何を言ってんだい、あの男」
「馬大好きみたいですよ」
「…なるほどね」
僅かに手があき、サイデリアちゃんとそんな雑談。
私の説明になんとも微妙な顔をした彼女だが、そのハンサムが二つのブーメランを投げた瞬間、
顔つきを闘士のそれに変えて駆け出す。
当然私も続いた。
「食らいなっ!!」
「即席連携!猛火斬り!!…なんつって」
大好きな闘士と戦えているからか変なテンションになる。
自分でも意味がわからない連携技を勝手に作ってしまう。
それでも始めから示し合わせたようにサイゼリアちゃんとタイミングをあわせ、
同時に火炎斬りの刃を振り下ろす。
これはさすがに効いたらしい。
サバクくじらは痛みにのけ反る。そんな哀れな魔物を、返しのブーメランが容赦なく薙いだ。
「ここまでやってようやくダメージ、か…。やはり…」
ファーリスが再びボウガンを撃つ。
矢は吸い込まれるようにサバクくじらに刺さる。
ボウガンの訓練内容は知らないけれど、的が大きいぶん当てるのは楽そうだと場違いに思った。撃てないけど。
「毒を通すしかないようだ!」
調子が乗ってきたらしい。今度は三本の矢が一定の間隔をもって刺さる。
しかしサバクくじらもやられっぱなしにはならなかった。
ギロリと新たな縄張りへの無礼な侵入者――ファーリス王子を睨む。
魔力が焦げる臭いがする。
「王子!危ない!!」
「ひいっ!」
流石というべきか呼びかけるより先にファーリス王子は頭を抑えしゃがみこんだ。
呆れるくらい身の翻しが早いが、しかしその判断は結実する。
巨大な火球が彼の上を通り抜けた。ファーリスはほぼ無傷だ。
「あつい!!絶対背中焦げた!背中!!」
…以外は。
「背中くらいでガタガタ言うな!」
大袈裟に騒ぐ王子に手厳しい言葉をサイデリアちゃんが投げつける。
うぐ、とサバクくじらより彼女に怯えた様子を見せたファーリスだったが、
しかし何か僅かな違いに気づいたらしく望遠鏡を覗き込む。
はっ、として叫んだ。
「毒が回った!!今だハンサムくん、やってくれたまえ!!」
言葉が終わらないうちにハンサムは駆け出す。愛用の二本の短剣を抜きながら。
「ただ今!受け取って!ハンサム!!」
代わりに私が返事して、眼前を通り抜けるハンサムにバイキルト、ついで氷のフォースをかける。
「いけー!!ハンサム!!」
特にやることがないサイデリアちゃんが声を張り上げる。彼女の前も、過ぎ去る。
「なんなんだお前ら!!本当に!!」
こういうノリは苦手らしい。ハンサムは振り向かず怒鳴り返す。
しかし仕事はしっかりするタイプ、双子の短剣が、昏い光を帯びる。
「ク・ソがあああああああ!!!!!!」
雄叫びとも絶叫ともつかなかった。
ただ、あれほどまでに頑丈だったサバクくじらの皮膚が、やすやすと切り裂かれる。翻りながらもう一撃。
利き手ではないぶん初撃より威力は軽いが、強烈であることには変わりない。
サバクくじらの巨大な腹に深々と入れ墨されたバッテン。
これはさすがに堪らなかったらしく、天を仰ぎ巨獣は咆哮する。
「やはりだめか、クソ!」
そうは言ってもハンサムにとっては渾身の一撃。
敵に当然のように耐えきられては、わかっていても舌打ちも悪態も出てきて当然だろう。
「いやグッドジョブだハンサムくん!次からはヤツの傷口を狙えば、より深く矢が到達する。
すなわち、毒の周りも早い!」
タナトスハントはその名を冠する神の加護で、毒状態の敵に大ダメージを与える。
しかし、引き換えに解毒してしまうという欠点があった。
だから再びこの大技を最大威力で放つために、ファーリスの仕事はまだまだ終わらない。
「カワイイ顔して結構えげつないことを言うね、王子様!」
追い打ちにサイデリアちゃんが怪獣に斬りかかる。
「勝つためさ。民を守るのがボクらの仕事だからね」
ファーリスはごく真剣な顔つきでボウガンを撃つ。それは狙い余さず、傷口へと突き刺さる。
しかしサバクくじらはそのいずれも意に介さなかった。
奴は咆えて終わってからずっと、一人の男しか見ていなかった。
「ハンサム!」
私は出遅れた。しかしそれがゆえに視界を広く保つことができた。
魔力の焦げる臭い。あの巨大な火球が再び飛ぶのだと直感する。
ハンサムが好きか嫌いかなど関係ない。
私はただ、走る。
「なっ、…ぐっ!」
私とサバクくじら。
ハンサムがどちらに狼狽したのかはわからない。
いずれにしても火球が撃たれるより、私が彼にタックルし、押し倒す方が早かった。
こうしてやり過ごした灼熱の火球は何にもぶつからず、空へと消える。
それを二人して見届けてから、ハンサムは慌てて怒鳴った。
「お、おい退けろエルザ!気持ち悪い!!」
「退けるよ、…気持ち悪い」
すぐに態勢を立て直す。今しがた私の下にいた彼もすぐにそうした。
「いや」
ふと視界に一瞬ちらついた彼の耳は真っ赤だった。
「礼は言う。手間をかけた」
そしていまいち素直ではななかった。
「…どういたしまして」
意外とかわいいところもあるじゃない。
などというからかいの言葉はこんな状況では流石に発せないから、心にしまっておくことにする。
「忙しくして悪いが、ハンサムくん!そろそろ準備してくれたまえ!」
望遠鏡をのぞき込んだファーリスが声をあげる。
彼の前では、サイデリアちゃんが必死にサバクくじらの攻撃をいなしていた。
「毒が周ったんだな!!」
表情を引き締めたハンサムが駆け出す。
短剣のあの昏い光、タナトスハントを発動させつつ。
「は、早くしてくれ!こっちは限界だ!」
悲鳴をあげるように叫んだサイデリアちゃんが、ついに凶刃に捉えられた。
伝説の巨大な門番にでも殴られたように、そのしなやかな肢体は吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
「サイデリア!!くそ!!」
「私が行く!」
唯一回復魔法が使える存在であるハンサムは、唯一魔物を倒せる存在でもある。
彼に任せるしかなかった。
私はそちらに走る。
彼女は動かない。
「サイデリアちゃん、飲める!?」
サイデリアちゃんを抱き起こし、手持ちのアモールの水の瓶を彼女の口につける。
辛うじて、唇が動いた。
間にあう、そう信じて瓶を傾けて中身を流し込む。
「ボクがやろう。だからエルザくんは、あちらを」
ごく真剣に、しかしどこか哀しげな微笑みを湛えたファーリスがこちらに歩み寄る。
多分自分の実力ではハンサムの手伝いはできないと、確信しているのだろう。
かけるべき言葉はさすがに今は見つからないが、とにかくこれ幸いに、私は無言で役割を交代した。
そして素早く向き直る。
いくら何でもあんなバケモノを、ハンサムにいつまでも任せきりにはしておけない。
確実に寝覚めが悪くなる。
そう思ったが、遅かった。
絶叫するようなハンサムの雄叫び。
一撃目。タナトスハントは確かにサバクくじらを捉える。魔物の傷口は更に広げられ、深くなる。
血が勢い良く吹き出る。怪獣の悲鳴。
ハンサムは軽いステップでそれをかわして、ジャンプしながら二撃目。
これも先ほどと同じく初撃ほどではないが深々と突き刺さる。
さっきと同じ流れ。
つまり、この先も同じで。
「やはり、倒れないか」
ハンサムは着地しながら舌打ちする。
彼自身気づいているのかいないのか、既視感があった。
私は予知能力者でも占い師でもない。
でも大きな魔力の動きくらいはかなりはやく察知できる。
ましてや覚えのあるものなら。
「ハンサム!」
魔力の焦げる臭い。
彼は気づいているのだろうか、わからないがとにかく間にあわないので声をあげるしかない。
「わかっている。うるさい。ギャーギャー喚くな」
サバクくじらが例の巨大火球を吐き出す。
淡々と毒づいたハンサムはただそれを見ていた。
微動だにもせず。
でもそれは、恐怖で足が竦んだ類とはどうも違うように思われた。
「コイツはどうも、痛い思いをしたら火を吹きたくなるタチらしい。憶測の範囲だが」
今までとは打って変わって冷静に語るハンサムの美しい顔を焦がすことは、火球にはできなかった。
それどころか、届きさえしなかった。
理由は一つ。火球が届こうとしたまさにその瞬間、ハンサムの背後から、するどい突風が吹き抜けたから。
「二度あることは三度あるなんて雑な根拠も良いところだが、いずれにしても予想ができれば対策もできる。
そうだろう?」
突風のせいで火球はその矛先を変える。
しかも風の煽りもあって一層燃え盛りながら、灼熱の火球はサバクくじらに襲いかかった。
あまりに予想外の出来事に、魔物を含めた誰も対応できない。
ダメージをここまで蓄積してきた伝説の巨大怪獣は、最期には自分の炎で身を焼きながら斃れた。
「誰も知らないだろうから教えてやる。敵のブレスを跳ね返す、これがレンジャーの切り札『おいかぜ』だ」
そうしてやっと、ハンサムは少しだけ得意げに笑った。