Nightmare On
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「シルビアさん…!」
対して好転した戦局に、ぱあっとベロニカちゃんの顔が明るくなる。
「カミュちゃんじゃなくてごめんなさいね。でもカレ、むしろ忙しそうだったし」
シルビアさんが手伝ってあげてと微笑むと、ベロニカちゃんは大きく頷いて去っていく。
「…逃さないっ」
魔法使いを野放しにはできないと先ほどと同じくギラを唱えようと振り上げた手を、
ムチで器用に絡めとられる。
「させるわけないじゃないのよん、エルザちゃん。
アナタ自分がどういう状況に置かれてるかわかってるのかしら?」
シルビアさんは冷たく言い放つ。
彼に気を取られている間に、ベロニカちゃんは行ってしまった。
続いてロウさんも。
今参戦している兵士たちに対魔法使いが得意な人は、それこそ精々ニ、三人しかいない。
早くここから逃げないと、こちらの負けが確定する。
程なくイオやヒャダルコが飛び交うようになる。いよいよ時間がない。
無駄だとは思うが、一応訴えてみることにした。
「放してもらえませんか」
「理由がないわ」
「逃げないって約束します。斬りはするけど」
「このアタシ相手に面白いこと言うわね」
意外なことに、シルビアさんはそれでムチを解いてくれた。
約束を速攻反故にして逃げても良かったのだが、これでも昔彼にお世話になった身。
「シルビアさんも本当にお上手!」
そこまでは腐っていないと、引っ込むムチを追うように斬りかかる。
もう一度繰り出すまでにはいくらシルビアさんでも時間がかかる。
間にあわない。
そう判断したシルビアさんは、即座にムチを捨てる。
旅芸人でありながら、抜刀術というのを彼は身につけているらしい。
まるで見えない速さで剣を抜くと、そのまま私の一撃を受ける。
そしていくらおとめだといってもそこは男女の腕力差。
力任せに私の剣を弾いてしまった。
「ちっ」
しかし私もそれではさすがに怯まない。充分に想定内だ。
徒手空拳の戦いに自信がないが魔法がある。
ギラ。
しかし撃つ相手はシルビアさんではない。
ダメージは知れているからである。
だから、自分自身だ。瞬きより僅かに長く、目を閉じる。
そして魔法の炎を身にまとうおよそその一瞬――強い光がシルビアさんの視界を襲う。
「う、ぐ」
呻いた。
目を開き、剣を持ったシルビアさんの手を蹴りあげる。取り落とす。
がちゃんという落下音を聞くことなく、そして剣を拾いにいくこともなく、
まっすぐにシルビアさんにタックルする。
迷いなく。それが功を奏して、彼と共に地面に倒れ込む。当然こちらが上だ。
手探りで、装備とは別に身につけている短剣を取り出す。
冒険者なら誰でも常備しているような平凡な作業用ナイフ。
盗賊や旅芸人が使うのとは違い決して武器になるようなものではないが、
今ばかりは話は別だ。
しっかりとそれを握り、振り上げる。
これをシルビアさんの喉にでも突き立てればひとまずは終わる。少しでも勝ちの目は見えてくる。
「やらないの?」
視力を取り戻したらしいシルビアさんはこちらを見据え、挑発的に微笑む。
気づけば手が震えていた。
魔物を倒すことには慣れていたが、人を殺すことに関しては当然初めてだ。
ましてやそれがそれなりに言葉を交わした上に恩人。
ただ戦うだけというならばともかく、まともな神経で殺せる相手ではない。
…少なくとも私には。
「やるよ!やる!!やるに決まってる!!!」
しかし、人としての矜持はあの時剣と引き換えにグレイグさまのテントに置いてきていた。
ゆえにできるはずだった。
それでも怒鳴るようにしなければとてもそう宣言できなかったけれど。
何を油断しているのか、単にできるわけがないと舐めているのか。
「シルビアさん!アナタはとっても素敵なひとだけど!!
こんなつまんない女のつまんないナイフでつまんなく死ぬのよ!!!」
シルビアさんはそれでもまるで無抵抗だった。まだ薄っすらと微笑んでさえいる。
何がおかしいんだ。こっちはこんなにも必死なのに!
バカにしてるのか。ふざけるな。わざと怒りを噴き上がらせて、それに身を任せる。
「覚悟してっ!!」
その強い言葉はむしろ自分に向けていた。
ナイフを今一度振り上げ、振り下ろすために。
気づけば絶叫していた。
喉を振り絞らん限りに理性を飛ばさなければ、到底成せる業ではない。
かくしてそこまで徹底した人生初の殺人は。
「…なんて。できるわけないよ」
失敗に終わった。
ナイフは短い刀身なりに地面に突き立っていたが、それは無意識で、とても意識的な行為。
滂沱として涙が零れてくる。
次々と、大量に、際限なく。
終わった。
たぶんすでに僅かにしか残されていなかったデルカダール軍勝ちの目を、完全に自分が潰した。
このまま城に帰ればなんの戦績もあげていない私は、
予定通り大罪人のレッテルを貼られたまま処刑だろう。
「私の負けです、シルビアさん」
けれど、これで良かったのかも知れない。
そもそも、自分とこの人たちの命を天秤にかけようとしたのが間違いだったのだ。
だってどう考えても勇者様たちの方が世界にとっては重要だ。
私が脅かして良いものではないというのは、彼らと関わったからこそ直感、そして確信までしている。
たぶんあの時グレイグさまに斬られるのが正解だっただろう。
そもそもなんであの時生き汚くなってしまったのか。
かえって苦しむだけだったのに。
そんな後悔をしながら地面に手をつき、ゆっくりとシルビアさんの上から後退する。
雨が火照った体をいよいよ冷やし始めるその折、ふと思いつくままにお願いしてみた。
「よかったら、私のこと殺してくれませんか」
「嫌よ。絶対に、嫌」
シルビアさんはゆっくりと身を起こしながら柔らかく拒絶した。
予想できた答えだったからもちろん特に驚きもなくて、
ただそうですかと返すのみになる。
そして視界は闇に包まれた。
「シルビアさん…!?」
厳密には違った。眼前の物が近すぎて何も見えないというやつ。
「ごめんなさいね。今のエルザちゃんを見てると、こうしたくなっちゃったの」
なぜか私は抱きしめられていた。
あれなんで?シルビアさんおネエさまなのに?
もしかして女性もいける口なの?
ていうか今戦闘中なのに?と唱えられてもないメダパニがガンキマリする。
「ねえ、教えてちょうだい」
低くて落ち着いた声音が、それに反して多少なりとも動揺してたのだろう。
早くなった鼓動が、それでも優しく背中を撫でる手が、私から安らぎ以外の感情をやんわりと奪っていく。
「どうして、エルザちゃんはこんなことになったの?
アタシたちと別れてから、アナタに何があったの?」
悲劇のヒロインになりたくない。
その一心で墓場(入れるとは思ってないが)まで持っていこう、
と決めたのにその優しい追及で平気で揺らいでしまう。
それでも喋ってしまっていいかな、と思えてしまうような甘い甘い誘惑だった。