夢新訳:異変後グロッタ
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いや歌いながら戦うとかマジで無理だった。ほんとすみません。
一度手合わせしてみたかったとか啖呵を切っておいて大変情けない話だが、
マルティナさんの猛攻は徒手空拳にも関わらず想像を絶していた。
なにせとにかく速いのだ。
武闘家の名に恥じず、逃げても逃げても一瞬で距離を詰められる。
私も素早さには自信があったが即座で返上を決意するような、そんな圧倒的なスピードだ。
そして疾さが乗った強烈な蹴りの一撃を食らわせてくれようとする。
こちらは避けるので精一杯だ。
一発でも貰えば大ダメージは免れないから。
しかも速度が違いすぎるので、避ける方向諸々はかなり早くから予想しなければならなかった。
とはいえマルティナさんが元々蹴り技主体というのは知っていたことではあるし、
洗脳されているせいか攻撃が以前より直線的な気がした。
つまり彼女の動きに集中さえしていれば、読み切ることはそう難しくない。
それに、そもそも勝つ必要はないのだ。
勇者様たちが黒幕を倒すまで、
あるいはそいつからマルティナさんを解放させるまで時間を稼ぐことができたら良い。
もっとも、どこまで私の身体能力が追いつくかという問題はあったけれど。
「ちょこまかと、うざいったらないわね!」
「当たったら痛いもん、当たり前でしょ!」
弾丸のように次々と打ち出されるキックをなんとか躱す。
難しいことはよくわからないけれど、経験に裏打ちされた勘とでもいうのだろうか。
攻撃から筋肉の動きが不自然じゃないところを見抜いて、
次にキックが打ち出されないところを計算し、即座に身体を持って行く。
普段ならこんな芸当はとてもできない。
火事場のバカ力のようなものだった。
あるいはたたかいの歌を歌い続けたことで、効果が私自身にも蓄積・作用しているのだろう。
勝てはせずとも、負ける気もしない。
「はあ?あんたそんな姿勢で今まで戦ってきたの?ナメてんじゃないわよ!」
右足を強く踏み込み、身体を捻りながらハイキック。
「出たー!体育会系のノリ!」
もちろんこれも読んでいた。体制を低くし、ぎりぎりのところを躱す。
眉間に皺を寄せ、これ以上ないくらい怒っているマルティナさんの動きが一度止まる。
「そういうのちょーーーーうっざーーーーい!!!!」
可能な限りバカにしたような言い回し。
うぜー、とステージ下からかすかに返ってくる。歓声も。
状況が状況で歌どころじゃなくなっていたけれど、血なまぐさい喧嘩はかえって魔物たちの気を引いたようだ。
「…エルザ。あんたはブギー様に献上するのもアリかと思ったけど。タダじゃすまさないわ」
「小物の悪役かよ。うけるw」
少しでも怒らせて、冷静さをそぎ落とそうと考えた。
より攻撃が直接的になれば反撃の目が見えてくる。
何より、ピアノ担当のアリスちゃんに手出しはさせられない。
私に集中してもらう必要があった。
かくして挑発は大成功と相成る。
と、思われた。
「ふうん、なるほど。でもやりすぎたわね」
今までの怒りに満ち満ちた声とは違った。
マルティナさんが、動く。
今までとは相反し冷静で、弾丸の速度で近づく。
咄嗟にバックステップを踏むが、相手が速すぎる。
せめてクリーンヒットは避けようと体を捻ろうとするも、到底対応しきれない!
「もしかしなくてもあんたは陽動ね、エルザ?だからそんな執拗に挑発するんだ」
先ほどまでとは比較にならない威力のキック。
身体が吹き飛び、床に叩きつけられる、激しい衝撃。
それだけで心が折れそうになるほどの激痛は気絶することすら許してくれない。
何が起きたのかようやく今になって理解できた。
腹からひどい痛みがわきあがる。
なんとか起き上がれたものの、思わずうずくまる。
これはしばらく引きそうにもない、というか衝動的に吐かなかった自分を褒めたい。
「エルザちゃん!!!!!!」
アリスちゃんの叫び声。演奏が止まる。
そのせいで鮮明になる魔物の歓声。
いいぞもっとやれ、ぶっ殺せ。
いいや負けるな歌姫ちゃん。
どうやらこの地獄はやつらにとっていい見世物であるらしい。
「アリスちゃん…ごめん。でも、…演奏…やめちゃ、だめ…」
「でも…」
「盛り上げてこ…シルビアさんと、約束したから。絶対…」
浅く呼吸を繰り返す。
私はホイミが使えない。
体力を回復する手段はわずかに持つ薬草のみだ。
それすら今は使えない。
魔物たちのテンションが下がりかねないからだ。
だって私は、陽動なのだから。
「マルティナさん…。よくわかったね…脳筋ビッチのくせにやるじゃない」
「減らず口のお望み通り、少し本気を出してあげたの。
あんたをさっさと倒してあっちに戻るためにね」
「私を倒す?…そんなつまらない冗談、まさかお姫様から聞けるなんて」
抜刀。まだ身体のダメージは残っている。
逃げに徹しても逃げ切れない相手にどうやって勝つつもりなのかは、自分でもわからなかった。
けれども単に弱気になるのも、嫌だった。
「っていうか何もう勝った気でいるの?
これだからお姫様は…あーヤダヤダ、やんなっちゃう。
こっちは生きて帰す気もないってのに」
剣を正眼に構え、呪文を唱える。お得意のピオリムとバイキルトだ。
マルティナさんは律儀にも待ってくれていた。…いや、ただの舐めプだろうけど。
「いいの?今の私、強いよ」
そして優しく、微笑んでいた。
「いいのよ。面白いものが見えてるもの」
彼女が指差す先、私の肩。
不意打ちを覚悟しつつも見ると、そこには大きく立派な、蝙蝠の翼があった。
それは自己主張するように大きく羽ばたく。
勝手に。真っ青になった。