第三回デルカダール軍特別会議
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その責任感を茶化すようにホメロスさまは肩をすくめた。
「……厳しいことを仰る。
とはいえ、姫様をこれ以上からかうのも大人げないでしょうか」
不意に剣の幽霊は息を吐いた。
どことなく穏やかに。
言っては悪いがホメロスさまには似合わないまでの優しい雰囲気に、私を含めた周囲はかえって困惑を禁じ得なくなる。
「どういう意味?」
唐突な敵の態度の軟化にさすがのマルティナさんも声が揺らぐ。
ホメロスさまはまるで、今までまるで何もなかったかのようにぬけぬけと彼女の前に跪く。
あくまでも精神体であるため、その手を取ることはさすがに叶わなかったけれど。
「貴女様が幼き日を思い出しました。
こうやって私がからかっては、まだ小さかった貴女がぷんぷんと怒る。
そしてグレイグに泣きついて、彼があまり姫様をいじめるなと、私を嗜めるのです。
……なんとも穏やかで、美しい日々でした」
「それがエルザと、なんの関係があるのかしら?」
豹変と言ってもいいほど態度が変わるホメロスさまに、それでもマルティナさんは問いかけた。
そしてかつての裏切り者は、頭を垂れたまま答える。静かに。
「エルザは直接には関係ございません。
しかし、この娘もまたデルカダールの民であり、兵士です。
デルカダールの繁栄のためにエルザの魔力は大いに役立つことは明らか。
ゆえに私は、未だ未熟な彼女の才能を育てようと決意した」
「はあ?!ホメロスさま、何を言って…」
「お前は黙っていろ」
ブラックドラゴン戦で私を衰弱死させようとし時のホメロスさまは、いない。
…といっても本音としてどこかに隠れているだけのようだが。
これまるっきり嘘だ、と否定しようとするも即座に阻止される。
「よくもそのようなデタラメが言えたものね」
立場上私にはなんの発言力もないのだからこれは仕方ない。
しかしながらマルティナさんは、決して私の敵ではなかった。
一刀両断に切り捨てるお言葉は、彼女が持つどの槍よりも威力が鋭い。
「決してデタラメなどではございません。
このホメロスの後継者は、同じ魔法戦士であるエルザこそが相応しい」
そういってホメロスさまは、私を見据えた。やや遅れて、全員の視線が集まる。
「……死して肉体を失えど尚、私はここに在る。意味があるはずです。
そしてそれは罪を悔い改め、そしてこの精神すら朽ちるその時まで、我が祖国デルカダールに尽くすことだ」
歯の浮くような美麗字句。騙されるはずがなかった、そのはずなのに。
なぜか圧倒される。
ホメロスさまの人となりは短い付き合いとはいえその断片くらいは知っている。
ひねくれていて、厭味ったらしくて、選民思想気味な上に色々拗らせたすぎた男。
その顔の良さをもってすら誤魔化しきれていないのに、いよいよどの面下げて言えるんだそんなこと!
「……よく言った!」
ただ、純粋な人間というのは存在する。
もっとも精いっぱい好意的に見て、ようやく宛てられる『純粋』という二文字。
相手が上司でなければ『馬鹿』と言ってしまいたい。
心から感情を揺さぶられた。そういわんばかりに、そしてそれこそ涙でも流さんばかりに深く、深くグレイグさまは頷く。
拍手すら交えながら。
「姫様、ロウ様」
「……言わなくていいわよ、想像はついてるから」
冷めきったマルティナ姫の発言だってろくに聞いていない。
「無理を承知で申し上げます。……私は、今一度ホメロスを信じたい」
本当に言ったわ、この人。
と、小声でゴリアテさんがごちたのを私は聞き逃さなかった。
さすがの彼でもドン引き案件だろう。
物事がうまく転がり始めている現状、さぞかし面白おかしいと思ったことだろう、とホメロスさまの方をこっそり伺ってみる。
意外なことに彼もぽかんと口を開けていた。
双頭の鷲の片割れのチョロさは、元軍師の想定すら上回っていたらしい。
「グレイグよ。…おぬしの、純粋に相手をどこまでも信じようという気概は、並ぶ者を見ぬほどに素晴らしいものじゃ」
ロウさんが耐えきれないという風に首を振りながら、口を挟む。
「……しかし。その無垢ともいえる精神が、デルカダールを、ひいてはロトゼタシアすら存亡の危機に陥らせるところであった。
まずはそのことを忘れてはおるまいな?」
その眼は、ただ鋭い。
ロウさんはその視線だけで、自分よりずっと高い身長の男を、完全に怯ませている。
「当然、承知は、しております」
絞り出すような、グレイグさまの掠れた声だった。
元々騒動の元凶は私なのに、今となってはすっかり蚊帳の外だ。
仕方なしに緊張感でカラカラになった喉を冷めた紅茶で潤した。
空気が完全に読めていない行動だけれど、みんなグレイグさまの言動に注目するばかりで、誰も私の行動に気づきもしなかった。
「ですが……」
長い間のあと、グレイグ様は重々しく口を開いた。
まるで戦闘後のように、彼の顔から多量の汗が噴き出ている。よほどの緊張感なのだろう。
感じているであろう重圧が、こちらまで伝わってくるようだった。
「それでも、私が信じてやりたいのです。
……ホメロスが、死んで、このような状態になって、それでも腐るどころか己を省み、その所業を悔やみ、改心し、肉体なき身でありながらこのデルカダールに尽くすと誓う」
私はふと、グレイグさまの一番の美点を思い起こす。
それはいつかふとゴリアテさんと雑談していて、彼の話題になった時だ。
グレイグさまってすごい守りたがりだよね、なんてふったときに端を発する。
「それを親友である私が信じずして、誰が信じるというのですか」
博愛の精神。この人はこういう人だ。
自分が守るべきと認めた者は、どこまでも徹底して守る。
そこにはマルティナさんを筆頭に、庶民でしかない私ですら含まれる。
かつて敵対した勇者だって、必要ならば平気で守り通す。
……ホメロスさまだけがその例外になるわけもなかった。
「あなたの主張はよくわかったわ」
マルティナさんがため息をついた。
少し疲れたような顔をしていたのは気のせいではないだろう。
年が離れた従者の暑苦しい主張に体力を持って行かれていただろうことは想像に難くない。
というか私も疲れた。まったく話に参加できてないのに。
「でもねグレイグ。もし、万が一のことがあれば、あなた首が飛ぶだけじゃ済まないわよ」
「承知して、おります」
ゆっくりと、けれど躊躇もなくグレイグさまは返答する。
「……言っておくけど、それは私もだから。
こうなったら、一蓮托生よ。しっかり肝に銘じておくことね」
どすっと音すらするマルティナさんのパンチをグレイグさまは微動だにせず受け切った。
完全に不意打ちなのに。
自分の一撃がまるで効いていない、それなのにも拘わらず、彼女はにやりと笑う。
「ちょっとだけ期待してるわよ。
裏切り者の手綱を見事とり、このデルカダールに一層の繁栄を」
「はっ。姫様のお慈悲、私までもが裏切らぬよう、精進してまいります!」
そう言って傅く側近を尻目にマルティナさんはこちらに向かってくる。
「……厳しいことを仰る。
とはいえ、姫様をこれ以上からかうのも大人げないでしょうか」
不意に剣の幽霊は息を吐いた。
どことなく穏やかに。
言っては悪いがホメロスさまには似合わないまでの優しい雰囲気に、私を含めた周囲はかえって困惑を禁じ得なくなる。
「どういう意味?」
唐突な敵の態度の軟化にさすがのマルティナさんも声が揺らぐ。
ホメロスさまはまるで、今までまるで何もなかったかのようにぬけぬけと彼女の前に跪く。
あくまでも精神体であるため、その手を取ることはさすがに叶わなかったけれど。
「貴女様が幼き日を思い出しました。
こうやって私がからかっては、まだ小さかった貴女がぷんぷんと怒る。
そしてグレイグに泣きついて、彼があまり姫様をいじめるなと、私を嗜めるのです。
……なんとも穏やかで、美しい日々でした」
「それがエルザと、なんの関係があるのかしら?」
豹変と言ってもいいほど態度が変わるホメロスさまに、それでもマルティナさんは問いかけた。
そしてかつての裏切り者は、頭を垂れたまま答える。静かに。
「エルザは直接には関係ございません。
しかし、この娘もまたデルカダールの民であり、兵士です。
デルカダールの繁栄のためにエルザの魔力は大いに役立つことは明らか。
ゆえに私は、未だ未熟な彼女の才能を育てようと決意した」
「はあ?!ホメロスさま、何を言って…」
「お前は黙っていろ」
ブラックドラゴン戦で私を衰弱死させようとし時のホメロスさまは、いない。
…といっても本音としてどこかに隠れているだけのようだが。
これまるっきり嘘だ、と否定しようとするも即座に阻止される。
「よくもそのようなデタラメが言えたものね」
立場上私にはなんの発言力もないのだからこれは仕方ない。
しかしながらマルティナさんは、決して私の敵ではなかった。
一刀両断に切り捨てるお言葉は、彼女が持つどの槍よりも威力が鋭い。
「決してデタラメなどではございません。
このホメロスの後継者は、同じ魔法戦士であるエルザこそが相応しい」
そういってホメロスさまは、私を見据えた。やや遅れて、全員の視線が集まる。
「……死して肉体を失えど尚、私はここに在る。意味があるはずです。
そしてそれは罪を悔い改め、そしてこの精神すら朽ちるその時まで、我が祖国デルカダールに尽くすことだ」
歯の浮くような美麗字句。騙されるはずがなかった、そのはずなのに。
なぜか圧倒される。
ホメロスさまの人となりは短い付き合いとはいえその断片くらいは知っている。
ひねくれていて、厭味ったらしくて、選民思想気味な上に色々拗らせたすぎた男。
その顔の良さをもってすら誤魔化しきれていないのに、いよいよどの面下げて言えるんだそんなこと!
「……よく言った!」
ただ、純粋な人間というのは存在する。
もっとも精いっぱい好意的に見て、ようやく宛てられる『純粋』という二文字。
相手が上司でなければ『馬鹿』と言ってしまいたい。
心から感情を揺さぶられた。そういわんばかりに、そしてそれこそ涙でも流さんばかりに深く、深くグレイグさまは頷く。
拍手すら交えながら。
「姫様、ロウ様」
「……言わなくていいわよ、想像はついてるから」
冷めきったマルティナ姫の発言だってろくに聞いていない。
「無理を承知で申し上げます。……私は、今一度ホメロスを信じたい」
本当に言ったわ、この人。
と、小声でゴリアテさんがごちたのを私は聞き逃さなかった。
さすがの彼でもドン引き案件だろう。
物事がうまく転がり始めている現状、さぞかし面白おかしいと思ったことだろう、とホメロスさまの方をこっそり伺ってみる。
意外なことに彼もぽかんと口を開けていた。
双頭の鷲の片割れのチョロさは、元軍師の想定すら上回っていたらしい。
「グレイグよ。…おぬしの、純粋に相手をどこまでも信じようという気概は、並ぶ者を見ぬほどに素晴らしいものじゃ」
ロウさんが耐えきれないという風に首を振りながら、口を挟む。
「……しかし。その無垢ともいえる精神が、デルカダールを、ひいてはロトゼタシアすら存亡の危機に陥らせるところであった。
まずはそのことを忘れてはおるまいな?」
その眼は、ただ鋭い。
ロウさんはその視線だけで、自分よりずっと高い身長の男を、完全に怯ませている。
「当然、承知は、しております」
絞り出すような、グレイグさまの掠れた声だった。
元々騒動の元凶は私なのに、今となってはすっかり蚊帳の外だ。
仕方なしに緊張感でカラカラになった喉を冷めた紅茶で潤した。
空気が完全に読めていない行動だけれど、みんなグレイグさまの言動に注目するばかりで、誰も私の行動に気づきもしなかった。
「ですが……」
長い間のあと、グレイグ様は重々しく口を開いた。
まるで戦闘後のように、彼の顔から多量の汗が噴き出ている。よほどの緊張感なのだろう。
感じているであろう重圧が、こちらまで伝わってくるようだった。
「それでも、私が信じてやりたいのです。
……ホメロスが、死んで、このような状態になって、それでも腐るどころか己を省み、その所業を悔やみ、改心し、肉体なき身でありながらこのデルカダールに尽くすと誓う」
私はふと、グレイグさまの一番の美点を思い起こす。
それはいつかふとゴリアテさんと雑談していて、彼の話題になった時だ。
グレイグさまってすごい守りたがりだよね、なんてふったときに端を発する。
「それを親友である私が信じずして、誰が信じるというのですか」
博愛の精神。この人はこういう人だ。
自分が守るべきと認めた者は、どこまでも徹底して守る。
そこにはマルティナさんを筆頭に、庶民でしかない私ですら含まれる。
かつて敵対した勇者だって、必要ならば平気で守り通す。
……ホメロスさまだけがその例外になるわけもなかった。
「あなたの主張はよくわかったわ」
マルティナさんがため息をついた。
少し疲れたような顔をしていたのは気のせいではないだろう。
年が離れた従者の暑苦しい主張に体力を持って行かれていただろうことは想像に難くない。
というか私も疲れた。まったく話に参加できてないのに。
「でもねグレイグ。もし、万が一のことがあれば、あなた首が飛ぶだけじゃ済まないわよ」
「承知して、おります」
ゆっくりと、けれど躊躇もなくグレイグさまは返答する。
「……言っておくけど、それは私もだから。
こうなったら、一蓮托生よ。しっかり肝に銘じておくことね」
どすっと音すらするマルティナさんのパンチをグレイグさまは微動だにせず受け切った。
完全に不意打ちなのに。
自分の一撃がまるで効いていない、それなのにも拘わらず、彼女はにやりと笑う。
「ちょっとだけ期待してるわよ。
裏切り者の手綱を見事とり、このデルカダールに一層の繁栄を」
「はっ。姫様のお慈悲、私までもが裏切らぬよう、精進してまいります!」
そう言って傅く側近を尻目にマルティナさんはこちらに向かってくる。