第三回デルカダール軍特別会議
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デルカダール軍特別会議。
こう銘打たれたマルティナ姫を中心とした、国にとっては極めてどうでもいい議題をめぐり、真剣に話し合う件の会の名物茶菓子。
それはいつもなぜか、(誰も頼んでいないのに)グレイグさまが準備していた。
そんな彼のノックをする音は、それですら堂々としている。
マルティナ姫がどうぞというのに失礼しますと返し、グレイグさまは入室してきた。
どこに出しても恥ずかしくない佇まいで、自慢の手作り菓子を率いて。
メイドさんは一礼してから配膳する。
驚くほど丁寧で、上品で、何より素早い所作は、普段ならもちろん羨望を含んだ尊敬の対象だ。
けれどもきっと彼女は今一刻も早くこの場から逃れたいと思っている。
それが脅威の配膳のスピードを産む。
…開始から一分も経たず。メイドさんは五人分のお茶とその受けらしきダークマターを準備し終え、カートを押して逃げるようにその場を去った。
「まず言っておくとね」
マルティナさんが勇敢にも口火を切る。
「グレイグ。あなたこれは闇堕ちしたって言われても文句言えないわよ」
「なっ…!?」
グレイグさまが雷でも受けたかのように身体を硬直させる。それでも絞り出すように彼は続けた。
「わ…!私の、なにがいけないというのですか!?」
ものすごく誤解を産みそうな言い回し。
「なにこれ」
いい加減マルティナさんも我慢の限界なのだろう。いやむしろよく堪えたなと、個人的な感想としては思う。
とはいえ彼女は飽くまで怒っているわけではない。…ただただ困惑しているばかりである。
「何って…チョコレートですが」
かつて勇者の盾として邪神を討伐した英雄は、なんでもないようにダークマターをお菓子だと言い切った。
チョコレートも原材料であるカカオの濃度が高くなると比例して色が暗くなってゆく。
しかしながら、吸い込まれそうな漆黒色をしたそれは明らかに異常だった。
特に焦げているわけでもない。
一体何の混ぜものをしたらこうなるのか。
誰にも皆目見当もつかないそれを、恐ろしいことにチョコレートだと言い張るグレイグ将軍。
「テンパリングには少し失敗してしまいましたが……」
「言う?ねえ、グレイグ正気?あなたどの面下げてそんな専門用語なんて使ってるの!?」
普段のひたすらマイペースで強気な女王様は見る影もない。
むしろ見たこともないくらい真っ青な顔をしたマルティナさん。
この人も大概料理は苦手なのだけど、それはあくまでも調味料の目分量ができないとか、そういう常識的な範疇での話である。
眼前の黒い塊みたいな禍々しいものはさすがに作らない。
「どの面と仰られましても…。おいエルザ、まさか俺は何か間違っているのか!?」
なんでこっちに振るんだなんでと思ったけれど、グレイグさまにとって今味方になりえる人材が、この中ではロウさんか私しかいなかった。
それで先に視界に入った方に縋ったのだろう。
甘やかすんじゃないわよと、二人のお姉さま方の視線が痛い。
「えっと…。えぇっと…!」
状態異常、こんらん。
そもそもこの状況を生み出した元凶は自分とも言えたが、今はじめてそれを後悔した。
頭がぐるぐるとまわる。
けれどもそれは、愛玩ねずみが回し車をひたすら走らせるようなもので、断じて意味を成さない。
この後プラチナソードについて尋問も待ち構えているというのに、なんだこの地獄は。
そう思うと、ある非常にカオスで後ろ向きな結論が突如ぽんと浮かぶものだ。
しかも割とポジティブに。
そうだ、これ食って死のう。
「エルザちゃん…!?」
ゴリアテさんが制止するまもなくグレイグ将軍謹製・チョコレートに手を伸ばす。
何が悲しくてカレシの目の前でおっさんの手作りお菓子を食わなければならないのかと激しく疑問に思ったが、そんなことはもうどうでもいいのかも知れない。
そんな風に思いながら暗黒物質を一口齧る。
策略に嵌められたお姫様が食べた毒リンゴの物語のように、気分は悲劇のヒロインだった。
……実際は不条理ギャグなのだが。
「ど、どうじゃ…?」
狂った行為に引き気味のロウさんが感想を聞いてくる。
黙々と咀嚼を続け、適度にチョコレートが溶けた頃を見計らい嚥下。
やがて口の中が空になってから私は答えを出した。
「ふつうにまずい」
「ふ、ふつうにまずいとは」
「死ぬほどまずくないという意味です」
まずもって味はふつう。
カカオがかなり濃い気はするけれど、それでも本人の嗜好の範囲だと私は思う。
悪いのは食感だ。
グレイグさまの自己申告のとおりテンパリングという工程に失敗したせいなのかも知れない。
食感がなんというか、砂を噛んだようにざりざりしていた。
とはいえ、ふつうにまずいという範疇。
見た目は絶望的にひどいけれど、肩すかしを食らったというか、かえって拍子抜けしたというか。
少なくとも喜怒哀楽の介在の余地はないごく平凡なものだった。
もちろん、まずすぎて死ぬなんて展開が、ギャグでも起ころうはずもない。
「見られましたか姫様!そしてゴリアテ!たしかに見た目は悪いかも知れぬがしかし!
料理に、食べてもらう者に対する愛があればそれは時に技術を超えると料理本に書いてあったのです!!」
「いやアナタふつうにまずいって言われてるわよ…」
ゴリアテさんが呆れたように力なくツッコミを入れる一方、マルティナさんも危険物(見た目だけ)を恐る恐るではあるが口する。
「そうね。ふつうにまずいわ。ふつうに」
「そうでしょうとも!今度コンテストに出品してみようかと」
「だからまずいんだってば!」
マルティナさんがついに怒った。
「そろそろ、茶番はこの辺りにせんかの」
彼女がおもむろに手を出しそうになるところに杖を差し込み、待ったをかけるロウさん。
「ふざけるのも良いが、為政者としての使命を忘れるのは感心せん。…グレイグもじゃ」
いつもの柔和なお爺さんのイメージから一変、厳しい顔をしたロウさんが、マルティナ姫とグレイグ将軍を一喝する。
普段あまり人から怒られない立場だからだろう、二人は多少しゅんとしながらも謝罪の言葉を口にし、それぞれ席についた。
「すみません、ロウさん。でも元はといえば私が…」
「お前さんはよい、エルザ。これからのことを思えば緊張もするじゃろう。
…じゃが、そろそろ始めてもらうぞ」
カオスを生んだ罪は秒で許され、真の罪(かもしれないこと)に向き合う時が来た。
頷き皆に囲まれた中心――テーブルに安置された私の、いやホメロスさまのプラチナソードに目を向ける。
そこに取り憑く裏切り者と通じていたことが、今回私が問われている罪である。
MPパサーの要領で魔力を込める。
程なくして剣が光りだす。私にとってはすでにお馴染みとなったちょっと黄色っぽい光。
「なんと…!これは…!」
ロウさんは驚いたように目を見開く。それを横目で確認しながら更に魔力を込める。
「…これはこれはマルティナ姫。そしてロウ様にグレイグ将軍」
剣から何かが浮き上がる。金髪で白い鎧を纏い、そして半透明の美丈夫。
「皆様お揃いでこのホメロス、恐悦至極に存じます」
ホメロスさまは、胸に手を当ててから頭を垂れる、デルカダール式のお辞儀をする。
美しく堂々としたかつての将軍としての所作は、紛れもなくデルカダールに対する侮辱に他ならなった。