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その光を私は見逃さなかった。
ぼうっと黄みがかった光が見えたのだ、向こうの方で。
ほんの一瞬だったが美しいとも恐ろしいとも思えた。
「まじ…?」
魅入られたように、しかし信じられないと思いつつ、私はそちらに向かって歩く。
程なくして、もう一度光った。
先程よりは長く光った。それからまた消え、再び光って――繰り返される。
やがて光っている時間の方が長くなって、比例して私の歩く速度も上がって――。
「マジだ」
噂は本当だったのかという感想を持つことができたのは後ほどのこと。
幽霊と呼ばれた男の正体の方が今は重要で。
光とともにぼうっと浮かぶ白い鎧。
絹のような金色の長髪。
抜けるような白い肌。
美しくも鋭い切れ長の目。
「ホメロスさま…」
思わず口を零れた嫌いな男の名前。
幽霊にはそれが聞こえていたらしい。
彼は幽霊らしくゆっくりと――しかし生前と変わらない冷たい視線をぶつけてくる。
「エルザ、か……」
大袈裟というか非常に嫌味っぽくため息をつかれた。
「死してなお貴様の顔を見る羽目になるとは。こんな腹立たしい話はないな」
「三つ子の魂百までとは言いますが、死んでも人間変わらないものなんですね。口の悪さとか」
心からの憎悪を込めて幽霊と睨み合うことしばし。
何せこの方とは初めて会った時からどうにも相性が悪い。相容れない、というのが言葉選びとしては正しいだろう。
…いやもっと単純でいい。ホメロスさまのことは大嫌いだった。
デルカダールを裏切った末に死んでしまったことには同情はするが、それ以上にどこかで喜ぶ程度には。
さすがに口にはしないけれど。
「己の運命を心から呪う。特にお前などに認識されてしまった今をな」
「誰もホメロスさまってわからなかったんですか」
「気に食わんが、そうだ。幽霊騒動だかなんだか知らんが、その正体がこのホメロスであることに気づいたのはお前のみ」
「なんか運命感じちゃいますね。心から気分悪いです」
「奇遇だなオレもだ」
それでもこの人とは案外気が合うなと思う。
お互いを貶しあう時だ。
と言っても、会って口を訊くのはこれで二回目だが。
一回目は彼率いるデルカダール軍に逮捕され、尋問された時だ。
あの時から印象は最悪だったが、ホメロスさまの方が圧倒的に有利な立場にいたのでより気分が悪かった。
今は彼がすでに死んでいる身なぶん私の方が有利な位置――なのだろうか。せいぜい対等程度かも知れない。一人称オレだし。
「っていうか私の名前よく覚えてましたね。てっきり歯牙にもかけられてないと」
「お前ほど無意味に腹立たしい人間はそういないのでな。嫌でも記憶に残るさ」
そこで初めてホメロスさまは笑った。記憶にあるような嫌な笑い方ではない。
かといってゴリアテさんあたりがよくするような屈託のないものとも違うけれど。
「…命の大樹の元には行かないんですか」
なんだか彼の印象が少し良くなりかけて、でもそんな自分を認めたくなく絞りだすように訊ねる。
命の大樹。ロトゼタシアの地に生まれたあらゆる生物は、その生命を終えるとあの巨大な樹の元に送られ、再び生まれ変わるとされている。
ただのおとぎ話だ、バカか。……などと返ってくるとは思ったが。
「行けるわけがなかろう」
短い否定の言葉。しかし想定したものとは違う。
「オレは慈悲深い、ゆえに無知蒙昧の貴様にもわかりやすく教えてやるがな、エルザ殿。
…オレは命の大樹になど行けん。アレを裏切り、挙げ句――いや、いずれにしてもだ」
一瞬、ホメロスさまの眉間に深く深く皺が刻まれた。何かを話そうとして、しかし思い留まる。
私相手に、何か遠慮しているのかとも思ったが――何かをひどく苦悩しているようだった。いや、後悔かも知れない。
とても、とても複雑な顔だった。
「オレの亡骸は命の大樹に未だ放置されている。それが全てだ。
裏切ってはならぬものを裏切り、挙げ句成すべきを成せなかった。ゆえにただ独り彷徨うことがオレに与えられた罰かも知れぬと時折思う」
かつての頭脳明晰の軍師様と言うには、ひどく感傷的な結論だ。
私はいたたまれなく、ただかつての敵から目をそらす。
なぜこの人は私にこんな弱さとも言える一面を見せるのだろうか。好意では少なくともないだろうとは確信しているし、頼むからそうであってほしいのだが。
…いやそうじゃない。ちょっと前にグレイグさまに勇者様を手助けしたことを不問にしてもらった際、なぜかホメロスさまのこともざっくりとだが聞かされていた。
父親同然の王を裏切り、守るべき国を裏切り、親友を裏切った挙げ句ウルノーガに裏切られたその末路は憐れだと思わないこともなかった。
とはいえ相応の結果だと、内心で切り捨てることも簡単だった。
そのことを認識し、しかし今少しだけ感想を改める。
「…ホメロスさまのプライドを傷つけるためにあえて言いますけど」
多分今この人は寂しいのだ。
死んでウルノーガから解放されて、オレは正気に戻ったとでも言うのかどうかは知らないけれど、いずれにしてもそこには孤独しかなかった。
だからお高いプライドよりも私を優先してしまったのだろう。私が生理的に受け付けないくらい嫌いなくせに。
「あなたの骨はここにないかもしれないけど、しかも共同墓地だけど。
あなたはちゃんと供養してもらえてるじゃないですか、ホメロスさま。
なにもかも裏切ってこの扱いって破格ですよ。たぶん」
毒づく時はよく動くホメロスさまの口は、しかし凍りついたように静かになっていた。
なぜ自分が命の大樹でなくここに霊として現れるようになったのか、頭が良いくせに気づいていなかったらしい。
「…グレイグさまに感謝するんですね」
尋問の際、私を脅す時にも使われた美しい意匠の片手剣。
長身で目立つ反逆者の亡骸こそ放置せざるを得なかったが、愛用していたそれはなんとか持って帰ってきたのだ。
いつかこれまたなぜかホメロスさまの墓参りに付き合わされた際、グレイグさまがそんなことを語っていた。
かつて愛用していた遺品を、遺骨の代わりに墓に納めたからこそ、今彼はここにいる。
…死生観や宗教に関する教養はまるでないので、あくまで勝手な解釈だが。
「そうか…グレイグ、あいつめ…」
もはや呼吸をしない存在が、息をついた。
愛憎入り混じったというのだろうか。グレイグさまに対して、私などが容易に立ち入ってはいけない思いがホメロスさまにはあるのだろう。
先程と比較にならないほど。
複雑な、複雑な顔だった。
「奴のことを、お前に対するように…躊躇なく憎めたら良かったのかも知れんな…」
その言葉はただ虚しく、夜闇に溶けていった。
ぼうっと黄みがかった光が見えたのだ、向こうの方で。
ほんの一瞬だったが美しいとも恐ろしいとも思えた。
「まじ…?」
魅入られたように、しかし信じられないと思いつつ、私はそちらに向かって歩く。
程なくして、もう一度光った。
先程よりは長く光った。それからまた消え、再び光って――繰り返される。
やがて光っている時間の方が長くなって、比例して私の歩く速度も上がって――。
「マジだ」
噂は本当だったのかという感想を持つことができたのは後ほどのこと。
幽霊と呼ばれた男の正体の方が今は重要で。
光とともにぼうっと浮かぶ白い鎧。
絹のような金色の長髪。
抜けるような白い肌。
美しくも鋭い切れ長の目。
「ホメロスさま…」
思わず口を零れた嫌いな男の名前。
幽霊にはそれが聞こえていたらしい。
彼は幽霊らしくゆっくりと――しかし生前と変わらない冷たい視線をぶつけてくる。
「エルザ、か……」
大袈裟というか非常に嫌味っぽくため息をつかれた。
「死してなお貴様の顔を見る羽目になるとは。こんな腹立たしい話はないな」
「三つ子の魂百までとは言いますが、死んでも人間変わらないものなんですね。口の悪さとか」
心からの憎悪を込めて幽霊と睨み合うことしばし。
何せこの方とは初めて会った時からどうにも相性が悪い。相容れない、というのが言葉選びとしては正しいだろう。
…いやもっと単純でいい。ホメロスさまのことは大嫌いだった。
デルカダールを裏切った末に死んでしまったことには同情はするが、それ以上にどこかで喜ぶ程度には。
さすがに口にはしないけれど。
「己の運命を心から呪う。特にお前などに認識されてしまった今をな」
「誰もホメロスさまってわからなかったんですか」
「気に食わんが、そうだ。幽霊騒動だかなんだか知らんが、その正体がこのホメロスであることに気づいたのはお前のみ」
「なんか運命感じちゃいますね。心から気分悪いです」
「奇遇だなオレもだ」
それでもこの人とは案外気が合うなと思う。
お互いを貶しあう時だ。
と言っても、会って口を訊くのはこれで二回目だが。
一回目は彼率いるデルカダール軍に逮捕され、尋問された時だ。
あの時から印象は最悪だったが、ホメロスさまの方が圧倒的に有利な立場にいたのでより気分が悪かった。
今は彼がすでに死んでいる身なぶん私の方が有利な位置――なのだろうか。せいぜい対等程度かも知れない。一人称オレだし。
「っていうか私の名前よく覚えてましたね。てっきり歯牙にもかけられてないと」
「お前ほど無意味に腹立たしい人間はそういないのでな。嫌でも記憶に残るさ」
そこで初めてホメロスさまは笑った。記憶にあるような嫌な笑い方ではない。
かといってゴリアテさんあたりがよくするような屈託のないものとも違うけれど。
「…命の大樹の元には行かないんですか」
なんだか彼の印象が少し良くなりかけて、でもそんな自分を認めたくなく絞りだすように訊ねる。
命の大樹。ロトゼタシアの地に生まれたあらゆる生物は、その生命を終えるとあの巨大な樹の元に送られ、再び生まれ変わるとされている。
ただのおとぎ話だ、バカか。……などと返ってくるとは思ったが。
「行けるわけがなかろう」
短い否定の言葉。しかし想定したものとは違う。
「オレは慈悲深い、ゆえに無知蒙昧の貴様にもわかりやすく教えてやるがな、エルザ殿。
…オレは命の大樹になど行けん。アレを裏切り、挙げ句――いや、いずれにしてもだ」
一瞬、ホメロスさまの眉間に深く深く皺が刻まれた。何かを話そうとして、しかし思い留まる。
私相手に、何か遠慮しているのかとも思ったが――何かをひどく苦悩しているようだった。いや、後悔かも知れない。
とても、とても複雑な顔だった。
「オレの亡骸は命の大樹に未だ放置されている。それが全てだ。
裏切ってはならぬものを裏切り、挙げ句成すべきを成せなかった。ゆえにただ独り彷徨うことがオレに与えられた罰かも知れぬと時折思う」
かつての頭脳明晰の軍師様と言うには、ひどく感傷的な結論だ。
私はいたたまれなく、ただかつての敵から目をそらす。
なぜこの人は私にこんな弱さとも言える一面を見せるのだろうか。好意では少なくともないだろうとは確信しているし、頼むからそうであってほしいのだが。
…いやそうじゃない。ちょっと前にグレイグさまに勇者様を手助けしたことを不問にしてもらった際、なぜかホメロスさまのこともざっくりとだが聞かされていた。
父親同然の王を裏切り、守るべき国を裏切り、親友を裏切った挙げ句ウルノーガに裏切られたその末路は憐れだと思わないこともなかった。
とはいえ相応の結果だと、内心で切り捨てることも簡単だった。
そのことを認識し、しかし今少しだけ感想を改める。
「…ホメロスさまのプライドを傷つけるためにあえて言いますけど」
多分今この人は寂しいのだ。
死んでウルノーガから解放されて、オレは正気に戻ったとでも言うのかどうかは知らないけれど、いずれにしてもそこには孤独しかなかった。
だからお高いプライドよりも私を優先してしまったのだろう。私が生理的に受け付けないくらい嫌いなくせに。
「あなたの骨はここにないかもしれないけど、しかも共同墓地だけど。
あなたはちゃんと供養してもらえてるじゃないですか、ホメロスさま。
なにもかも裏切ってこの扱いって破格ですよ。たぶん」
毒づく時はよく動くホメロスさまの口は、しかし凍りついたように静かになっていた。
なぜ自分が命の大樹でなくここに霊として現れるようになったのか、頭が良いくせに気づいていなかったらしい。
「…グレイグさまに感謝するんですね」
尋問の際、私を脅す時にも使われた美しい意匠の片手剣。
長身で目立つ反逆者の亡骸こそ放置せざるを得なかったが、愛用していたそれはなんとか持って帰ってきたのだ。
いつかこれまたなぜかホメロスさまの墓参りに付き合わされた際、グレイグさまがそんなことを語っていた。
かつて愛用していた遺品を、遺骨の代わりに墓に納めたからこそ、今彼はここにいる。
…死生観や宗教に関する教養はまるでないので、あくまで勝手な解釈だが。
「そうか…グレイグ、あいつめ…」
もはや呼吸をしない存在が、息をついた。
愛憎入り混じったというのだろうか。グレイグさまに対して、私などが容易に立ち入ってはいけない思いがホメロスさまにはあるのだろう。
先程と比較にならないほど。
複雑な、複雑な顔だった。
「奴のことを、お前に対するように…躊躇なく憎めたら良かったのかも知れんな…」
その言葉はただ虚しく、夜闇に溶けていった。