Hevenly sun
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恋敵が死んだ。
という今起きたたった一つの事実以外のことを考えられたのは、即座にビビアンが蘇生呪文の詠唱を始めたからだ。
魔法が苦手なボクはザオしかできないが、このムカつく女ならば高位のザオラルまで習得していることは知っている。
やがて長い詠唱を終え、淡く青い光がビビアンの杖をから放たれる。
……しかしそれ以外になにも起きることはなかった。
「……ダメ」
こぼれ落ちる言葉はあまりに弱々しいもの。
普段の常にふざけた態度の女とはとても同一人物思えなかった。
「ダメって、どういうことだよ!?
ザオラルって必ず成功するわけじゃないだろ?ならもう一度唱えれば…」
「ダメなの。ごめんなさい、ラゴス。…エルザ」
ビビアンはその目に涙を浮かべ、謝罪してきた。
「ビビアン、もうザオラルする魔力がないの」
魔力、と聞いてピンとくる。
こいつとはもう何度も仮面武闘会で戦ってきた仲だ。
ペアは抽選によって決まるルール上、不本意ながら組んだこともある。
そして味方にしても敵にまわしても、魔法による手数がやたら豊富なこいつが負けるときの理由は常に魔力切れによるものだった。
今回ビビアンがかなり好き勝手に魔法を放つことができていた理由を考える。
まず一つ、この女とは逆に魔力量だけはまさしく無駄に豊富なエルザによるMPパサー。
だがあの女は今はいない。
端的にいえば死んでいる。
だから蘇生呪文で生き返らせようとしているのだが。
そしてもう一つ。ここへの扉を開ける際に使われていた手口。
今は魔物たちを挟んで向こう側にいるファーリスが所持する、魔法の聖水。
「…ボクがなんとかファーリスから魔法の聖水をもらってきてやる。だから、頼む。お前はエルザを必ず生き返らせてくれ」
声が震える。
認めたくはないが、なんだかんだでボクら闘士に勝るとも劣らない実力を持ったエルザが、あんなにもあっさりと殺されたのだ。
先ほどまで圧倒的に追い詰めていたはずの魔物が、一気に恐ろしくなる。
「ムリよ…」
「なんでだ!?お前賢者なんだろ!?ボクをラゴスと呼んでいい!
エルザが生き返るならボクはお前のモノになったっていい!!だから!!」
そしてもう一つの恐ろしいほど――認めたくない事実が今まさにボクの口をついて出た。
ボクはボク自身が思っている以上に、あの恋敵のことを大切に思っていたのだ。
もちろんシルビアさんに対するそれとは別種の意味だし、憎いライバルであることには変わりはない。
けれどそれでも、――もしかしたらそれ以上に。
共に過ごした数日という短い期間の中で、大切な仲間として急速にボクの心のかなりを占めていた。
「頼むよ…」
縋るようにビビアンに頭を下げる。
そうでないと涙が流れるのがこの女にバレてしまうからだ。きっと弱虫だと茶化される。
それはこんな状況においてでさえ耐え難いことだった。
「ムリよ…さっきのでビビアンわかったの。
この状況からエルザを生き返らせるのは、ロウちゃまししょーでも難しいわ。
…できるとするなら、多分高位の僧侶くらい。それに…」
とはいえそれをビビアンに揶揄されることはなかった。
その代わりではないのだろうが、最もボクが認めたくない事実を突きつけてくる。
「それに、ラゴスだってわかってるでしょう?だから自分もできるくせに始めから蘇生はビビアン頼みだった。
だってエルザの身体はもう…っ」
あのビビアンの声が詰まる。こらえ切れなかったのか、とうとう声を押し殺しながらも泣き出した。
多分こいつはこう続けるつもりだったのだろう。
もうエルザの身体はないのだもの。
とはいえそのわかりきった事実をボクは口にすることができない。
ホロゴーストが唱えた【ザキ】の呪文は、対象を問答無用で即死させる。
ただしそのあまりに強烈な効果の代償とでも言うべきなのか、よほど優れた魔力に恵まれていない限りは滅多なことでは成功しない。
けれども、いつかファーリスが言っていたように攻撃呪文に生まれつき強いあのエルザがたった一度の詠唱で死んでしまうことは――なんにせよ信じがたかった。
とにかく、エルザは死んだ。
ボクたちが気がついた時にはヤツはすでに凍りついたように動かなくなり、すぐに光の粒へと昇華した。
痕跡などまるで残さず、始めからそこにいなかったかのように。
その光景は血反吐を撒き散らすバリクナジャと違い汚くもグロテスクでもなかったが――到底見ていられるものではなかった。
「…なぜ殺した」
そのバリクナジャはというと、ホロゴーストと揉めていた。
おかげで近くにいたビビアンと会話できていたというわけだ。
「ああ、あの魔法戦士。あなたの嫁にするんでしたっけ」
「そうだ!そうすれば妖魔軍王どころか魔軍司令の座すら狙えたというのに!!」
「それは申し訳ない。でもあなた、もうすぐ毒で死んじゃいますよぉ?」
「貴様ァーーーーー!!!!」
呆れるほどに醜く、くだらない争いだった。
こんな奴らのために子どもたちが、エルザが犠牲になったのだと思うと、沸き上がってくるものはある。
それは怒りと呼ばれる感情だ、ということくらいは今のボクでも理解はできる。
ファーリスが、エルザが啖呵を切ったようにボクもしなければならない。立ち上がり、戦わなければならない。
そんなことはわかっている。
けれども、身体に力が入らない。立ち上がれない。
いつかダーハルーネで今のボクと同じようになっていたエルザのことを思い出す。
あいつも同じような気持ちだったのだろうか。
今のボクと同じ絶望を味わっていたのだろうか。知る術は最早ない。
「ラゴス、それはダメ」
「…ビビアン」
気づけばボクは詠唱の体制に入っていた。もちろんどうにか唱えられるザオのだ。
しかすすぐ、ぴしゃりと待ったをかけてくるビビアンに、弱々しく懇願するしかない。
「唱えさせてくれ。ボクはあいつを諦めたくないんだ」
「気持ちはわかる。でもダメよ。はっきり言うわ、少なくともあなたに蘇生は無理。
それよりもあいつらを倒して。…お願いよ、ラゴス。もうあなたしかそれができる人はいないの」
ビビアンの顔はひどいものだ。とっくに泣き腫らし、歓楽街グロッタでも一二を争う美貌を台無しにしていた。
それでも、口振りはしゃんとしたものだった。基本的に打算の女だが、ボクたち闘士の中では恐らく一番賢い。
言っていることは多分間違いはない。
けれども正論を受け入れるだけの器がボクにはもうなかった。…多分あの時のエルザと同じように。
「お前は、そうなのか?」
「…え?」
「エルザのことより、自分たちが大事なのか」
「ラゴス!」
ビビアンの声には心外だという意味合いの怒気が含まれるが、気にすることもできない。
それより強く思う。
すまない、エルザ。ボクは無力感で泣くお前にひどいことを言ってしまったようだ。
「すまない。ボクは偉そうにばかり何を言っているんだ、すまない…」
「ラゴス!」
ビビアンがとうとう声を張る。それでもボクは謝罪の言葉を繰り返すことしかできなかった。
「さすがに見損なうわよ!あなたが悲劇のヒーローやるのは勝手だけどね、」
本気で怒りだすビビアンの動きが、言葉が、そこで止まった。