Hevenly sun
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主にハンサムが後先考えず買いこんだ世助けパレードグッズはひとまず宿屋に預けることにした。
今回の事件の解決の糸口が見えた以上数日この村に留まることになることはほぼ確定的だったし、
しばらく観光したいからと理由をつけたら宿屋のまだ若い店主は快く引き受けてくれた。
「この戦いが終わったら、しばらくここに留まるのも良いな…」
「え、ハンサム。何?もうすぐ死んじゃうの?」
どことなくうっとりとした顔でそんなお約束を呟く彼に思わずツッコミを入れる。すると魔法のように一瞬でしかめ面に変わる。
「そんなわけあるかバカ。
ボクは生き残る、どんな手を使っても……たとえエルザ、お前を踏み台にしてもな!
そしてシルビアさんと結婚するんだ!」
「だからそういうやつだって!」
なんだか死亡フラグの宝石箱みたいになってきた。余計なお世話だろうがちょっとかなり心配になってくる。
「あー、もしもしキミたち?調査は進んでる?」
けれどもファーリスからしたら、私たち二人ともツッコミの対象だったようだ。
ごめんと呟くように謝罪してから改めてもう一度壁画を見上げる。
食事を終えた私たちの意見は概ね一致していた。
それはもちろん、ファーリスが訪れた遺跡にもう一度全員で来て、異世界の入り口探すこと。
いざ乗り込むとなるとビビアンちゃんやサイデリアちゃんを待った方が良いのは言うまでもないことだが、時間を節約するためにもできることはやっておくべきだ。
…とは言うものの、先ほどから目の前の巨大な女性の絵を眺めることしかできない。
圧倒されるほど時間経過を感じさせない鮮やかな色彩が美しく、ミステリアスを通り越して若干不気味。
事件があったということを知っている前提で見ると、どうしてこの絵が縁起物だったのか不思議になる。
呪いの絵って言う方がきっと相応しいと思う。…いや実際呪いの絵だったわけだけど。
「メルトア…」
それが絵の名前及び黒幕の名前。
しかし口に出したところで何か変化が起こるわけではない。
「うーん。ブギー?」
かつてグロッタを支配したふざけた名前の魔物の名前。それから思いついたそれっぽい言葉を、片っ端から次々に並べ立ててみる。
「何を言ってるんだ?」
「いや、ダンジョンでありがちな仕掛けなんだけど。合言葉でドアが開くっていうやつ。
試してみてるの。…だめな感じがすごいけど」
「そのようだな」
当然だが妖魔軍王のお気に入りことマルティナでもだめだった。
もしこの雑な憶測どおり本当に特定の言葉でドアが開くシステムなら厄介だ。
その言葉を知る手段が私たちには基本的にないのだから……。
「ねえ、ハンサム」
「今度はなんだ」
遺跡の調査と言ってもまともに立ち回れているのはファーリスだけだ。
私たちは聞き込み程度のものならばともかく、こういう怪しい場所を調べて頭を使って謎を解くという行為は向いてない。
だから先ほどから雑談に終始してしまっているわけだが。
「ね、私思いついちゃったんだけど」
「だから何を」
「私面倒になってさ。だからいっそのことこのあからさまに怪しいこの絵を、燃やしてみない?
案外それで入り口が出てきたりして!」
「…なるほどな」
ハンサムは自然と共に生きるレンジャーだが、人工物の破壊になら話がわかる男のようだ。
前回の馬のときのような態度とは違い、にやりと笑った。
「お前魔法戦士だったな?おいかぜで援護してやる」
「ほんと!?やったね。
これ、もしかしていわゆる【ライバル同士が組めば最強】ってやつじゃない!?」
私も同じくらい悪い顔で笑い返した。
「キーミーたーちー?そういうことされると、とっても困るんだけどー?」
こうして私たちは、初めて良くも悪くもおおらかな気性のファーリス王子が怒ったのを目の当たりにしたのである。
思ったよりだいぶ怖く、本来は仲の悪いハンサムと並んで冗談だと必死で否定する羽目になった。
「だが…実際手詰まりじゃないか、ファーリス。お前でも攻略法は見つからないのだろう?」
半ば無理矢理に話は本題に戻る。ファーリスもそうなんだよねと困ったように腕を組んだ。
「案外、エルザくんの言うような本人?本モンスター?本シャドー?まあなんでもいいか。
…それを認証するようなシステムでもあるのかも知れない。そう思えるくらいここにはなんの手がかりもないんだ。
はっきり言って、こちらから行くのは限りなく無理に近い」
「じゃあ、なんだ?ここまで来て諦めるのか…?」
普段は(特に私に対して)責めるような言い方ばかりするハンサムの語尾。
頼っていた人間に裏切られたような、思わず同情を誘うようなそんな弱々しさを感じた。
私も同じ疑問を持っている。そういう意味を込めてファーリスの方を見る。
「ここまで来て諦める気は毛頭ないよ、安心してくれ。もう少し調査はするが、何の成果も出ない覚悟はしておいてほしい。
……そうしたら、最後の手段だ」
その言い方が、サバクくじら討伐の作戦を立てた時のものと似通っていてピンときた。
「あ、察した。囮になれってことね」
「…どういうことだ?」
ハンサムは怪訝に聞き返す。
彼は魔法も使うが本人の申告どおり専門ではない。
私が囮として求められる理由なんて想像もつかないだろう。
「エルザくんは、そう強力な魔法を使えるわけではない。しかしだ、その身に蓄えている魔力の量は尋常じゃないんだ。
これはサポート系魔法戦士の特徴でもあるんだが、彼女の場合はちょっとケタが違う。
魔の力を好む魔物であれば自然と惹かれる、そんな誘引力すら有するレベルのものだ」
「つまり、エルザは歩く誘蛾灯ってことか」
「…なんで言い換えたのかわからないが、間違いではないね。とにかく、作戦は単純。
ここでエルザくんが魔力を開放すれば、必ず何がしかの魔物が寄ってくる。
ここにあるはずの、異世界への扉を開けて」
「そいつを利用するということか…」
ファーリスは頷いた。
「そうだ。だが、外部の無関係な魔物が来てしまって村に迷惑をかけるかも知れない。
そうなればエルザくんはもちろん、ボクたちも危険だ。だから最後の手段なんだ」
私も同意を込めて頷くその横で、どういうわけかハンサムは圧倒されたように立ち尽くしていた。
ファーリスによって生贄にされかけた馬のために怒鳴った時とも、私を陽動にした時の乾いた反応とも違う感じだった。
喉が震えている。
「エルザ……お前、それをやるのか?」
「必要なら」
「なあそれ、忠告してやるが普通じゃないぞ。ファーリスの今の言い方聞いただろ?
この男は確かに有能だが、ボクたちとは考え方が違う。わかるか?
あいつはああ言ったが、実際お前以外は隠れていればいい。実質餌であるお前一人が危険なんだ。わかっているのか?」
「わかってるよ」
彼の抗議に短く返す。
以前みたいに大好きな馬のことならともかく、大嫌いなはずの私を相手にこの取り乱しぷりは、もはや不自然とさえ言えた。
「心配してくれてるの」
だからだろうか。本当はからかうつもりで訊ねようとした言葉が、自分でも驚くくらい優しく出てきた。
「心配?ボクがお前を?」
そんなわけないだろう。ふざけるな。
そういった類の言葉が出るものだと思っていた。
ハンサムは一瞬きょとんとした顔を浮かべたあと、わざとらしいくらいの大ため息を吐く。
「……当たり前だろう。個人的な感情は二の次だ、見損なわないでくれ」
茶化そうとしたこちらが恥ずかしくなるくらい揺るぎなかった。
そして面と向かってそんなクサいセリフを言ってきた人物は、シルビアさん以来だった。
「わかったよ…聞いてごめんって」
熱くなるものを感じながら謝罪した。
「ハンサムくんが何でそこまで怒っているか知らないけれど、最後の手段なんて誰でも考えられるようなつまらない手に頼らないのが、ボクの美学だよ。
…あの二人が来るまでにはどうにかしてみせるさ」
「なんかさっきと言ってることが違うんだが?」
「き、気のせいじゃないかな!」
ファーリスはそう言ってから笑いした。
こうして険悪な空気は一応解消され、今ひとたび調査が始まる。
正直言ってしまうと、ファーリス王子が言うところの『最後の手段』を行使することに私は大して異議はなかった。
村人への危険を思えばまあそうかなとも思うけれど、私自身に対するそれに関しては、別にかまわなかった。
グロッタをはじめとして、今までもそういう戦法は取ったことは少なからずある。
生きたいとは言ったものの、それで怪我や最悪命を落としたところで今やどうとも思わなかった。
もしかしたらそれを献身的だとか、覚悟が決まっているとか言ってくれる人もいるのかもしれないが、いずれの感情も違う。
ただ、それを何て呼べば正解なのかは私自身にもわからない。
いずれにしても、そんなある種投げやりになっている自分を心配してくれた恋敵に対して確かに感謝の気持ちが湧いた。
そして、自分のことであるにも関わらずファーリス寄りの考えであることへの懺悔の念も、恐らく多少なりともあった。
「それにしても、きれいな絵だな」
とはいえ。ファーリスがやらないと当座は宣言した以上いずれにしてもその案は保留だ。
そういうわけで、改めて調査のやり直しとなる。正直面倒だが致し方ない。
僅かに不満を感じながらあの巨大な女性の壁画を改めて見る。
当初は美しいながらも不気味に思えていた。正直今もその感想は対して変わらないが、しかし。
ひどく魅力的に今は感じられた。…不思議なくらいに。
触れたい、と思う。
芸術品に基本的には触れてはいけないというマナーくらいは私も知っているが、まるで絵が誘惑してきているようにも感じ始めていた。
心から湧き上がる衝動。
恋にも似た感覚のせいか僅かにシルビアさんにうしろめたさを感じながらも手を伸ばす。
「えっ」
指が絵に埋まった。
慌てて引き抜こうとする私の手を、何かが掴む。
「うそ、何、ちょっと!」
人間の手だった。ごつごつしていて、大きい。男性のものだろうという想像は簡単にできたが、そんな場合じゃない。
「エルザくん!?何が」
「ファーリス!助けて!!」
腕に引っ張られる。力強く。
異常な事態に慌ててファーリスが、続いてハンサムが私を引っ張ってくれているにも関わらず、あちらの方が力が強い。
「クソ、おい!エルザ!お前、ちゃんと踏ん張ってるんだろうな!?」
「当たり前でしょ!?……痛いんだよ、クソヤロウ!!」
シルビアさんがこの場にいれば絶対言わないような悪態を吐きながら必死で抵抗を試みるも、どうにもうまくいかない。
私たち三人よりもあちらの方が力が強いということに他ならなかった。
だが、しかし。
「…急に軽くなったぞ!?」
敵は突然に弱る。私の腕を引っ張る力が一瞬抜け、それどころか簡単に引っ張れてしまう。
「このまま引っ張れ!エルザくんは可能なら相手の手を掴み返してくれ!」
「オッケー!!」
こうして。
犯人のそのお尊顔を拝むことができた。
「ベロリンマン!」
この中でベロリンマンと面識があったのは同じく闘士であるハンサムだけ。
彼が驚愕した声で名前を呼ぶのに反応こそしたベロリンマンだが、返事をすることはない。
ただ茫洋とした目つきも一瞬のことで、次には闘士のそれに変え、無言でまた私の手を引っ張る。
「きゃん!!」
思わずそんな悲鳴をあげ、そしてその不意打ちに成すすべもなく、私は彼のなすがまま絵の中に引きずり込まれていったのであった。
今回の事件の解決の糸口が見えた以上数日この村に留まることになることはほぼ確定的だったし、
しばらく観光したいからと理由をつけたら宿屋のまだ若い店主は快く引き受けてくれた。
「この戦いが終わったら、しばらくここに留まるのも良いな…」
「え、ハンサム。何?もうすぐ死んじゃうの?」
どことなくうっとりとした顔でそんなお約束を呟く彼に思わずツッコミを入れる。すると魔法のように一瞬でしかめ面に変わる。
「そんなわけあるかバカ。
ボクは生き残る、どんな手を使っても……たとえエルザ、お前を踏み台にしてもな!
そしてシルビアさんと結婚するんだ!」
「だからそういうやつだって!」
なんだか死亡フラグの宝石箱みたいになってきた。余計なお世話だろうがちょっとかなり心配になってくる。
「あー、もしもしキミたち?調査は進んでる?」
けれどもファーリスからしたら、私たち二人ともツッコミの対象だったようだ。
ごめんと呟くように謝罪してから改めてもう一度壁画を見上げる。
食事を終えた私たちの意見は概ね一致していた。
それはもちろん、ファーリスが訪れた遺跡にもう一度全員で来て、異世界の入り口探すこと。
いざ乗り込むとなるとビビアンちゃんやサイデリアちゃんを待った方が良いのは言うまでもないことだが、時間を節約するためにもできることはやっておくべきだ。
…とは言うものの、先ほどから目の前の巨大な女性の絵を眺めることしかできない。
圧倒されるほど時間経過を感じさせない鮮やかな色彩が美しく、ミステリアスを通り越して若干不気味。
事件があったということを知っている前提で見ると、どうしてこの絵が縁起物だったのか不思議になる。
呪いの絵って言う方がきっと相応しいと思う。…いや実際呪いの絵だったわけだけど。
「メルトア…」
それが絵の名前及び黒幕の名前。
しかし口に出したところで何か変化が起こるわけではない。
「うーん。ブギー?」
かつてグロッタを支配したふざけた名前の魔物の名前。それから思いついたそれっぽい言葉を、片っ端から次々に並べ立ててみる。
「何を言ってるんだ?」
「いや、ダンジョンでありがちな仕掛けなんだけど。合言葉でドアが開くっていうやつ。
試してみてるの。…だめな感じがすごいけど」
「そのようだな」
当然だが妖魔軍王のお気に入りことマルティナでもだめだった。
もしこの雑な憶測どおり本当に特定の言葉でドアが開くシステムなら厄介だ。
その言葉を知る手段が私たちには基本的にないのだから……。
「ねえ、ハンサム」
「今度はなんだ」
遺跡の調査と言ってもまともに立ち回れているのはファーリスだけだ。
私たちは聞き込み程度のものならばともかく、こういう怪しい場所を調べて頭を使って謎を解くという行為は向いてない。
だから先ほどから雑談に終始してしまっているわけだが。
「ね、私思いついちゃったんだけど」
「だから何を」
「私面倒になってさ。だからいっそのことこのあからさまに怪しいこの絵を、燃やしてみない?
案外それで入り口が出てきたりして!」
「…なるほどな」
ハンサムは自然と共に生きるレンジャーだが、人工物の破壊になら話がわかる男のようだ。
前回の馬のときのような態度とは違い、にやりと笑った。
「お前魔法戦士だったな?おいかぜで援護してやる」
「ほんと!?やったね。
これ、もしかしていわゆる【ライバル同士が組めば最強】ってやつじゃない!?」
私も同じくらい悪い顔で笑い返した。
「キーミーたーちー?そういうことされると、とっても困るんだけどー?」
こうして私たちは、初めて良くも悪くもおおらかな気性のファーリス王子が怒ったのを目の当たりにしたのである。
思ったよりだいぶ怖く、本来は仲の悪いハンサムと並んで冗談だと必死で否定する羽目になった。
「だが…実際手詰まりじゃないか、ファーリス。お前でも攻略法は見つからないのだろう?」
半ば無理矢理に話は本題に戻る。ファーリスもそうなんだよねと困ったように腕を組んだ。
「案外、エルザくんの言うような本人?本モンスター?本シャドー?まあなんでもいいか。
…それを認証するようなシステムでもあるのかも知れない。そう思えるくらいここにはなんの手がかりもないんだ。
はっきり言って、こちらから行くのは限りなく無理に近い」
「じゃあ、なんだ?ここまで来て諦めるのか…?」
普段は(特に私に対して)責めるような言い方ばかりするハンサムの語尾。
頼っていた人間に裏切られたような、思わず同情を誘うようなそんな弱々しさを感じた。
私も同じ疑問を持っている。そういう意味を込めてファーリスの方を見る。
「ここまで来て諦める気は毛頭ないよ、安心してくれ。もう少し調査はするが、何の成果も出ない覚悟はしておいてほしい。
……そうしたら、最後の手段だ」
その言い方が、サバクくじら討伐の作戦を立てた時のものと似通っていてピンときた。
「あ、察した。囮になれってことね」
「…どういうことだ?」
ハンサムは怪訝に聞き返す。
彼は魔法も使うが本人の申告どおり専門ではない。
私が囮として求められる理由なんて想像もつかないだろう。
「エルザくんは、そう強力な魔法を使えるわけではない。しかしだ、その身に蓄えている魔力の量は尋常じゃないんだ。
これはサポート系魔法戦士の特徴でもあるんだが、彼女の場合はちょっとケタが違う。
魔の力を好む魔物であれば自然と惹かれる、そんな誘引力すら有するレベルのものだ」
「つまり、エルザは歩く誘蛾灯ってことか」
「…なんで言い換えたのかわからないが、間違いではないね。とにかく、作戦は単純。
ここでエルザくんが魔力を開放すれば、必ず何がしかの魔物が寄ってくる。
ここにあるはずの、異世界への扉を開けて」
「そいつを利用するということか…」
ファーリスは頷いた。
「そうだ。だが、外部の無関係な魔物が来てしまって村に迷惑をかけるかも知れない。
そうなればエルザくんはもちろん、ボクたちも危険だ。だから最後の手段なんだ」
私も同意を込めて頷くその横で、どういうわけかハンサムは圧倒されたように立ち尽くしていた。
ファーリスによって生贄にされかけた馬のために怒鳴った時とも、私を陽動にした時の乾いた反応とも違う感じだった。
喉が震えている。
「エルザ……お前、それをやるのか?」
「必要なら」
「なあそれ、忠告してやるが普通じゃないぞ。ファーリスの今の言い方聞いただろ?
この男は確かに有能だが、ボクたちとは考え方が違う。わかるか?
あいつはああ言ったが、実際お前以外は隠れていればいい。実質餌であるお前一人が危険なんだ。わかっているのか?」
「わかってるよ」
彼の抗議に短く返す。
以前みたいに大好きな馬のことならともかく、大嫌いなはずの私を相手にこの取り乱しぷりは、もはや不自然とさえ言えた。
「心配してくれてるの」
だからだろうか。本当はからかうつもりで訊ねようとした言葉が、自分でも驚くくらい優しく出てきた。
「心配?ボクがお前を?」
そんなわけないだろう。ふざけるな。
そういった類の言葉が出るものだと思っていた。
ハンサムは一瞬きょとんとした顔を浮かべたあと、わざとらしいくらいの大ため息を吐く。
「……当たり前だろう。個人的な感情は二の次だ、見損なわないでくれ」
茶化そうとしたこちらが恥ずかしくなるくらい揺るぎなかった。
そして面と向かってそんなクサいセリフを言ってきた人物は、シルビアさん以来だった。
「わかったよ…聞いてごめんって」
熱くなるものを感じながら謝罪した。
「ハンサムくんが何でそこまで怒っているか知らないけれど、最後の手段なんて誰でも考えられるようなつまらない手に頼らないのが、ボクの美学だよ。
…あの二人が来るまでにはどうにかしてみせるさ」
「なんかさっきと言ってることが違うんだが?」
「き、気のせいじゃないかな!」
ファーリスはそう言ってから笑いした。
こうして険悪な空気は一応解消され、今ひとたび調査が始まる。
正直言ってしまうと、ファーリス王子が言うところの『最後の手段』を行使することに私は大して異議はなかった。
村人への危険を思えばまあそうかなとも思うけれど、私自身に対するそれに関しては、別にかまわなかった。
グロッタをはじめとして、今までもそういう戦法は取ったことは少なからずある。
生きたいとは言ったものの、それで怪我や最悪命を落としたところで今やどうとも思わなかった。
もしかしたらそれを献身的だとか、覚悟が決まっているとか言ってくれる人もいるのかもしれないが、いずれの感情も違う。
ただ、それを何て呼べば正解なのかは私自身にもわからない。
いずれにしても、そんなある種投げやりになっている自分を心配してくれた恋敵に対して確かに感謝の気持ちが湧いた。
そして、自分のことであるにも関わらずファーリス寄りの考えであることへの懺悔の念も、恐らく多少なりともあった。
「それにしても、きれいな絵だな」
とはいえ。ファーリスがやらないと当座は宣言した以上いずれにしてもその案は保留だ。
そういうわけで、改めて調査のやり直しとなる。正直面倒だが致し方ない。
僅かに不満を感じながらあの巨大な女性の壁画を改めて見る。
当初は美しいながらも不気味に思えていた。正直今もその感想は対して変わらないが、しかし。
ひどく魅力的に今は感じられた。…不思議なくらいに。
触れたい、と思う。
芸術品に基本的には触れてはいけないというマナーくらいは私も知っているが、まるで絵が誘惑してきているようにも感じ始めていた。
心から湧き上がる衝動。
恋にも似た感覚のせいか僅かにシルビアさんにうしろめたさを感じながらも手を伸ばす。
「えっ」
指が絵に埋まった。
慌てて引き抜こうとする私の手を、何かが掴む。
「うそ、何、ちょっと!」
人間の手だった。ごつごつしていて、大きい。男性のものだろうという想像は簡単にできたが、そんな場合じゃない。
「エルザくん!?何が」
「ファーリス!助けて!!」
腕に引っ張られる。力強く。
異常な事態に慌ててファーリスが、続いてハンサムが私を引っ張ってくれているにも関わらず、あちらの方が力が強い。
「クソ、おい!エルザ!お前、ちゃんと踏ん張ってるんだろうな!?」
「当たり前でしょ!?……痛いんだよ、クソヤロウ!!」
シルビアさんがこの場にいれば絶対言わないような悪態を吐きながら必死で抵抗を試みるも、どうにもうまくいかない。
私たち三人よりもあちらの方が力が強いということに他ならなかった。
だが、しかし。
「…急に軽くなったぞ!?」
敵は突然に弱る。私の腕を引っ張る力が一瞬抜け、それどころか簡単に引っ張れてしまう。
「このまま引っ張れ!エルザくんは可能なら相手の手を掴み返してくれ!」
「オッケー!!」
こうして。
犯人のそのお尊顔を拝むことができた。
「ベロリンマン!」
この中でベロリンマンと面識があったのは同じく闘士であるハンサムだけ。
彼が驚愕した声で名前を呼ぶのに反応こそしたベロリンマンだが、返事をすることはない。
ただ茫洋とした目つきも一瞬のことで、次には闘士のそれに変え、無言でまた私の手を引っ張る。
「きゃん!!」
思わずそんな悲鳴をあげ、そしてその不意打ちに成すすべもなく、私は彼のなすがまま絵の中に引きずり込まれていったのであった。