Hevenly sun
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「仮面武闘会チャンピオン・ハンフリー。テメーの噂は聞いてるぜェ?
孤児院の貧しい出でありながら才能に恵まれ…仮面武闘会の闘士となり賞金でガキどもを食わせてやっている。
随分と泣かせる話じゃねぇか」
「そこまでご存知とは、オレも有名になったものだな」
「ハッ。謙遜するんじゃねえよぉ。…で?その品行方正のヒーロー様の頼みって一体何だろうな?
この悪党に頼るとはまた随分な話だが?」
私が答えようとするのをハンフリーは手で制す。
「オレたちはメダチャット地方に行きたい」
「…ダーハルーネからになるが、連絡船で行きゃ良いじゃねえか」
「急ぎだ。あんたじゃなきゃダメなんだ」
補足する。
「マーメイドハープ、持ってるんでしょ?」
「何で知ってる」
「結構前だけどどこかの酒場でついに手に入れたって大はしゃぎしてたよね?その時たまたま居合わせたの」
「なる程な。抜け目がねえ女だ」
そう言ってくっくとカンダタが喉を鳴らす。
私の問いかけに対する肯定も同然で、思わずハンフリーと顔を見合わせる。
状況が許せばガッツポーズすらしただろう。
あとは交渉次第というところか。
「頼む。うちの孤児院から、何人も子どもがいなくなっているんだ。
あちらにはその手がかりがあるかも知れない、なんとか手伝ってはもらえないだろうか」
ハンフリーは深々と頭を下げた。
本来、交渉があまり得意ではないのだろう。
不器用なまでに直球な言葉選びで、ゆえに真摯な懇願とも言うべきものだった。
だが、それで絆されるほどカンダタという人間も甘くはない。覆面の下で小馬鹿にするように目を細める。
「チャンピオンが頭まで下げているんだ、俺様も鬼じゃあねえ。だが、小銭で動いてやるほど善人でもねえ。
この時勢だ、テメエらもわかるだろう?」
頭の中で単語が羅列される。魔王降誕。世界崩壊。跳梁跋扈する魔物たち。
勇者様たちがどうにかしようと動いているのだが、絶対的に敵は数が多かった。
命の大樹が枯れ落ちて以後、真っ先にデルカダールという軍事国家が壊滅してからは、
人間が圧倒的に不利な戦争をきりきり舞いになりながらも続けるしかなかった。
私もそうだし、闘士たちもそうだし、カンダタもそこは同じなのだろう。
「ウチの航海士はあの有名なアリスには及ぼずとも優秀じゃあある。
しかしだ、今の凶暴化された魔物に襲われちまえばひとたまりもねえ。
テンタクルスに何隻沈められたか、噂だけでもいいが聞いたことはあるか?
海上じゃ早々逃げ場もねえ。
つまり戦うしかねえんだが、俺様もてめえの商売以外じゃ腕を振るう気なんぞねえ」
「要するに…面倒だと」
「その通りだ、嬢ちゃん。少し前なら考えてやらんでもなかったが、こちとら慈善事業じゃねえんでな」
そう言われては唇を噛むしかなかった。
海の魔物は陸のそれより危険度が高いものが多いとされている。
理由は今しがたカンダタが語ったばかり。
陸に生きる私たちでも船の撃沈の話は毎日のように聞くくらいで、ゆえに無理強いはできない。
カンダタは悪人、言っていること自体はそう無茶苦茶ではない。
このような時代にこのような無茶苦茶な依頼を、
それも大して親しくもない相手にする私たちの方こそがむしろ非常識なくらいだ。
「ま、大人しく連絡船を待つんだな。あっちなら傭兵くずれどもが用心棒をしているはずだ。
安全でまっとうな船旅が楽しめるぜ、確かに遅くはあるがな」
カンダタは皮肉に笑って締めくくる。
こういう時交渉がうまい人ならどうするのだろうか。
宿屋なんかにたまに置いてあるような本では『できないの?』なんて挑発することで
相手のプライドを刺激したりするけれど、どう考えてもそんなことできる立場ではない。
そもそもがカンダタの判断が正しいのだ。無理を言っているのはこちらで、下手に出て然るべき。
…しかしながら、ここで引き下がるくらいならばそもそも海賊を相手に交渉しようとなどしない。
無理を通す一手を考えねばならなかった。
ちらりとハンフリーの方を見る。中途半端に希望を見せられてしまった彼の顔は、どこか縋るようにも見えた。
会ったばかりの彼ではあるが、無条件に信頼できそうな何かがあった。
子供を助けたいという執念と言い替えることすらできるほどの強い思いを、
ひしひしと感じとれるからかも知れない。
やはり、と決意をする。
ここで食い下がらねばシルビアさんに合わせる顔がない。
「ねえ、じゃあこうしましょうよ。私も本職は傭兵なんだけど、あんたの海賊団の用心棒。
往路に関しては私が引き受けた」
ほう、とカンダタが声を漏らす。
なるべく緊張も恐怖も表に出さないように、微笑むことだけを意識する。
客商売は笑顔が大事、昔から培ってきたことだ。
「海賊団すら恐れる魔物どもを一手に引き受けるとは随分とデカく出たが……勝てるのか?その細え腕で」
聞かれて当然の質問くらいでは揺るがない。
「私一人では難しいかもね。…でも、同乗するのはここの闘士たち。
ハンフリーほどではないけれど、そこらの用心棒を雇うよりはずっと信用できるはずよ」
「そこのチャンピオン様は来ねえのか?」
カンダタのやはり尤もな問いに答えたのはハンフリー自身だ。
「オレは残念だが同行できない。子どもたちを怖がらせないためにな」
ハンフリーの細い目がすっと開く。
彼の人の良さを象徴するそれが消えた途端、鋭い殺気のようなものが放たれた。
「…かつてオレは外道に身を落とした。
もう二度と間違わないと勇者に誓ったが、子どもたちを守るためならば…、
今一度悪魔に魂を売ることも厭わない所存だ」
「だから頼むってか?脅迫じゃねえか。ずいぶんと怖いねえ、仮面武闘会のチャンピオン様というヤツぁ」
ハンフリーの恐ろしさすら感じる決意をカンダタは笑って茶化す。
「クク。だが、悪かねえ。オレ様たちの世界でもテメーみてえなヤツぁ滅多にいるもんじゃねえ。
気に入ったぜ、ハンフリー」
言うが早いか、カンダタは立ち上がる。
そして酒やつまみが乗っていた木製の机を蹴り飛ばした。
咄嗟のことで私は反応できなかった。
しかしながらいち早く気づいてくれたハンフリーが先に立ち上がって引っ張ってくれたおかげで、
事なきを得る。
「嬢ちゃん。その男の覚悟に免じてテメーの要求を呑んでやろう」
それで一瞬、顔が明るくなりかける。
しかし、カンダタの話にはまだ続きがあった。
「ただし、嬢ちゃん。テメーを試させてもらう。使えねえ用心棒はさすがにお断りってもんだ。
そういうわけで、オレ様に勝ってみろ。それが条件だ」
カンダタは己の獲物である大きな斧をまるで薪を割る手斧のように軽々と扱う。
ぎらりとにぶい光が私をさした。
「カンダタ…っ!エルザは」
庇うつもりだろう、何か言いかけてくれたハンフリーを、多少心苦しくなりながら手で制す。
「あなたの言うとおりだね。乗った。
ごちゃごちゃ喋るよりさ、こっちの方が得意なのよ、私」
ちきりと腰に帯いた剣を鳴らす。
『悪魔の子狩り』の際に支給されたデルカダールの兵士用の剣は、
私の無力の象徴の一つには違いなかったが実際役には立った。
「エルザ…」
「ハンフリーのおかげで交渉はうまくいきそうだよ、ありがとう」
「しかし…相手は海賊だ。危険すぎる。…と言っても止めないのだろうな」
「ご明察。ここが正念場だもの、やらない理由はないよ」
じゃあ行ってくる、とハイタッチを要求してみたけれど、ハンフリーはノリが悪かった。
自分を差し置いて自分より明らかに弱い女が戦う異常な状況なので無理からぬことではあるが。
とにかく、仕方無しにカンダタに指示されたステージ(かつて魔物と化したマルティナさんと戦ったそこだ)
に上がろうとした時、ハンフリーがもう一度声をかけてきた。
「なあ、エルザ。教えてくれないか。
なぜアンタは、見ず知らずのオレたちのためにそこまでしてくれるんだ?」
足を止める。意外と興味があったのか、カンダタも同じくその場に留まった。
振り返る。文章の組み立てに僅かに要したが、沈黙としては短い間だった。
「私、レディ・マッシブって闘士に憧れてるの。
あの人は、世界中のみんなを笑顔にするために命を燃やすことができるとってもすごい、太陽みたいな人でさ。
烏滸がましいかも知れないけど、私もあの人に近づきたくて。だからきっと今、こうしてる」
たとえ近づきすぎて身を焼いても、後悔をするとはもう微塵も思わない。