DQ11
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「アタシ、エルザちゃんに勘違いして欲しかったんだもの」
もう何度目になるかわからない残響が、煩悩が、頭を焼く。月がきれいなあの夜の、シルビアさんのあの言葉。こびりつくように強烈に記憶に刻み込まれ、じわじわと思考を侵食した。『あのままキスしてたらどうなっただろう』などという妄想が、ありもしない甘い身体の痺れと化した。そんなの、あってもいいわけないのに。ともすればあの美しいシルビアさんをそういう目で見てしまいがちな自分に嫌気が差した。
いや、てかあの人絶対遊んでるでしょ、絶対。と決めつけて深呼吸を繰り返す。そうやって無理矢理に頭を冷やすのが、最近日課に加わったが、致し方ないだろう。私に恋愛脳は似合わない。ましてや相手はシルビアさんだ。人気の旅芸人でありながら、勇者様と邪神を討伐する実力と覚悟を兼ね備える。肩書きだけ切り取ってみても、しがない傭兵でしかない私を相手になんかするはずがない。
大丈夫よ、エルザ。大丈夫。あれは気まぐれか、からかわれていただけ。
自分に言い聞かせて、思考をクローズ。あの夜は何かの間違いだったんだ。
次にシルビアさんに出会う時は、笑顔で。何事もなかったように振る舞おう。そんなに得意じゃないけれど……シルビアさんも大人なんだからそう踏み込んで来ないはずだ。
……と、思ったのがつい先程。風呂で似たようなことを考え込みすぎ、湯冷めをしたのが昨日。
こういう時に限ってシルビアさんに遭遇するのが、全く人生良くできている。体調不良は秒でバレ、宿屋に押し込められた。
「……ほんとに。無理しちゃだめよって、いつも言ってるでしょう。今日もお仕事?」
「いや、今日はフリーです。最近……厳しいご時世で」
ベッドにていねいに寝かされる。恐ろしいくらいの過保護だ。体調不良っていっても、この程度で休む大人は見たことがないくらいの軽微さ。微熱とわずかな頭痛。それをシルビアさんは大事にしてくれる。
「なら尚更じゃない、今日は大人しく休むことね」
完全におまいう案件だがシルビアさんには関係ない。呆れた口調で、目を伏せる。まつ毛が長い。造形の美しさに思わずニヤけそうになり、毛布で口元まで覆って、誤魔化す。そういうところだぞ、己を叱咤する。
私はシルビアさんを好きじゃない。そういう意味では。自覚を頭に叩き込んでから、ありがとうございますとくぐもった声で返す。
そんな私を横目に、シルビアさんはズリズリと、背もたれのない椅子をベッドサイドに引き寄せた。そこに何事もなく座る。
「……帰らないの?」
「帰らないわよ。エルザちゃん、あなたアタシがいなくなったらすぐにでも抜け出すつもりでしょう?アタシ、わかるんだから」
バレてやがる。だって本当にしんどかったら休むけど……そんなことないんだもん!シルビアさんほんと大袈裟!!なんて言えるものなら言いたいけれど、相手はシルビアさんだ。ゴネて通じる相手じゃない。
「それに、アタシがエルザちゃんといたいの。それじゃダメ?」
近い。シルビアさんの顔がすごく近い。この間ベビーパンサーに異様に懐かれたのだが、魔物でももう少し遠慮するほど密接な距離。
「だめじゃないけど……」
異性慣れなんてしていない私が耐えられるわけがない。というかあの夜の出来事が脳内再生される。これがトラウマでもなんでもいいけれど、とにかく心臓が跳ね上がり、本当に熱が上がってきた気さえする。慌てて寝返りをうち、シルビアさんに背を向ける。真っ白な壁と目が合って、それで少し落ち着きを取り戻した。
「で、でも、私といてもつまんないよ。ほらその、寝るし。これから」
「寝ちゃうの?」
「寝ろって言ったの、シルビアさんでしょ?」
そうねえ、とくすくす彼は笑う。
それがどことなく意味深で……えっちで。僅かな空気の揺れが変化していたことを悟らざるを得なかった。
「寝られたらたしかに、つまらないかも」
じゃあ帰れよと思う間もなくシルビアさんは二の句を継ぐ。私の耳元に、そっと唇を寄せて。
「アタシも寝ちゃおうかしら。うふふ、エルザちゃんと一緒に」
優しい息遣いが、あまりにも官能的な言葉を生む。何言ってんだこいつ、と思うが彼と目を合わせるのがただ恐ろしくて、そのまま身を硬くしてしまう。シルビアさんはそれすらも慈しんでいた。
「大丈夫、何もしないわ。エルザちゃんがこわいことは、何も。ほら、この間の夜も……何もなかったでしょう?」
右の二の腕を、壊れ物みたいにそっと握られ、当たり前のようにシルビアさんは囁き続ける。耳から甘い痺れがぞくぞくと這い上がってくる。あまりにも恐ろしくて、あまりにも魅力的な提案だった。きっと断ったら彼をひどく傷つけてしまいそうな、そういう儚さすら演出している。きっとそれは卑怯と呼ぶのだけど──どうしても嫌な気分になれなかった。
「だから、ね?……エルザちゃん?」
どうしよう…どうしようって迷うフリをしている。わかってる、こんなの。絶対断れない……袋小路に追い込まれる感覚。とはいえ優しいシルビアさんのことだ。嫌がったら、やめてくれる。でもきっとその逃げ道すら用意されたものではないかと疑心暗鬼。そしてここで終わったら、私はきっと二度とそういう目で……そういう目で、見られたいのだろうか。
「シルビアさん…」
頭がぐちゃぐちゃで、思考が錯綜して、もうわけがわからない。そして自分の声が、まるで別人のように甘えていた。シルビアさんはくすっと笑うと、私の耳を一瞬だけついばむように、唇に挟んだ。
ぴく、とそれだけで身体が反応しそうになる。微熱だったはずの身体が、すっかり茹で上がったような、そういう熱さ。
「うふふ、ごめんなさい。今のはナシかしら?」
そんななんとも答えにくい質問をしながら、シルビアさんはするりとベッドに入ってくる。狭いわね、と零す。シングルベッドとわかりきっているのに、わざわざ。
「ね、エルザちゃん」
「ひっ」
「こうしたらマシだと思わない?」
密着。吐息とほんの微細な空気の揺れが首筋を撫でるのを浅ましく拾う。シルビアさんの手が、背中側からお腹に回っている。頭を上げてと言われて反射的に従うと枕を外され、代わりに腕を入れられ──え、これ、枕にしろってこと?恐る恐る疲れ始めた頭をおろすと、シルビアさんは嬉しそうに抱きしめる腕に力を入れた。
もう何がなんだかわからない。元は微熱しかなかったはずの風邪の症状に、今度は苦しいくらいの動悸が追加される。あと多分今、すごい汗かいてる。臭ったら嫌だなと、心から思った。
「や、これ、さすがに……」
「そう?でも…、」
──かわいいわよ。そう言うシルビアさんの表情はうかがい知れない。けれど、それでもなんだかひどく幸せそうに聞こえた。
それはそれとして寝られるわけないだろ、こんなもん。
もう何度目になるかわからない残響が、煩悩が、頭を焼く。月がきれいなあの夜の、シルビアさんのあの言葉。こびりつくように強烈に記憶に刻み込まれ、じわじわと思考を侵食した。『あのままキスしてたらどうなっただろう』などという妄想が、ありもしない甘い身体の痺れと化した。そんなの、あってもいいわけないのに。ともすればあの美しいシルビアさんをそういう目で見てしまいがちな自分に嫌気が差した。
いや、てかあの人絶対遊んでるでしょ、絶対。と決めつけて深呼吸を繰り返す。そうやって無理矢理に頭を冷やすのが、最近日課に加わったが、致し方ないだろう。私に恋愛脳は似合わない。ましてや相手はシルビアさんだ。人気の旅芸人でありながら、勇者様と邪神を討伐する実力と覚悟を兼ね備える。肩書きだけ切り取ってみても、しがない傭兵でしかない私を相手になんかするはずがない。
大丈夫よ、エルザ。大丈夫。あれは気まぐれか、からかわれていただけ。
自分に言い聞かせて、思考をクローズ。あの夜は何かの間違いだったんだ。
次にシルビアさんに出会う時は、笑顔で。何事もなかったように振る舞おう。そんなに得意じゃないけれど……シルビアさんも大人なんだからそう踏み込んで来ないはずだ。
……と、思ったのがつい先程。風呂で似たようなことを考え込みすぎ、湯冷めをしたのが昨日。
こういう時に限ってシルビアさんに遭遇するのが、全く人生良くできている。体調不良は秒でバレ、宿屋に押し込められた。
「……ほんとに。無理しちゃだめよって、いつも言ってるでしょう。今日もお仕事?」
「いや、今日はフリーです。最近……厳しいご時世で」
ベッドにていねいに寝かされる。恐ろしいくらいの過保護だ。体調不良っていっても、この程度で休む大人は見たことがないくらいの軽微さ。微熱とわずかな頭痛。それをシルビアさんは大事にしてくれる。
「なら尚更じゃない、今日は大人しく休むことね」
完全におまいう案件だがシルビアさんには関係ない。呆れた口調で、目を伏せる。まつ毛が長い。造形の美しさに思わずニヤけそうになり、毛布で口元まで覆って、誤魔化す。そういうところだぞ、己を叱咤する。
私はシルビアさんを好きじゃない。そういう意味では。自覚を頭に叩き込んでから、ありがとうございますとくぐもった声で返す。
そんな私を横目に、シルビアさんはズリズリと、背もたれのない椅子をベッドサイドに引き寄せた。そこに何事もなく座る。
「……帰らないの?」
「帰らないわよ。エルザちゃん、あなたアタシがいなくなったらすぐにでも抜け出すつもりでしょう?アタシ、わかるんだから」
バレてやがる。だって本当にしんどかったら休むけど……そんなことないんだもん!シルビアさんほんと大袈裟!!なんて言えるものなら言いたいけれど、相手はシルビアさんだ。ゴネて通じる相手じゃない。
「それに、アタシがエルザちゃんといたいの。それじゃダメ?」
近い。シルビアさんの顔がすごく近い。この間ベビーパンサーに異様に懐かれたのだが、魔物でももう少し遠慮するほど密接な距離。
「だめじゃないけど……」
異性慣れなんてしていない私が耐えられるわけがない。というかあの夜の出来事が脳内再生される。これがトラウマでもなんでもいいけれど、とにかく心臓が跳ね上がり、本当に熱が上がってきた気さえする。慌てて寝返りをうち、シルビアさんに背を向ける。真っ白な壁と目が合って、それで少し落ち着きを取り戻した。
「で、でも、私といてもつまんないよ。ほらその、寝るし。これから」
「寝ちゃうの?」
「寝ろって言ったの、シルビアさんでしょ?」
そうねえ、とくすくす彼は笑う。
それがどことなく意味深で……えっちで。僅かな空気の揺れが変化していたことを悟らざるを得なかった。
「寝られたらたしかに、つまらないかも」
じゃあ帰れよと思う間もなくシルビアさんは二の句を継ぐ。私の耳元に、そっと唇を寄せて。
「アタシも寝ちゃおうかしら。うふふ、エルザちゃんと一緒に」
優しい息遣いが、あまりにも官能的な言葉を生む。何言ってんだこいつ、と思うが彼と目を合わせるのがただ恐ろしくて、そのまま身を硬くしてしまう。シルビアさんはそれすらも慈しんでいた。
「大丈夫、何もしないわ。エルザちゃんがこわいことは、何も。ほら、この間の夜も……何もなかったでしょう?」
右の二の腕を、壊れ物みたいにそっと握られ、当たり前のようにシルビアさんは囁き続ける。耳から甘い痺れがぞくぞくと這い上がってくる。あまりにも恐ろしくて、あまりにも魅力的な提案だった。きっと断ったら彼をひどく傷つけてしまいそうな、そういう儚さすら演出している。きっとそれは卑怯と呼ぶのだけど──どうしても嫌な気分になれなかった。
「だから、ね?……エルザちゃん?」
どうしよう…どうしようって迷うフリをしている。わかってる、こんなの。絶対断れない……袋小路に追い込まれる感覚。とはいえ優しいシルビアさんのことだ。嫌がったら、やめてくれる。でもきっとその逃げ道すら用意されたものではないかと疑心暗鬼。そしてここで終わったら、私はきっと二度とそういう目で……そういう目で、見られたいのだろうか。
「シルビアさん…」
頭がぐちゃぐちゃで、思考が錯綜して、もうわけがわからない。そして自分の声が、まるで別人のように甘えていた。シルビアさんはくすっと笑うと、私の耳を一瞬だけついばむように、唇に挟んだ。
ぴく、とそれだけで身体が反応しそうになる。微熱だったはずの身体が、すっかり茹で上がったような、そういう熱さ。
「うふふ、ごめんなさい。今のはナシかしら?」
そんななんとも答えにくい質問をしながら、シルビアさんはするりとベッドに入ってくる。狭いわね、と零す。シングルベッドとわかりきっているのに、わざわざ。
「ね、エルザちゃん」
「ひっ」
「こうしたらマシだと思わない?」
密着。吐息とほんの微細な空気の揺れが首筋を撫でるのを浅ましく拾う。シルビアさんの手が、背中側からお腹に回っている。頭を上げてと言われて反射的に従うと枕を外され、代わりに腕を入れられ──え、これ、枕にしろってこと?恐る恐る疲れ始めた頭をおろすと、シルビアさんは嬉しそうに抱きしめる腕に力を入れた。
もう何がなんだかわからない。元は微熱しかなかったはずの風邪の症状に、今度は苦しいくらいの動悸が追加される。あと多分今、すごい汗かいてる。臭ったら嫌だなと、心から思った。
「や、これ、さすがに……」
「そう?でも…、」
──かわいいわよ。そう言うシルビアさんの表情はうかがい知れない。けれど、それでもなんだかひどく幸せそうに聞こえた。
それはそれとして寝られるわけないだろ、こんなもん。
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