DQ11
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夜闇とはいえ、ずっと焚き火をしているからさほど暗くない。
仰向けになって空を見れば、星だってこぼれ落ちそうなくらいたくさん輝いている。
きらきらしているそれが本当に落ちてきたら怖いなとか心底どうでもいいことを考える。
あ、でも流れ星に願い事をすれば叶うんだっけ。前のお客の娘がそんなことを教えてくれたことを不意に思い出した。
しょうもないおまじないの類にもならない話だけど、嬉しそうなその子の話を聞くのは悪い気はしなかった。
「寝られないなぁ」
声には出さずひとりごちる。
ころころと何度も寝返りをうっているが、中々落ち着く格好というものを得られない。
それでも先ほどまではうとうととできていたのだけど、何がきっかけか寝なければいけないこの状況で意識はばっちり覚醒していた。
……睡眠には決してよろしくない感情であろう苛立ちを覚えて身を起こす。
原因はこれなのだと悟る前に感づいている。焚き火を囲って眠る面々。
勇者様とカミュくん。寄り添って眠る双子の(?)姉妹ことベロニカちゃんとセーニャさん。
お腹の上に分厚い本を乗せたまま眠るロウさんの表情は、さぞかしいい夢を見ているのだろう。幸せそうに緩んでいる。
更には普段まるでスキを見せないマルティナさんですら無防備に寝入っていた。
「眠らないのか」
低い声が背中越しに聞こえる。グレイグさまだ。彼だけは輪から少し外れ、見張りのために起きていたらしい。
どかりと胡座を決め込み、不届き者がいないか睨みを利かせる。
こういった各地に散らばるキャンプ場は、女神像の加護のおかげで魔物の襲撃に遭うことはまずないのだけど、人間に対してはこの限りではなかった。
そうでなければ意味がないとはいえ、いつだって一番怖いのは人間であると思い知らされる。
「うーん…、なんだか大人数で寝るのって肌に合わないんですよねぇ。せっかく誘ってもらって申し訳ないんだけれど」
きょときょとともう一度辺りを見渡してみる。何の変化もない。ただ規則正しい寝息のみがそれぞれに聞こえる。
「私、育ちがアレなんで。こんな油断してるとまずいんです。物盗られたりとか、…そういうので済めばまだ良い方で」
「壮絶な生活をしていた、というのは聞いていたが。…だが今はこうやって俺が見張っているではないか」
「世界で一番贅沢なグレイグ将軍の使い方だね。間違いなく」
グレイグさまはそうかと小首を傾げる。ちょくちょく思っていたけれど、やっぱりこの人は少々天然ボケなようだ。少しばかり残念な気持ちになる。
「とにかく、ご厚意はありがたいけどこればかりは仕方ないんです。本能的なものなんで」
とはいえ相手は本来ならば一生お目通りも叶わぬレベルの偉い人。
だから一応緊張しているのか、シルビアさんを介さないと謝意を伝えるにしたって言葉がおかしくなる。
「…いつかは、こいつらのように安心して眠れるようにしてやる」
わあ格好いい。たとえばこれが恋愛小説の展開であれば、この言葉はきっとロマンチックになる。しかし発語したのはグレイグさまだ。
彼はきっと本気で私にただ安眠を与えようと思っていて、それ以外の感情は特にない。
ありがとうございます、と返す。
グレイグさまに悪意なく泣かされている人は多分少なくないなと思った。男女問わず。
どうにも寝つけないので少々散策してくるなんて言ったら止められるとばかり思っていたけれど、案外素直にグレイグさまは送り出してくれた。
とはいえそれはやはり意図あってのことだ。
ゴリアテ――シルビアさんも寝つけないからと出てしまったのだそうだ。
そろそろ見張りの交代の時間のため、呼び戻してほしいと、グレイグさまは依頼してきた。
実際、数分と歩かないうちにシルビアさんは発見できた。
いざとなればグレイグさまが探しに来ても差し支えのない――そしてキャンプにいる人たちの安眠の邪魔にならない程度には離れたところで彼はステップを踏んでいた。
月明かり。無数に輝く星空の下で浮かぶシルエットは、その角度だけでどことなく色っぽい。
右に左に、ジャンプ。着地はつま先から、膝のバネを柔らかく使い、回転にうつる。
ふと思いついたように伸ばした腕に、齢が満ちた月が転がる。一瞬満足気に笑んだシルビアさんの表情はまた真剣に戻る。
一連の動きはどれをとっても美しい。
虫の鳴き声や獣の遠吠え、そしてシルビアさん自身が立てるステップの音以外は基本的に無音なのに、月夜に映える幻想的な音楽でも聴こえてきそうだ。
しかしながらその表情はどこか浮かないものがある。なんというか、素人目にもなんとなくぎこちないような気がするのだ。
「あら?」
不意に、動きが止まる。
動作音は減り、代わりに馴染みのあるおネエさま言葉が夜闇に響いた。
「アラヤダ、エルザちゃんじゃない。…見てたの?」
「ごめんなさい、眠れなくて。その…邪魔しちゃった?」
おずおずと言い訳すると、シルビアさんは笑って否定した。
「そんなことないわよ。…ただちょっぴり、恥ずかしくて。近頃スランプ気味で、かなり完成度も低いし」
「スランプ?あれだけ動けて!?」
「ええ。落ち込んじゃうわ」
全く落ち込んでない口調。彼にはありがちな語り口だ。
けむに巻くというか……、本音のところはいまいち判然としない。
「…それこそ、そんなことなくない?」
ダンスのことはよくわからないけれど、少なくとも私にはきれいに見えた。
彼の芸術に陳腐な感想をつけるのもきっとおそれ多いのだけど、思わず見とれるほどに。
「すごいかっこよかったよ!…私バカだから、そういう言い方しか、…できないけど」
思わず必死にフォローして、己の語彙のなさにはっとする。
教養がないから、と時々自虐してきたことだが実際結構なコンプレックスだ。
グレイグさまももちろんそうだけど、シルビアさんを相手にしたって身分がまるで違う。
それを月とスッポンなんて例えた言葉があるけれど、そんなものじゃない。太陽とテントウムシでもまだ適切でないほどの隔絶された差がある。
だからこんな幼稚な表現をして、いわゆるエリートのシルビアさんが機嫌を悪くするんじゃないかとかそんな不安を当然抱く。
「ごめん、そんなの私に言われるまでもなく、わかってるよね」
多分、自己保身とかそういう類。自分の言ったことを首を振って否定する。
「…ううん。エルザちゃんにそう言ってもらえるなら嬉しいわ」
けれどシルビアさんはそんな私を更に否定する。つまりは肯定。
いつものこう、全面に感情を押し出す言い方ではなく妙に落ち着いていた。
先程のどこか張り詰めた表情はとっくに柔らかくなっていて、なんだか急に恥ずかしくなる。
「大したこと言ってないって。…そんなに喜ばないでよ」
最近、妙にこの人を意識している気がする。いつもにこにこしている彼がそうでないのは何となく嫌だった。
だから気を遣う。けれ別に嫌ではない。
…いざこんな嬉しそうにアクションが返ってくると、ひたすら目をそらすことしかできなかったのだけど。
「大したことよん。アタシにとってはね」
夜空の星のきらきらがシルビアさんの瞳に映っている。実際どうかなんて、わかるわけもないのだけど。
それほどまでに彼の立ち振る舞いが、笑顔が、私の心をがっちりと掴んで離さない。
この間ジャグリングを見せてくれたあたりからこうだ。この人は善意で私を気にかけてくれている。
私は、その善意でしかないものをいささか大げさに捉えそうになりつつある。
もしかして、この人、私が好きなんじゃないかって。
「シルビアさん」
「何かしら」
「私の言い方が悪かったのは謝る。でも、そういう返し、やめた方が良いよ。私だから良いけど、勘違いする子が絶対出てくるよ」
これ以上はだめだ。危ない。
確信した私は踵を返す。急いでシルビアさんに背を向け、そろそろ寝ると言う。
「グレイグさまも、そろそろ寝たいって。見張りを、代わってあげて」
言付けに少し尾ひれをつける。シルビアさんは優しいから、この話はこれで終わりにしてくれるはず。
今や恋をしてはいけない相手を好きになりつつある自分を、必死になって律していた。
グレイグさまもとんだ役割をくれたものである。
今度私が見張りをする時は、延々彼に喋り相手になってもらおう、と地味にえげつない仕返しを無理やり思いつく。
悪くないアイデアと思いながら歩みを進めようとした時だった。
「…シルビアさん」
「こういうのはお嫌い?」
「紳士ってこんなことはしないものじゃないの?」
手を不意にとられ、後ろに引っ張られ、思わずバランスを後ろに崩した私は、シルビアさんの腕の中。
あわてて必死で冷静キャラを取り繕い、わざと可愛げのないことを言う。
「だってぇ」
わざと言い訳がましくするシルビアさんのきれいな顔が近い。どうやって平常心を保てば良いのか全く分からない。
「アタシ、エルザちゃんに勘違いして欲しかったんだもの」
「は?」
ぼふんと頭から蒸気が出たのち、声がひっくり返る。夜じゃなければ、耳から頬から真っ赤なのがシルビアさんに即刻バレていただろう。
「ね、せっかくだしこのままキスしてみる?」
「ちょ、え?シルビアさん!?」
「こう月がきれいだと、アタシでもちょっぴりイケナイ気持ちになるの。うふふ。男はみんなオオカミだなんて、よく言ったものね」
優しい優しい彼のささやきは、ひたすら私の平常心を乱すためだけに発せられているのだろう。
酔ってるのか――いや、酒の臭いはしない。キャンプだから当然だ。
シルビアさんはまったくしらふで今私に迫ってきている。
キス、え、なんで。よりによって私。ここまで自分の意思を無視されてなお悪い気はしないから、むしろそんな自分に腹が立った。
覚悟を決めて目を閉じると、目じりに僅かだけど水分を感じる。
嫌というわけじゃない。じゃあ望んでた?それこそ絶対違う。
だって。相手はあのシルビアさんで私はしがない傭兵でしかなくて私はそこまでバカじゃないから身分違いの恋なんか絶対しない。
それでも煩悩はお構いなく私を襲う。シルビアさんのくちびるが、男なのにとってもぷるぷるだなあ、なんて。
「…冗談よ」
「え?」
「アタシ、エルザちゃんの嫌なことはしたくないの」
今までの妖しい色香はどこへやら。けろっとした顔でシルビアさんはほほ笑む。
ゆっくりと姿勢を直される。遅れて零れた涙を服の袖で拭った。
まだ胸がどきどきしている。突然訪れた平穏に身体はまだ追いついていない。
「嫌っていうか…」
息を吸って気づく。これではまるで期待していたのにがっかりしたみたいだ。
「いやごめん、シルビアさん。嫌だ、やっぱり嫌!」
慌ててすべて否定してみせると、シルビアさんは苦笑した。
頬に手をあて、しれっと言う。
「まあ今日はそれでいいわ」
そのあくまでも涼しげな視線が、私の全部を見抜いているようだった。それも徹底的に。
「さ、そろそろ戻りましょう。もちろん一緒によ」
「でも、私、眠れなくてここに来たわけで」
「で、アタシだけ先に戻れって?ダメよ。女の子を独りにできるわけがないわ」
シルビアさんはそう言って私の手を取る。先程の出来事なんてまるでなかったような、普段通りのやさしさ。
隠し切れない色気はあっても、ごく無害――っていうのも失礼だけど、私に向けられていないとそれだけで安心する。
彼の人となりも、芸風も、容姿も。いずれもとっても好ましいものではあったけれど、それでも怖いのだ。
揶揄われているだけだろうに。
そんな尊い存在が、ふと手が届きそうなところにいる気がするそんな瞬間が。
「…とはいうもののエルザちゃん、眠れそう?」
「うーん。まだちょっと難しいかも」
「それならアタシが寝かしつけてあげましょうか?背中を叩いて、子守歌も歌ってあげるわね!」
「あはは。シルビアさんお母さんみたい!」
手を引かれ、行きの二倍のさくさくとした草を踏む音。星空も、月も、獣の鳴き声も虫の声さえ何かの暗喩を疑ってしまうほど、平静を内心では失っていた。
けれど表では普段通りを演じてみせる。
いつか陥落しそうな自分が怖い。
仰向けになって空を見れば、星だってこぼれ落ちそうなくらいたくさん輝いている。
きらきらしているそれが本当に落ちてきたら怖いなとか心底どうでもいいことを考える。
あ、でも流れ星に願い事をすれば叶うんだっけ。前のお客の娘がそんなことを教えてくれたことを不意に思い出した。
しょうもないおまじないの類にもならない話だけど、嬉しそうなその子の話を聞くのは悪い気はしなかった。
「寝られないなぁ」
声には出さずひとりごちる。
ころころと何度も寝返りをうっているが、中々落ち着く格好というものを得られない。
それでも先ほどまではうとうととできていたのだけど、何がきっかけか寝なければいけないこの状況で意識はばっちり覚醒していた。
……睡眠には決してよろしくない感情であろう苛立ちを覚えて身を起こす。
原因はこれなのだと悟る前に感づいている。焚き火を囲って眠る面々。
勇者様とカミュくん。寄り添って眠る双子の(?)姉妹ことベロニカちゃんとセーニャさん。
お腹の上に分厚い本を乗せたまま眠るロウさんの表情は、さぞかしいい夢を見ているのだろう。幸せそうに緩んでいる。
更には普段まるでスキを見せないマルティナさんですら無防備に寝入っていた。
「眠らないのか」
低い声が背中越しに聞こえる。グレイグさまだ。彼だけは輪から少し外れ、見張りのために起きていたらしい。
どかりと胡座を決め込み、不届き者がいないか睨みを利かせる。
こういった各地に散らばるキャンプ場は、女神像の加護のおかげで魔物の襲撃に遭うことはまずないのだけど、人間に対してはこの限りではなかった。
そうでなければ意味がないとはいえ、いつだって一番怖いのは人間であると思い知らされる。
「うーん…、なんだか大人数で寝るのって肌に合わないんですよねぇ。せっかく誘ってもらって申し訳ないんだけれど」
きょときょとともう一度辺りを見渡してみる。何の変化もない。ただ規則正しい寝息のみがそれぞれに聞こえる。
「私、育ちがアレなんで。こんな油断してるとまずいんです。物盗られたりとか、…そういうので済めばまだ良い方で」
「壮絶な生活をしていた、というのは聞いていたが。…だが今はこうやって俺が見張っているではないか」
「世界で一番贅沢なグレイグ将軍の使い方だね。間違いなく」
グレイグさまはそうかと小首を傾げる。ちょくちょく思っていたけれど、やっぱりこの人は少々天然ボケなようだ。少しばかり残念な気持ちになる。
「とにかく、ご厚意はありがたいけどこればかりは仕方ないんです。本能的なものなんで」
とはいえ相手は本来ならば一生お目通りも叶わぬレベルの偉い人。
だから一応緊張しているのか、シルビアさんを介さないと謝意を伝えるにしたって言葉がおかしくなる。
「…いつかは、こいつらのように安心して眠れるようにしてやる」
わあ格好いい。たとえばこれが恋愛小説の展開であれば、この言葉はきっとロマンチックになる。しかし発語したのはグレイグさまだ。
彼はきっと本気で私にただ安眠を与えようと思っていて、それ以外の感情は特にない。
ありがとうございます、と返す。
グレイグさまに悪意なく泣かされている人は多分少なくないなと思った。男女問わず。
どうにも寝つけないので少々散策してくるなんて言ったら止められるとばかり思っていたけれど、案外素直にグレイグさまは送り出してくれた。
とはいえそれはやはり意図あってのことだ。
ゴリアテ――シルビアさんも寝つけないからと出てしまったのだそうだ。
そろそろ見張りの交代の時間のため、呼び戻してほしいと、グレイグさまは依頼してきた。
実際、数分と歩かないうちにシルビアさんは発見できた。
いざとなればグレイグさまが探しに来ても差し支えのない――そしてキャンプにいる人たちの安眠の邪魔にならない程度には離れたところで彼はステップを踏んでいた。
月明かり。無数に輝く星空の下で浮かぶシルエットは、その角度だけでどことなく色っぽい。
右に左に、ジャンプ。着地はつま先から、膝のバネを柔らかく使い、回転にうつる。
ふと思いついたように伸ばした腕に、齢が満ちた月が転がる。一瞬満足気に笑んだシルビアさんの表情はまた真剣に戻る。
一連の動きはどれをとっても美しい。
虫の鳴き声や獣の遠吠え、そしてシルビアさん自身が立てるステップの音以外は基本的に無音なのに、月夜に映える幻想的な音楽でも聴こえてきそうだ。
しかしながらその表情はどこか浮かないものがある。なんというか、素人目にもなんとなくぎこちないような気がするのだ。
「あら?」
不意に、動きが止まる。
動作音は減り、代わりに馴染みのあるおネエさま言葉が夜闇に響いた。
「アラヤダ、エルザちゃんじゃない。…見てたの?」
「ごめんなさい、眠れなくて。その…邪魔しちゃった?」
おずおずと言い訳すると、シルビアさんは笑って否定した。
「そんなことないわよ。…ただちょっぴり、恥ずかしくて。近頃スランプ気味で、かなり完成度も低いし」
「スランプ?あれだけ動けて!?」
「ええ。落ち込んじゃうわ」
全く落ち込んでない口調。彼にはありがちな語り口だ。
けむに巻くというか……、本音のところはいまいち判然としない。
「…それこそ、そんなことなくない?」
ダンスのことはよくわからないけれど、少なくとも私にはきれいに見えた。
彼の芸術に陳腐な感想をつけるのもきっとおそれ多いのだけど、思わず見とれるほどに。
「すごいかっこよかったよ!…私バカだから、そういう言い方しか、…できないけど」
思わず必死にフォローして、己の語彙のなさにはっとする。
教養がないから、と時々自虐してきたことだが実際結構なコンプレックスだ。
グレイグさまももちろんそうだけど、シルビアさんを相手にしたって身分がまるで違う。
それを月とスッポンなんて例えた言葉があるけれど、そんなものじゃない。太陽とテントウムシでもまだ適切でないほどの隔絶された差がある。
だからこんな幼稚な表現をして、いわゆるエリートのシルビアさんが機嫌を悪くするんじゃないかとかそんな不安を当然抱く。
「ごめん、そんなの私に言われるまでもなく、わかってるよね」
多分、自己保身とかそういう類。自分の言ったことを首を振って否定する。
「…ううん。エルザちゃんにそう言ってもらえるなら嬉しいわ」
けれどシルビアさんはそんな私を更に否定する。つまりは肯定。
いつものこう、全面に感情を押し出す言い方ではなく妙に落ち着いていた。
先程のどこか張り詰めた表情はとっくに柔らかくなっていて、なんだか急に恥ずかしくなる。
「大したこと言ってないって。…そんなに喜ばないでよ」
最近、妙にこの人を意識している気がする。いつもにこにこしている彼がそうでないのは何となく嫌だった。
だから気を遣う。けれ別に嫌ではない。
…いざこんな嬉しそうにアクションが返ってくると、ひたすら目をそらすことしかできなかったのだけど。
「大したことよん。アタシにとってはね」
夜空の星のきらきらがシルビアさんの瞳に映っている。実際どうかなんて、わかるわけもないのだけど。
それほどまでに彼の立ち振る舞いが、笑顔が、私の心をがっちりと掴んで離さない。
この間ジャグリングを見せてくれたあたりからこうだ。この人は善意で私を気にかけてくれている。
私は、その善意でしかないものをいささか大げさに捉えそうになりつつある。
もしかして、この人、私が好きなんじゃないかって。
「シルビアさん」
「何かしら」
「私の言い方が悪かったのは謝る。でも、そういう返し、やめた方が良いよ。私だから良いけど、勘違いする子が絶対出てくるよ」
これ以上はだめだ。危ない。
確信した私は踵を返す。急いでシルビアさんに背を向け、そろそろ寝ると言う。
「グレイグさまも、そろそろ寝たいって。見張りを、代わってあげて」
言付けに少し尾ひれをつける。シルビアさんは優しいから、この話はこれで終わりにしてくれるはず。
今や恋をしてはいけない相手を好きになりつつある自分を、必死になって律していた。
グレイグさまもとんだ役割をくれたものである。
今度私が見張りをする時は、延々彼に喋り相手になってもらおう、と地味にえげつない仕返しを無理やり思いつく。
悪くないアイデアと思いながら歩みを進めようとした時だった。
「…シルビアさん」
「こういうのはお嫌い?」
「紳士ってこんなことはしないものじゃないの?」
手を不意にとられ、後ろに引っ張られ、思わずバランスを後ろに崩した私は、シルビアさんの腕の中。
あわてて必死で冷静キャラを取り繕い、わざと可愛げのないことを言う。
「だってぇ」
わざと言い訳がましくするシルビアさんのきれいな顔が近い。どうやって平常心を保てば良いのか全く分からない。
「アタシ、エルザちゃんに勘違いして欲しかったんだもの」
「は?」
ぼふんと頭から蒸気が出たのち、声がひっくり返る。夜じゃなければ、耳から頬から真っ赤なのがシルビアさんに即刻バレていただろう。
「ね、せっかくだしこのままキスしてみる?」
「ちょ、え?シルビアさん!?」
「こう月がきれいだと、アタシでもちょっぴりイケナイ気持ちになるの。うふふ。男はみんなオオカミだなんて、よく言ったものね」
優しい優しい彼のささやきは、ひたすら私の平常心を乱すためだけに発せられているのだろう。
酔ってるのか――いや、酒の臭いはしない。キャンプだから当然だ。
シルビアさんはまったくしらふで今私に迫ってきている。
キス、え、なんで。よりによって私。ここまで自分の意思を無視されてなお悪い気はしないから、むしろそんな自分に腹が立った。
覚悟を決めて目を閉じると、目じりに僅かだけど水分を感じる。
嫌というわけじゃない。じゃあ望んでた?それこそ絶対違う。
だって。相手はあのシルビアさんで私はしがない傭兵でしかなくて私はそこまでバカじゃないから身分違いの恋なんか絶対しない。
それでも煩悩はお構いなく私を襲う。シルビアさんのくちびるが、男なのにとってもぷるぷるだなあ、なんて。
「…冗談よ」
「え?」
「アタシ、エルザちゃんの嫌なことはしたくないの」
今までの妖しい色香はどこへやら。けろっとした顔でシルビアさんはほほ笑む。
ゆっくりと姿勢を直される。遅れて零れた涙を服の袖で拭った。
まだ胸がどきどきしている。突然訪れた平穏に身体はまだ追いついていない。
「嫌っていうか…」
息を吸って気づく。これではまるで期待していたのにがっかりしたみたいだ。
「いやごめん、シルビアさん。嫌だ、やっぱり嫌!」
慌ててすべて否定してみせると、シルビアさんは苦笑した。
頬に手をあて、しれっと言う。
「まあ今日はそれでいいわ」
そのあくまでも涼しげな視線が、私の全部を見抜いているようだった。それも徹底的に。
「さ、そろそろ戻りましょう。もちろん一緒によ」
「でも、私、眠れなくてここに来たわけで」
「で、アタシだけ先に戻れって?ダメよ。女の子を独りにできるわけがないわ」
シルビアさんはそう言って私の手を取る。先程の出来事なんてまるでなかったような、普段通りのやさしさ。
隠し切れない色気はあっても、ごく無害――っていうのも失礼だけど、私に向けられていないとそれだけで安心する。
彼の人となりも、芸風も、容姿も。いずれもとっても好ましいものではあったけれど、それでも怖いのだ。
揶揄われているだけだろうに。
そんな尊い存在が、ふと手が届きそうなところにいる気がするそんな瞬間が。
「…とはいうもののエルザちゃん、眠れそう?」
「うーん。まだちょっと難しいかも」
「それならアタシが寝かしつけてあげましょうか?背中を叩いて、子守歌も歌ってあげるわね!」
「あはは。シルビアさんお母さんみたい!」
手を引かれ、行きの二倍のさくさくとした草を踏む音。星空も、月も、獣の鳴き声も虫の声さえ何かの暗喩を疑ってしまうほど、平静を内心では失っていた。
けれど表では普段通りを演じてみせる。
いつか陥落しそうな自分が怖い。
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