プリンシプル
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「お兄ちゃん」
「その呼び方はやめろよ」
「私ら生きて帰れると思う?」
「聞けって」
先程目の前を通り過ぎたものと同一個体とは限らない。
が、いずれにしてもその巨体はサイクロプス以外の何者でもなかった。
私はおろかカミュくんの身長でも奴の膝に届くかどうかという、圧倒的な体格差。
先程も二人で話したが、カミュくんさえ万全ならばなんてことのない相手だが今はそうではない。
「足は?」
「やれなくはないぜ。相当無理すりゃな」
彼自身の口からは未だに語られないものの、やはり骨が折れていると見て良いようだ。
カミュくんは彼にしては恐ろしいまでに緩慢な動きで立ち上がろうとする。
そしてどうにかそれをやり遂げるのだが、歪んだ表情が痛々しい。
すらっとした普段の立ち姿が見る影もないほど体の軸が歪んでいる。
彼の本分はその身のこなしで敵の攻撃を躱し、死角から強烈な一撃を叩き込むこと。
しかし傍目から見ても、それを発揮できそうな感じは全くしなかった。
「カミュくん。…私がしんがりやるから逃げて」
剣を抜き、サイクロプスを威嚇しながら頼んでみる。
「はあ!?できるかよそんなこと」
当然のようにその意見は拒絶される。
「いや逃げて。
マジな話、私怪我人庇いながらこんなの相手にできないからさ……。
その方が両方生き残れる可能性あるでしょ。
……それでもカミュくんが嫌なら私が逃げる」
「お前マジでそういうとこあるよな」
「だって、こういう生き方染み付いちゃってるから」
さも何も思っていないかのように肩をすくめると、そうかとカミュくんは返す。
そのまま足をほとんど引きずりながらも前に出て、私に並ぶ。
「庇う必要はねえよ。オレはこんなになっても、エルザ。お前より強いからな」
ひゅうと思わず口笛が出た。
「かっこいい。惚れそう」
「いらねえな。タイプじゃねえし」
「冗談だって」
軽口を叩き合いながら、カミュくんは二本のブーメランを、私は一本の剣を構える。
「だろうな。お前はシルビアのおっさんとよろしくしてろ」
「やだ。カミュくんったら祝福してくれてる?」
返礼品のごとくピオリムを唱える。
私にとってはもちろん、機動力が大きく削がれているカミュくんにとっても大いに生命線になり得る呪文だ。
「こんな気持ちわりいポジティブ知りたくなかったわ」
カミュくんは動けないなりにサイクロプスに行動する機会を与えない。
異なった形状のブーメランが同じ強い光を帯びる。そしてそれを手首のスナップのみで投げる。
サイクロプス目掛け。
ではなく、空に。
「いけ」
一見見当違い。しかし実際はカミュくんの計算の内。
天上。ある種の星のように白く輝くブーメランから幾条もの光が降り注ぐ。
その雨粒は一滴残らずサイクロプスに命中し、青く分厚い皮膚を光の熱で焼き焦がしてゆく。
すぐに嫌な臭いが立ち込めた。
なおこれは多量の魔力を用いるものでありながら呪文ではない。
シャインスコール。
それはブーメランの強力な特技であり、しかもこんな完璧なコントロールで撃てる人物は恐らくカミュくんくらいしかいなかった(とグレイグさまが言っていた)。
「ちっ。やっぱりこれくらいじゃ斃れねえか」
惜しむらくはその威力の低さ。
カミュくんは魔法の才能があまりなく、雑魚ならともかくサイクロプスのような高位の魔物にはこの特技はせいぜいだまし討ちくらいにしかならない。
…わかっていたこととはいえ。カミュくんは舌打ちをする。
単眼の巨大悪魔は皮膚を煙らせながらも、ずしんずしんとこちらに歩み寄ってくる。
どこか朗らかな笑みを浮かべたまま。
「こいつは、ちょっとやべえかもな」
「だから逃げろって言ったのに」
「あのなあ」
迫り来るサイクロプスが巨体に見合った巨大な棍棒を振り上げる。
まともに当たれば私もカミュくんもタダではすまない。
右に飛ぶか、左に逃げるか。
外れより当たりのほうが単純な正解の数は多いはずなのに、ひどいプレッシャーを感じる。その時だった。
「おまたせ」
澄んだ声をしているとは思っていたが、渾身の力で剣を振るうその掛け声までなんというか彼のは静かで、きれいだと思った。
例えるなら冬の朝の湖畔と言ったところだろうか。
そんな心からどうでもいいことを考えずにはいられないほど、勇者様のその声は私にとっては珍しく、そして貴重だった。
「エルザ!」
しかしカミュくんにとってはそうでもなかったらしい。ひどく焦燥交じりで名前を呼んでくる彼の声音は、いつものテンションとはかけ離れていた。
勇者様の一刀のもとに斬り伏せられたサイクロプスの巨大な遺体が、私の方にゆっくりと、それでも重力に逆らいもせず倒れてきて――!
「エルザ!さっきはごめん!」
しかしその下敷きになることはない。メラゾーマの巨大な火の玉がサイクロプスの巨体を吹き飛ばしたからだ。
高度な呪文、しかも並外れた威力・スピードでそんなことができる人物は一人しかいない。
「ベロニカちゃん!」
駆け寄ると、彼女は幼い顔に似合わぬ大人びた表情でほっとした顔を見せる。
「すごい勢いで転げ落ちてたけど、大丈夫だった!?」
「私は平気。…でも」
「オレは別に…」
「へえ」
いつの間にかカミュくんに忍び寄っていたマルティナさんが、ちょんと彼の折れた足首を突く。
声にならない悲鳴をあげ、カミュくんはうずくまった。
「別に。ふーん?」
「カミュ様!すぐに治しますわ!!」
嗜虐者然とした笑みを浮かべる小悪魔の横で、慌てた様子のセーニャさんが回復魔法の詠唱を始める。
「さ、サンキュな。セーニャ」
「当然のことをしたまでです」
言葉短く礼を言うカミュくんに、天使が優しく微笑む。
それを見届けたベロニカちゃんが、きまり悪そうに口を開いた。
「カミュ、ごめん。あたしのせいで、あんたケガしちゃったのね…」
「…別に怒っちゃねえよ。ま、今後はせいぜい足下に気をつけることだ」
先ほど私の前では皮肉りこそしたものの、飽くまでも本心ではなかったのだろう。
ベロニカちゃんを見やるカミュくんの目は、とても優しいものだった。
その様子にときめかないわけがなく、思わずにやける口もとを押さえる。
「やだ、すごい青春を見ちゃった気がする」
「ええそうね。とっても眩し…ってエルザちゃんってばまだ若いじゃない」
「シルビアさん」
大好きな彼の姿を見届けた途端に、すっと膝から力が抜けた。
「エルザちゃん!?」
あー、と間抜けな声を出してへたり込む私に、シルビアさんは焦った様子で声をかけてくる。苦笑で返した。
「安心したら緊張の糸が切れたよ」
「…んもうっ。驚かせないで!」
「ごめん。でも来てくれて嬉しかった」
「そりゃ行くわよ。当たり前よ」
「それが嬉しいの。ありがと!」
食い気味にシルビアさんに返すもなんだか恥ずかしくて、いまいち行き場のない視点を今一度カミュくんの方に投げた。
今度は勇者様と会話していた(!)彼はこちらに気づいて、笑いながら親指を立てた。
私も言葉はなく、でも同じふうに返した。
「その呼び方はやめろよ」
「私ら生きて帰れると思う?」
「聞けって」
先程目の前を通り過ぎたものと同一個体とは限らない。
が、いずれにしてもその巨体はサイクロプス以外の何者でもなかった。
私はおろかカミュくんの身長でも奴の膝に届くかどうかという、圧倒的な体格差。
先程も二人で話したが、カミュくんさえ万全ならばなんてことのない相手だが今はそうではない。
「足は?」
「やれなくはないぜ。相当無理すりゃな」
彼自身の口からは未だに語られないものの、やはり骨が折れていると見て良いようだ。
カミュくんは彼にしては恐ろしいまでに緩慢な動きで立ち上がろうとする。
そしてどうにかそれをやり遂げるのだが、歪んだ表情が痛々しい。
すらっとした普段の立ち姿が見る影もないほど体の軸が歪んでいる。
彼の本分はその身のこなしで敵の攻撃を躱し、死角から強烈な一撃を叩き込むこと。
しかし傍目から見ても、それを発揮できそうな感じは全くしなかった。
「カミュくん。…私がしんがりやるから逃げて」
剣を抜き、サイクロプスを威嚇しながら頼んでみる。
「はあ!?できるかよそんなこと」
当然のようにその意見は拒絶される。
「いや逃げて。
マジな話、私怪我人庇いながらこんなの相手にできないからさ……。
その方が両方生き残れる可能性あるでしょ。
……それでもカミュくんが嫌なら私が逃げる」
「お前マジでそういうとこあるよな」
「だって、こういう生き方染み付いちゃってるから」
さも何も思っていないかのように肩をすくめると、そうかとカミュくんは返す。
そのまま足をほとんど引きずりながらも前に出て、私に並ぶ。
「庇う必要はねえよ。オレはこんなになっても、エルザ。お前より強いからな」
ひゅうと思わず口笛が出た。
「かっこいい。惚れそう」
「いらねえな。タイプじゃねえし」
「冗談だって」
軽口を叩き合いながら、カミュくんは二本のブーメランを、私は一本の剣を構える。
「だろうな。お前はシルビアのおっさんとよろしくしてろ」
「やだ。カミュくんったら祝福してくれてる?」
返礼品のごとくピオリムを唱える。
私にとってはもちろん、機動力が大きく削がれているカミュくんにとっても大いに生命線になり得る呪文だ。
「こんな気持ちわりいポジティブ知りたくなかったわ」
カミュくんは動けないなりにサイクロプスに行動する機会を与えない。
異なった形状のブーメランが同じ強い光を帯びる。そしてそれを手首のスナップのみで投げる。
サイクロプス目掛け。
ではなく、空に。
「いけ」
一見見当違い。しかし実際はカミュくんの計算の内。
天上。ある種の星のように白く輝くブーメランから幾条もの光が降り注ぐ。
その雨粒は一滴残らずサイクロプスに命中し、青く分厚い皮膚を光の熱で焼き焦がしてゆく。
すぐに嫌な臭いが立ち込めた。
なおこれは多量の魔力を用いるものでありながら呪文ではない。
シャインスコール。
それはブーメランの強力な特技であり、しかもこんな完璧なコントロールで撃てる人物は恐らくカミュくんくらいしかいなかった(とグレイグさまが言っていた)。
「ちっ。やっぱりこれくらいじゃ斃れねえか」
惜しむらくはその威力の低さ。
カミュくんは魔法の才能があまりなく、雑魚ならともかくサイクロプスのような高位の魔物にはこの特技はせいぜいだまし討ちくらいにしかならない。
…わかっていたこととはいえ。カミュくんは舌打ちをする。
単眼の巨大悪魔は皮膚を煙らせながらも、ずしんずしんとこちらに歩み寄ってくる。
どこか朗らかな笑みを浮かべたまま。
「こいつは、ちょっとやべえかもな」
「だから逃げろって言ったのに」
「あのなあ」
迫り来るサイクロプスが巨体に見合った巨大な棍棒を振り上げる。
まともに当たれば私もカミュくんもタダではすまない。
右に飛ぶか、左に逃げるか。
外れより当たりのほうが単純な正解の数は多いはずなのに、ひどいプレッシャーを感じる。その時だった。
「おまたせ」
澄んだ声をしているとは思っていたが、渾身の力で剣を振るうその掛け声までなんというか彼のは静かで、きれいだと思った。
例えるなら冬の朝の湖畔と言ったところだろうか。
そんな心からどうでもいいことを考えずにはいられないほど、勇者様のその声は私にとっては珍しく、そして貴重だった。
「エルザ!」
しかしカミュくんにとってはそうでもなかったらしい。ひどく焦燥交じりで名前を呼んでくる彼の声音は、いつものテンションとはかけ離れていた。
勇者様の一刀のもとに斬り伏せられたサイクロプスの巨大な遺体が、私の方にゆっくりと、それでも重力に逆らいもせず倒れてきて――!
「エルザ!さっきはごめん!」
しかしその下敷きになることはない。メラゾーマの巨大な火の玉がサイクロプスの巨体を吹き飛ばしたからだ。
高度な呪文、しかも並外れた威力・スピードでそんなことができる人物は一人しかいない。
「ベロニカちゃん!」
駆け寄ると、彼女は幼い顔に似合わぬ大人びた表情でほっとした顔を見せる。
「すごい勢いで転げ落ちてたけど、大丈夫だった!?」
「私は平気。…でも」
「オレは別に…」
「へえ」
いつの間にかカミュくんに忍び寄っていたマルティナさんが、ちょんと彼の折れた足首を突く。
声にならない悲鳴をあげ、カミュくんはうずくまった。
「別に。ふーん?」
「カミュ様!すぐに治しますわ!!」
嗜虐者然とした笑みを浮かべる小悪魔の横で、慌てた様子のセーニャさんが回復魔法の詠唱を始める。
「さ、サンキュな。セーニャ」
「当然のことをしたまでです」
言葉短く礼を言うカミュくんに、天使が優しく微笑む。
それを見届けたベロニカちゃんが、きまり悪そうに口を開いた。
「カミュ、ごめん。あたしのせいで、あんたケガしちゃったのね…」
「…別に怒っちゃねえよ。ま、今後はせいぜい足下に気をつけることだ」
先ほど私の前では皮肉りこそしたものの、飽くまでも本心ではなかったのだろう。
ベロニカちゃんを見やるカミュくんの目は、とても優しいものだった。
その様子にときめかないわけがなく、思わずにやける口もとを押さえる。
「やだ、すごい青春を見ちゃった気がする」
「ええそうね。とっても眩し…ってエルザちゃんってばまだ若いじゃない」
「シルビアさん」
大好きな彼の姿を見届けた途端に、すっと膝から力が抜けた。
「エルザちゃん!?」
あー、と間抜けな声を出してへたり込む私に、シルビアさんは焦った様子で声をかけてくる。苦笑で返した。
「安心したら緊張の糸が切れたよ」
「…んもうっ。驚かせないで!」
「ごめん。でも来てくれて嬉しかった」
「そりゃ行くわよ。当たり前よ」
「それが嬉しいの。ありがと!」
食い気味にシルビアさんに返すもなんだか恥ずかしくて、いまいち行き場のない視点を今一度カミュくんの方に投げた。
今度は勇者様と会話していた(!)彼はこちらに気づいて、笑いながら親指を立てた。
私も言葉はなく、でも同じふうに返した。