マルティナ様のお料理地獄♡
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「で……、エルザってどれくらい料理できるの?」
ふと思いついたようにマルティナさんが訊ねてくる。
「得意、とまではいかないけど、最低限煮炊きはできるよ」
そして私は嘘はつかなかった。
変に期待させない方が良いと思うが、マルティナさんはエプロンをつけながら意外な反応を見せた。
「最高ね」
「えっ」
料理する場所として、宿屋に追加料金を払って台所を借りている。
嬉しいことにあり物で良ければ、調味料も使って良いらしい。
先ほどマルティナさんと買いつけた八人プラス私のぶんの食材を並べる。健啖なメンバーが多いのもあり、結構迫力のある量だ。
風邪で食欲がないのでは、とも思ったけれど一応ね。
「じゃあまず材料を切りましょっか。量が尋常じゃないけど、地道にがんばろ」
「ええ。まずはえっと、にんじんからにしましょう。赤いから」
「うん。それなら私はトマトからにしよっと。赤いから」
どうでも良い同調を経て作業にとりかかる。
普段は安い短剣で雑に食材の下処理をしているが、ここの包丁は中々使いやすい。
いい物を使っているのだと思う。
今は無理だけど、腰が落ち着くようになったら料理の勉強をしてみるのもありかもしれない。
「それにしても、こんなことなら少しはロウ様の手伝いしとくんだった」
「任せっきりだったの?」
「うん。姫は強くなるのが先じゃーなんて言って、ロウ様が料理なさってる間ずっと鍛錬してたわ。薪拾いくらいはさすがにしてたけど」
「16年も?」
「16年もよ!
途中からは単にロウ様が、自分が食べたいものを文句言われず作りたかっただけだったかも知れないけどね」
話だけ聞けばいかにマルティナさんが甘やかされていたか、と思いそうなものだけど。
まだ幼かった彼女は寸暇を惜しんででも強くなる方が本当に急務だったのだろう。
魔王以前の問題だ。
恐らく子どものころから美しかったであろう容姿が原因で、悪い人間に目をつけられないとも限らなかったのだから。
ロウさんは実はさる所で修行した武術の達人だったりするのだが、そうは言ったって自衛ができるにこしたことはない。
だからこそなのだ。
…とはいえ最近はちょっと強すぎないか、と最近では少々かなり思うけれど。
「あっ…つっ…」
「どうしたの?」
「あー、うん。ちょっと指切っちゃった」
「…気をつけてよ。私ホイミできないんだから」
「大丈夫。期待してませーん」
そうやっていつものように軽口を叩き合い、笑いあいながら山盛りの野菜をやっつけていく。
「それにしても、エルザもよくポトフなんて殊勝な物作れるわね」
「それどういう意味」
「あー、ごめん。ジャンクフードばっか食べてるイメージだから」
「それはマルティナさんの方じゃ…まあいいわ」
マルティナさんはかなり大食いで、よくも悪くもものすごく食べる。
それこそグレイグさまやシルビアさんにも正直負けてないくらいに食べる。
しかも彼らほど食べる物を選ばない。
…にも関わらず抜群のスタイルを保っているある意味恐ろしい人物なのである。
っていうか私、彼女にそんな目で見られていたのか…。そういえば最近お腹の肉が…いやいや。
「私意外と自炊するから。せざるを得なかったっていうのが正しいんだけど…」
デルカダールのスラムにいた時のことを思い返す。
あの頃は、こんなしっかりしたいい野菜など食べられたためしなどなかった。
もっとぐずぐずで、汁が出て、臭いのが中心だった。しかし。
「下宿のおばちゃんがね、スラムの子どもが病気した時だけに作ってくれたの。
普段より少しだけ新しい野菜で。ポトフっていうよりもろスープって感じだったけど。
でもとっても美味しくて、一番のごちそうで。自分でも作ってみたいって、レシピねだって」
内容は覚えてしまったせいで必要なくなったあのザラ紙は、小さく折り畳んで財布の中に未だにしまってある。宝物兼お守りだ。
「エルザ…」
「ごめん、配慮不足だった。でも、変な意味じゃ」
「いえ。いいの。
…お父様も、あそこはなんとかしなければいけないって常々言ってたから。ウルノーガにやられる前のことよ」
私ももう少し言葉を選べば良かったのだが、自分の国の暗部を唐突に聞かされてマルティナさんは落ち込んだようだった。
そういえば素で忘れていたが、私たちは身分が姫と貧民とで決定的に違うのだった。
「…でも、さ。あそこは確かに吹き溜まりには違いないけど、でもあそこじゃなきゃ私は生きられなかったと思う。
だから全然恨んでないし…かといって今のままで良い、とは思わないけどさ」
「そうね。邪神を倒したら…うん、見てなさい」
「期待して待ってる」
あのスラムは16年以上前からずっと存在した。ウルノーガがどうとかいう問題では当然ない。
そして一度出来上がった仕組みを改善にしろ変えるのは容易なことではない。
それでも姫が何とかすると言ってくれたのだから、こんなに嬉しいことはなかった。
「ねえ、マルティナさん」
「なあにー?」
「話は変わるけど…」
そして文句なしに明るい雰囲気に戻すために、ダメ押しをする必要があると考えた。
「みんなが病気って聞いて、私すっごいお土産持ってきたの。スペシャルなやつ!」
「へえ。見せてよ」
興味があるのかないのかわからないくらいマルティナさんは思ったより反応が薄かった。
いやでもしかし。そんなことはちっとも気にならない。
なぜならば私が持ち込んだ食材は本当にスペシャルで、驚きに溢れたものなのは間違いないからだ。
一度作業の手を止め、持ち込んだ荷物袋からそれが入った袋を取り出す。端は赤く染まっているが、生肉を入れているのだから仕方ない。
その代わり氷でしっかり冷やしているので、悪くなってはいないはずだ。
「あなたに呼ばれてこっちにくる途中でね、やっぱ健康食品的なものはいるかなと思って。
そうしたら、遠い国では熊の肝が薬みたいな感じで食べられてるって聞いたの思い出して、それならそうしよう!って」
「ふんふん。で、狩ったの?」
「ううん。
熊には出会えなかったから、代わりにとらおとこの肝を持ってきてみました!肝だし多分いけるでしょう!」
「すごいもの持ってきたのねエルザ!デルカダール第一王女として、貴女を讃えるわ!!」
ぱちぱちとマルティナさんは笑顔で惜しみない拍手をくれる。少し照れくさかったけど、嬉しかった。
彼女に素直に認めてもらえる日が来るなんて、私もなんだかんだで成長したなあと思う。
「これ、スープに入れてもいいかな」
「もちろんよ!きっとみんな明日には元気になるわ!」