イエストリック!ノータッチ!
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「ねえ、ハンサム」
「なんだ」
「お茶飲んだんだからさ、今日はもう帰りなよ。多分出直したほうがいいよ。いやもう来なくていいんだけど」
今日のマスク・ザ・ハンサムはなんというか残念だ。
言動にまったくキレがないうえに色々正直すぎる。
あえて内輪で例えるなら、ダメなときのシルビアさんと、天然を全開にしたグレイグさまを足して2で割った感じ。
…まちがってもセーニャさんみたいな癒し系にはなれない。
「なんだ、その扱いは。ボクはハロウィンの仮装をした子どもか?」
「いやその仮面」
「これはボクのトレードマークだ。【トリック・オア・トリート】を言った覚えはない」
はいはい、と流す。なんだかもうこの男はめんどくさい。あからさまに食器を片付けて帰ってもらうことにしよう。
これ以上ドツボに嵌らせたら可哀想だ。
本人は気づいていないのかもしれないが、一般的な感性をもった男はふつう用もないのに嫌いな女の家には上がりこまない。
それにお茶も要求しないし、もちろん飲むわけがない。
もしここに急にシルビアさんが訪れたら、怒られるのは私でも疑われるのは彼の方だ。
そこまで考えていられているのだろうか。聞こうとも思わないけど。
いくらライバルとはいえシルビアさんにあからさまに嫌われたらさすがに可哀想だと思う。
最大限の慈悲を発揮して、席を立つ。
食器の数も少ないから手を伸ばしてもよかったのだけど、それだとまた妙にうるさいやつが下品だと文句を言ってきそうだ。
仕方なしにわざわざ彼の方まで行き、回収を始める。
皿とフォーク、それからカップの三点。
と、不意に食器に伸ばした手首を掴まれる。
えっと驚いてハンサムの方を見ると、あろうことか彼の顔は真っ赤だった。
「その…。ケーキ、美味かった。ごちそうさま」
「えっ。…うん、おそまつさま、です」
キャラ崩壊という名の破壊力は恐ろしくHPを削る。
すでに何十回も思っているがこの人は黙っていれば本当にイケメンだ。
もっと言えば女の子みたいな顔つきでかわいくすらある。
そんなハンサムがこちらをちょっと上目遣いで見据えて、珍しいくらいに素直にお礼を言ってくるのだ。
ほんの少しだけ揺らぎそうになって――どうにか持ち直す。自分が一途キャラで本当によかったと思った瞬間だった。
「その店のケーキ、私も好きなの。また今度紹介するね!」
努めて明るく振舞い、ケーキの話題を伸ばし、手を振り払おうとする。やばいものからは遠ざからねばならないその一心で。
そういえばこの人既成事実を作りに来たんだったということを思い出した。
「いやだ。また来るから、用意しておいてくれ」
手が離れない。いやいやいや冗談だよね!?
私の手首を握っていたはずの手が、いつの間にか手の甲に移動している。
引っこ抜こうとなんとか画策してみるも、敵わない。
身というか貞操の危険を感じる。どこか熱に浮かされたようなハンサムの色っぽくなり始めた顔。
…バイキルトを唱えた方が良さそうだ、と察し詠唱の準備に入る。
「わからないんだ。ボクの一番はもちろんシルビアさんだ。…なのに」
ひゅっと息が詰まった。
「エルザ。お前のことが頭から離れない時がある」
魔力を使わないマホトーンを見事に唱えおおせたハンサムの火力がなんていうかやばい。
ツンデレがデレた時の破壊力を目の当たりにし、こちらまでドキドキしてきた。
いやまって。私には、…私にはシルビアさんがいるから。
揺らぎはしない。しないけれど…。
「なあ、ボクはどうしたらいい?」
切なく掠れた声だけど、色々とこちらのセリフだ。
早く逃げなきゃと思うのだけど、一方でこの哀れっぽいライバルを見捨てることもまたしんどかった。
腹立たしいけど一途にシルビアさんを追いかけていればまだいいのに。
…なんで今更私が話に巻き込まれなきゃいけないのか。
…私はあなたにとっての泥棒猫ではいけないのか。
答えあぐねているうちにハンサムは勝手に結論を出してしまった。
「…いっそ、シルビアさんからお前を奪ってしまおうか」
心の限界を覚える私の手を握ったままハンサムが立ち上がる。
顔が近い。うそうそうそ!徐々に近づくほどに焦りまくる。
キスされたらメラミ、だから思い直してと何度も心の中で繰り返した。
声にならない悲鳴。足は竦んで動かない。
「口にすると思ったか?…そんなわけないだろバーカ」
色々な危機感で頭がぐちゃぐちゃになった私の、しかし唇は奪われなかった。
ただおでこに優しくもわざとらしいリップ音。
その次にはもう手が離れて、晴れて私は自由の身を得ていた。へにゃり、と腰が抜ける。
「…帰って。ほんとに」
床に座り込んだまま、そう言うのがやっとだった。
本当は怒鳴りたかったけれども、そんな体力すらすでにない。
「ああ、帰るさ。ケーキありがとう。また来てやる」
「もう来るな」
「何言ってんだお前」
いたずらっぽくハンサムは笑う。してやったりと見事なまでのいじわるな顔で。
「ライバルの言うことなんか聞くわけがないだろ!」