魔改造『ハムレット』
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そういう雑談を経て、ようやくの朗読会の再開だと思ったのだけど。
おもむろに読もうとした脚本をすっと誰かに取られた。
実際に出演していた役者でもその全文は把握していないだろうと思うほどの分厚さを誇るそれは、
シルビアさんのところに収まっていた。
それですら最初からそうしていたように絵になる。
彼は珍しく無言でにこっと笑った。
そこからがすごかった。
「『生きるべきか死ぬべきかそれが問題だ』」
普段私はシルビアさんのことは男性として見ている節が恐らく強い。
けれど彼がおとめであることも理解しているし、高く作られた声も柔らかい女性言葉もとても好きだ。
けれども今のシルビアさんは、声も顔つきも普段とはまるで違う。
ハムレット自身を彷彿とさせるような進退に窮し己を追い込む苦悶の表情。
呻くような悲痛に満ちみちた声。
彼は声量自体も大きく、元々よく通るのだが、腹式呼吸を本格的に用いた低く太い発声はいよいよ空気の震えを感じるほどだ。
聞いているだけで胸が痛くなってくる。
それほどまでにシルビアさんの演技は心を揺さぶってくる。
やばい。尊い。
彼を称賛するいつもの言葉がひどく安っぽく、恥ずかしさすら感じた。
淀み無く、力強くも繊細にハムレットの苦悩を吐き出しきったシルビアさんは、
熱に浮かされたようなやり切った顔でほうっと一つ息を吐いた。
それを合図に、私たち三人は拍手せずにはいられなかった。
シルビアさんはそれに優美なお辞儀で応える。
涙で眼前が霞む。危うく溢れるところだった。
「…やっぱり本職の人は違うわねー!」
感心しきりに言うベロニカちゃんがそう言うと、シルビアさんはそんなことないわよと珍しく謙遜する。
「でもねアタシ、お芝居にも興味があって。そのうち演ってみたいなって思ってるの」
「できるわよ!だって、シルビアさんだもの!」
ある意味。ベロニカちゃんはものすごく適当かつものすごく説得力のある言い方をした。
シルビアさんだから。いや本当に。
「いつかお芝居の舞台に立たれる時はぜひ教えてくださいませ」
セーニャさんもそんな感じでにこにこと続く。
「もっちろんよ!招待させてもらうわ!」
シルビアさんは先ほどまでの悲嘆をまるで感じさせないほど元気よくかつ、自信たっぷりに答えた。
それから脚本を私の方にそっと差し出す。
「いきなり出番盗ってごめんなさいね」
「ううん!とってもいいモノ見たし!全然!むしろ満足!」
ぶんぶんと首を振る。
ハムレットの独白だって私なんかよりシルビアさんに読んでもらえた方がずっと幸せなはずだ。
それほどまでの雲泥の差。
…いや、較べること自体烏滸がましい。
「ね、エルザちゃん」
「な、何?」
シルビアさんの笑顔には一切の迷いも悪意もない。
「アタシも聞きたいわぁ。エルザちゃんのハムレット」
「えっ」
改めていつもの高い声を作るシルビアさんとは真逆に、私はどこまでも素の声が出た。
いや、だって、えっ?
「…シルビアさん。いくら物怖じしないエルザでも、シルビアさんの後は無理よ」
ベロニカちゃんがとても呆れたようにフォローしてくれる。
いやほんとあの朗読のあとに同じことをしろとかどんな無茶振りだよ。
人生でも余裕で上位に食い込んでくるレベルの地獄だ。
でもシルビアさんはその手の情緒は理解できないタチらしい。
そうかしらと首を傾げる。
うんうんたまにいるよねそういう人。
「ではわたしが代わりに。『生きるべきか死ぬべきかそれが問題だ』」
「セーニャ!?」
ところが恐ろしいことにもう一人そういう人がいた。
セーニャさんが素人なりにそつなく上手に読み終え、今度はシルビアさんも一緒に拍手する。
ぺこり、とセーニャさんも前例に倣い今度はお辞儀をした。
「んー。セーニャちゃんも素敵よん。どう?アタシと一緒に女優目指さない?」
「シルビアさまと一緒なら楽しいですわ!」
微妙に噛み合わず、どっちもがどこまで本気かまったくわからないやり取り。
これ実は二人が不仲で牽制しあっている。
…とかでは一切なく、二人とも完全に素である。
素でこのなんかよくわからないけどひたすらに疲れる空気を醸し出しているのである。
ベロニカちゃんと顔を見合わせ、同時にため息をつく。
彼女はしっかり者という名の真のツッコミなので、何かと疲れていそうだった。
「それにしても、ちょっと意外かも」
「何が?セーニャが異様に朗読上手いこと?」
「それもあるけど…。シルビアさんが意外と悲劇で喜んでたことが」
「ああ、まあ確かに」
ベロニカちゃんが同意してくれる。
喜ぶと言ってももちろん手でも叩いて笑っていたわけではない。
とはいえ、本人の性格的にも明るい作風を好みそうだし暗い作風を嫌いそうだとは勝手に思っていた。
「悲劇は嫌いじゃないわよ。あくまでフィクションって前提があるからこそむしろ結構好きなくらい」
耳ざとく聞きつけたシルビアさんが答えてくる。
「えー。てっきり『絶対ハッピーエンドじゃないとダメよ!こうなったらアタシが魔改造するんだから!』とか言うのかと思った」
「魔改造って…」
そんなひどく勝手なイメージを語るとベロニカちゃんが少し引いていた(でも否定はしなかった)。
「…エルザちゃん?アナタ、アタシをどういう目で見てるの?あとでちょっと聞かせてもらうわね、
じっくりと」
いずれにしても、このようにして私はまた軽はずみにシルビアさんの地雷を踏むのだった。
「お説教で済めばいいわねー」
ベロニカちゃんが今日一番棒読みでそう言った。ただ傍らでにこにこと
「お二人とも仲がよくて羨ましい限りですわ」
とか言ってる彼女の妹が私はシルビアさんよりも恐ろしかった。いや嬉しいけどそれ今言える?
「…なんか毒気抜かれちゃったわね」
シルビアさんのつぶやきが全てだった。
このあとなんとなく色々うやむやになったし、今日のセーニャさんには感謝しかない。
おもむろに読もうとした脚本をすっと誰かに取られた。
実際に出演していた役者でもその全文は把握していないだろうと思うほどの分厚さを誇るそれは、
シルビアさんのところに収まっていた。
それですら最初からそうしていたように絵になる。
彼は珍しく無言でにこっと笑った。
そこからがすごかった。
「『生きるべきか死ぬべきかそれが問題だ』」
普段私はシルビアさんのことは男性として見ている節が恐らく強い。
けれど彼がおとめであることも理解しているし、高く作られた声も柔らかい女性言葉もとても好きだ。
けれども今のシルビアさんは、声も顔つきも普段とはまるで違う。
ハムレット自身を彷彿とさせるような進退に窮し己を追い込む苦悶の表情。
呻くような悲痛に満ちみちた声。
彼は声量自体も大きく、元々よく通るのだが、腹式呼吸を本格的に用いた低く太い発声はいよいよ空気の震えを感じるほどだ。
聞いているだけで胸が痛くなってくる。
それほどまでにシルビアさんの演技は心を揺さぶってくる。
やばい。尊い。
彼を称賛するいつもの言葉がひどく安っぽく、恥ずかしさすら感じた。
淀み無く、力強くも繊細にハムレットの苦悩を吐き出しきったシルビアさんは、
熱に浮かされたようなやり切った顔でほうっと一つ息を吐いた。
それを合図に、私たち三人は拍手せずにはいられなかった。
シルビアさんはそれに優美なお辞儀で応える。
涙で眼前が霞む。危うく溢れるところだった。
「…やっぱり本職の人は違うわねー!」
感心しきりに言うベロニカちゃんがそう言うと、シルビアさんはそんなことないわよと珍しく謙遜する。
「でもねアタシ、お芝居にも興味があって。そのうち演ってみたいなって思ってるの」
「できるわよ!だって、シルビアさんだもの!」
ある意味。ベロニカちゃんはものすごく適当かつものすごく説得力のある言い方をした。
シルビアさんだから。いや本当に。
「いつかお芝居の舞台に立たれる時はぜひ教えてくださいませ」
セーニャさんもそんな感じでにこにこと続く。
「もっちろんよ!招待させてもらうわ!」
シルビアさんは先ほどまでの悲嘆をまるで感じさせないほど元気よくかつ、自信たっぷりに答えた。
それから脚本を私の方にそっと差し出す。
「いきなり出番盗ってごめんなさいね」
「ううん!とってもいいモノ見たし!全然!むしろ満足!」
ぶんぶんと首を振る。
ハムレットの独白だって私なんかよりシルビアさんに読んでもらえた方がずっと幸せなはずだ。
それほどまでの雲泥の差。
…いや、較べること自体烏滸がましい。
「ね、エルザちゃん」
「な、何?」
シルビアさんの笑顔には一切の迷いも悪意もない。
「アタシも聞きたいわぁ。エルザちゃんのハムレット」
「えっ」
改めていつもの高い声を作るシルビアさんとは真逆に、私はどこまでも素の声が出た。
いや、だって、えっ?
「…シルビアさん。いくら物怖じしないエルザでも、シルビアさんの後は無理よ」
ベロニカちゃんがとても呆れたようにフォローしてくれる。
いやほんとあの朗読のあとに同じことをしろとかどんな無茶振りだよ。
人生でも余裕で上位に食い込んでくるレベルの地獄だ。
でもシルビアさんはその手の情緒は理解できないタチらしい。
そうかしらと首を傾げる。
うんうんたまにいるよねそういう人。
「ではわたしが代わりに。『生きるべきか死ぬべきかそれが問題だ』」
「セーニャ!?」
ところが恐ろしいことにもう一人そういう人がいた。
セーニャさんが素人なりにそつなく上手に読み終え、今度はシルビアさんも一緒に拍手する。
ぺこり、とセーニャさんも前例に倣い今度はお辞儀をした。
「んー。セーニャちゃんも素敵よん。どう?アタシと一緒に女優目指さない?」
「シルビアさまと一緒なら楽しいですわ!」
微妙に噛み合わず、どっちもがどこまで本気かまったくわからないやり取り。
これ実は二人が不仲で牽制しあっている。
…とかでは一切なく、二人とも完全に素である。
素でこのなんかよくわからないけどひたすらに疲れる空気を醸し出しているのである。
ベロニカちゃんと顔を見合わせ、同時にため息をつく。
彼女はしっかり者という名の真のツッコミなので、何かと疲れていそうだった。
「それにしても、ちょっと意外かも」
「何が?セーニャが異様に朗読上手いこと?」
「それもあるけど…。シルビアさんが意外と悲劇で喜んでたことが」
「ああ、まあ確かに」
ベロニカちゃんが同意してくれる。
喜ぶと言ってももちろん手でも叩いて笑っていたわけではない。
とはいえ、本人の性格的にも明るい作風を好みそうだし暗い作風を嫌いそうだとは勝手に思っていた。
「悲劇は嫌いじゃないわよ。あくまでフィクションって前提があるからこそむしろ結構好きなくらい」
耳ざとく聞きつけたシルビアさんが答えてくる。
「えー。てっきり『絶対ハッピーエンドじゃないとダメよ!こうなったらアタシが魔改造するんだから!』とか言うのかと思った」
「魔改造って…」
そんなひどく勝手なイメージを語るとベロニカちゃんが少し引いていた(でも否定はしなかった)。
「…エルザちゃん?アナタ、アタシをどういう目で見てるの?あとでちょっと聞かせてもらうわね、
じっくりと」
いずれにしても、このようにして私はまた軽はずみにシルビアさんの地雷を踏むのだった。
「お説教で済めばいいわねー」
ベロニカちゃんが今日一番棒読みでそう言った。ただ傍らでにこにこと
「お二人とも仲がよくて羨ましい限りですわ」
とか言ってる彼女の妹が私はシルビアさんよりも恐ろしかった。いや嬉しいけどそれ今言える?
「…なんか毒気抜かれちゃったわね」
シルビアさんのつぶやきが全てだった。
このあとなんとなく色々うやむやになったし、今日のセーニャさんには感謝しかない。