「さっきのお芝居すごかったよね」

「そうね！すっごく長いって聞いて、あたし途中で寝ちゃうんじゃないかって思ってたんだけど。
でも正直圧倒されたわ！」

「オフィーリア役の方の演技、特に素敵でしたわ。
ハムレットを心配するあまり心身ともに病んでいってしまわれるあの光景――お芝居なのに生々しくて、
涙なくしては観られませんでした」

そうそう！とベロニカちゃんと私はセーニャさんに同調する。
とあるツテで昨日私たちはシェイクスピアの四代悲劇の一つ（とチラシに書いてあった）であるという
『ハムレット』というお芝居を観に行った。
内容は私には難しくて正直一割も理解できなかったけれど、
役者の演技の一つ一つを抽出しただけでもひどく感動的というか。
演技の上手さゆえにわけのわからぬまま心を揺さぶられ、何度か涙を流した。
あくまで内容は理解できていなかったけど。
もう少しセーニャさんたちに内容を解説してほしかったところだけど（教養のない私では結局無理だろうけど）私たち三人の興味はどちらかというと役者とその演技にあって、
先ほどから感想の言い合いもそこそこに感動のままに買った脚本の即席朗読会を始めている。
ルールもごく単純で、それぞれが気になったり印象に残った台詞を読み合うのだ。
ハムレットとホレイショーとか、たまに掛け合いもする。配役は常に適当だ。
…が、これがうまくいかない。
まあ役者を目指しているわけじゃなし、そもそも別に誰もうまくやろうともしてないけれど。
あくまで話のタネだ。
それでもセーニャさんは妙にうまい気がする、というのはベロニカちゃんと一致した意見である。
案外役者の才能でもあるのかも知れない。素人目だけれども。

「でも、やっぱりアレよね。ハムレットの名台詞って言ったら！」

「わかる！読みたい！死ぬまでに言ってみたいやつ！」

「『生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ』ですね！」

さらっとセーニャさんが持っていく。
この台詞は私ですら知っているほど有名なもので、実際に演技で見るとやはり圧巻で。
ハムレットの使命に対する苦悩を自分に重ね合わせると呼吸が止まりそうな思いだった。
…と言ってももっと大きな使命を胸に常に前進している人たちを間近で見てしまっているので、
なんかなんとなく入りこめなかったのも事実ではある。
いやでもハムレットの使命も充分大きいけれど。うーん、複雑。

「と、とりあえず読むね！」

「じゃああたしは次？」

ベロニカちゃんが挙手する。

「え？そういうやつ？較べるやつ？」

聞き返すと、ベロニカちゃんはいたずらっぽく笑った。

「エルザは気にせず演（や）っていいのよ！どうせあたしの方がうまいんだし」

「それ言うー？」

「お姉様、エルザさまの朗読も素敵ですよ。わたしも見習いたいものです」

「いやむしろセーニャはそのままでいて」

うんうんとベロニカちゃんの意見に同調して何度も頷く。
セーニャさんは不思議そうに首を傾げていたが、
実際本当にうまいのでお姉ちゃんはともかく私の影響を受けてはいけない。

「まあ、とにかく読むよ！」