In the room
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時計は手元にも、当然この部屋にもなかったとはいえ、多分一時間くらいは経っただろうとは感覚で思うことだ。
その間一応見張りはしていたが、恐ろしいくらいに何もなかった。
勇者様たちの救助も、敵襲も、私たちが立てる以外の物音一つさえ。
こんな異様な空間でなければむしろ平和で上々なのだが、今この状態ではとにかく不安を煽るだけだ。
「これは本当にあの紙の言うとおりにしないと出られないのかも知れないわね」
先ほどまで仮眠を取り多少すっきりした顔のシルビアさんが、
今度は私の反対側に座って、くしゃくしゃになったメモに目をやる。
彼が寝ている間、私が暇に任せて何度も確認したが文面は変わらず『セックスしないと出られない部屋』だったため、
ついイライラして丸めて投げてしてしまったのだ。
…破らなかっただけ冷静なんだと主張はしたい。
沈黙。
今までシルビアさんとそういうことはないわけではなかった。
というか、(そもそも彼がどう思っているかは別として)
私としてはシルビアさんのことは大好きだし普通に抱かれたい。
むしろもっとお気楽な状況などであれば、大きなチャンスとすら捉えたかもしれない。
いやしかしそれでも。
「私…嫌だよ、こんなの」
いずれにしてもそういう問題ではなかった。
何者かも知れない者の何かもわからない思惑に、感情ごと弄ばれているみたいでただ嫌悪感しかない。
「アタシだって嫌よ。だってもっと…」
シルビアさんは言葉を濁す。
彼の真意は常に謎に包まれている。
最終的な目的は大抵彼にとっての正義に繋がることはわかるのだけど…。
そこに至るまでの過程自体は完全にブラックボックス。
しかし、それがまたミステリアスな魅力に繋がるのも事実である。
「でも、ねえ?」
そして今がまさにそれだった。
わけのわからない時のシルビアさん。
今しがた嫌って言った口ではいなどと素直に返事する。
「エルザちゃん、こっち見て」
もう一度返事をしてゆっくりと振り向くと、シルビアさんがベッドの上から寄ってきていた。
「汗臭くてごめんね」
それだけ言って、ゆったりとキスを迫られる。されるがままに応じる。
彼の言うとおり汗の臭いはしたが、嫌とは思わない。
むしろ興奮剤になりそうだ。
…そんな変態みたいなこと、絶対に言えないけど。
「ぜんぜん、だいじょぶ、です」
とはいえただ黙っているわけにもいかなかったので、一度離れた時にそう言って彼の背中に手を回すことにした。
シルビアさんは満足そうに微笑んで、また口づける。
汗の臭い。
くたりと甘ったるく酔いそうになる。
どちらからともなく舌を絡める。
お互い嫌だと言ったばかりなのになんでこんなことに。
でもこの決意の挫折は、なぜだろう。
たまらなく心地よかった。
「…シルビアさんともあろう人が、あんな紙の言うとおりにしちゃうんですか?」
「エルザちゃんがイヤならいいのよ。アタシが脱出する手段として試したいだけ」
「ズルい。その言い方はズルい」
「大人はズルいの。知らなかった?」
唇を軽く舐められる。
「それにアタシに言わせれば、エルザちゃんだって大概よ」
瞳のきらめき。
「こんなのイヤだっていう割に、ちょっと誘ったら簡単に受け入れちゃうのね?」
残酷なまでに情欲を誘ってくる言葉を放つ。
「ほんとかわいいんだから」
首すじから肩のラインを撫でられる。
びくりとする間もなく頬に手をそえられ、また口づけられる。
本心をまるで見透かしたかのような言い方だが、実際本心だ。
ここは魔物も含めあらゆるものから隔絶され、かつ好きな人と二人の世界、とも言える。
こんなお膳立てすらされている状況で嫌だと思う理由なんて、正直どこにもないのだ。
だってもしかしたらこれでもう一生外に出られないのかもしれないし。
「シルビアさんには負けるよ」
つぶやき声が届いているのかわからなかったのは、
シルビアさんが私の鉄の胸当てを外した際に、存外大きな音が出たからだ。
僅かに残った理性で肚をくくることを決めるが、そもそもそんな必要などないことにすぐに気づいた。
だってただ、雰囲気に呑まれるだけで良いのだから。
邪魔な防具だけを取り払い、ぎゅっと抱きしめられる。
「柔らかいわね」
「うん」
「こんな女の子も戦わなきゃならないなんて、イヤな世の中だわ」
「うん。でも」
改めて、シルビアさんの背中に手をまわす。
普段の立ち振る舞いからはギャップすら感じるほどのごつごつとした感触。
シルビアさんもやはり男性なのだ、と感想を持つのと同じくらい、幸せを感じてしまう。
「シルビアさんたちがどうにかしてくれるんでしょ。私、信じてる」
「アタシはお手伝いしてるだけよ。…でも嬉しいわ」
「そのためにも」
「早くここを出ましょう」
もはや言い訳のように建前を乱発しては頷き合い、またキスをする。
舌を絡め吐息と時折声を洩らす。
甘ったるい。
なんだか、どんどんだめな方に転がっていくような気がするけれど、それすら快楽に限りなく近く、心地良い。
シルビアさんも多分同じだろう、というよりもある意味私以上に雰囲気に酔いやすいところがある気がする。
…それでも必要であれば当然とばかりに自律できるのが彼の凄さでもあるのだが。
でも、もしかして、今はわかっててあえて流されているのでは、だなんて都合の良い事を考えてまた彼が愛しくなる。
「エルザちゃん」
柔らかく、熱っぽいシルビアさんの視線が私を捉える。
その妖艶な美しさに、にぶく杭を打たれたように、私は動けなくなる。
「触っても…」
その時だった。
みし、と何かが、部屋が、動く音がした。
ここに来てしまってから今に至るまでまでなかったことだ。
それだけで甘ったるい雰囲気は消え失せ、自然と警戒の態勢に移行する。
「エルザちゃん、動かないで」
ぴしゃりと言いながら私をかばうように腕に閉じ込めるシルビアさんはやはり優しい。
ピンク色のものよりも現実の変遷を追わねば、ととにかく思い直そうとしたときだった。
爆音と共に、壁が壊れた。
爆発が起き、多少の圧はかかったが、私はもちろんシルビアさんにも怪我はなかった。
そして向こうに。シルビアさんの仲間たちがいた。
つまり、勇者様たち。
「みんな!」
シルビアさんが喜びの声をあげる一方、私はへなへなと力が抜けた。
なんだかんだで助かって安堵したのだ。
だからシルビアさん、慌てないで。
これが所詮一般人の反応です。
「…でも一体どうやって?」
シルビアさんの腕の中で耳をそばだてる。私もすぐに気になったことだ。
いくら私(達)の攻撃能力が乏しいからって、ただの部屋に傷一つつけられないのはおかしいからだ。
「簡単なことじゃ」
ロウさんが呵呵と笑う。
「強力な防護魔法がかかっていた。呪いに近いくらいにのう。
このせいでマルティナにもグレイグにも、破壊どころか壁に傷の一つもつけられんかった。
…しかもワシが分析したには『ある条件』を以て解呪されるようじゃったが、それがどうにもわからん」
「そこで我らが勇者様の出番ってわけだ」
カミュくんの引き継ぎで、勇者様が一歩前に出る。
「うむ。魔法の力自体をなくしてしまえば、あとはどんな解呪条件だろうともはや関係などない」
例の不思議な痣か、と察する。
その力で彼は何度もパーティーの危機を救ったらしい。
「それにしても不思議な力ですわね。まるで物語みたいに都合が」
「結界さえ消えればあとは簡単!!!あたしがイオナズンでぶっ飛ばしたのよ!!!」
セーニャさんが何やらまずいことを言いかけたらしいことを察したベロニカちゃんが声を張り上げ簡潔に話をまとめた。
「なるほど」
「勇者の力様様ですね」
部屋に閉じ込められていた側である私達は、なんとなく頷いた。
何にせよ助かって良かったと思う他ない。
「ところでゴリアテ。なぜいつまでもエルザを抱いている?」
一件落着と思われた矢先、グレイグさまが口を挟む。
「さっきの爆発。
敵かと思ってこの子を咄嗟に庇ったのよ。
お陰で助かったけどね。
でもエルザちゃんがびっくりしちゃって。
かわいい女の子がこんな状態で、普通離せる?」
全体的に真実かつ、全体的に嘘。
そんなレベルの言葉をぬけぬけとシルビアさんは放っていた。
なるほどこれが大人か。
とはいえ自分の名誉を守るためにも当然、私は肯定の意味として黙って頷く。
「なるほど。それならわかるがな」
普通。普通さ。
ここまできたら大人は空気を読んで引き下がる。
なんか余程のことがあったんだなー、と察しても聞かない。
でもグレイグさまはことこういうことに関しては非常に空気が読めないタイプらしい。
なぜかつっこんできた。
「エルザがいつもの防具をつけていない。何かあったと普通は思うだろう」
「なっ…!」
シルビアさんも色を失う。
その他の人たちはいたたまれなくなって目をそらす。異常に鈍い一人を除いて。
セーニャさんですら察してるのに。
セーニャさんですら察してるのに。
「…わかったわよ。話すわよ」
完全にふてたシルビアさんは、例の紙を丸めたものをグレイグさまの額めがけて投げつける。
しかし彼の狙い通りとはいかずグレイグさまはしっかりと(かっこよく)キャッチした。
広げる。
「な…!なんとふしだらな!」
「いいこと?
アタシは脱出するためにできることをやろうとしたし、エルザちゃんは協力してくれたの。
誰からも責められるいわれなんか」
「『セッ』」
「声ばっかデカイのよバカ男」
そしてマルティナさんの延髄蹴りが見事に決まった。巨体が吹き飛び、倒れ込んだ。
その拍子に落ちた紙片を彼女が拾い、読む。
「ふうん」
小悪魔は美しい顔に楽しげな笑みを浮かべる。
ゆっくりと私の元に歩み寄ってくる。
「残念だったわね」
意地悪でもなんでもなくただ優しく。
マルティナさんは私とシルビアさんにだけ聞こえるように言う。
私の髪を細い指で梳きながら。
「きっとまたチャンスはあるわよ」
「余計なお世話よ」
くすくすと心底楽しそうにマルティナさんは笑った。
恐らくは彼女なりに励まそうとしてくれたのか。いや何に対する何をという話だが。
これで少なくとも悪意はないのだから、恐ろしい。いやほんとに。
こうして謎の部屋から無事シルビアさんと私は生還したが、心には少なからず傷は残った。
その間一応見張りはしていたが、恐ろしいくらいに何もなかった。
勇者様たちの救助も、敵襲も、私たちが立てる以外の物音一つさえ。
こんな異様な空間でなければむしろ平和で上々なのだが、今この状態ではとにかく不安を煽るだけだ。
「これは本当にあの紙の言うとおりにしないと出られないのかも知れないわね」
先ほどまで仮眠を取り多少すっきりした顔のシルビアさんが、
今度は私の反対側に座って、くしゃくしゃになったメモに目をやる。
彼が寝ている間、私が暇に任せて何度も確認したが文面は変わらず『セックスしないと出られない部屋』だったため、
ついイライラして丸めて投げてしてしまったのだ。
…破らなかっただけ冷静なんだと主張はしたい。
沈黙。
今までシルビアさんとそういうことはないわけではなかった。
というか、(そもそも彼がどう思っているかは別として)
私としてはシルビアさんのことは大好きだし普通に抱かれたい。
むしろもっとお気楽な状況などであれば、大きなチャンスとすら捉えたかもしれない。
いやしかしそれでも。
「私…嫌だよ、こんなの」
いずれにしてもそういう問題ではなかった。
何者かも知れない者の何かもわからない思惑に、感情ごと弄ばれているみたいでただ嫌悪感しかない。
「アタシだって嫌よ。だってもっと…」
シルビアさんは言葉を濁す。
彼の真意は常に謎に包まれている。
最終的な目的は大抵彼にとっての正義に繋がることはわかるのだけど…。
そこに至るまでの過程自体は完全にブラックボックス。
しかし、それがまたミステリアスな魅力に繋がるのも事実である。
「でも、ねえ?」
そして今がまさにそれだった。
わけのわからない時のシルビアさん。
今しがた嫌って言った口ではいなどと素直に返事する。
「エルザちゃん、こっち見て」
もう一度返事をしてゆっくりと振り向くと、シルビアさんがベッドの上から寄ってきていた。
「汗臭くてごめんね」
それだけ言って、ゆったりとキスを迫られる。されるがままに応じる。
彼の言うとおり汗の臭いはしたが、嫌とは思わない。
むしろ興奮剤になりそうだ。
…そんな変態みたいなこと、絶対に言えないけど。
「ぜんぜん、だいじょぶ、です」
とはいえただ黙っているわけにもいかなかったので、一度離れた時にそう言って彼の背中に手を回すことにした。
シルビアさんは満足そうに微笑んで、また口づける。
汗の臭い。
くたりと甘ったるく酔いそうになる。
どちらからともなく舌を絡める。
お互い嫌だと言ったばかりなのになんでこんなことに。
でもこの決意の挫折は、なぜだろう。
たまらなく心地よかった。
「…シルビアさんともあろう人が、あんな紙の言うとおりにしちゃうんですか?」
「エルザちゃんがイヤならいいのよ。アタシが脱出する手段として試したいだけ」
「ズルい。その言い方はズルい」
「大人はズルいの。知らなかった?」
唇を軽く舐められる。
「それにアタシに言わせれば、エルザちゃんだって大概よ」
瞳のきらめき。
「こんなのイヤだっていう割に、ちょっと誘ったら簡単に受け入れちゃうのね?」
残酷なまでに情欲を誘ってくる言葉を放つ。
「ほんとかわいいんだから」
首すじから肩のラインを撫でられる。
びくりとする間もなく頬に手をそえられ、また口づけられる。
本心をまるで見透かしたかのような言い方だが、実際本心だ。
ここは魔物も含めあらゆるものから隔絶され、かつ好きな人と二人の世界、とも言える。
こんなお膳立てすらされている状況で嫌だと思う理由なんて、正直どこにもないのだ。
だってもしかしたらこれでもう一生外に出られないのかもしれないし。
「シルビアさんには負けるよ」
つぶやき声が届いているのかわからなかったのは、
シルビアさんが私の鉄の胸当てを外した際に、存外大きな音が出たからだ。
僅かに残った理性で肚をくくることを決めるが、そもそもそんな必要などないことにすぐに気づいた。
だってただ、雰囲気に呑まれるだけで良いのだから。
邪魔な防具だけを取り払い、ぎゅっと抱きしめられる。
「柔らかいわね」
「うん」
「こんな女の子も戦わなきゃならないなんて、イヤな世の中だわ」
「うん。でも」
改めて、シルビアさんの背中に手をまわす。
普段の立ち振る舞いからはギャップすら感じるほどのごつごつとした感触。
シルビアさんもやはり男性なのだ、と感想を持つのと同じくらい、幸せを感じてしまう。
「シルビアさんたちがどうにかしてくれるんでしょ。私、信じてる」
「アタシはお手伝いしてるだけよ。…でも嬉しいわ」
「そのためにも」
「早くここを出ましょう」
もはや言い訳のように建前を乱発しては頷き合い、またキスをする。
舌を絡め吐息と時折声を洩らす。
甘ったるい。
なんだか、どんどんだめな方に転がっていくような気がするけれど、それすら快楽に限りなく近く、心地良い。
シルビアさんも多分同じだろう、というよりもある意味私以上に雰囲気に酔いやすいところがある気がする。
…それでも必要であれば当然とばかりに自律できるのが彼の凄さでもあるのだが。
でも、もしかして、今はわかっててあえて流されているのでは、だなんて都合の良い事を考えてまた彼が愛しくなる。
「エルザちゃん」
柔らかく、熱っぽいシルビアさんの視線が私を捉える。
その妖艶な美しさに、にぶく杭を打たれたように、私は動けなくなる。
「触っても…」
その時だった。
みし、と何かが、部屋が、動く音がした。
ここに来てしまってから今に至るまでまでなかったことだ。
それだけで甘ったるい雰囲気は消え失せ、自然と警戒の態勢に移行する。
「エルザちゃん、動かないで」
ぴしゃりと言いながら私をかばうように腕に閉じ込めるシルビアさんはやはり優しい。
ピンク色のものよりも現実の変遷を追わねば、ととにかく思い直そうとしたときだった。
爆音と共に、壁が壊れた。
爆発が起き、多少の圧はかかったが、私はもちろんシルビアさんにも怪我はなかった。
そして向こうに。シルビアさんの仲間たちがいた。
つまり、勇者様たち。
「みんな!」
シルビアさんが喜びの声をあげる一方、私はへなへなと力が抜けた。
なんだかんだで助かって安堵したのだ。
だからシルビアさん、慌てないで。
これが所詮一般人の反応です。
「…でも一体どうやって?」
シルビアさんの腕の中で耳をそばだてる。私もすぐに気になったことだ。
いくら私(達)の攻撃能力が乏しいからって、ただの部屋に傷一つつけられないのはおかしいからだ。
「簡単なことじゃ」
ロウさんが呵呵と笑う。
「強力な防護魔法がかかっていた。呪いに近いくらいにのう。
このせいでマルティナにもグレイグにも、破壊どころか壁に傷の一つもつけられんかった。
…しかもワシが分析したには『ある条件』を以て解呪されるようじゃったが、それがどうにもわからん」
「そこで我らが勇者様の出番ってわけだ」
カミュくんの引き継ぎで、勇者様が一歩前に出る。
「うむ。魔法の力自体をなくしてしまえば、あとはどんな解呪条件だろうともはや関係などない」
例の不思議な痣か、と察する。
その力で彼は何度もパーティーの危機を救ったらしい。
「それにしても不思議な力ですわね。まるで物語みたいに都合が」
「結界さえ消えればあとは簡単!!!あたしがイオナズンでぶっ飛ばしたのよ!!!」
セーニャさんが何やらまずいことを言いかけたらしいことを察したベロニカちゃんが声を張り上げ簡潔に話をまとめた。
「なるほど」
「勇者の力様様ですね」
部屋に閉じ込められていた側である私達は、なんとなく頷いた。
何にせよ助かって良かったと思う他ない。
「ところでゴリアテ。なぜいつまでもエルザを抱いている?」
一件落着と思われた矢先、グレイグさまが口を挟む。
「さっきの爆発。
敵かと思ってこの子を咄嗟に庇ったのよ。
お陰で助かったけどね。
でもエルザちゃんがびっくりしちゃって。
かわいい女の子がこんな状態で、普通離せる?」
全体的に真実かつ、全体的に嘘。
そんなレベルの言葉をぬけぬけとシルビアさんは放っていた。
なるほどこれが大人か。
とはいえ自分の名誉を守るためにも当然、私は肯定の意味として黙って頷く。
「なるほど。それならわかるがな」
普通。普通さ。
ここまできたら大人は空気を読んで引き下がる。
なんか余程のことがあったんだなー、と察しても聞かない。
でもグレイグさまはことこういうことに関しては非常に空気が読めないタイプらしい。
なぜかつっこんできた。
「エルザがいつもの防具をつけていない。何かあったと普通は思うだろう」
「なっ…!」
シルビアさんも色を失う。
その他の人たちはいたたまれなくなって目をそらす。異常に鈍い一人を除いて。
セーニャさんですら察してるのに。
セーニャさんですら察してるのに。
「…わかったわよ。話すわよ」
完全にふてたシルビアさんは、例の紙を丸めたものをグレイグさまの額めがけて投げつける。
しかし彼の狙い通りとはいかずグレイグさまはしっかりと(かっこよく)キャッチした。
広げる。
「な…!なんとふしだらな!」
「いいこと?
アタシは脱出するためにできることをやろうとしたし、エルザちゃんは協力してくれたの。
誰からも責められるいわれなんか」
「『セッ』」
「声ばっかデカイのよバカ男」
そしてマルティナさんの延髄蹴りが見事に決まった。巨体が吹き飛び、倒れ込んだ。
その拍子に落ちた紙片を彼女が拾い、読む。
「ふうん」
小悪魔は美しい顔に楽しげな笑みを浮かべる。
ゆっくりと私の元に歩み寄ってくる。
「残念だったわね」
意地悪でもなんでもなくただ優しく。
マルティナさんは私とシルビアさんにだけ聞こえるように言う。
私の髪を細い指で梳きながら。
「きっとまたチャンスはあるわよ」
「余計なお世話よ」
くすくすと心底楽しそうにマルティナさんは笑った。
恐らくは彼女なりに励まそうとしてくれたのか。いや何に対する何をという話だが。
これで少なくとも悪意はないのだから、恐ろしい。いやほんとに。
こうして謎の部屋から無事シルビアさんと私は生還したが、心には少なからず傷は残った。