プリンではない
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「グレイグさん来ないけど…大丈夫なの?」
「大丈夫よ。あの程度グレイグならどうってことないわ」
怒ったシルビアさんの恐ろしさを再認識しつつそれからしばらく歩いた。
おとめのジャスティスを食らったデルカダール将軍の状態は不明。
道中から現状に至るまで一切の魔物と出くわしていないし、恐らく心配はないと思う。
…斃れたのでなければの話だけれど。
と、その時だ。
「ねえ。なんか、におわない?」
甘ったるい匂いに、この場にいる全員が覚えがあった。まだ新しい記憶にあるほど強烈ではないが、全く同じ部類のにおい。
「とうとう『チョコレートちゃん』とご対面ってことね」
シルビアさんはどうにも好奇心を抑えきれないようだ。
正体不明の魔物を『チョコレートちゃん』とあだ名して、そいつの登場を今か今かと待ち構える。
べちょん、と粘度の高い液体が滴り落ちた。
「二人とも!上よ!」
ベロニカちゃんは言うが早いか、メラミをそちらに向けて発射する。
戦闘は可能だとはいっても、この空間はそもそもそこまで広くない。
いかに彼女といえど、範囲が広く仲間を巻き込みかねない上級魔法は簡単に使えなかった。
「ぬばああああ!!!」
粘着質な吠え声。
先ほどよりも大きな水音。
ばちゃんとメラミに追われ本体が落ちてくる。
なるほど確かに、匂いのとおりそいつはお菓子のような見た目だった。
ただし、体色は白かったが。
そしてお菓子の魔物といえば聞こえはいいが、そいつは半分溶けかかって見映えは正直悪かった。
どちらかというと、チョコレートというよりもへたった生クリームかアイスクリームとでも言う方が近いかも知れない。
そこに穴が開いたように虚ろで真っ黒な目と口がついている。
「これが『チョコレートちゃん』…」
「確かにこんなのに襲われたらトラウマにもなるわね…」
べちょ、ぐちゅと蠢く謎の魔物。
匂いが一段ときつくなる。
通常なら食欲を誘う香りのはずだが、今ばかりは全くそそられない。
「あ、あー!わかったわ、エルザちゃん、ベロニカちゃん」
シルビアさんが叫んだ。
と言っても、それは今日の昼ごはんが何だったかを思い出したかのような、そんな他愛のないレベルのもの。
少なくとも敵を前にあげるものではない。
通常ならば。
「ノクトちゃん――あ、アタシのお友だちね――がちょうどこんな感じの魔物ちゃんと戦ったって、聞いたことがあるの。
武器攻撃はあまり効かなくて、魔法に弱くてそれで――、えぇとなんて名前だったかしら」
業を煮やしたのだろうか、シルビアさん目掛けて謎の粘液を飛ばして攻撃する『チョコレートちゃん』。
しかし正面から単純に攻撃したところで相手はシルビアさんだ。当たるはずもない。
タップダンスの必要すらないとひらりと華麗にそれを躱しながら、彼は思い出せたと得意げにと笑う。
「そう、確か。プリンちゃん!」
「チョコレートですらない!」
今までの流れをまるきり無視した本名(?)に思わずツッコミを入れた。
「細かいことはいいわよ。どちらにしてもカワイイ名前じゃない」
確かにシルビアさんがいかにも好きそうなネーミングではある。
ベロニカちゃんもそれに力強く賛同する。
「そうね。倒しちゃえば一緒だし…あたしにはおあつらえ向きだわ!」
勝ち気な性格を丸出しに、ベロニカちゃんは再び杖に魔力を込める。
一口にメラミと言っても彼女のそれは私のとは物が違う。色形こそ似ているが、威力はケタ違いだ。悔しくもならないほどの才能の差である。
そんな火球を、容赦なくプリン(仮)にぶつける。
「ノクトちゃんを信用してないわけじゃないけど、試すくらいはいいわよね…エルザちゃん!」
「はい!」
毎度のことながらシルビアさんに名前を呼んでもらえることに感動を覚えながら、バイキルトを唱える。
攻撃力倍加の魔力を受けたことを確認するが早いか、シルビアさんは走り込みながら剣を抜く。
一閃。
薙いだ音すら優雅に聞こえる、鋭く疾い剣技。
プリン(仮)はたまらず、真っ二つになる。
断末魔すら遺さず。
あまりに美しい流れ。
その一部になれたことを私は嬉しく思う。が。肝心のシルビアさんは不満げだった。
「…手応えがなかったわね」
怪訝に眉を寄せて呟き、しかし素早く次の判断。
恐らく自分の勘に従って、シルビアさんは振り向く。
その時には準備していた短剣を投擲していた。
恐ろしいまでに速い短剣は、狙い通りプリン(仮)の身体を貫かんとする。
しかし、ただでやられるそいつではなかった。
「ぬば!!」
気持ちの悪い気合と共に、プリン(仮)の身体にぽっかりと穴が開いた。
それはシルビアさんのエモノによって発生したものでは、もちろんなかった。
短剣はプリン(仮)に傷一つつけることなく即席のトンネルを抜けていく。やがて洞窟の壁にぶつかり、ふつうに音を立てて落下した。
自らを変形させる、だなんて不定形な魔物だからこそできるぶっとんだ回避術だ。
先程の剣での一撃も抵抗なく斬られたように見せかけて同じ手口で躱しおおせたのだろう。
「なるほど。武器攻撃が効かないってこういうことね…」
「シルビアさん!!」
シルビアさんの頭では、恐らくもうすでに次の立ち回りの計算が始まっていたことだろう。
しかし、それが隙となった。
そして私もベロニカちゃんも気づけなかった。
本当はプリン(仮)は、恐らく最初に真っ二つにされたときから、元に戻っていなかったのだ。
「きゃっ」
「シルビアさん!!」
思わずと言った感じでシルビアさんが悲鳴をあげる。
死角から、分離したままのプリン(仮)が彼の顔目がけて体当りしたのだ。
半分液状の身体はシルビアさんのきれいな顔に傷こそつけなかったが、しっかり白く汚す。
「何よこれ…あまいっ…!?!?」
追撃。
プリン(仮)のもう一つの身体が、今度はシルビアさんに頭から覆い被さる。
さすがの彼も頭から意思を持った粘液を浴びてはなす術も無く。
バランスを崩し、尻もちをついてしまう。
「シルビアさん、大丈夫!?」
ベロニカちゃんが訊ねる。
「ええ、大丈夫…大丈夫だけど…身体に力が入らないの…」
プリン(仮)を頭に乗せたままシルビアさんは受け答えをする。
白い粘液まみれて動けなくなっているという具体的な被害さえ除けば彼は比較的平気そうだった。
「あとなんていうか…すっごく屈辱的よ…」
しかし言いにくそうにするその言葉の通り、若干涙目になっている。
「そ、そうでしょうね…」
ベロニカちゃんも同情的に頷いた。
助けなきゃ、と思う。
けれども、なぜだか足が動かない。
この光景に恐怖を覚えているのだろうかと思ったが、どうも違うことを知覚した。
体温が、上がる。
「ようやく追いついたと思ったら…なんだこの地獄絵図は」
「グレイグさま…」
結局あれから自分で回復したのかどうかは知らないが、とにかくグレイグさまは無傷だった。
しかしそんなことなど気にとめることすらできなかった私は、ただ少なくとも二人には言えない心中を吐露する。
「どうしよう…ドキドキする」
「何を言っている」
「だって…シルビアさんがあんな…すごいえっちで…無理尊い」
「俺にはおっさんが粘液まみれになっているようにしか見えんが」
「抱かれ…いやいっそ抱きたい」
「まさか魅了か?魅了状態だなエルザ?何がどうしてそうなったか知らないが、俺は容赦せんぞ」
こうして私はグレイグさまに剣の柄で叩かれた。ごちーんと。
「ありがとうございます…」
シルビアさんのツッコミに較べたらずっと手荒いけれど、とにかく正気を取り戻すことはできた。
しかし、しばらく残りそうな痛みだった。
「一体何のためのマスカレード装備だ」
「えへへへ…」
呆れ顔のグレイグさまにいかにシルビアさんの魅力は恐ろしいか小一時間ほど熱弁したかったが、今度はげんこつでは済まなさそうなので自重することにした。
笑って誤魔化し、しかしまだ駆けつけたばかりで状況を把握しきれていないであろう彼に一通りの説明をする。
「武器が効かないか…。いやそうとも限らんぞ、俺に考えがある」
ひどく自信有りげに言うから期待して、続きを促す。
「何、単純な話だ。魔法で固めてやれば良い。…まずはエルザ、お前はベロニカをこちらに。それからプリン(仮)をゴリアテから引き剥がしてやれ」
「グレイグさまじゃなくていいんですか?」
「俺がやっても構わんがな!ゴリアテごと斬り捨てて良いのであればな」
大人気ない(ことはない)恨みを垣間見せながら、しかしそれが理に適っていたのもまた事実だった。
「それはさすがに困るのでやりマース」
私ならいつだってシルビアさんを傷付けないように細心の注意を払うことができる。
グレイグさまもそこまで理解した上で私にこの役割をくれたのだろう。
取り出した杖を手の中でくるくると回し、火のフォースを発動する。
シルビアさんやグレイグさまの攻略法をいい感じに統合すると、属性攻撃ならば通るのではないかという仮説が立った。
…あの投げナイフみたいな躱し方をされては意味がないが。
もっとも、シルビアさんとプリン(仮)を引き離すことが目的なので、それはそれで正解だった。
「ベロニカちゃん、お疲れさま。グレイグさまが呼んでるから交代してくれる?」
「え、うん…」
シルビアさんを助けようとするもしかし、彼を巻き込んでしまうことを懸念して魔法を使えなかった魔法使いに声をかける。
「っていうかエルザあんた今まで何してたの?」
「えー、ちょっと、うん…」
魅了されてましたとも言えず、適当にはぐらかす。
「アタシのことは大丈夫よ、ありがとうベロニカちゃん。だから、グレイグの方へ」
「う、うん…!」
先程まで涙目だったのに、にっこりと笑うシルビアさん。
それは、ベロニカちゃんを心配させまいとする気丈なおとめを思わせた。
ただし私には別の何かに見えた。
「えっと…」
「エルザちゃん。今日はアタシがお姫様」
粘液まみれの顔で尚、いやだからこそか妖艶に笑ってみせられ、息を呑む。
頭が一気にピンク色に染まっていく。
シルビアさんがどういう感情でそう言ったのか、もう察することもできない。
「ね?助けてちょうだい」
「は、い…」
くらくらとした頭で杖を構える。
削られた思考力でも上から殴りつけるのはシルビアさんにダメージがいくから駄目だということくらいはわかる。
横に杖を構えてスイングさせるのが妥当だろう。
少なくとも、シルビアさんに当てる形での失敗だけは、絶対に許されない。
「んっ!」
できるだけ小さな動きで、プリン(仮)を殴りつける。
「ぬ!?」
攻撃はよくも悪くも当たらなかった。
私が失敗にびびって、目測を誤ったからだ。
しかし、びびったのは魔物も同じだった。
べちゃんと今まで取り付いていたといっても過言でなかったシルビアさんから素早く離れる。
結果としては上々。
私の役割は終わり、ベロニカちゃんに出番を譲る。
「そっちにいったよ!」
「オッケーエルザ!あとは任せて!」
その瞬間、冷気が走る。
ベロニカちゃんが魔法を唱えたのは明らかだった。
ヒャダルコにより、この洞窟内の気温が一気に下がる。
しかし、圧倒的というわけではない。
強いて言えばチョコレートが冷えて固まりはじめる、そんな程度だ。
ターゲットたるプリン(仮)の周囲に限っては、そんなことはないのだろうが。
そして半分液体だったような魔物の動きが、鈍くなり、やがて固まる。
匂いといい、もはやそういう形をした菓子にしか見えなかった。
「今よ!料理しちゃって、グレイグさん!」
「任せろ!初挑戦だ!」
なぜかウキウキした口調で地獄のような宣言をするグレイグさまは巨大な剣を掲げる。
「チョコレートは最初に刻むそうだな」
ひと振りふた振りみ振り…とその全てが必殺級の力で、グレイグさまは固まったプリン(仮)を斬りまくる。
天下無双の大技にこんな応用があったなんてー、と元上司のボケに普段なら乗るけれど、今ばかりはシルビアさんへの負い目から無理だった。
ほどなく固形のままバラバラになったプリン(仮)は、念の為ベロニカちゃんによって焼かれる。
こうして街を襲った謎の魔物の片割れは、無事退治されたのであった。
「大丈夫よ。あの程度グレイグならどうってことないわ」
怒ったシルビアさんの恐ろしさを再認識しつつそれからしばらく歩いた。
おとめのジャスティスを食らったデルカダール将軍の状態は不明。
道中から現状に至るまで一切の魔物と出くわしていないし、恐らく心配はないと思う。
…斃れたのでなければの話だけれど。
と、その時だ。
「ねえ。なんか、におわない?」
甘ったるい匂いに、この場にいる全員が覚えがあった。まだ新しい記憶にあるほど強烈ではないが、全く同じ部類のにおい。
「とうとう『チョコレートちゃん』とご対面ってことね」
シルビアさんはどうにも好奇心を抑えきれないようだ。
正体不明の魔物を『チョコレートちゃん』とあだ名して、そいつの登場を今か今かと待ち構える。
べちょん、と粘度の高い液体が滴り落ちた。
「二人とも!上よ!」
ベロニカちゃんは言うが早いか、メラミをそちらに向けて発射する。
戦闘は可能だとはいっても、この空間はそもそもそこまで広くない。
いかに彼女といえど、範囲が広く仲間を巻き込みかねない上級魔法は簡単に使えなかった。
「ぬばああああ!!!」
粘着質な吠え声。
先ほどよりも大きな水音。
ばちゃんとメラミに追われ本体が落ちてくる。
なるほど確かに、匂いのとおりそいつはお菓子のような見た目だった。
ただし、体色は白かったが。
そしてお菓子の魔物といえば聞こえはいいが、そいつは半分溶けかかって見映えは正直悪かった。
どちらかというと、チョコレートというよりもへたった生クリームかアイスクリームとでも言う方が近いかも知れない。
そこに穴が開いたように虚ろで真っ黒な目と口がついている。
「これが『チョコレートちゃん』…」
「確かにこんなのに襲われたらトラウマにもなるわね…」
べちょ、ぐちゅと蠢く謎の魔物。
匂いが一段ときつくなる。
通常なら食欲を誘う香りのはずだが、今ばかりは全くそそられない。
「あ、あー!わかったわ、エルザちゃん、ベロニカちゃん」
シルビアさんが叫んだ。
と言っても、それは今日の昼ごはんが何だったかを思い出したかのような、そんな他愛のないレベルのもの。
少なくとも敵を前にあげるものではない。
通常ならば。
「ノクトちゃん――あ、アタシのお友だちね――がちょうどこんな感じの魔物ちゃんと戦ったって、聞いたことがあるの。
武器攻撃はあまり効かなくて、魔法に弱くてそれで――、えぇとなんて名前だったかしら」
業を煮やしたのだろうか、シルビアさん目掛けて謎の粘液を飛ばして攻撃する『チョコレートちゃん』。
しかし正面から単純に攻撃したところで相手はシルビアさんだ。当たるはずもない。
タップダンスの必要すらないとひらりと華麗にそれを躱しながら、彼は思い出せたと得意げにと笑う。
「そう、確か。プリンちゃん!」
「チョコレートですらない!」
今までの流れをまるきり無視した本名(?)に思わずツッコミを入れた。
「細かいことはいいわよ。どちらにしてもカワイイ名前じゃない」
確かにシルビアさんがいかにも好きそうなネーミングではある。
ベロニカちゃんもそれに力強く賛同する。
「そうね。倒しちゃえば一緒だし…あたしにはおあつらえ向きだわ!」
勝ち気な性格を丸出しに、ベロニカちゃんは再び杖に魔力を込める。
一口にメラミと言っても彼女のそれは私のとは物が違う。色形こそ似ているが、威力はケタ違いだ。悔しくもならないほどの才能の差である。
そんな火球を、容赦なくプリン(仮)にぶつける。
「ノクトちゃんを信用してないわけじゃないけど、試すくらいはいいわよね…エルザちゃん!」
「はい!」
毎度のことながらシルビアさんに名前を呼んでもらえることに感動を覚えながら、バイキルトを唱える。
攻撃力倍加の魔力を受けたことを確認するが早いか、シルビアさんは走り込みながら剣を抜く。
一閃。
薙いだ音すら優雅に聞こえる、鋭く疾い剣技。
プリン(仮)はたまらず、真っ二つになる。
断末魔すら遺さず。
あまりに美しい流れ。
その一部になれたことを私は嬉しく思う。が。肝心のシルビアさんは不満げだった。
「…手応えがなかったわね」
怪訝に眉を寄せて呟き、しかし素早く次の判断。
恐らく自分の勘に従って、シルビアさんは振り向く。
その時には準備していた短剣を投擲していた。
恐ろしいまでに速い短剣は、狙い通りプリン(仮)の身体を貫かんとする。
しかし、ただでやられるそいつではなかった。
「ぬば!!」
気持ちの悪い気合と共に、プリン(仮)の身体にぽっかりと穴が開いた。
それはシルビアさんのエモノによって発生したものでは、もちろんなかった。
短剣はプリン(仮)に傷一つつけることなく即席のトンネルを抜けていく。やがて洞窟の壁にぶつかり、ふつうに音を立てて落下した。
自らを変形させる、だなんて不定形な魔物だからこそできるぶっとんだ回避術だ。
先程の剣での一撃も抵抗なく斬られたように見せかけて同じ手口で躱しおおせたのだろう。
「なるほど。武器攻撃が効かないってこういうことね…」
「シルビアさん!!」
シルビアさんの頭では、恐らくもうすでに次の立ち回りの計算が始まっていたことだろう。
しかし、それが隙となった。
そして私もベロニカちゃんも気づけなかった。
本当はプリン(仮)は、恐らく最初に真っ二つにされたときから、元に戻っていなかったのだ。
「きゃっ」
「シルビアさん!!」
思わずと言った感じでシルビアさんが悲鳴をあげる。
死角から、分離したままのプリン(仮)が彼の顔目がけて体当りしたのだ。
半分液状の身体はシルビアさんのきれいな顔に傷こそつけなかったが、しっかり白く汚す。
「何よこれ…あまいっ…!?!?」
追撃。
プリン(仮)のもう一つの身体が、今度はシルビアさんに頭から覆い被さる。
さすがの彼も頭から意思を持った粘液を浴びてはなす術も無く。
バランスを崩し、尻もちをついてしまう。
「シルビアさん、大丈夫!?」
ベロニカちゃんが訊ねる。
「ええ、大丈夫…大丈夫だけど…身体に力が入らないの…」
プリン(仮)を頭に乗せたままシルビアさんは受け答えをする。
白い粘液まみれて動けなくなっているという具体的な被害さえ除けば彼は比較的平気そうだった。
「あとなんていうか…すっごく屈辱的よ…」
しかし言いにくそうにするその言葉の通り、若干涙目になっている。
「そ、そうでしょうね…」
ベロニカちゃんも同情的に頷いた。
助けなきゃ、と思う。
けれども、なぜだか足が動かない。
この光景に恐怖を覚えているのだろうかと思ったが、どうも違うことを知覚した。
体温が、上がる。
「ようやく追いついたと思ったら…なんだこの地獄絵図は」
「グレイグさま…」
結局あれから自分で回復したのかどうかは知らないが、とにかくグレイグさまは無傷だった。
しかしそんなことなど気にとめることすらできなかった私は、ただ少なくとも二人には言えない心中を吐露する。
「どうしよう…ドキドキする」
「何を言っている」
「だって…シルビアさんがあんな…すごいえっちで…無理尊い」
「俺にはおっさんが粘液まみれになっているようにしか見えんが」
「抱かれ…いやいっそ抱きたい」
「まさか魅了か?魅了状態だなエルザ?何がどうしてそうなったか知らないが、俺は容赦せんぞ」
こうして私はグレイグさまに剣の柄で叩かれた。ごちーんと。
「ありがとうございます…」
シルビアさんのツッコミに較べたらずっと手荒いけれど、とにかく正気を取り戻すことはできた。
しかし、しばらく残りそうな痛みだった。
「一体何のためのマスカレード装備だ」
「えへへへ…」
呆れ顔のグレイグさまにいかにシルビアさんの魅力は恐ろしいか小一時間ほど熱弁したかったが、今度はげんこつでは済まなさそうなので自重することにした。
笑って誤魔化し、しかしまだ駆けつけたばかりで状況を把握しきれていないであろう彼に一通りの説明をする。
「武器が効かないか…。いやそうとも限らんぞ、俺に考えがある」
ひどく自信有りげに言うから期待して、続きを促す。
「何、単純な話だ。魔法で固めてやれば良い。…まずはエルザ、お前はベロニカをこちらに。それからプリン(仮)をゴリアテから引き剥がしてやれ」
「グレイグさまじゃなくていいんですか?」
「俺がやっても構わんがな!ゴリアテごと斬り捨てて良いのであればな」
大人気ない(ことはない)恨みを垣間見せながら、しかしそれが理に適っていたのもまた事実だった。
「それはさすがに困るのでやりマース」
私ならいつだってシルビアさんを傷付けないように細心の注意を払うことができる。
グレイグさまもそこまで理解した上で私にこの役割をくれたのだろう。
取り出した杖を手の中でくるくると回し、火のフォースを発動する。
シルビアさんやグレイグさまの攻略法をいい感じに統合すると、属性攻撃ならば通るのではないかという仮説が立った。
…あの投げナイフみたいな躱し方をされては意味がないが。
もっとも、シルビアさんとプリン(仮)を引き離すことが目的なので、それはそれで正解だった。
「ベロニカちゃん、お疲れさま。グレイグさまが呼んでるから交代してくれる?」
「え、うん…」
シルビアさんを助けようとするもしかし、彼を巻き込んでしまうことを懸念して魔法を使えなかった魔法使いに声をかける。
「っていうかエルザあんた今まで何してたの?」
「えー、ちょっと、うん…」
魅了されてましたとも言えず、適当にはぐらかす。
「アタシのことは大丈夫よ、ありがとうベロニカちゃん。だから、グレイグの方へ」
「う、うん…!」
先程まで涙目だったのに、にっこりと笑うシルビアさん。
それは、ベロニカちゃんを心配させまいとする気丈なおとめを思わせた。
ただし私には別の何かに見えた。
「えっと…」
「エルザちゃん。今日はアタシがお姫様」
粘液まみれの顔で尚、いやだからこそか妖艶に笑ってみせられ、息を呑む。
頭が一気にピンク色に染まっていく。
シルビアさんがどういう感情でそう言ったのか、もう察することもできない。
「ね?助けてちょうだい」
「は、い…」
くらくらとした頭で杖を構える。
削られた思考力でも上から殴りつけるのはシルビアさんにダメージがいくから駄目だということくらいはわかる。
横に杖を構えてスイングさせるのが妥当だろう。
少なくとも、シルビアさんに当てる形での失敗だけは、絶対に許されない。
「んっ!」
できるだけ小さな動きで、プリン(仮)を殴りつける。
「ぬ!?」
攻撃はよくも悪くも当たらなかった。
私が失敗にびびって、目測を誤ったからだ。
しかし、びびったのは魔物も同じだった。
べちゃんと今まで取り付いていたといっても過言でなかったシルビアさんから素早く離れる。
結果としては上々。
私の役割は終わり、ベロニカちゃんに出番を譲る。
「そっちにいったよ!」
「オッケーエルザ!あとは任せて!」
その瞬間、冷気が走る。
ベロニカちゃんが魔法を唱えたのは明らかだった。
ヒャダルコにより、この洞窟内の気温が一気に下がる。
しかし、圧倒的というわけではない。
強いて言えばチョコレートが冷えて固まりはじめる、そんな程度だ。
ターゲットたるプリン(仮)の周囲に限っては、そんなことはないのだろうが。
そして半分液体だったような魔物の動きが、鈍くなり、やがて固まる。
匂いといい、もはやそういう形をした菓子にしか見えなかった。
「今よ!料理しちゃって、グレイグさん!」
「任せろ!初挑戦だ!」
なぜかウキウキした口調で地獄のような宣言をするグレイグさまは巨大な剣を掲げる。
「チョコレートは最初に刻むそうだな」
ひと振りふた振りみ振り…とその全てが必殺級の力で、グレイグさまは固まったプリン(仮)を斬りまくる。
天下無双の大技にこんな応用があったなんてー、と元上司のボケに普段なら乗るけれど、今ばかりはシルビアさんへの負い目から無理だった。
ほどなく固形のままバラバラになったプリン(仮)は、念の為ベロニカちゃんによって焼かれる。
こうして街を襲った謎の魔物の片割れは、無事退治されたのであった。