デフォルト名は「柚木八重(ゆずきやえ)」です。
悪魔の花嫁
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
放課後の図書室。
アメフト部の手伝いがない日の八重は、相変わらずここで栄養学についての勉強をしている。
ただ一つ、今までと違うのは目の前に座っているまもりの存在だ。
あれからすっかり仲良くなった二人は、図書室で参考書を広げながら一緒に勉強をするようになっていた。
特にまもりは元々料理が趣味で栄養学にも興味があったらしく、八重に質問をしては真剣にメモを取ることもしばしばだ。
勉強の邪魔になってたらごめんね、と謝られたこともあるが、八重としては一人で黙々と鉛筆を走らせていた時よりも勉強が捗っている気がするので、全然邪魔なんかではない。
なにより、時々こっそりオススメの本や気になるお菓子についてお喋りするのがとても楽しかった。
今日も学校近くにオープンした洋菓子屋さんの話で盛り上がっていたのだが、ふと思い出したようにまもりが顔を上げた。
「そういえば、この近くで夏祭りあるよね? 八重ちゃん行ったことある?」
「商店街でやってるやつ? ……昔はよく行ってたけど、最近は行ってないなぁ」
「そっか……ね、それじゃあ今年は一緒に行かない?」
「え? いいの?」
「当たり前じゃない! 八重ちゃんと行けたら楽しそうだなって思って誘ってるんだから!」
思わぬお誘いに八重が目を丸くすると、まもりはにんまりと笑みを浮かべながら人差し指で八重の肩をえいえい!と突っついてきた。
「! うん、私もまもりちゃんと一緒に行きたい!」
「やった! じゃあ決まりね!」
嬉しそうに身を乗り出すまもりにつられて、八重の頬も自然と緩む。
二人でくすくすと笑い合っていると、まもりがはっと何か思い付いたように手を合わせた。
「あ、そうだ。八重ちゃん浴衣持ってる? せっかくなら浴衣着て行くのとかどう?」
「浴衣かぁ……あ、おばあちゃんが持ってるから借りられると思う!」
「え、それ絶対素敵なやつじゃない! いいな〜!」
「えへへ……浴衣着て夏祭りなんて初めてかも……」
「そうなの? じゃあ、二人で張り切っちゃお!」
その後は勉強そっちのけで浴衣に合う髪型や、屋台で何を食べようかなどの話で盛り上がってしまい、見回りの先生に軽く咳払いをされてしまった。
流石に風紀委員であるまもりとこれ以上騒ぐのはよろしくない。
それでも、楽しい気持ちが止められない二人は顔を見合わせ、声を殺して小さく笑い声を零した。
「……絶対忘れないでね!」
「……うん、楽しみだね。ふふふ」
***
お祭りの当日、嬉しそうに笑みを浮かべる祖母に浴衣を着付けてもらい、髪も綺麗に結い上げてもらった八重は、少し慣れない下駄の音を鳴らしながら待ち合わせ場所へと向かった。
「八重ちゃん、こっちこっち!」
「わぁ……!」
ほぼ同時に待ち合わせ場所に到着したまもりを見て、八重は思わず声を上げた。
「まもりちゃん、すっごい可愛い!髪飾りも浴衣に合わせてるんだね!おしゃれ〜!!」
「ありがとう!これお気に入りなの! 八重ちゃんも可愛い!おばあちゃんの浴衣、やっぱり素敵だね!すごい似合ってる!」
「ほんと?うれしい!今日すごい楽しみだったんだ」
「私も!今日はいっぱい楽しもうね!」
「うん!」
すっかりテンションの上がった二人は顔を見合わせて笑い、なにから食べよ〜!と足取り軽く人の流れに沿って歩き出した。
屋台から漂う香ばしい匂いに誘われて焼きそばを買って半分ずつ食べ、ヨーヨーすくいではお互いの浴衣に合った色のヨーヨーを取って大はしゃぎして、暑さを誤魔化すために食べたかき氷のシロップで色の変わった舌を見せて笑い合う。
屋台の提灯が照らす賑やかな人混みの中、初めて友達と歩く夏祭りは八重にとって夢のように楽しい。
だが、二人で次はどこの屋台を見ようかと話し合っている時、突然まもりが少し離れた人混みの中へ視線を向けた。
「⸺え、セナ!?」
「まもりちゃん? どうかした?」
「あ、ごめんね。今、幼馴染がいたんだけど、どうしてここに……もしかして、またパシリにされてるんじゃ……!」
「えぇ!? パ、パシリ!?」
「昔からいじめられやすいの……八重ちゃんごめん! ちょっと声掛けてくるから、ここで待っててもらってもいい?」
「う、うん。わかった! 私は平気だから、早く行ってあげて!」
「ありがとう! すぐ戻るから!」
まもりは申し訳なさそうに眉を下げてそう言うと、人混みの中へ小走りで駆けていく。
慌ただしく人混みの中へと紛れていくまもりの背中を見送りながら、本当に面倒見の良いお姉ちゃんみたいな人だなぁと八重が感心していると⸺
「⸺ひっ!?」
突然、視界が真っ暗になった。
どうやら背後から伸びてきた何者かの大きな手に、すっぽりと目元を覆われたらしい。
驚きで肩を跳ねさせた八重は、咄嗟に防犯ブザーを鳴らそうとしたが……耳元で響く聞き覚えのある笑い声に思わず手を止めた。
「……も、もしかして、蛭魔くん?」
「ケケケッ、よく分かったな」
八重がほっと胸を撫で下ろして振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべた蛭魔が立っている。
「もー心臓止まるかと思っちゃった……こんな所でどうしたの?」
「……ちょっとな。それよりオメーこそ、一人でなにしてやがる」
「私はまもりちゃんと一緒に来たんだけど……ちょっと幼馴染に話しかけに行ってるから、ここで待ってるの」
「へぇー……なるほどな」
もう少しかかるんじゃないかなぁ、とまもりの消えた方角へ顔を向けながら呟いて蛭魔に視線を戻すと、彼はなにやら思い付いた様子で軽く目を細めている。
どうかしたのかと八重が首を傾げていると、蛭魔は八重に向かって片手を差し出してきた。
「……オイ、ちょっと携帯貸せ」
「? はい、どうぞ」
不思議にも思いつつも特に疑うことなく蛭魔の手に携帯電話を置くと、彼は手慣れた様子でボタンを操作して、そのまま耳に当てた。
「……よぉ、糞風紀委員。柚木は俺が預かった!テメーはそのまま幼馴染とよろしくやってろ!ケーケケケケッ!」
「⸺!?」
突然の電話に八重は驚きで固まってしまったのだが、まもりも電話の向こうで驚いているらしい。
『ちょっと!?あなた蛭魔くん!?』と電話越しでも大きな悲鳴が聞こえてくる。
蛭魔はそんなまもりに構うことなく一方的に通話を切ると、そのまま電源ボタンを長押しして自分のポケットへ放り込んでしまった。
まさかまもりに電話をした挙句に誘拐(?)宣言までするとは思わず、呆然と蛭魔を見上げると彼は八重に顔を向けてニヤリと笑った。
「どーせこの人混みじゃ合流なんて無理だろ。待つだけ時間の無駄だ」
「で、でも……」
「いーから行くぞ。向こうは向こうで勝手にさせとけ、ケケケッ」
「えぇぇ……はぁ、しょうがないなぁ……あとでまもりちゃんに謝らないと」
確かに先程よりも人が増えてきているし、この中でまもりを探すのは骨を折りそうだ。
しかも唯一の連絡手段である携帯電話も蛭魔の手の中にある以上、もはや八重に為す術はない。
八重は大きく溜め息をつくと、先に歩き始めてしまった蛭魔の後を追うべく歩き出した。
(……あれ?)
混雑する人混みの中、蛭魔の隣を歩きながら八重はふとある事に気が付いて顔を上げた。
いつもの蛭魔は歩く速度が早いので、八重よりずっと先を行くことが多い。
それこそ、八重が小走りで追いかけなければいけない時もあるくらいなのだが、なぜか今の彼の歩調は慣れない下駄で歩く八重のスピードに合わせてくれているような気がする。
「……蛭魔くん、今日は歩くのゆっくりだね」
「………いつもと変わんねぇよ。オメーの気のせいだろ」
「……そっか、ふふ」
フイッと顔を背けた蛭魔の横顔を見上げ、八重はつい口元を綻ばせた。
しばらく二人で賑やかな通りを進んでいると、八重の目がひとつの屋台の前で止まった。
射的の棚の最上段に置かれた、小さくて茶色いぬいぐるみ。
「ねえねえ、蛭魔くん。あそこにある犬のぬいぐるみ、ケルベロスに似てる」
「……あの射的んとこに並んでるヤツか? ………全然似てねぇだろ」
「えぇ……似てると思うんだけど。茶色くてふかふかなとことか」
思わず足を止めて蛭魔に話しかけたのだが、まったく伝わらないようで思いっきり眉を顰めた彼から呆れた目線を向けられてしまった。
「………前から思ってたけどよ、オメー変なとこで大雑把だよな」
「……んん? 今、もしかして悪口言われた?」
「ケケケッ、さあな」
蛭魔は楽しそうに笑いながらそう言うと、おもむろに屋台の方へと歩いていき店主に声をかけた。
「おい、オッサン。弾と銃寄こせ」
「あいよ、まいどありっ!」
「え、蛭魔くん?」
店主からコルク銃と弾を受け取った蛭魔は、軽い調子でコルク銃を構えると、一切の迷いなくぬいぐるみに狙いを定め引き金を引いた。
パンッ!
1発目の弾が見事命中し、最上段に鎮座していたぬいぐるみがコロリと下に落ちる。
その様子を見た八重が声を上げるよりも先に、蛭魔は手際よくコルク銃に弾を込め、小気味良い音を立てながら近くに並ぶ景品を次々に撃ち落としていく。
「うぉっ!? 兄ちゃんやるなぁ!」
「わ、わ、やったぁ! 蛭魔くんすごい!」
あっという間に全ての弾を命中させてしまった蛭魔に店主は驚きの声を上げ、八重も拍手をしながら飛び上がって歓声を上げた。
「ケーケケケケケッ! こんなモン、目ぇつぶってても余裕だぜ」
「す、すごい……! 流石すぎる……」
「ハハッ言うねえ、兄ちゃん!うちの負けだ、持ってきな!」
店主は撃ち落とされた景品とオマケのお菓子を袋に詰めて、お見事!と笑いながら蛭魔へと手渡した。
「ほらよ」
「え、私が全部貰っていいの?」
「……むしろオメー以外に誰がいんだよ」
「……えへへ、嬉しい。ありがとう蛭魔くん」
「ケケッ、どーいたしまして」
八重が貰った袋を抱き締めてお礼を言うと、蛭魔は素っ気なく視線を逸らして歩きだしてしまった。
おそらく照れ隠しなのであろう彼の行動に、八重は頬を緩ませながらその後を追いかける。
そのまま二人で歩みを進め屋台の並ぶ通りを抜けると、少しずつ人の姿が減っていく。
気が付けば石畳が並ぶゆるやかな坂道を登り、人が一人もいない静かな高台へと辿り着いていた。
「そんなに離れた場所じゃないのに……ここは全然人がいないんだね」
「………この辺りは私有地だからな」
さっきまで人混みや屋台の喧騒であんなに賑やかだったのに、今は遠くからざわめきが聞こえてくるだけだ。
八重が周囲を見回しながら呟くと、蛭魔は前を向いたまま答えた。
「え? 私有地?」
八重が顔を上げた、その瞬間⸺、
ヒュゥゥゥゥ……ッ、ドォン!!!!
眩いばかりの光と大音響が周囲いっぱいに広がった。
驚いた八重が足を止めて空を見上げると、夜空に大きな花火が咲いている。
「!? ……わぁ…凄い迫力! こんな近くで花火見るの初めて!」
「おー、そりゃ良かったな」
予期せぬ大迫力の花火に八重が子供のように歓声を上げてはしゃいでいると、隣でその様子を見ていた蛭魔はふっと小さく笑い声を零した。
次々と打ち上がる花火が、夜空を鮮やかに彩っていく。
八重はしばらく夢中になって花火を見上げていたが、少しだけ静かになった時、空に残る光の残像を見つめながら静かにポツリと呟いた。
「………最後にお祭りに来て花火を見たの、お父さんとお母さんがいる時だったんだ。……今日は来れてよかった。一生の思い出になりそう。ふふふ」
「……そうかよ」
「……うん、本当にどうもありがとう」
両親の事故以来、八重はあまり賑やかな場所へと足を運ぶ気になれず無意識に避けているところがあった。
まもりに誘われ、そして蛭魔に会わなければ、こんな風に楽しくてあたたかい思い出が増えることはなかっただろう。
喜びで胸がいっぱいになった八重は蛭魔へ顔を向けてお礼を伝えると、彼は空を見上げたまま、視線だけを八重の方へとやって目を細めた。
***
そろそろ夜も更けてきたので、遅くなる前に帰宅しようとしたところ、蛭魔が家まで送ってやると言いだした。
「え? 蛭魔くん知ってると思うけど、私の家ここから近いし……わざわざ送ってくれなくても平気だよ?」
「……ゴチャゴチャうるせぇ。これは投資みてーなもんだから黙って受け入れとけ」
「えぇ……投資ってなに……?」
蛭魔の謎の言い分に首を傾げながら、確かに夜道を歩きにくい下駄で歩いて帰るのは危ないかも……と思い直した八重は、素直に彼の提案を受け入れることにした。
「そういえば、蛭魔くんておばあちゃんと会ったことあるんだよね?」
「……あー、糞デブと一緒にな」
「そう!手押し車! その説はお世話になりました」
「ケケケッ、礼なら糞デブにも言ってやれ」
「そこは大丈夫、ちゃんと栗田くんにはお礼とお菓子を渡しています!」
「………ほぉ〜……俺には無かったなぁ?」
「え、蛭魔くん……お菓子食べられるの?」
「……バカにしてんのかテメー」
「し、してないしてない!」
そんな他愛もない話をしながら歩いていると、あっという間に八重の家に到着してしまった。
てっきり家の前でお別れかと思いきや、どうやら蛭魔は祖母に挨拶するつもりらしい。
一体なにを企んでいるのか……と流石の八重も訝しみつつ、ただいまと引き戸を開けて声をかけると、出迎えにやって来た祖母が蛭魔の存在に気付いて目を丸くした。
「おかえりなさい。……あら、妖一くん?」
すると、それまで気怠げに立っていた蛭魔が一瞬で姿勢を正して表情を変え、まるで別人のように爽やかな笑顔を浮かべて祖母に挨拶をし始めた。
「夜分遅くに失礼します。お祭りで柚木さんに偶然会って、夜も遅いので送らせていただきました」
「まぁまぁ、わざわざありがとう! 妖一くんがいてくれて本当に助かるわ!」
「……ぇ。よ、妖一くん……?」
ぎょっとして思わず小さな声で呟いてしまった八重にチラリと視線を寄越した蛭魔は、目だけで“余計なコト言うなよ”とでも言うように圧をかけてくる。
今、目の前で起きている全てが謎すぎて大混乱している八重としては、余計なコトもなにもあったものではない。
蛭魔の変貌ぶりにも驚いているが、祖母が親しげに彼を名前で呼んでいることも驚きである。
「よかったらお茶でも……と思ったけど、流石にこの時間はダメよね。今度、また遊びに来てね。今日は八重のために本当にありがとう」
「いえ、当然のことですから。それでは、これで失礼します。じゃあ柚木さん、また学校で」
「……あ、うん。またね……?」
あまりにも完璧な爽やか好青年モードの蛭魔に、八重は頭にはてなマークを飛ばしながら返事をすると彼は満足げな笑みを残して颯爽と去っていく。
若干の混乱を引き擦りながら、蛭魔の背を見送った八重がガラガラと玄関の戸を閉めると、祖母が喜びを抑えきれないといった様子でニコニコしながら声をかけてきた。
「妖一くんって、本当に優しくて良い子よねぇ」
一瞬、“良い子”という字を辞書で調べたくなった八重だが、胸に抱える沢山の景品やお菓子の入った袋を見て思い直す。
「……うん、そうなの。蛭魔くんってすごい優しいんだよ」
祖母にそう返事をした八重は、抱えていた袋からぬいぐるみをそっと取り出し眺めながら静かに微笑んだ。
***
(あれ、そういえば携帯電話……蛭魔くんが持ってるままなんじゃ……)
ふと思い出して慌てた八重だったが、なんとなく景品の入った袋の感触に違和感を感じる。
まさか、と思い机の上に袋の中身を全て出すと、コロリと赤い携帯電話が転がり出てきた。
「……い、いつの間に……」
全く気付けなかった自分に呆れながら携帯電話の電源を入れたところ、まもりからの着信が結構な数で履歴に残されている。
これはマズいと慌ててまもりに電話をかけた瞬間、ワンコールで取り乱した様子のまもりが出た。
「⸺っ八重ちゃん!一人にして本当にごめんね!あのあと大丈夫だった!? 何もされてない!?」
「ま、まもりちゃん、心配かけてごめんね。私は大丈夫!そっちは平気だった……?」
「よかったぁ……あ、私の方は大丈夫!幼馴染もパシリにされてた訳じゃなかったみたいで、家族と来てたから私も一緒に見てまわったの」
「そうだったんだ! 連絡もできなくて気になってたから、本当によかった……」
てっきり、自分だけがお祭りを楽しんでしまったのではないかと気掛かりだったのだが、話を聞く限りちゃんとまもりも楽しんでいたらしい。
八重も蛭魔に攫われた(?)後、なにがあったのかをまもりに話して、今度はちゃんと二人で遊びに行こう!と話を結び電話を切ったのだった。
***
「今度はスイーツ巡りね!うん、うん!それじゃあ、おやすみなさい」
⸺八重と通話を終えて電話を切ったまもりは、大きく安堵の溜め息を吐き出した。
自分が迂闊に八重を一人にしてしまったせいで、まさか彼女が蛭魔に攫われるとは夢にも思っていなかったが、ちゃんと夏祭りを楽しめたようで本当に良かった。
あの男は八重に対しては比較的まともな対応をするようなので、彼女が酷い目に合わされることはないと分かってはいたものの、それにしたって行動がめちゃくちゃすぎる。
(八重ちゃんと夏祭りに行きたいなら、あんなことしないでちゃんと誘えばいいじゃない!)
傍若無人なだけじゃなく、素直でもないとは本当に捻くれた男だとまもりは呆れたような表情を浮かべながら、もう一度大きく溜め息を吐き出したのだった。
アメフト部の手伝いがない日の八重は、相変わらずここで栄養学についての勉強をしている。
ただ一つ、今までと違うのは目の前に座っているまもりの存在だ。
あれからすっかり仲良くなった二人は、図書室で参考書を広げながら一緒に勉強をするようになっていた。
特にまもりは元々料理が趣味で栄養学にも興味があったらしく、八重に質問をしては真剣にメモを取ることもしばしばだ。
勉強の邪魔になってたらごめんね、と謝られたこともあるが、八重としては一人で黙々と鉛筆を走らせていた時よりも勉強が捗っている気がするので、全然邪魔なんかではない。
なにより、時々こっそりオススメの本や気になるお菓子についてお喋りするのがとても楽しかった。
今日も学校近くにオープンした洋菓子屋さんの話で盛り上がっていたのだが、ふと思い出したようにまもりが顔を上げた。
「そういえば、この近くで夏祭りあるよね? 八重ちゃん行ったことある?」
「商店街でやってるやつ? ……昔はよく行ってたけど、最近は行ってないなぁ」
「そっか……ね、それじゃあ今年は一緒に行かない?」
「え? いいの?」
「当たり前じゃない! 八重ちゃんと行けたら楽しそうだなって思って誘ってるんだから!」
思わぬお誘いに八重が目を丸くすると、まもりはにんまりと笑みを浮かべながら人差し指で八重の肩をえいえい!と突っついてきた。
「! うん、私もまもりちゃんと一緒に行きたい!」
「やった! じゃあ決まりね!」
嬉しそうに身を乗り出すまもりにつられて、八重の頬も自然と緩む。
二人でくすくすと笑い合っていると、まもりがはっと何か思い付いたように手を合わせた。
「あ、そうだ。八重ちゃん浴衣持ってる? せっかくなら浴衣着て行くのとかどう?」
「浴衣かぁ……あ、おばあちゃんが持ってるから借りられると思う!」
「え、それ絶対素敵なやつじゃない! いいな〜!」
「えへへ……浴衣着て夏祭りなんて初めてかも……」
「そうなの? じゃあ、二人で張り切っちゃお!」
その後は勉強そっちのけで浴衣に合う髪型や、屋台で何を食べようかなどの話で盛り上がってしまい、見回りの先生に軽く咳払いをされてしまった。
流石に風紀委員であるまもりとこれ以上騒ぐのはよろしくない。
それでも、楽しい気持ちが止められない二人は顔を見合わせ、声を殺して小さく笑い声を零した。
「……絶対忘れないでね!」
「……うん、楽しみだね。ふふふ」
***
お祭りの当日、嬉しそうに笑みを浮かべる祖母に浴衣を着付けてもらい、髪も綺麗に結い上げてもらった八重は、少し慣れない下駄の音を鳴らしながら待ち合わせ場所へと向かった。
「八重ちゃん、こっちこっち!」
「わぁ……!」
ほぼ同時に待ち合わせ場所に到着したまもりを見て、八重は思わず声を上げた。
「まもりちゃん、すっごい可愛い!髪飾りも浴衣に合わせてるんだね!おしゃれ〜!!」
「ありがとう!これお気に入りなの! 八重ちゃんも可愛い!おばあちゃんの浴衣、やっぱり素敵だね!すごい似合ってる!」
「ほんと?うれしい!今日すごい楽しみだったんだ」
「私も!今日はいっぱい楽しもうね!」
「うん!」
すっかりテンションの上がった二人は顔を見合わせて笑い、なにから食べよ〜!と足取り軽く人の流れに沿って歩き出した。
屋台から漂う香ばしい匂いに誘われて焼きそばを買って半分ずつ食べ、ヨーヨーすくいではお互いの浴衣に合った色のヨーヨーを取って大はしゃぎして、暑さを誤魔化すために食べたかき氷のシロップで色の変わった舌を見せて笑い合う。
屋台の提灯が照らす賑やかな人混みの中、初めて友達と歩く夏祭りは八重にとって夢のように楽しい。
だが、二人で次はどこの屋台を見ようかと話し合っている時、突然まもりが少し離れた人混みの中へ視線を向けた。
「⸺え、セナ!?」
「まもりちゃん? どうかした?」
「あ、ごめんね。今、幼馴染がいたんだけど、どうしてここに……もしかして、またパシリにされてるんじゃ……!」
「えぇ!? パ、パシリ!?」
「昔からいじめられやすいの……八重ちゃんごめん! ちょっと声掛けてくるから、ここで待っててもらってもいい?」
「う、うん。わかった! 私は平気だから、早く行ってあげて!」
「ありがとう! すぐ戻るから!」
まもりは申し訳なさそうに眉を下げてそう言うと、人混みの中へ小走りで駆けていく。
慌ただしく人混みの中へと紛れていくまもりの背中を見送りながら、本当に面倒見の良いお姉ちゃんみたいな人だなぁと八重が感心していると⸺
「⸺ひっ!?」
突然、視界が真っ暗になった。
どうやら背後から伸びてきた何者かの大きな手に、すっぽりと目元を覆われたらしい。
驚きで肩を跳ねさせた八重は、咄嗟に防犯ブザーを鳴らそうとしたが……耳元で響く聞き覚えのある笑い声に思わず手を止めた。
「……も、もしかして、蛭魔くん?」
「ケケケッ、よく分かったな」
八重がほっと胸を撫で下ろして振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべた蛭魔が立っている。
「もー心臓止まるかと思っちゃった……こんな所でどうしたの?」
「……ちょっとな。それよりオメーこそ、一人でなにしてやがる」
「私はまもりちゃんと一緒に来たんだけど……ちょっと幼馴染に話しかけに行ってるから、ここで待ってるの」
「へぇー……なるほどな」
もう少しかかるんじゃないかなぁ、とまもりの消えた方角へ顔を向けながら呟いて蛭魔に視線を戻すと、彼はなにやら思い付いた様子で軽く目を細めている。
どうかしたのかと八重が首を傾げていると、蛭魔は八重に向かって片手を差し出してきた。
「……オイ、ちょっと携帯貸せ」
「? はい、どうぞ」
不思議にも思いつつも特に疑うことなく蛭魔の手に携帯電話を置くと、彼は手慣れた様子でボタンを操作して、そのまま耳に当てた。
「……よぉ、糞風紀委員。柚木は俺が預かった!テメーはそのまま幼馴染とよろしくやってろ!ケーケケケケッ!」
「⸺!?」
突然の電話に八重は驚きで固まってしまったのだが、まもりも電話の向こうで驚いているらしい。
『ちょっと!?あなた蛭魔くん!?』と電話越しでも大きな悲鳴が聞こえてくる。
蛭魔はそんなまもりに構うことなく一方的に通話を切ると、そのまま電源ボタンを長押しして自分のポケットへ放り込んでしまった。
まさかまもりに電話をした挙句に誘拐(?)宣言までするとは思わず、呆然と蛭魔を見上げると彼は八重に顔を向けてニヤリと笑った。
「どーせこの人混みじゃ合流なんて無理だろ。待つだけ時間の無駄だ」
「で、でも……」
「いーから行くぞ。向こうは向こうで勝手にさせとけ、ケケケッ」
「えぇぇ……はぁ、しょうがないなぁ……あとでまもりちゃんに謝らないと」
確かに先程よりも人が増えてきているし、この中でまもりを探すのは骨を折りそうだ。
しかも唯一の連絡手段である携帯電話も蛭魔の手の中にある以上、もはや八重に為す術はない。
八重は大きく溜め息をつくと、先に歩き始めてしまった蛭魔の後を追うべく歩き出した。
(……あれ?)
混雑する人混みの中、蛭魔の隣を歩きながら八重はふとある事に気が付いて顔を上げた。
いつもの蛭魔は歩く速度が早いので、八重よりずっと先を行くことが多い。
それこそ、八重が小走りで追いかけなければいけない時もあるくらいなのだが、なぜか今の彼の歩調は慣れない下駄で歩く八重のスピードに合わせてくれているような気がする。
「……蛭魔くん、今日は歩くのゆっくりだね」
「………いつもと変わんねぇよ。オメーの気のせいだろ」
「……そっか、ふふ」
フイッと顔を背けた蛭魔の横顔を見上げ、八重はつい口元を綻ばせた。
しばらく二人で賑やかな通りを進んでいると、八重の目がひとつの屋台の前で止まった。
射的の棚の最上段に置かれた、小さくて茶色いぬいぐるみ。
「ねえねえ、蛭魔くん。あそこにある犬のぬいぐるみ、ケルベロスに似てる」
「……あの射的んとこに並んでるヤツか? ………全然似てねぇだろ」
「えぇ……似てると思うんだけど。茶色くてふかふかなとことか」
思わず足を止めて蛭魔に話しかけたのだが、まったく伝わらないようで思いっきり眉を顰めた彼から呆れた目線を向けられてしまった。
「………前から思ってたけどよ、オメー変なとこで大雑把だよな」
「……んん? 今、もしかして悪口言われた?」
「ケケケッ、さあな」
蛭魔は楽しそうに笑いながらそう言うと、おもむろに屋台の方へと歩いていき店主に声をかけた。
「おい、オッサン。弾と銃寄こせ」
「あいよ、まいどありっ!」
「え、蛭魔くん?」
店主からコルク銃と弾を受け取った蛭魔は、軽い調子でコルク銃を構えると、一切の迷いなくぬいぐるみに狙いを定め引き金を引いた。
パンッ!
1発目の弾が見事命中し、最上段に鎮座していたぬいぐるみがコロリと下に落ちる。
その様子を見た八重が声を上げるよりも先に、蛭魔は手際よくコルク銃に弾を込め、小気味良い音を立てながら近くに並ぶ景品を次々に撃ち落としていく。
「うぉっ!? 兄ちゃんやるなぁ!」
「わ、わ、やったぁ! 蛭魔くんすごい!」
あっという間に全ての弾を命中させてしまった蛭魔に店主は驚きの声を上げ、八重も拍手をしながら飛び上がって歓声を上げた。
「ケーケケケケケッ! こんなモン、目ぇつぶってても余裕だぜ」
「す、すごい……! 流石すぎる……」
「ハハッ言うねえ、兄ちゃん!うちの負けだ、持ってきな!」
店主は撃ち落とされた景品とオマケのお菓子を袋に詰めて、お見事!と笑いながら蛭魔へと手渡した。
「ほらよ」
「え、私が全部貰っていいの?」
「……むしろオメー以外に誰がいんだよ」
「……えへへ、嬉しい。ありがとう蛭魔くん」
「ケケッ、どーいたしまして」
八重が貰った袋を抱き締めてお礼を言うと、蛭魔は素っ気なく視線を逸らして歩きだしてしまった。
おそらく照れ隠しなのであろう彼の行動に、八重は頬を緩ませながらその後を追いかける。
そのまま二人で歩みを進め屋台の並ぶ通りを抜けると、少しずつ人の姿が減っていく。
気が付けば石畳が並ぶゆるやかな坂道を登り、人が一人もいない静かな高台へと辿り着いていた。
「そんなに離れた場所じゃないのに……ここは全然人がいないんだね」
「………この辺りは私有地だからな」
さっきまで人混みや屋台の喧騒であんなに賑やかだったのに、今は遠くからざわめきが聞こえてくるだけだ。
八重が周囲を見回しながら呟くと、蛭魔は前を向いたまま答えた。
「え? 私有地?」
八重が顔を上げた、その瞬間⸺、
ヒュゥゥゥゥ……ッ、ドォン!!!!
眩いばかりの光と大音響が周囲いっぱいに広がった。
驚いた八重が足を止めて空を見上げると、夜空に大きな花火が咲いている。
「!? ……わぁ…凄い迫力! こんな近くで花火見るの初めて!」
「おー、そりゃ良かったな」
予期せぬ大迫力の花火に八重が子供のように歓声を上げてはしゃいでいると、隣でその様子を見ていた蛭魔はふっと小さく笑い声を零した。
次々と打ち上がる花火が、夜空を鮮やかに彩っていく。
八重はしばらく夢中になって花火を見上げていたが、少しだけ静かになった時、空に残る光の残像を見つめながら静かにポツリと呟いた。
「………最後にお祭りに来て花火を見たの、お父さんとお母さんがいる時だったんだ。……今日は来れてよかった。一生の思い出になりそう。ふふふ」
「……そうかよ」
「……うん、本当にどうもありがとう」
両親の事故以来、八重はあまり賑やかな場所へと足を運ぶ気になれず無意識に避けているところがあった。
まもりに誘われ、そして蛭魔に会わなければ、こんな風に楽しくてあたたかい思い出が増えることはなかっただろう。
喜びで胸がいっぱいになった八重は蛭魔へ顔を向けてお礼を伝えると、彼は空を見上げたまま、視線だけを八重の方へとやって目を細めた。
***
そろそろ夜も更けてきたので、遅くなる前に帰宅しようとしたところ、蛭魔が家まで送ってやると言いだした。
「え? 蛭魔くん知ってると思うけど、私の家ここから近いし……わざわざ送ってくれなくても平気だよ?」
「……ゴチャゴチャうるせぇ。これは投資みてーなもんだから黙って受け入れとけ」
「えぇ……投資ってなに……?」
蛭魔の謎の言い分に首を傾げながら、確かに夜道を歩きにくい下駄で歩いて帰るのは危ないかも……と思い直した八重は、素直に彼の提案を受け入れることにした。
「そういえば、蛭魔くんておばあちゃんと会ったことあるんだよね?」
「……あー、糞デブと一緒にな」
「そう!手押し車! その説はお世話になりました」
「ケケケッ、礼なら糞デブにも言ってやれ」
「そこは大丈夫、ちゃんと栗田くんにはお礼とお菓子を渡しています!」
「………ほぉ〜……俺には無かったなぁ?」
「え、蛭魔くん……お菓子食べられるの?」
「……バカにしてんのかテメー」
「し、してないしてない!」
そんな他愛もない話をしながら歩いていると、あっという間に八重の家に到着してしまった。
てっきり家の前でお別れかと思いきや、どうやら蛭魔は祖母に挨拶するつもりらしい。
一体なにを企んでいるのか……と流石の八重も訝しみつつ、ただいまと引き戸を開けて声をかけると、出迎えにやって来た祖母が蛭魔の存在に気付いて目を丸くした。
「おかえりなさい。……あら、妖一くん?」
すると、それまで気怠げに立っていた蛭魔が一瞬で姿勢を正して表情を変え、まるで別人のように爽やかな笑顔を浮かべて祖母に挨拶をし始めた。
「夜分遅くに失礼します。お祭りで柚木さんに偶然会って、夜も遅いので送らせていただきました」
「まぁまぁ、わざわざありがとう! 妖一くんがいてくれて本当に助かるわ!」
「……ぇ。よ、妖一くん……?」
ぎょっとして思わず小さな声で呟いてしまった八重にチラリと視線を寄越した蛭魔は、目だけで“余計なコト言うなよ”とでも言うように圧をかけてくる。
今、目の前で起きている全てが謎すぎて大混乱している八重としては、余計なコトもなにもあったものではない。
蛭魔の変貌ぶりにも驚いているが、祖母が親しげに彼を名前で呼んでいることも驚きである。
「よかったらお茶でも……と思ったけど、流石にこの時間はダメよね。今度、また遊びに来てね。今日は八重のために本当にありがとう」
「いえ、当然のことですから。それでは、これで失礼します。じゃあ柚木さん、また学校で」
「……あ、うん。またね……?」
あまりにも完璧な爽やか好青年モードの蛭魔に、八重は頭にはてなマークを飛ばしながら返事をすると彼は満足げな笑みを残して颯爽と去っていく。
若干の混乱を引き擦りながら、蛭魔の背を見送った八重がガラガラと玄関の戸を閉めると、祖母が喜びを抑えきれないといった様子でニコニコしながら声をかけてきた。
「妖一くんって、本当に優しくて良い子よねぇ」
一瞬、“良い子”という字を辞書で調べたくなった八重だが、胸に抱える沢山の景品やお菓子の入った袋を見て思い直す。
「……うん、そうなの。蛭魔くんってすごい優しいんだよ」
祖母にそう返事をした八重は、抱えていた袋からぬいぐるみをそっと取り出し眺めながら静かに微笑んだ。
***
(あれ、そういえば携帯電話……蛭魔くんが持ってるままなんじゃ……)
ふと思い出して慌てた八重だったが、なんとなく景品の入った袋の感触に違和感を感じる。
まさか、と思い机の上に袋の中身を全て出すと、コロリと赤い携帯電話が転がり出てきた。
「……い、いつの間に……」
全く気付けなかった自分に呆れながら携帯電話の電源を入れたところ、まもりからの着信が結構な数で履歴に残されている。
これはマズいと慌ててまもりに電話をかけた瞬間、ワンコールで取り乱した様子のまもりが出た。
「⸺っ八重ちゃん!一人にして本当にごめんね!あのあと大丈夫だった!? 何もされてない!?」
「ま、まもりちゃん、心配かけてごめんね。私は大丈夫!そっちは平気だった……?」
「よかったぁ……あ、私の方は大丈夫!幼馴染もパシリにされてた訳じゃなかったみたいで、家族と来てたから私も一緒に見てまわったの」
「そうだったんだ! 連絡もできなくて気になってたから、本当によかった……」
てっきり、自分だけがお祭りを楽しんでしまったのではないかと気掛かりだったのだが、話を聞く限りちゃんとまもりも楽しんでいたらしい。
八重も蛭魔に攫われた(?)後、なにがあったのかをまもりに話して、今度はちゃんと二人で遊びに行こう!と話を結び電話を切ったのだった。
***
「今度はスイーツ巡りね!うん、うん!それじゃあ、おやすみなさい」
⸺八重と通話を終えて電話を切ったまもりは、大きく安堵の溜め息を吐き出した。
自分が迂闊に八重を一人にしてしまったせいで、まさか彼女が蛭魔に攫われるとは夢にも思っていなかったが、ちゃんと夏祭りを楽しめたようで本当に良かった。
あの男は八重に対しては比較的まともな対応をするようなので、彼女が酷い目に合わされることはないと分かってはいたものの、それにしたって行動がめちゃくちゃすぎる。
(八重ちゃんと夏祭りに行きたいなら、あんなことしないでちゃんと誘えばいいじゃない!)
傍若無人なだけじゃなく、素直でもないとは本当に捻くれた男だとまもりは呆れたような表情を浮かべながら、もう一度大きく溜め息を吐き出したのだった。