デフォルト名は「柚木八重(ゆずきやえ)」です。
悪魔の花嫁
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「あの、ちょっといいかな?」
放課後、蛭魔から呼び出しを受けた八重が生徒たちの行き交う廊下を歩いていると、突然背後から声をかけられた。
振り返ると、モデルのように綺麗な顔立ちをした女子生徒が、なにやら真剣な表情を浮かべて立っている。
こんな綺麗な子に話しかけられる覚えが全く無い八重は、困惑しながら目を瞬かせた。
「いきなりごめんね。私、4組の姉崎まもりっていいます」
「あ、私は1組の柚木八重です。……あの、」
「えーっと、ここだとちょっとアレだから……一緒に来てもらってもいいかな?」
「え? ……うん、分かった」
特に面識もない私になんの用だろう…と不思議に思いながらも彼女の後についていくと、放課後はあまり人が通らない視聴覚室横の階段、その更に人が居ない踊り場にまで連れてこられてしまった。
「ここなら大丈夫……かな。結構歩かせちゃってごめんね」
「ううん、全然平気だよ」
姉崎まもりと名乗った女子生徒は、キョロキョロと周囲をうかがい人が居ないことを確認しているが、そんな状態でも八重に対して気を使ってくれているのが伝わってくる。
正直、人気の無い場所に向かい始めた辺りで、若干警戒心を抱いていた八重だったのだが、なんとなく彼女の様子を見てると悪い人間のようには思えなかった。
「えっと、姉崎さん…は、私に用があるんだよね?」
「うん、そうなの。……いきなりなんだけど、柚木さんって最近よく蛭魔くんと一緒にいるよね? 二人って……その、どういう関係なのかなって……」
「…………え?」
八重は一瞬、姉崎から言われた意味が分からず、フリーズしてしまった。
そんな八重の様子を、姉崎は眉を寄せ真剣な顔で見つめている。
まるで何かに追い詰められているかのような彼女の表情に、八重はハッと気が付いた。
(これは……もしかして、ドラマとかでよく見る「彼に近付かないで!」って言われてしまう流れでは…!?どうしよう!修羅場ってやつだ!)
「あ、あの、違います!誤解です! 私、蛭魔くんの専属栄養士として雇われているだけなんです!ちゃんと契約書も交わしてます!だから安心してください!」
「…………え?」
流石にこんな綺麗な子に誤解をされてしまうのは、今後の学校生活に支障が出そうだ。
姉崎の勘違いを訂正するため、必死に手を振りながら事情を説明しだした八重に、今度は姉崎がきょとんとした顔をしてフリーズしてしまった。
「……あれ? あの、姉崎さん……?」
「……私、てっきり柚木さんが蛭魔くんに脅されてるんじゃないかと心配で声をかけたんだけど……違うの?」
「えぇ? そ、そうだったの?」
予想外の事実に、八重は思わず肩の力が抜けた。
落ち着いて姉崎からちゃんと話を聞いたところ、真面目で成績も優秀な八重が、最近なぜか“あの”蛭魔と行動を共にしてることが増えているため、一部の生徒や先生から心配の声が上がっていたらしい。
姉崎は風紀委員をやっているため、そういった話を聞くことが多かったそうだ。
どうりで最近、時折クラスメイトや先生から物言いたげな目を向けられることが多かったのか……と八重は遠い目をして、ようやく納得がいった。
「今まで柚木さんとは話したことなかったし、いきなり話しかけても迷惑かもしれないって思ったんだけど……でも、もし本当に困ってるとしたら放っておけなくて……そっか、そういう事情があったのね。勘違いして時間とらせちゃってごめんなさい」
「そんな、全然いいよ! むしろ心配してくれてありがとう。今までそんな風に言ってくれた人いなかったから、すごく嬉しい」
クラスメイトはともかく、先生は声をかけてくれても良いのでは……と思わなくもない。
だが、いつかの練習試合で見た、蛭魔によって土下座するほど追い詰められた他校生の姿を思い出すと、そう簡単にいかないであろうことは八重にも充分理解できる。
そんな中、わざわざ知り合いでもない八重のために、声をかけて力になろうとしてくれた姉崎は真っ直ぐで優しい女の子なのだろう。
八重は彼女からの純粋な優しさが嬉しくて、自然と頬を緩ませた。
「よかった……ねえ、もし柚木さんさえ良ければなんだけど……私たち、友達になれないかな?」
「! も、もちろん!私で良ければ喜んで!」
姉崎からの思わぬ提案に、八重は嬉しさで思わず声を上ずらせてしまった。
泥門に入学してからは空いてる時間は勉強に集中していたので友達を作るどころではなかったし、蛭魔の専属栄養士となってからは、更に輪をかけて友達を作るきっかけを逃していた八重にとって、こんなにキラキラした素敵な女の子と友達なれるなんて夢のような話だ。
喜びを隠しきれていない八重の様子を見て、姉崎もまた嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ありがとう!じゃあ、さっそく連絡先交換しよ!」
「うん! あ、でも私が持ってる携帯は蛭魔くんから借りてるものだから、メールとか電話のやり取りはそんな頻繁にできないかも……」
「え? その携帯、蛭魔くんから借りてるの?」
「うん。……私、おばあちゃんと二人暮らしだから、あまり余裕が無くて携帯は持ってなかったんだ。でも、それだと不便だからって蛭魔くんが連絡用として一つ貸してくれてるの。一応、普通に使っていいとは言われてるんだけど……」
蛭魔本人から「オメーが手に入れた人脈は実質俺のモンだ。増えるに越したこたねぇからじゃんじゃん増やせ。ただし、変な野郎はブッ殺す」と言われているのだが、やはり借りてる携帯を好き勝手に使う気にはなれない。
八重は連絡先を交換はしても、あくまで必要に迫られた際の連絡手段として使うつもりでいる。
そういった事情を説明すると、姉崎は“あの”蛭魔が、といった様子で目を丸くしたあと、感心したように溜め息をついた。
「そうだったんだ……まさか、蛭魔くんがそんな気遣いの出来る人だなんて思わなかった」
「まぁ、普段の蛭魔くん見てるとそうなるよね……でも、話すと案外良い人なんだよ」
「うーん……正直、まだ信じられないけど……でも柚木さんがそう言うなら……あ、でもでも!もし何かあれば、すぐに相談してね!私たち、もう友達なんだから!」
風紀委員をするほどきちんとしている姉崎ならば、おそらく蛭魔の普段の行いは到底看過できるものではないだろうし、警戒してしまうのも頷ける。
しかしそれでも、八重の話を聞いて信じようとしてくれている彼女の姿勢がとても嬉しい。
誤解からとはいえ、蛭魔をきっかけとして姉崎と知り合えたことに、八重は大きく頷いて見せながらコッソリと彼に感謝した。
***
あの後、思ったより話が盛り上がってしまい、予定より少し遅くなってしまった。
八重が駆け足で部室に到着すると、ユニフォーム姿で準備運動をしていた蛭魔が揶揄うような顔で八重を見上げてきた。
「おー、やっと来たか。オメーにしちゃ遅かったな」
「遅くなってごめんね。ちょっと色々あって時間かかっちゃって……」
「…………ほぉ〜……色々、ねえ……?」
「え? え、っと、あの……わ、ちょ、蛭魔くん??」
八重の言い訳が気に入らなかったのか、蛭魔はゆらりと立ち上がると、ゆっくりこちらの方へと近付いてくる。
なんとなく彼の背後にドス黒いオーラが見える気がして、八重は思わず後退ったのだが、すぐに行き止まりへと追い詰められもう一歩も後ろに引けない。
「ほ、本当にそんな大したことがあったわけじゃ……っひ!?」
壁に背中をぴたりとくっ付けて身体を縮こませながら蛭魔を見上げると、彼は目が全く笑っていない笑みを深めて彼女の顔の横にドン、と腕を置いた。
視界の半分が蛭魔の腕と広い胸元で覆い尽くされ、退路を完全に塞がれる。
思わずひえっと声を上げ、ぎゅっと目をつぶった八重の至近距離にまで顔を近づけると、蛭魔は地を這うような低い声で彼女の耳元に囁いた。
「……この俺の呼び出しに遅れるほどの用事たァ、随分と重要そうじゃねーか?……なぁ、八重チャン?」
「ひ、蛭魔くん……! 圧が、圧が凄い……!」
「…………何があったか言え」
「……お、怒らない?」
息がかかるほどの近さにいる蛭魔へ恐る恐る顔を向けると、先程の貼り付けたような笑みとは打って変わり、口をへの字に曲げて不服そうな顔をしている彼と目が合った。
「……内容による」
「え、えぇぇ……うーん……なるべく怒らないでほしいんだけど、ここに来る途中で風紀委員の子に声をかけられたの。……その、私が蛭魔くんに脅されてるんじゃないかって心配してくれて……」
「ハァ?……あー、なるほどな。それで?」
「えっと、私は蛭魔くんの専属栄養士として雇われてるだけですって説明したら納得してくれたよ」
「…………へぇ。それで、その糞風紀委員はどこのどいつだ?」
「え?……4組の、姉崎さん。でも、あの、本当にただ私を心配してくれただけで、事情を話したら分かってくれたし大丈夫だからね?」
一瞬、姉崎の名前を出すことを躊躇った八重だったが、どうせ蛭魔なら何かしらの手段で知ることができるだろう。
それなら自分から全て話した方が早いと思い、仕方なく白状すると、蛭魔は何かを思い出すかのように天井を見上げ視線を彷徨わせた。
「姉崎ィ?……あー、アイツか」
「……蛭魔くん知ってるの?」
やっぱりあんな綺麗な子だから有名なのかなと思い蛭魔を見上げると、彼は少し得意げな顔で八重に視線を戻した。
「基本的にこの学校にいる人間の情報は全員把握してるぜ、ケケケッ!」
「す、凄い……そして怖い……!」
「ケーケケケケケッ!……まぁ大体の事情は分かった。アイツなら害は無さそうだし見逃しといてやる」
「あ、ありがとうございま……す?」
話を聞いて気が済んだのか、蛭魔はようやく八重から離れると、タイム測るの手伝えとストップウォッチを放り投げてきたので慌てて受け止める。
よく分からないが、どうやら蛭魔から無事お許しがもらえたらしいとほっと胸を撫で下ろし、八重は部室を出てグラウンドへと向かう彼の背中を追いかけたのだった。
***
(あ、八重ちゃん……と蛭魔くん)
風紀委員の朝礼を終え、教室へ向かっていたまもりが何気なく窓の外へ視線をやると、グラウンドの隅に立っている八重と蛭魔の姿が見えた。
練習を終えた後なのだろうか、蛭魔はデータを纏めていると思わしき八重のすぐ後ろに立ち、彼女が手に持っているクリップボードを覗き込みながら色々と指示をしている。
黒髪を綺麗にまとめて制服をキチンと着こなしている八重と、ド派手な金髪を逆立て両耳には校則違反のピアスが光る蛭魔という、まるで正反対な見た目の二人。
何も知らない人間が彼らを見たら、真面目で大人しそうな女の子につけ込むガラの悪い不良にしか思えないだろう。
数日前のまもりだって、あの二人のことをそんな風に見てしまっていた。
だが実際に話した八重は、ただ蛭魔に振り回されているだけの可哀想な女の子ではなかった。
彼女は周囲が思っているよりもずっとしっかりとしていて、自分の将来のために様々なことを見極めて動いている。
そして蛭魔もまた、まもりが思っていたよりもずっと人間味があるらしい。
現に今も蛭魔は、思わずといった様子で表情を崩し笑いだした八重を見下ろしているが、その表情はどこか楽しげだ。
(八重ちゃん、すごく楽しそう……良かった)
親しげに話をしている二人を見ていると、なんだか温かい気持ちになってくる。
実は八重と蛭魔の噂を聞いてすぐ、クラス移動の途中に彼女を見掛けたことがあったのだが……その時は物静かであまり笑顔を見せるイメージが浮かばない、どこか陰のある印象の女の子だった。
だからこそ、余計に放ってはおけずに話しかけたのだが……いざ八重と対面で話し始めたら、そんな印象はすぐに氷解した。
初対面であるまもりのお節介を嫌がるどころか、頬を緩ませ嬉しそうに笑ってくれたし、まもりが友達になりたいと伝えた瞬間も、まるで宝物を貰った子供のように目を輝かせて喜んでくれた。
そんな素直で可愛らしい彼女が、あれだけ信頼して笑いかけているのだから、蛭魔も実際は言われるほど悪い人間ではないのかもしれない。
(人の噂って、当てにならないな……)
まもりは噂に振り回されてしまったことを反省しつつ、蛭魔への認識を改めることにしたのだった。
⸺しかし、その数日後……
ズダダダダダダダダッ!!!!
「ケーケケケケケケ!」
先日のあの微笑ましい姿は何処へ消えてしまったのか、それともあれはまもりが見た幻だったのか……
“泥門の悪魔”と呼ばれる男はその名に恥じぬ笑い声を上げながら、凄まじい銃撃音を轟かせて泣き叫ぶ教師を追いかけ回している。
(八重ちゃんには優しいみたいだけど、やっぱり蛭魔くんって全っ然信用できない……!!!)
脅迫手帳を片手にマシンガンを撃ちまくる蛭魔の姿を目の当たりにしたまもりは、彼への警戒レベルを最大まで引き上げることにしたのだった。
放課後、蛭魔から呼び出しを受けた八重が生徒たちの行き交う廊下を歩いていると、突然背後から声をかけられた。
振り返ると、モデルのように綺麗な顔立ちをした女子生徒が、なにやら真剣な表情を浮かべて立っている。
こんな綺麗な子に話しかけられる覚えが全く無い八重は、困惑しながら目を瞬かせた。
「いきなりごめんね。私、4組の姉崎まもりっていいます」
「あ、私は1組の柚木八重です。……あの、」
「えーっと、ここだとちょっとアレだから……一緒に来てもらってもいいかな?」
「え? ……うん、分かった」
特に面識もない私になんの用だろう…と不思議に思いながらも彼女の後についていくと、放課後はあまり人が通らない視聴覚室横の階段、その更に人が居ない踊り場にまで連れてこられてしまった。
「ここなら大丈夫……かな。結構歩かせちゃってごめんね」
「ううん、全然平気だよ」
姉崎まもりと名乗った女子生徒は、キョロキョロと周囲をうかがい人が居ないことを確認しているが、そんな状態でも八重に対して気を使ってくれているのが伝わってくる。
正直、人気の無い場所に向かい始めた辺りで、若干警戒心を抱いていた八重だったのだが、なんとなく彼女の様子を見てると悪い人間のようには思えなかった。
「えっと、姉崎さん…は、私に用があるんだよね?」
「うん、そうなの。……いきなりなんだけど、柚木さんって最近よく蛭魔くんと一緒にいるよね? 二人って……その、どういう関係なのかなって……」
「…………え?」
八重は一瞬、姉崎から言われた意味が分からず、フリーズしてしまった。
そんな八重の様子を、姉崎は眉を寄せ真剣な顔で見つめている。
まるで何かに追い詰められているかのような彼女の表情に、八重はハッと気が付いた。
(これは……もしかして、ドラマとかでよく見る「彼に近付かないで!」って言われてしまう流れでは…!?どうしよう!修羅場ってやつだ!)
「あ、あの、違います!誤解です! 私、蛭魔くんの専属栄養士として雇われているだけなんです!ちゃんと契約書も交わしてます!だから安心してください!」
「…………え?」
流石にこんな綺麗な子に誤解をされてしまうのは、今後の学校生活に支障が出そうだ。
姉崎の勘違いを訂正するため、必死に手を振りながら事情を説明しだした八重に、今度は姉崎がきょとんとした顔をしてフリーズしてしまった。
「……あれ? あの、姉崎さん……?」
「……私、てっきり柚木さんが蛭魔くんに脅されてるんじゃないかと心配で声をかけたんだけど……違うの?」
「えぇ? そ、そうだったの?」
予想外の事実に、八重は思わず肩の力が抜けた。
落ち着いて姉崎からちゃんと話を聞いたところ、真面目で成績も優秀な八重が、最近なぜか“あの”蛭魔と行動を共にしてることが増えているため、一部の生徒や先生から心配の声が上がっていたらしい。
姉崎は風紀委員をやっているため、そういった話を聞くことが多かったそうだ。
どうりで最近、時折クラスメイトや先生から物言いたげな目を向けられることが多かったのか……と八重は遠い目をして、ようやく納得がいった。
「今まで柚木さんとは話したことなかったし、いきなり話しかけても迷惑かもしれないって思ったんだけど……でも、もし本当に困ってるとしたら放っておけなくて……そっか、そういう事情があったのね。勘違いして時間とらせちゃってごめんなさい」
「そんな、全然いいよ! むしろ心配してくれてありがとう。今までそんな風に言ってくれた人いなかったから、すごく嬉しい」
クラスメイトはともかく、先生は声をかけてくれても良いのでは……と思わなくもない。
だが、いつかの練習試合で見た、蛭魔によって土下座するほど追い詰められた他校生の姿を思い出すと、そう簡単にいかないであろうことは八重にも充分理解できる。
そんな中、わざわざ知り合いでもない八重のために、声をかけて力になろうとしてくれた姉崎は真っ直ぐで優しい女の子なのだろう。
八重は彼女からの純粋な優しさが嬉しくて、自然と頬を緩ませた。
「よかった……ねえ、もし柚木さんさえ良ければなんだけど……私たち、友達になれないかな?」
「! も、もちろん!私で良ければ喜んで!」
姉崎からの思わぬ提案に、八重は嬉しさで思わず声を上ずらせてしまった。
泥門に入学してからは空いてる時間は勉強に集中していたので友達を作るどころではなかったし、蛭魔の専属栄養士となってからは、更に輪をかけて友達を作るきっかけを逃していた八重にとって、こんなにキラキラした素敵な女の子と友達なれるなんて夢のような話だ。
喜びを隠しきれていない八重の様子を見て、姉崎もまた嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ありがとう!じゃあ、さっそく連絡先交換しよ!」
「うん! あ、でも私が持ってる携帯は蛭魔くんから借りてるものだから、メールとか電話のやり取りはそんな頻繁にできないかも……」
「え? その携帯、蛭魔くんから借りてるの?」
「うん。……私、おばあちゃんと二人暮らしだから、あまり余裕が無くて携帯は持ってなかったんだ。でも、それだと不便だからって蛭魔くんが連絡用として一つ貸してくれてるの。一応、普通に使っていいとは言われてるんだけど……」
蛭魔本人から「オメーが手に入れた人脈は実質俺のモンだ。増えるに越したこたねぇからじゃんじゃん増やせ。ただし、変な野郎はブッ殺す」と言われているのだが、やはり借りてる携帯を好き勝手に使う気にはなれない。
八重は連絡先を交換はしても、あくまで必要に迫られた際の連絡手段として使うつもりでいる。
そういった事情を説明すると、姉崎は“あの”蛭魔が、といった様子で目を丸くしたあと、感心したように溜め息をついた。
「そうだったんだ……まさか、蛭魔くんがそんな気遣いの出来る人だなんて思わなかった」
「まぁ、普段の蛭魔くん見てるとそうなるよね……でも、話すと案外良い人なんだよ」
「うーん……正直、まだ信じられないけど……でも柚木さんがそう言うなら……あ、でもでも!もし何かあれば、すぐに相談してね!私たち、もう友達なんだから!」
風紀委員をするほどきちんとしている姉崎ならば、おそらく蛭魔の普段の行いは到底看過できるものではないだろうし、警戒してしまうのも頷ける。
しかしそれでも、八重の話を聞いて信じようとしてくれている彼女の姿勢がとても嬉しい。
誤解からとはいえ、蛭魔をきっかけとして姉崎と知り合えたことに、八重は大きく頷いて見せながらコッソリと彼に感謝した。
***
あの後、思ったより話が盛り上がってしまい、予定より少し遅くなってしまった。
八重が駆け足で部室に到着すると、ユニフォーム姿で準備運動をしていた蛭魔が揶揄うような顔で八重を見上げてきた。
「おー、やっと来たか。オメーにしちゃ遅かったな」
「遅くなってごめんね。ちょっと色々あって時間かかっちゃって……」
「…………ほぉ〜……色々、ねえ……?」
「え? え、っと、あの……わ、ちょ、蛭魔くん??」
八重の言い訳が気に入らなかったのか、蛭魔はゆらりと立ち上がると、ゆっくりこちらの方へと近付いてくる。
なんとなく彼の背後にドス黒いオーラが見える気がして、八重は思わず後退ったのだが、すぐに行き止まりへと追い詰められもう一歩も後ろに引けない。
「ほ、本当にそんな大したことがあったわけじゃ……っひ!?」
壁に背中をぴたりとくっ付けて身体を縮こませながら蛭魔を見上げると、彼は目が全く笑っていない笑みを深めて彼女の顔の横にドン、と腕を置いた。
視界の半分が蛭魔の腕と広い胸元で覆い尽くされ、退路を完全に塞がれる。
思わずひえっと声を上げ、ぎゅっと目をつぶった八重の至近距離にまで顔を近づけると、蛭魔は地を這うような低い声で彼女の耳元に囁いた。
「……この俺の呼び出しに遅れるほどの用事たァ、随分と重要そうじゃねーか?……なぁ、八重チャン?」
「ひ、蛭魔くん……! 圧が、圧が凄い……!」
「…………何があったか言え」
「……お、怒らない?」
息がかかるほどの近さにいる蛭魔へ恐る恐る顔を向けると、先程の貼り付けたような笑みとは打って変わり、口をへの字に曲げて不服そうな顔をしている彼と目が合った。
「……内容による」
「え、えぇぇ……うーん……なるべく怒らないでほしいんだけど、ここに来る途中で風紀委員の子に声をかけられたの。……その、私が蛭魔くんに脅されてるんじゃないかって心配してくれて……」
「ハァ?……あー、なるほどな。それで?」
「えっと、私は蛭魔くんの専属栄養士として雇われてるだけですって説明したら納得してくれたよ」
「…………へぇ。それで、その糞風紀委員はどこのどいつだ?」
「え?……4組の、姉崎さん。でも、あの、本当にただ私を心配してくれただけで、事情を話したら分かってくれたし大丈夫だからね?」
一瞬、姉崎の名前を出すことを躊躇った八重だったが、どうせ蛭魔なら何かしらの手段で知ることができるだろう。
それなら自分から全て話した方が早いと思い、仕方なく白状すると、蛭魔は何かを思い出すかのように天井を見上げ視線を彷徨わせた。
「姉崎ィ?……あー、アイツか」
「……蛭魔くん知ってるの?」
やっぱりあんな綺麗な子だから有名なのかなと思い蛭魔を見上げると、彼は少し得意げな顔で八重に視線を戻した。
「基本的にこの学校にいる人間の情報は全員把握してるぜ、ケケケッ!」
「す、凄い……そして怖い……!」
「ケーケケケケケッ!……まぁ大体の事情は分かった。アイツなら害は無さそうだし見逃しといてやる」
「あ、ありがとうございま……す?」
話を聞いて気が済んだのか、蛭魔はようやく八重から離れると、タイム測るの手伝えとストップウォッチを放り投げてきたので慌てて受け止める。
よく分からないが、どうやら蛭魔から無事お許しがもらえたらしいとほっと胸を撫で下ろし、八重は部室を出てグラウンドへと向かう彼の背中を追いかけたのだった。
***
(あ、八重ちゃん……と蛭魔くん)
風紀委員の朝礼を終え、教室へ向かっていたまもりが何気なく窓の外へ視線をやると、グラウンドの隅に立っている八重と蛭魔の姿が見えた。
練習を終えた後なのだろうか、蛭魔はデータを纏めていると思わしき八重のすぐ後ろに立ち、彼女が手に持っているクリップボードを覗き込みながら色々と指示をしている。
黒髪を綺麗にまとめて制服をキチンと着こなしている八重と、ド派手な金髪を逆立て両耳には校則違反のピアスが光る蛭魔という、まるで正反対な見た目の二人。
何も知らない人間が彼らを見たら、真面目で大人しそうな女の子につけ込むガラの悪い不良にしか思えないだろう。
数日前のまもりだって、あの二人のことをそんな風に見てしまっていた。
だが実際に話した八重は、ただ蛭魔に振り回されているだけの可哀想な女の子ではなかった。
彼女は周囲が思っているよりもずっとしっかりとしていて、自分の将来のために様々なことを見極めて動いている。
そして蛭魔もまた、まもりが思っていたよりもずっと人間味があるらしい。
現に今も蛭魔は、思わずといった様子で表情を崩し笑いだした八重を見下ろしているが、その表情はどこか楽しげだ。
(八重ちゃん、すごく楽しそう……良かった)
親しげに話をしている二人を見ていると、なんだか温かい気持ちになってくる。
実は八重と蛭魔の噂を聞いてすぐ、クラス移動の途中に彼女を見掛けたことがあったのだが……その時は物静かであまり笑顔を見せるイメージが浮かばない、どこか陰のある印象の女の子だった。
だからこそ、余計に放ってはおけずに話しかけたのだが……いざ八重と対面で話し始めたら、そんな印象はすぐに氷解した。
初対面であるまもりのお節介を嫌がるどころか、頬を緩ませ嬉しそうに笑ってくれたし、まもりが友達になりたいと伝えた瞬間も、まるで宝物を貰った子供のように目を輝かせて喜んでくれた。
そんな素直で可愛らしい彼女が、あれだけ信頼して笑いかけているのだから、蛭魔も実際は言われるほど悪い人間ではないのかもしれない。
(人の噂って、当てにならないな……)
まもりは噂に振り回されてしまったことを反省しつつ、蛭魔への認識を改めることにしたのだった。
⸺しかし、その数日後……
ズダダダダダダダダッ!!!!
「ケーケケケケケケ!」
先日のあの微笑ましい姿は何処へ消えてしまったのか、それともあれはまもりが見た幻だったのか……
“泥門の悪魔”と呼ばれる男はその名に恥じぬ笑い声を上げながら、凄まじい銃撃音を轟かせて泣き叫ぶ教師を追いかけ回している。
(八重ちゃんには優しいみたいだけど、やっぱり蛭魔くんって全っ然信用できない……!!!)
脅迫手帳を片手にマシンガンを撃ちまくる蛭魔の姿を目の当たりにしたまもりは、彼への警戒レベルを最大まで引き上げることにしたのだった。