約束の残香
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あの騒動の後、マルコは彼女と別れたと聞いた。
私と別れ、サッチと喧嘩し、彼女とも別れ、マルコは一体何がしたいのか……。
ただ、彼が以前と変わったことはクルー達も私も知っている。
末っ子のようで甘ったれだったマルコ。
仕事や戦闘以外は、どこか抜けている。だから、生活力も無い。隊長が1番似合わないクルーと言われていたし、本人もやる気はなかったのが実際。
ただ、オヤジのことと仕事に関してだけは真面目だから、隊長になれたんだと思う。
そして、最近は自分でアイロン掛けや整理整頓をして、苦手そうだった若手の教育も手を抜かずにやっている。
「ナマエ……今度時間もらえねぇか?」
そう声を掛けられたのは、昨日。
大きな太陽がゆっくりと海に飲み込まれていくのを、船縁に座り眺めていた時だった。
「マルコ?いいけど……」
普通に過ごそうと思っているけれど、体は正直だった。マルコに名前を呼ばれるだけで、胸が温かくなる。と、同時に苦しくなる。
「ありがとうねい。今度の非番はいつだい?」
船縁から降りて、マルコと正対した。
「シフト見てくるから、あとで教えるよ」
「あぁ。助かるよい」
マルコが、寝込んでから少しだけ話すようになった。業務的な話だけど。
今回も仕事のことだと思った。
まだ何か言いたげな彼を見上げる。
「なんかあった?」
「ん?いや、なんでもねぇよい……」
「そう見えないけど」
一度視線を外し、一呼吸置いてから再度合わせてくる。
「……あのよい……」
——
「はやく言えば良かったじゃん」
「今更、誰に聞けばいいのかわかんなくて……すまねぇ」
「多分、みんなできるよ。ボタンつけるくらい」
「よい……」
マルコの部屋に移動した。ボタンの取れたシャツがクローゼットにずらり。
シャツのボタンが取れて直せないなんて……。何枚あるの?
付け方を教え、ボタンの無いシャツと取れかけのシャツを分ける。ほつれは、仕方ないから直してあげる。
「そもそも、前全開なんだからボタンいらなくない?」
「おかしいだろ?ボタンねぇシャツとか」
言われて想像してみるが……確かに変だった。
「ははは、確かに。全部派手なボタンにしたらいいんじゃん?取れかけに気付きやすそう」
昔のような空気が流れる。
大きな背中を丸めて、一生懸命にボタンと格闘しているマルコはどこか可愛く思えてしまう。
「首が痛てぇ」と首を擦るマルコは何か思い出したようにクローゼットへ向かった。
手に持っているのは、正装のワイシャツ。
来月、傘下のクルーが結婚式を挙げるのだ。オヤジと隊長達が呼ばれている。
「今度これも着なきゃならねぇし」
「ボタン大丈夫?アイロンは?」
「ボタンは大丈夫そうだが……アイロンはやり直したほうがいいよな?」
「……できそう?普段着と違うけど」
お互いに顔を見合わせる。マルコは暫く悩んでから、申し訳なさそうに眉を下げた。
「わりぃが、お願いしてもいいかい?自信ねぇよい」
「ナースちゃんとかイゾウに頼まないの?私よりもイゾウのほうがアイロン上手だよ」
「……まぁ、頼みにくいというか……色々あるんだよい」
「わかった。ネクタイとポケットチーフは決めてある?」
「ある。ネクタイとチーフはこれに」
「結婚式だけど立食パーティーでしょ?白じゃつまらないよ。他にもあったよね?」
クローゼットからいくつかのシャツ、ネクタイ、ポケットチーフを持ってくる。スーツも一緒に。
ふたりであーだこーだ言いながら、当日のコーディネートを決めた。
「これなら、いいと思う。マルコらしいし、正装だけどオシャレだし」
「ふぅ……ありがとねい」
自然と笑顔を向けていて、それを見たマルコは釣られたように目を細めた。
この感じ懐かしい……。
部屋を一瞥する。
私の居場所だった大切な場所。
知らないドア、新しいテーブル・ソファやインテリア。変わらないところもあって、フッと小さく息を吐く。
声を大きめに出して、二カッと笑う。
——マルコに察してほしくないから。
「どういたしまして!シャツとポケットチーフ預かるね。じゃあボタンつけ頑張って」
部屋を出ようとドアノブを握ると、強く腕を引かれた。
「っ!!マルコ?」
「もう少しだけ……もう少しだけ居てくれ」
「え?」
「5分でいいから。頼むよい」
「わかった……ボタンつけるの手伝うよ」
知らないうちに口から出ていた。『ここに居たい』と『居場所じゃない』を行ったり来たりだ。
こうやって、ここに居ていい理由を作らないといけない。それが、恋人だった頃との違いでもある。
テーブルを挟んで互いに作業を進める。
「ナース達が……スイーツ食いたいって言ってるよい」
「え?」
「楽しみにしてたみてぇで……痛っ」
「針刺したの?大丈夫?」
「あぁ。縫合ならできるのにうまくいかねぇよい」
「普通は逆だよ。縫合なんてしないからね」
「まぁな。……たまには、差し入れしてやってくれ。あいつら喜ぶから」
医務室にも長いこと出入りしていた。みんなとの女子会楽しかったな。
「うん。今度顔出すね」
コンコンコン!!
「マルコ!!飲もうぜ!!」
サッチの声と同時に勢いよくドアが開いた。酒瓶を抱えて器用につまみがたっぷり乗ったお皿も持っている。
「おぉ!!!ナマエじゃん!ん?お前ら何してんの?」
「マルコのシャツのお直しとボタンつけ直し」
持っているシャツを見せる。
「ぶっ!!ボタンくらい自分でやれよ」
「今、やってるよい!!」
サッチに笑われて真っ赤なマルコ。
ふざけあっている二人を見て、くすりと笑いソーイングセットとシャツを片付けた。
ボタンの直しは終わったし、マルコが言った5分もだいぶ過ぎている。もう一度シャツとポケットチーフを持って「じゃ、私は部屋戻るね、おやすみ」と部屋を出る。
————
早朝、朝食の準備に厨房に入ると、サッチが意味深に笑って、頭を撫でてきた。
「なんでもないからね」
「わかってるよ」
ぐしゃぐしゃと撫でられて、居心地の悪さから逃げるように持ち場に向かった。
食事の時間になれば、さっきのことや昨日のマルコのことを考えている暇はない。食事を戦争というが、作り手だって毎日戦争だ。1600人も乗っているモビーディック。作っても作っても減っていく料理達。
でもこの時間がとても好き。頭の中を空っぽにして料理を作っているこの時間。みんなの笑顔を横目に見るのもすごく好き。
「おはようさん」
うるさい厨房と賑やかな食堂からでも聞き取れる声がある。それは、マルコの声。
その事実に、呆れつつも苦く笑って天井を見た。
好きだと自覚したのも声だった気がする。どこにいても聞き間違えなかった。
カウンターを見なくてもわかる。
仕事が落ち着いたら非番の件を……
「ごめん。ちょっと抜けるね」
持ち場のクルーに声をかけ、すぐに火を止めてカウンターへ向かった。
「マルコ、おはよ。私の非番は明後日。マルコは?」
目をまんまるにしたマルコ。寝起きのまま来たんだろう。ぴよんと一束寝癖がある。
「え?……あ、俺も明後日、だよい。多分」
「じゃ、その日で」
「あ、あぁ……」
マルコの返事を聞いて微笑めば、マルコも笑って「ナマエ、おはよい」と。
毎朝聞いていた声、柔らかい声色に頬が緩んでいく。
「うん、おはよ」
私と別れ、サッチと喧嘩し、彼女とも別れ、マルコは一体何がしたいのか……。
ただ、彼が以前と変わったことはクルー達も私も知っている。
末っ子のようで甘ったれだったマルコ。
仕事や戦闘以外は、どこか抜けている。だから、生活力も無い。隊長が1番似合わないクルーと言われていたし、本人もやる気はなかったのが実際。
ただ、オヤジのことと仕事に関してだけは真面目だから、隊長になれたんだと思う。
そして、最近は自分でアイロン掛けや整理整頓をして、苦手そうだった若手の教育も手を抜かずにやっている。
「ナマエ……今度時間もらえねぇか?」
そう声を掛けられたのは、昨日。
大きな太陽がゆっくりと海に飲み込まれていくのを、船縁に座り眺めていた時だった。
「マルコ?いいけど……」
普通に過ごそうと思っているけれど、体は正直だった。マルコに名前を呼ばれるだけで、胸が温かくなる。と、同時に苦しくなる。
「ありがとうねい。今度の非番はいつだい?」
船縁から降りて、マルコと正対した。
「シフト見てくるから、あとで教えるよ」
「あぁ。助かるよい」
マルコが、寝込んでから少しだけ話すようになった。業務的な話だけど。
今回も仕事のことだと思った。
まだ何か言いたげな彼を見上げる。
「なんかあった?」
「ん?いや、なんでもねぇよい……」
「そう見えないけど」
一度視線を外し、一呼吸置いてから再度合わせてくる。
「……あのよい……」
——
「はやく言えば良かったじゃん」
「今更、誰に聞けばいいのかわかんなくて……すまねぇ」
「多分、みんなできるよ。ボタンつけるくらい」
「よい……」
マルコの部屋に移動した。ボタンの取れたシャツがクローゼットにずらり。
シャツのボタンが取れて直せないなんて……。何枚あるの?
付け方を教え、ボタンの無いシャツと取れかけのシャツを分ける。ほつれは、仕方ないから直してあげる。
「そもそも、前全開なんだからボタンいらなくない?」
「おかしいだろ?ボタンねぇシャツとか」
言われて想像してみるが……確かに変だった。
「ははは、確かに。全部派手なボタンにしたらいいんじゃん?取れかけに気付きやすそう」
昔のような空気が流れる。
大きな背中を丸めて、一生懸命にボタンと格闘しているマルコはどこか可愛く思えてしまう。
「首が痛てぇ」と首を擦るマルコは何か思い出したようにクローゼットへ向かった。
手に持っているのは、正装のワイシャツ。
来月、傘下のクルーが結婚式を挙げるのだ。オヤジと隊長達が呼ばれている。
「今度これも着なきゃならねぇし」
「ボタン大丈夫?アイロンは?」
「ボタンは大丈夫そうだが……アイロンはやり直したほうがいいよな?」
「……できそう?普段着と違うけど」
お互いに顔を見合わせる。マルコは暫く悩んでから、申し訳なさそうに眉を下げた。
「わりぃが、お願いしてもいいかい?自信ねぇよい」
「ナースちゃんとかイゾウに頼まないの?私よりもイゾウのほうがアイロン上手だよ」
「……まぁ、頼みにくいというか……色々あるんだよい」
「わかった。ネクタイとポケットチーフは決めてある?」
「ある。ネクタイとチーフはこれに」
「結婚式だけど立食パーティーでしょ?白じゃつまらないよ。他にもあったよね?」
クローゼットからいくつかのシャツ、ネクタイ、ポケットチーフを持ってくる。スーツも一緒に。
ふたりであーだこーだ言いながら、当日のコーディネートを決めた。
「これなら、いいと思う。マルコらしいし、正装だけどオシャレだし」
「ふぅ……ありがとねい」
自然と笑顔を向けていて、それを見たマルコは釣られたように目を細めた。
この感じ懐かしい……。
部屋を一瞥する。
私の居場所だった大切な場所。
知らないドア、新しいテーブル・ソファやインテリア。変わらないところもあって、フッと小さく息を吐く。
声を大きめに出して、二カッと笑う。
——マルコに察してほしくないから。
「どういたしまして!シャツとポケットチーフ預かるね。じゃあボタンつけ頑張って」
部屋を出ようとドアノブを握ると、強く腕を引かれた。
「っ!!マルコ?」
「もう少しだけ……もう少しだけ居てくれ」
「え?」
「5分でいいから。頼むよい」
「わかった……ボタンつけるの手伝うよ」
知らないうちに口から出ていた。『ここに居たい』と『居場所じゃない』を行ったり来たりだ。
こうやって、ここに居ていい理由を作らないといけない。それが、恋人だった頃との違いでもある。
テーブルを挟んで互いに作業を進める。
「ナース達が……スイーツ食いたいって言ってるよい」
「え?」
「楽しみにしてたみてぇで……痛っ」
「針刺したの?大丈夫?」
「あぁ。縫合ならできるのにうまくいかねぇよい」
「普通は逆だよ。縫合なんてしないからね」
「まぁな。……たまには、差し入れしてやってくれ。あいつら喜ぶから」
医務室にも長いこと出入りしていた。みんなとの女子会楽しかったな。
「うん。今度顔出すね」
コンコンコン!!
「マルコ!!飲もうぜ!!」
サッチの声と同時に勢いよくドアが開いた。酒瓶を抱えて器用につまみがたっぷり乗ったお皿も持っている。
「おぉ!!!ナマエじゃん!ん?お前ら何してんの?」
「マルコのシャツのお直しとボタンつけ直し」
持っているシャツを見せる。
「ぶっ!!ボタンくらい自分でやれよ」
「今、やってるよい!!」
サッチに笑われて真っ赤なマルコ。
ふざけあっている二人を見て、くすりと笑いソーイングセットとシャツを片付けた。
ボタンの直しは終わったし、マルコが言った5分もだいぶ過ぎている。もう一度シャツとポケットチーフを持って「じゃ、私は部屋戻るね、おやすみ」と部屋を出る。
————
早朝、朝食の準備に厨房に入ると、サッチが意味深に笑って、頭を撫でてきた。
「なんでもないからね」
「わかってるよ」
ぐしゃぐしゃと撫でられて、居心地の悪さから逃げるように持ち場に向かった。
食事の時間になれば、さっきのことや昨日のマルコのことを考えている暇はない。食事を戦争というが、作り手だって毎日戦争だ。1600人も乗っているモビーディック。作っても作っても減っていく料理達。
でもこの時間がとても好き。頭の中を空っぽにして料理を作っているこの時間。みんなの笑顔を横目に見るのもすごく好き。
「おはようさん」
うるさい厨房と賑やかな食堂からでも聞き取れる声がある。それは、マルコの声。
その事実に、呆れつつも苦く笑って天井を見た。
好きだと自覚したのも声だった気がする。どこにいても聞き間違えなかった。
カウンターを見なくてもわかる。
仕事が落ち着いたら非番の件を……
「ごめん。ちょっと抜けるね」
持ち場のクルーに声をかけ、すぐに火を止めてカウンターへ向かった。
「マルコ、おはよ。私の非番は明後日。マルコは?」
目をまんまるにしたマルコ。寝起きのまま来たんだろう。ぴよんと一束寝癖がある。
「え?……あ、俺も明後日、だよい。多分」
「じゃ、その日で」
「あ、あぁ……」
マルコの返事を聞いて微笑めば、マルコも笑って「ナマエ、おはよい」と。
毎朝聞いていた声、柔らかい声色に頬が緩んでいく。
「うん、おはよ」
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