約束の残香
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マルコとサッチが喧嘩している頃、私はイゾウに誘われて書物庫に向かっていた。
急にイゾウから「書物を一緒に探してほしい」と言われ、キッチンからも甲板からも遠い書物庫へ。
向かう途中で遠くから大きな物音が聞こえた。何か叩きつけるような音。そして、微かなざわめき。
「イゾウ。今日って訓練あった?さっきも凄い音したけど……敵襲かな?」
「さぁな。どっかのバカ野郎が喧嘩でもしてるんじゃねぇか?」
「それ、本当なら止めなくていいの?」
「何かあれば呼びに来るだろう。大概は誰かが止めるか、気が済むまでやりあえばいい。……ほら、行こうぜ」
覇気を使えば確かめられるけど、イゾウがそうしないなら無視していいかなと思い、並んで歩く。少し棘のある声だった理由は聞かなかった。
広い書物庫は、必ず換気をしていて船特有の湿気じみた空気ではなく、インクと古い紙の香りがする。
少しだけ懐かしく感じる。以前は結構な頻度で訪れ、レシピ集を読んでいた。
「私、奥から見てくるね〜」
奥の本棚から背表紙のタイトルを追っていく。
モビーの書物庫はとても充実している。
長い航海で、様々な島を巡ってきただけはある。航海日誌や、絵本、有名な小説や医学書。芸術関係、色々な専門書、レシピ集もある。
しかし、肝心の探し物は見つからない。
たまたま目に留まったタイトル。
懐かしくて手に取ったそれは、とても古い詩集で、多分、私とビスタくらいしか読んだことないと思う。そんな詩集。
好きだった詩のページを開く。
古い本特有のカサつきが指に伝わる。
パラ……パラ……。
詩集に視線を戻す。
「ナマエ、そっちにあったか?」
「見当たらないよー。本当にあるの?探している本」
テキトーに応えたのがバレたのか、イゾウは眉間にシワを寄せて、こちらへ向かって来た。
「お前……何読んでるんだよ?」
「これ?好きだった詩集見つけちゃった。読んだことある?」
そのまま、好きな詩を声に出して読んでみた。
「それが好きな理由は?」
「なんでだろ?多分…マルコを好きになった時の自分と重なってたからだと思う」
「……」
「まださ……あのクソ野郎のこと、好きみたい。バカだよね」
笑顔を作ったつもりだけど、うまく笑えてないことは自分でもわかる。
小さくため息を漏らしながら詩集を閉じて、窓へ視線を向ける。
そんな私を見てもイゾウは何も言わない。
「実はね……サッチにだけは相談したんだけど」
少しだけ声が震える。
「船降りようと思ったの。
マルコだけじゃなくて、1番隊を信頼できなくなって。
1番隊のみんなは前々からふたりの関係知ってて、私に隠してたのかなとか、考えちゃって……疑い始めたら、もう背中預けられないし……。
なんで、この人達の食を任されるんだろうとか……。
「……でも、やっぱりオヤジが大好きだし、クルーも大好きだから、降りないことにしたの」
相変わらず遠くで物音とざわめきが続いている。でも、この書庫は別世界かと思う程静か。
丸窓から注ぐ陽射しは優しくて温かい。
「決めたけど……やっぱりマルコを見るのはツラくて。
この前、倒れたマルコを介抱した時、名前呼ばれただけで涙が出るほど嬉しかった……。
あんなクソ野郎を忘れられないなんて、バカな自分に苛立つ……」
自分の矛盾している気持ちが、とても馬鹿らしく思えて、はははと乾いた笑いが出た。
詩集を抱く腕に、自然と力が入る。
イゾウがふぅと息を吐く。
それは、ため息でも呆れでもない。
陽射しを浴びた埃が、ゆっくりと舞っている。
少しの沈黙の後に続いたのは、優しい声。
「……お前は、どうしたいんだ?」
ふるふると首を横に振る。
「どうもしたくないよ。早くこの気持ちがなくなれば……でも……」
言葉が詰まる。本当にそう思っているのか、自分の気持ちが理解できていない。視線が泳いでしまう。
なぁ、ナマエと呼ぶから、イゾウに目を向ける。
とても真剣で、まっすぐな瞳だ。けれど、それには優しさが満ちている。
「……マルコはさ、まだお前のこと好きだせ?」
「……」
「オレが言うのもおかしいけど」
心臓が止まるかと思った。
マルコが、私をまだ好きかもしれない可能性……。
「許してやれとは言わねえし、ヨリを戻せとも言わねえ。
ただ、お前達が後悔ない選択をしてほしいと、思ってる。
お前らを見てて苦しいのは、俺らも一緒なんだ。
どんな選択でもいいから、二人が前向けるような選択をしてほしい」
「イゾウ……」
「まぁ、お前みてぇないい女を泣かすマルコは、一生後悔してろって思うけどな」
途端にいつものイゾウに戻る。みんなの知る、美しく毒舌を吐くイゾウへ。
「マルコに対して当たり強くない?」
「昔っからだよ。あのバカに対しては」
カラカラ笑ったイゾウの横顔は、いつもと同じで見惚れる程美しい。
こんな素敵な人が目の前にいても、私の心を容易に揺さぶるのはマルコ1人だけ。
気づけば、仕込みの時間だ。
「あ!イゾウごめん!もう仕込みの時間だ。夜にまた探すね!」
イゾウは少しだけ黙り、視線だけ窓へ向けた。
「書物はいいよ。俺の勘違いかもしれねぇからな」
「でも全部探せてないよ」
「いいんだよ。
……ナマエ。ちゃんとマルコと話して、前向けよ」
「話せって言われても、マルコには彼女がいるでしょ。今さら」
「ほら!仕事行けって」
最後の言葉は遮られてしまった。探し物も手伝えなかったし。
マルコには彼女が居るんだ。
私ではない新しい彼女が。
話したところで……未練がましい自分を見せるだけな気がする。
殴ってまで別れを決めたのに……。
イゾウが言っていた「まだ私を好きだ」という言葉。
もしそうなら、なんであんなことをしたのだろう。
そういえば、あの大きな物音は静かになっていた。
とにかくキッチンへ急ごう。遅刻してしまう。
走って甲板を横切る。
そこには人だかりが出来ていて、クルー達の楽しそうな笑い声が聞こえた。
サッチとマルコの声も混じっている。
その声のほうに視線だけ送る。
ビスタに頭をガシガシと撫でられて、笑っているマルコが見えた。
――あの笑顔……好きだったなぁ……
慌てて視線を戻して、キッチンの扉を勢いよく開けて、4番隊のみんなに挨拶をする。
「ごめん!遅れちゃった!」
急にイゾウから「書物を一緒に探してほしい」と言われ、キッチンからも甲板からも遠い書物庫へ。
向かう途中で遠くから大きな物音が聞こえた。何か叩きつけるような音。そして、微かなざわめき。
「イゾウ。今日って訓練あった?さっきも凄い音したけど……敵襲かな?」
「さぁな。どっかのバカ野郎が喧嘩でもしてるんじゃねぇか?」
「それ、本当なら止めなくていいの?」
「何かあれば呼びに来るだろう。大概は誰かが止めるか、気が済むまでやりあえばいい。……ほら、行こうぜ」
覇気を使えば確かめられるけど、イゾウがそうしないなら無視していいかなと思い、並んで歩く。少し棘のある声だった理由は聞かなかった。
広い書物庫は、必ず換気をしていて船特有の湿気じみた空気ではなく、インクと古い紙の香りがする。
少しだけ懐かしく感じる。以前は結構な頻度で訪れ、レシピ集を読んでいた。
「私、奥から見てくるね〜」
奥の本棚から背表紙のタイトルを追っていく。
モビーの書物庫はとても充実している。
長い航海で、様々な島を巡ってきただけはある。航海日誌や、絵本、有名な小説や医学書。芸術関係、色々な専門書、レシピ集もある。
しかし、肝心の探し物は見つからない。
たまたま目に留まったタイトル。
懐かしくて手に取ったそれは、とても古い詩集で、多分、私とビスタくらいしか読んだことないと思う。そんな詩集。
好きだった詩のページを開く。
古い本特有のカサつきが指に伝わる。
パラ……パラ……。
詩集に視線を戻す。
「ナマエ、そっちにあったか?」
「見当たらないよー。本当にあるの?探している本」
テキトーに応えたのがバレたのか、イゾウは眉間にシワを寄せて、こちらへ向かって来た。
「お前……何読んでるんだよ?」
「これ?好きだった詩集見つけちゃった。読んだことある?」
そのまま、好きな詩を声に出して読んでみた。
「それが好きな理由は?」
「なんでだろ?多分…マルコを好きになった時の自分と重なってたからだと思う」
「……」
「まださ……あのクソ野郎のこと、好きみたい。バカだよね」
笑顔を作ったつもりだけど、うまく笑えてないことは自分でもわかる。
小さくため息を漏らしながら詩集を閉じて、窓へ視線を向ける。
そんな私を見てもイゾウは何も言わない。
「実はね……サッチにだけは相談したんだけど」
少しだけ声が震える。
「船降りようと思ったの。
マルコだけじゃなくて、1番隊を信頼できなくなって。
1番隊のみんなは前々からふたりの関係知ってて、私に隠してたのかなとか、考えちゃって……疑い始めたら、もう背中預けられないし……。
なんで、この人達の食を任されるんだろうとか……。
「……でも、やっぱりオヤジが大好きだし、クルーも大好きだから、降りないことにしたの」
相変わらず遠くで物音とざわめきが続いている。でも、この書庫は別世界かと思う程静か。
丸窓から注ぐ陽射しは優しくて温かい。
「決めたけど……やっぱりマルコを見るのはツラくて。
この前、倒れたマルコを介抱した時、名前呼ばれただけで涙が出るほど嬉しかった……。
あんなクソ野郎を忘れられないなんて、バカな自分に苛立つ……」
自分の矛盾している気持ちが、とても馬鹿らしく思えて、はははと乾いた笑いが出た。
詩集を抱く腕に、自然と力が入る。
イゾウがふぅと息を吐く。
それは、ため息でも呆れでもない。
陽射しを浴びた埃が、ゆっくりと舞っている。
少しの沈黙の後に続いたのは、優しい声。
「……お前は、どうしたいんだ?」
ふるふると首を横に振る。
「どうもしたくないよ。早くこの気持ちがなくなれば……でも……」
言葉が詰まる。本当にそう思っているのか、自分の気持ちが理解できていない。視線が泳いでしまう。
なぁ、ナマエと呼ぶから、イゾウに目を向ける。
とても真剣で、まっすぐな瞳だ。けれど、それには優しさが満ちている。
「……マルコはさ、まだお前のこと好きだせ?」
「……」
「オレが言うのもおかしいけど」
心臓が止まるかと思った。
マルコが、私をまだ好きかもしれない可能性……。
「許してやれとは言わねえし、ヨリを戻せとも言わねえ。
ただ、お前達が後悔ない選択をしてほしいと、思ってる。
お前らを見てて苦しいのは、俺らも一緒なんだ。
どんな選択でもいいから、二人が前向けるような選択をしてほしい」
「イゾウ……」
「まぁ、お前みてぇないい女を泣かすマルコは、一生後悔してろって思うけどな」
途端にいつものイゾウに戻る。みんなの知る、美しく毒舌を吐くイゾウへ。
「マルコに対して当たり強くない?」
「昔っからだよ。あのバカに対しては」
カラカラ笑ったイゾウの横顔は、いつもと同じで見惚れる程美しい。
こんな素敵な人が目の前にいても、私の心を容易に揺さぶるのはマルコ1人だけ。
気づけば、仕込みの時間だ。
「あ!イゾウごめん!もう仕込みの時間だ。夜にまた探すね!」
イゾウは少しだけ黙り、視線だけ窓へ向けた。
「書物はいいよ。俺の勘違いかもしれねぇからな」
「でも全部探せてないよ」
「いいんだよ。
……ナマエ。ちゃんとマルコと話して、前向けよ」
「話せって言われても、マルコには彼女がいるでしょ。今さら」
「ほら!仕事行けって」
最後の言葉は遮られてしまった。探し物も手伝えなかったし。
マルコには彼女が居るんだ。
私ではない新しい彼女が。
話したところで……未練がましい自分を見せるだけな気がする。
殴ってまで別れを決めたのに……。
イゾウが言っていた「まだ私を好きだ」という言葉。
もしそうなら、なんであんなことをしたのだろう。
そういえば、あの大きな物音は静かになっていた。
とにかくキッチンへ急ごう。遅刻してしまう。
走って甲板を横切る。
そこには人だかりが出来ていて、クルー達の楽しそうな笑い声が聞こえた。
サッチとマルコの声も混じっている。
その声のほうに視線だけ送る。
ビスタに頭をガシガシと撫でられて、笑っているマルコが見えた。
――あの笑顔……好きだったなぁ……
慌てて視線を戻して、キッチンの扉を勢いよく開けて、4番隊のみんなに挨拶をする。
「ごめん!遅れちゃった!」
