約束の残香
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結局、休みは1週間貰った。
サッチ自ら、一日3回必ず給仕をしに来る。
「オレっちの飯を食わねぇから、痩せて寝込むんだろっ!」と世話を焼いてくれたおかげで、よく食べ、よく眠り、体だけでなく精神的にも回復できた。
4番隊が任務で船を開けて3週間頃から、俺は我慢の限界だった。
自分の女が、いくら仕事とは言え、俺ではない男と2カ月も同室で過ごすことに耐えられなくなっていた。
しかも、相手はサッチだ。
チャラチャラしているように見えるが筋の通った男で、モテるし、女が喜ぶことを良く知っている。
それでもサッチとナマエは、万が一でも間違いはおきないと信じていたが……。
連絡すら出来ないことに苛立ち、酒に逃げ、俺に好意がある部下からの誘いに乗ってしまった。
誰でも良かったわけじゃない。彼女は可愛い部下だと思っていたし、仕事も出来るし、戦闘もなかなか。
一度崩れた俺は止まることが出来なくなった。
彼女からの好意を利用し、ナマエが居ない寂しさと、サッチへの嫉妬をぶつけて、溺れていった。
クルー達は何も言わなかった。俺たちの問題だから。
別れてすぐにナースたちからは、ナマエの作る新作スイーツが食べられなくなったと、小言を言われるようになり、少しだけ風当たりが強くなった。
「これはご自身でお願いします」
頼んだカルテや処置を断られる。しまいには古株ナースから「可愛い彼女を医務室に入り浸りにさせないでくださいね」とまで言われた。俺が呼んでるわけじゃねぇのに。
「俺は………何してんだよい」
口を衝いて出る言葉は後悔ばかり。
そんな後悔は、部屋の空気に溶けて消えていった。
――――
休んでいる期間中、毎日毎食、部屋にはサッチがいる。
「明日から復帰だなー、マルコ」
こいつ今日は非番なのか?髪を下ろしてカチューシャがつけてある。
「快気祝いだぜ!」と、酒瓶を1本投げてきた。
一応、俺は医者だと思ったけれどありがたく頂戴して、キュポっとコルクを抜く。
昼から自室で穏やかに酒を飲む。ただそれだけのことなのに、なんだか気分が良くて、久しぶりにサッチと話し込んだ。
酒は人を饒舌にするとは言ったもんだねぃ。
「オレが聞くのもおかしいけどよ、なんでナマエと別れたのよ?あいつ、何かしたか?」
「何もしてねぇよい」
「じゃあ、なんでだよ」
「……あの任務に俺が耐えられなかっただけだ」
「え?あの任務って……お前に何度も確認したやつだよな?」
「……あぁ。ナマエを信じて待てなかった」
「……」
「……サッチと何かあるんじゃねぇかと……」
俺が言葉を吐き出した瞬間、サッチの気配が一変した。
纏っていた陽気な空気が消え失せた。急に目が鋭くなり、その視線は、まるで獲物を狩る獣のようだ。
「……マルコ、お前何言ってんだ?」
サッチの声は、静かだが、深く、重い。
その声を聞いた瞬間、言うべきじゃなかったと、背筋に冷たいものが走った。
「あいつが……ナマエがお前のことをどれだけ想ってたのか、全然わかってねぇのかよ!」
酒瓶が割れるんじゃねぇかと思うようなでかい声。
今のサッチの声に乗っている感情は怒りだ。応戦するなと警報が鳴る。
しかし、一度口を出た本心は――
「サッチにだけは言われたくねぇよい!」
「あ?俺が原因て言いてぇのか?」
急に立ち上がったサッチは、俺の胸ぐらを掴み軽々と持ち上げた。
苦虫を噛むような顔のサッチを見上げ「そうかもねい」と俺は自嘲気味に笑うしかできなかった。
急に視界が反転し、グシャリと右の頬に衝撃がきた。
テーブルに叩きつけられたのだ。叩きつけられたのレベルではない。テーブルは破壊され、俺の顔は床に押し付けられている。
いくら能力で傷が治るといっても、痛覚が0なわけではない。頬の痛みに顔を歪めた。
サッチの怒号と打撃音が入り混じり、俺の部屋は修羅場と化す。
サッチはマルコを掴み上げ、まるで獲物を投げ捨てるかのように勢いよく放り投げた。
マルコの身体は空中で大きく弧を描き、部屋の扉が粉砕し、そのまま甲板に放り出される。大きな破壊音と、降ってきた人物に騒然とする甲板のクルーたち。敵襲かと勘違いするほどの音だ。
甲板に蹲ったままのマルコのもとに、サッチが追いかけるようにして馬乗りになる。
「お前が勝手に不安になって拗ねて、勝手に行動して!」
ドカッ!
「ナマエを泣かせたんだろ!」
ゴッ!
「自分勝手にも程があんだろうが!」
ドガッ!
一方的にサッチが声を荒げる。
拳がマルコのガードをこじ開ける度に、鈍い音が響き、顔面を捉える。その度にマルコは小さく呻く。
「うるせぇ!……お前に、俺の、何がわかるんだよい!」
ズドッ!
「マルコの気持ちなんか知らねぇよ!」
ゴッ!
「っ!だったら、関係ねぇだろ!」
ガッ!
「ヴッ……」
「ナマエのこと!……考えてねぇのはマルコだろ!甘ったれんな!」
「敵襲か!?」
「1番隊!誰か!!」
「オヤジ呼べ!」
いつもは陽気なサッチが仲間相手にすごい剣幕で拳をくり出すところも、打撃で圧されているマルコも、古参クルー以外は初めて見たのではないのか。
「ナマエがどれだけお前を大切にしてたか……知らねぇのはマルコ、お前だけだろ!!」
「っ!」
「カッコつけてんじゃねぇよ!!」
「うるせぇよい!お前がナマエを狙ってたのだって、知ってんだよい!」
「いつの話してんだよ!!」
「お前らの任務も、いつも気に入らねぇんだよい!」
「だったら!最初から……言えよ!クソパイナップル!」
「あ?……んだと!この……フランスパンがぁ!!」
互いに血だらけになる。拳に滲む血は相手のものなのか、自身の拳が裂けたものなのか……
それだけ鬼気迫る殴り合いだった。
そこへ駆けつけた隊長達は逆に落ち着いていた。
「能力なしの殴り合いか。今日はサッチだな」
「よぉーーし!!さぁーどっちに賭ける?!」
茶化すように笑い合いながらも、その目は乱闘を真剣に見守っている。
ただ、イゾウだけが「くだらねぇ」と言い、遠目に見てその場を早々に後にした。
マルコとサッチの殴り合いの喧嘩――素手で気が済むまでやりあう。
医者とコックという立場で互いに手が商売道具。
そんな二人の間には【殴る】または【関節技】のみというルールがあるらしい。
「隊長!止めなくていいんですか!!」
「いいの、いいの」
「好きでやってるから」
この喧嘩の原因を理解しているのは、隊長達くらいだろう。しかし、罵りあっている内容はソレだけでは無いから。
彼等にしかわからない事情もあるのだろう。だからこそ、気が済むまでやればいいのだ。
「余裕こいた顔して……ただのヤキモチじゃねぇか!」
「っ!!わりぃのかよい!!」
「なんで!ナマエに言わねぇんだよ!不安だって!」
「言えるか!」
サッチの両手がマルコの襟を掴んで、思い切り引き寄せた。
額同士が付く距離。
「マルコ……全部かっこわりぃぞ」
サッチがマルコを真っ直ぐ見る。
マルコは何も言えず、ただサッチの瞳を見る。
「ナマエに全部話せよ。許してもらえねぇとは思うけど」
乱闘しているとは思えないほど、落ち着いた声だった。
クルー達の声援も笑い声も、マルコは自分の粗い呼吸音も、聞こえなくなった。サッチの声だけがマルコの耳に響いた。
一瞬マルコの力が抜ける。
その瞬間をサッチは見逃さずに、関節技を決め、マルコがタップした。
「おっしゃーーーー!俺の勝ちだってんだ!」
髪も服もボロボロになった血だらけのサッチの勝利の雄叫びが響き渡る中、マルコはゆっくりと立ち上がる。
シャツは血だらけで所々破けていて、鼻と口元から血を流し、頬にはサッチの拳の跡が残っている。
その姿だけ見れば、10代の頃と変わらない兄弟喧嘩だ。
次の瞬間マルコの身体は、蒼い炎に優しく包み込まれた。
それは、傷ついた身体だけでなく、彼の心までも修復するかのように、穏やかに燃えていた。
「マルコ、ちゃんとナマエと話せよ。前に進めねぇぞ」
サッチの言葉が、ひどく胸に響いた。
そうだ、俺は逃げてばかりだった。
自分の弱さや寂しさから逃げ、ナマエから逃げ、そしてサッチから逃げていた。
「とりあえずー、次の島で1番高い食材買ってねー♡マルコ隊長♡」
「ちっ!」
一瞬でもサッチに感謝を思った自分に腹が立つ程、ふざけた顔のサッチ。
――もう一発ぶん殴れば、良かったよい。
「マルコ!もう少し打撃強くなれよ。賭けたのにさぁ」
「久しぶりに見れて面白かったぜー」
「いい酒のつまみになったぞ!」
クルーたちの声が、遠くに聞こえる。
彼らは、俺たちの間に何があったかをすべて知っているのに、いつものように茶化し、からかう。そのさりげない優しさが、ひどくありがたかった。
久しぶりに、ちゃんと笑った気がする。
「サッチ隊長、夕飯の仕込みの時間すよ〜」
「オレっち、今日非番じゃねぇ?」
「元気そうなんで、手伝ってくださいね〜」
喧騒を後ろに、マルコは部屋へ戻った。
粉々に壊れた扉を見て、自嘲気味に笑う。ソファもテーブルも壊れ、床には割れた食器が散らばっている。
無事だったのは、デスクとチェスト、そしてベットだけ。
「こりゃ扉の修理代に、次の島では高級食材と家具の買い替え…出費がかさむねぃ」
──彼女とは別れよう。そして、ナマエと話をしたい。
この手で壊してしまった、俺たちの10年間に、けじめをつけるために。
マルコの胸の中はどこか晴れやかだった。
「とりあえず片付けるかねぃ」
サッチ自ら、一日3回必ず給仕をしに来る。
「オレっちの飯を食わねぇから、痩せて寝込むんだろっ!」と世話を焼いてくれたおかげで、よく食べ、よく眠り、体だけでなく精神的にも回復できた。
4番隊が任務で船を開けて3週間頃から、俺は我慢の限界だった。
自分の女が、いくら仕事とは言え、俺ではない男と2カ月も同室で過ごすことに耐えられなくなっていた。
しかも、相手はサッチだ。
チャラチャラしているように見えるが筋の通った男で、モテるし、女が喜ぶことを良く知っている。
それでもサッチとナマエは、万が一でも間違いはおきないと信じていたが……。
連絡すら出来ないことに苛立ち、酒に逃げ、俺に好意がある部下からの誘いに乗ってしまった。
誰でも良かったわけじゃない。彼女は可愛い部下だと思っていたし、仕事も出来るし、戦闘もなかなか。
一度崩れた俺は止まることが出来なくなった。
彼女からの好意を利用し、ナマエが居ない寂しさと、サッチへの嫉妬をぶつけて、溺れていった。
クルー達は何も言わなかった。俺たちの問題だから。
別れてすぐにナースたちからは、ナマエの作る新作スイーツが食べられなくなったと、小言を言われるようになり、少しだけ風当たりが強くなった。
「これはご自身でお願いします」
頼んだカルテや処置を断られる。しまいには古株ナースから「可愛い彼女を医務室に入り浸りにさせないでくださいね」とまで言われた。俺が呼んでるわけじゃねぇのに。
「俺は………何してんだよい」
口を衝いて出る言葉は後悔ばかり。
そんな後悔は、部屋の空気に溶けて消えていった。
――――
休んでいる期間中、毎日毎食、部屋にはサッチがいる。
「明日から復帰だなー、マルコ」
こいつ今日は非番なのか?髪を下ろしてカチューシャがつけてある。
「快気祝いだぜ!」と、酒瓶を1本投げてきた。
一応、俺は医者だと思ったけれどありがたく頂戴して、キュポっとコルクを抜く。
昼から自室で穏やかに酒を飲む。ただそれだけのことなのに、なんだか気分が良くて、久しぶりにサッチと話し込んだ。
酒は人を饒舌にするとは言ったもんだねぃ。
「オレが聞くのもおかしいけどよ、なんでナマエと別れたのよ?あいつ、何かしたか?」
「何もしてねぇよい」
「じゃあ、なんでだよ」
「……あの任務に俺が耐えられなかっただけだ」
「え?あの任務って……お前に何度も確認したやつだよな?」
「……あぁ。ナマエを信じて待てなかった」
「……」
「……サッチと何かあるんじゃねぇかと……」
俺が言葉を吐き出した瞬間、サッチの気配が一変した。
纏っていた陽気な空気が消え失せた。急に目が鋭くなり、その視線は、まるで獲物を狩る獣のようだ。
「……マルコ、お前何言ってんだ?」
サッチの声は、静かだが、深く、重い。
その声を聞いた瞬間、言うべきじゃなかったと、背筋に冷たいものが走った。
「あいつが……ナマエがお前のことをどれだけ想ってたのか、全然わかってねぇのかよ!」
酒瓶が割れるんじゃねぇかと思うようなでかい声。
今のサッチの声に乗っている感情は怒りだ。応戦するなと警報が鳴る。
しかし、一度口を出た本心は――
「サッチにだけは言われたくねぇよい!」
「あ?俺が原因て言いてぇのか?」
急に立ち上がったサッチは、俺の胸ぐらを掴み軽々と持ち上げた。
苦虫を噛むような顔のサッチを見上げ「そうかもねい」と俺は自嘲気味に笑うしかできなかった。
急に視界が反転し、グシャリと右の頬に衝撃がきた。
テーブルに叩きつけられたのだ。叩きつけられたのレベルではない。テーブルは破壊され、俺の顔は床に押し付けられている。
いくら能力で傷が治るといっても、痛覚が0なわけではない。頬の痛みに顔を歪めた。
サッチの怒号と打撃音が入り混じり、俺の部屋は修羅場と化す。
サッチはマルコを掴み上げ、まるで獲物を投げ捨てるかのように勢いよく放り投げた。
マルコの身体は空中で大きく弧を描き、部屋の扉が粉砕し、そのまま甲板に放り出される。大きな破壊音と、降ってきた人物に騒然とする甲板のクルーたち。敵襲かと勘違いするほどの音だ。
甲板に蹲ったままのマルコのもとに、サッチが追いかけるようにして馬乗りになる。
「お前が勝手に不安になって拗ねて、勝手に行動して!」
ドカッ!
「ナマエを泣かせたんだろ!」
ゴッ!
「自分勝手にも程があんだろうが!」
ドガッ!
一方的にサッチが声を荒げる。
拳がマルコのガードをこじ開ける度に、鈍い音が響き、顔面を捉える。その度にマルコは小さく呻く。
「うるせぇ!……お前に、俺の、何がわかるんだよい!」
ズドッ!
「マルコの気持ちなんか知らねぇよ!」
ゴッ!
「っ!だったら、関係ねぇだろ!」
ガッ!
「ヴッ……」
「ナマエのこと!……考えてねぇのはマルコだろ!甘ったれんな!」
「敵襲か!?」
「1番隊!誰か!!」
「オヤジ呼べ!」
いつもは陽気なサッチが仲間相手にすごい剣幕で拳をくり出すところも、打撃で圧されているマルコも、古参クルー以外は初めて見たのではないのか。
「ナマエがどれだけお前を大切にしてたか……知らねぇのはマルコ、お前だけだろ!!」
「っ!」
「カッコつけてんじゃねぇよ!!」
「うるせぇよい!お前がナマエを狙ってたのだって、知ってんだよい!」
「いつの話してんだよ!!」
「お前らの任務も、いつも気に入らねぇんだよい!」
「だったら!最初から……言えよ!クソパイナップル!」
「あ?……んだと!この……フランスパンがぁ!!」
互いに血だらけになる。拳に滲む血は相手のものなのか、自身の拳が裂けたものなのか……
それだけ鬼気迫る殴り合いだった。
そこへ駆けつけた隊長達は逆に落ち着いていた。
「能力なしの殴り合いか。今日はサッチだな」
「よぉーーし!!さぁーどっちに賭ける?!」
茶化すように笑い合いながらも、その目は乱闘を真剣に見守っている。
ただ、イゾウだけが「くだらねぇ」と言い、遠目に見てその場を早々に後にした。
マルコとサッチの殴り合いの喧嘩――素手で気が済むまでやりあう。
医者とコックという立場で互いに手が商売道具。
そんな二人の間には【殴る】または【関節技】のみというルールがあるらしい。
「隊長!止めなくていいんですか!!」
「いいの、いいの」
「好きでやってるから」
この喧嘩の原因を理解しているのは、隊長達くらいだろう。しかし、罵りあっている内容はソレだけでは無いから。
彼等にしかわからない事情もあるのだろう。だからこそ、気が済むまでやればいいのだ。
「余裕こいた顔して……ただのヤキモチじゃねぇか!」
「っ!!わりぃのかよい!!」
「なんで!ナマエに言わねぇんだよ!不安だって!」
「言えるか!」
サッチの両手がマルコの襟を掴んで、思い切り引き寄せた。
額同士が付く距離。
「マルコ……全部かっこわりぃぞ」
サッチがマルコを真っ直ぐ見る。
マルコは何も言えず、ただサッチの瞳を見る。
「ナマエに全部話せよ。許してもらえねぇとは思うけど」
乱闘しているとは思えないほど、落ち着いた声だった。
クルー達の声援も笑い声も、マルコは自分の粗い呼吸音も、聞こえなくなった。サッチの声だけがマルコの耳に響いた。
一瞬マルコの力が抜ける。
その瞬間をサッチは見逃さずに、関節技を決め、マルコがタップした。
「おっしゃーーーー!俺の勝ちだってんだ!」
髪も服もボロボロになった血だらけのサッチの勝利の雄叫びが響き渡る中、マルコはゆっくりと立ち上がる。
シャツは血だらけで所々破けていて、鼻と口元から血を流し、頬にはサッチの拳の跡が残っている。
その姿だけ見れば、10代の頃と変わらない兄弟喧嘩だ。
次の瞬間マルコの身体は、蒼い炎に優しく包み込まれた。
それは、傷ついた身体だけでなく、彼の心までも修復するかのように、穏やかに燃えていた。
「マルコ、ちゃんとナマエと話せよ。前に進めねぇぞ」
サッチの言葉が、ひどく胸に響いた。
そうだ、俺は逃げてばかりだった。
自分の弱さや寂しさから逃げ、ナマエから逃げ、そしてサッチから逃げていた。
「とりあえずー、次の島で1番高い食材買ってねー♡マルコ隊長♡」
「ちっ!」
一瞬でもサッチに感謝を思った自分に腹が立つ程、ふざけた顔のサッチ。
――もう一発ぶん殴れば、良かったよい。
「マルコ!もう少し打撃強くなれよ。賭けたのにさぁ」
「久しぶりに見れて面白かったぜー」
「いい酒のつまみになったぞ!」
クルーたちの声が、遠くに聞こえる。
彼らは、俺たちの間に何があったかをすべて知っているのに、いつものように茶化し、からかう。そのさりげない優しさが、ひどくありがたかった。
久しぶりに、ちゃんと笑った気がする。
「サッチ隊長、夕飯の仕込みの時間すよ〜」
「オレっち、今日非番じゃねぇ?」
「元気そうなんで、手伝ってくださいね〜」
喧騒を後ろに、マルコは部屋へ戻った。
粉々に壊れた扉を見て、自嘲気味に笑う。ソファもテーブルも壊れ、床には割れた食器が散らばっている。
無事だったのは、デスクとチェスト、そしてベットだけ。
「こりゃ扉の修理代に、次の島では高級食材と家具の買い替え…出費がかさむねぃ」
──彼女とは別れよう。そして、ナマエと話をしたい。
この手で壊してしまった、俺たちの10年間に、けじめをつけるために。
マルコの胸の中はどこか晴れやかだった。
「とりあえず片付けるかねぃ」
