約束の残香
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「隊長お疲れっす」
「お疲れよい」
自室の扉には、不自然に差し込まれている封筒がある。
――荷物を取りに来たんだな、とすぐに理解した。
封筒を取り、鍵を開ける。
テーブルの上には、今朝俺が置いた木箱よりも少し小さい木箱が1つ。これが、俺の荷物か……。
暗闇に目が慣れる前にランプへ明かりを灯す。
木箱の中は、丁寧に畳まれた俺の服や、愛用の羽根ペン、二人で一緒に選んだ万年筆。
書きかけの書類や資料、見習い頃にオヤジ達と撮った古い写真、俺が気に入って勝手に置いておいたインテリア、そして二人で行ったバーのコースター……。
二人だけの思い出がぎっしりと詰め込まれていた。
……こんな細かいもんまでよく覚えてたな。少しだけ笑みがこぼれる。
すべてが丁寧に詰められていて、あいつの性格がよくわかる。
だが、手にとってみたもののこれらをどうすることもできずに、書類や資料だけを出して、そっと蓋をした。
そして、隠すかのようにデスクの下へ押し込む。
タイミング良く、可愛らしいノックが部屋に響く。
「マルコさん、私です」
そうだ、明日は非番だから彼女が泊まりくる日だった。
もうあいつのことは忘れよう。俺が手放したんだから……。
「ああ、鍵は開いてるよい」
木箱が目につかないように、そして木箱を隠すように椅子も押し込む。
──俺は今、幸せだよい。
頭の中で繰り返される言葉。
これは誰かに向けた言い訳なのか。それとも、自分自身に言い聞かせるための呪文なのか……。
——
あの島への潜入後、判明した黒幕組織を壊滅させた。
それは、4番隊の帰還からたった2週間という驚異的なスピードで完遂された。
だが、あの日の光景は今も目に焼き付いている。
黒幕となる組織へ奇襲をかけた時だ。
3番隊、4番隊、5番隊が最前線という布陣。
俺ら1番隊と8番隊は後方支援。
最前線にジョズ、サッチ、ビスタ達が居る。
ここに普段居ないはずのナマエが居た。
機動力を活かした戦闘スタイルのはずが、敵陣へ真っ先に突っ込んでいく。
普段持たない長物を手にして、初陣かと思うほどに完全に周囲が見えていない。
無表情で相手を切り裂き、返り血を浴びるナマエ。
見たことのない戦い方に、クルーたちも驚きを隠せない。
肝心のナマエの瞳の奥に、光は無かった。
――あいつ、何してんだよい?
フォローに入ったサッチがナマエのシャツを掴み、無理やりに後ろへ引き戻す。
それでも、前へ突っ込んでいく姿が痛々しく、胸の奥が軋んだ。
今すぐ止めに入りたいが、そんなことをする資格は今の俺には無い。
「ナマエ!下がれ!!」
「バカ野郎!」
前線のクルーたちが、ナマエの暴走に振り回されている……。
見かねたジョズはナマエを肩に担ぎ、前線から下がった。
それでもナマエは暴れ続けていた。
――ナマエの暴走は、あの時だけだ。
自暴自棄……。
そう見える戦い方をさせてしまったのは、全部俺のせいだよい。
今さら気づいたって、遅ぇのによ。
……
……
「はぁ……」
気づいたら、夜が明けていた。
窓の外が白みはじめて、波の音がかすかに聞こえる。
デスクの上には、あの日の4番隊の報告書が開いたまま。
ナマエの顔が浮かぶたび、あの時と同じように胸の奥が軋んだ。
息を吐き、椅子の背にもたれる。
足先がコツンと何かに当たった。
片付けられないままのあの木箱だ。
ふと、手を伸ばしてみるが、木箱に触れた指先はそれ以上動けなかった。
開ける勇気も、閉じる覚悟も――俺にはどっちもねぇらしい。
――
「マルコ、もう少し身なりを整えろよ。最近、小汚ねぇぞ」
カウンターで朝飯を食っていると、隣に座ってきたイゾウに言われた。
「あ?」
自分でもわかっている。
仕事以外の生活力がない俺に代わって、アイロンや、自室の整理も――全部ナマエがやってくれていた。
「お前、自分の生活力の無さを自覚したほうがいいな」
朝から綺麗に着物を纏い、紅を引いた男に言われると、立つ瀬がない。
「……よい」
「お前から手放したのに、あいつはしっかりやってるだろ。マルコもしっかりしろよ」
そう言われて、キッチンの奥に目をやる。
汗を流しながら大きなフライパンを振るナマエの姿があった。
以前は、カウンター付近が彼女の持ち場で、楽しそうに働く姿を間近で見ていた。
4番隊の連中が気を利かせて、俺から距離を取らせているのだろう。
少し前までは、腫れたまぶたや目元の赤みが痛々しかった。
今はもう、そんな痕跡すらない。
ちゃんと前を向こうとしているんだろう。……俺だけが取り残されてるみてぇだよい。
……もう、俺を想って泣くこともねぇのかよい。
「チッ。うるせぇな。わかっているよい……」
飯もそこそこに席を立つ。
食事が喉を通らない。部屋で食おうかと思うほど、その場にいるのがいたたまれなかった。
あの帰還の日から数カ月も経つと、あらゆる歯車が噛み合わなくなってきた。
クルー同士の揉め事、補給物資のトラブル、怪我人や病人……。
何日もまともに眠れない日が続いていた。
1600人も居るんだ。何があってもおかしくはない。
そんなことは昔から理解している。
しかし、休むことを許されぬように、彼女との喧嘩が追加されていった。
「マルコさんがそんな人だと思いませんでした!!!!」
そう怒鳴り、泣きながら部屋を出ていった彼女。
静寂が戻った部屋。
椅子にもたれ、天井を仰ぐ。
一体、何が原因での喧嘩なのかすら覚えていない。
――もう、何も考えたくねぇよい。
――――――
どのくらいの時間、そうしていたのだろう……。
水が飲みてぇ、と思い部屋を見渡しても、空っぽのデキャンタと酒瓶しかない。
仕方なく、キッチンへ行くか、と重い腰を上げる。
キッチンまでの廊下を歩きながら、思うのはナマエのことだった。
仕事に行き詰まった俺に、絶妙なタイミングで「そろそろ寝ない?」とか「息抜きしてるの?」と声をかけてくれた。
徹夜の時には夜食や飲み物を用意してくれたり、「手伝えることある?」と、いつも俺を気遣い、支え続けてくれた。
俺はナマエの当たり前のような優しさに甘えきっていた。
キッチンの扉の隙間から、温かい明かりが溢れている。
――誰かいるんだな。
情けない顔をしている自覚があるから、誰とも会いたくはない。
けれど、喉が張り付いたように渇いている。
意を決して扉を開けると、室内の光が眩しくて一瞬目が眩んだ。
目を細めて前を見ると、視界に入ってきたのはナマエだった。
明日の仕込みにしては遅すぎる時間だが……。
キッチン内への一歩が、踏み出せない。それは、俺と彼女の間に境界線が引かれているように。
「……マルコ?」
「ああ……急にすまねぇ。水を……もらいに来ただけよい」
「そう」
彼女は冷蔵庫から、何の迷いもなく水が入ったデキャンタを取り出し、コトンとカウンターに置く。
あの日以来の会話だが、ナマエの声色は、以前と変わらない穏やかさだった。
「それは洗い物?」
「ああ……」
「頂戴。まとめて洗うから」
「ああ……」
空のデキャンタを持ったまま、ぼうっと突っ立っている俺を、彼女は不思議そうな顔で見つめている。
「ねぇ……大丈夫?熱あるんじゃないの?」
「……?」
「熱、測った?」
――そんなわけはない。俺は発熱なんかしねぇ……。
そう言いたいのに、喉が渇ききっていて言葉は音にならなかった。
「マルコ?大丈夫?」
ナマエの気遣いを含んだ声が耳に届いた途端、視界が揺れた。
「っ!マルコ!!!」
俺、発熱してたのか……。自分では全くわからなかったよい。
お前は、こんなにも俺のことを見ていてくれたんだな。
信じてやれなくて……泣かせて悪かった。
ごめんよい……。
目が醒めると、自室のベッドにいた。
あれは、夢だったのか?
体中がミシミシと音を立てるほど重だるい。
頭を持ち上げて部屋を見渡すと、結露して汗をかいたデキャンタが2本ある。
――夢、じゃねぇ。でも、記憶が曖昧で、頭が痛てぇ。
「おーい!マルコ、起きてるかぁー?」
サッチのでけぇ声が頭に響き、こめかみを押さえる。
「ちっ、うるせぇ……聞こえてるよい」
「あーはいはい。起きたのね」
勝手に入室してきたサッチは、いい香りを漂わせたトレーを手にしている。
「朝から、なんだよい?」
「お前、覚えてねぇの?食堂でぶっ倒れたんだぞ」
体調不良の時だけサッチが作る特製スープをベッドで飲みながら、昨夜のことを聞かされる。
「ナマエが介抱してた」と言われた瞬間、思わずむせてしまった。
俺の都合のいい夢かと思っていたが……違ったのか。
「マルコ、大丈夫?」そう言われ、突然体の力が抜けたんだ。
朦朧とする意識の中で、ナマエに抱きかかえられ、椅子に横にさせられ、熱を確認するように額を触られた気がする。
その手は、ひんやりとしていて気持ち良かった。
そして何よりも、彼女の手の感覚が懐かしくて、無意識に彼女の手首を掴んだ……。
彼女は俺の手を振り払うわけでもなく、「疲れが出たのかな?」と、その手をゆっくりと動かし、俺の目元を覆う。
いつもベットで聞いていた「おやすみ」が聞こえた。
その声、ナマエの行動、懐かしい香水の匂いに俺は安心して完全に意識を飛ばした。
「あとで礼言っとけよ。あとな、数日休めって。オヤジから伝言な」
医者の不養生とはまさにこのことだ。体調を崩すなんて、何年振りだろう……。
ナマエがいないと、こうもうまくいかねぇものなのか。
考えたいことは山ほどあるが、体が休みたいと訴えているようで、ひどく瞼が重い。
そういえば、俺はいつ着替えたんだ?
サッチが出ていく前には眠りに堕ちていた。
―――
「これ……私に?」
なんだこれ? 昔のナマエだ。
ああ……そうか、これこそ俺に都合のいい夢だねい。
付き合い始めてすぐの頃に、奮発してプレゼントしたネックレスを、彼女が手にしている。
奮発したと言っても、今ならいつだって買ってやれるような金額のものだ。
彼女はいつもそれを身に着けていた。
特に任務で船を空ける時は必ず。
目に涙を浮かべて「大切にするね」と笑う、今よりも少し幼いナマエの姿。
なぜ、信じてやれなかったんだよい。
くだらねぇ嫉妬なんかする必要なかったのに……。
ちゃんとお前は、俺だけを愛してくれていたのに。
あの日の「さようなら」の声が今でも響いている。
「お疲れよい」
自室の扉には、不自然に差し込まれている封筒がある。
――荷物を取りに来たんだな、とすぐに理解した。
封筒を取り、鍵を開ける。
テーブルの上には、今朝俺が置いた木箱よりも少し小さい木箱が1つ。これが、俺の荷物か……。
暗闇に目が慣れる前にランプへ明かりを灯す。
木箱の中は、丁寧に畳まれた俺の服や、愛用の羽根ペン、二人で一緒に選んだ万年筆。
書きかけの書類や資料、見習い頃にオヤジ達と撮った古い写真、俺が気に入って勝手に置いておいたインテリア、そして二人で行ったバーのコースター……。
二人だけの思い出がぎっしりと詰め込まれていた。
……こんな細かいもんまでよく覚えてたな。少しだけ笑みがこぼれる。
すべてが丁寧に詰められていて、あいつの性格がよくわかる。
だが、手にとってみたもののこれらをどうすることもできずに、書類や資料だけを出して、そっと蓋をした。
そして、隠すかのようにデスクの下へ押し込む。
タイミング良く、可愛らしいノックが部屋に響く。
「マルコさん、私です」
そうだ、明日は非番だから彼女が泊まりくる日だった。
もうあいつのことは忘れよう。俺が手放したんだから……。
「ああ、鍵は開いてるよい」
木箱が目につかないように、そして木箱を隠すように椅子も押し込む。
──俺は今、幸せだよい。
頭の中で繰り返される言葉。
これは誰かに向けた言い訳なのか。それとも、自分自身に言い聞かせるための呪文なのか……。
——
あの島への潜入後、判明した黒幕組織を壊滅させた。
それは、4番隊の帰還からたった2週間という驚異的なスピードで完遂された。
だが、あの日の光景は今も目に焼き付いている。
黒幕となる組織へ奇襲をかけた時だ。
3番隊、4番隊、5番隊が最前線という布陣。
俺ら1番隊と8番隊は後方支援。
最前線にジョズ、サッチ、ビスタ達が居る。
ここに普段居ないはずのナマエが居た。
機動力を活かした戦闘スタイルのはずが、敵陣へ真っ先に突っ込んでいく。
普段持たない長物を手にして、初陣かと思うほどに完全に周囲が見えていない。
無表情で相手を切り裂き、返り血を浴びるナマエ。
見たことのない戦い方に、クルーたちも驚きを隠せない。
肝心のナマエの瞳の奥に、光は無かった。
――あいつ、何してんだよい?
フォローに入ったサッチがナマエのシャツを掴み、無理やりに後ろへ引き戻す。
それでも、前へ突っ込んでいく姿が痛々しく、胸の奥が軋んだ。
今すぐ止めに入りたいが、そんなことをする資格は今の俺には無い。
「ナマエ!下がれ!!」
「バカ野郎!」
前線のクルーたちが、ナマエの暴走に振り回されている……。
見かねたジョズはナマエを肩に担ぎ、前線から下がった。
それでもナマエは暴れ続けていた。
――ナマエの暴走は、あの時だけだ。
自暴自棄……。
そう見える戦い方をさせてしまったのは、全部俺のせいだよい。
今さら気づいたって、遅ぇのによ。
……
……
「はぁ……」
気づいたら、夜が明けていた。
窓の外が白みはじめて、波の音がかすかに聞こえる。
デスクの上には、あの日の4番隊の報告書が開いたまま。
ナマエの顔が浮かぶたび、あの時と同じように胸の奥が軋んだ。
息を吐き、椅子の背にもたれる。
足先がコツンと何かに当たった。
片付けられないままのあの木箱だ。
ふと、手を伸ばしてみるが、木箱に触れた指先はそれ以上動けなかった。
開ける勇気も、閉じる覚悟も――俺にはどっちもねぇらしい。
――
「マルコ、もう少し身なりを整えろよ。最近、小汚ねぇぞ」
カウンターで朝飯を食っていると、隣に座ってきたイゾウに言われた。
「あ?」
自分でもわかっている。
仕事以外の生活力がない俺に代わって、アイロンや、自室の整理も――全部ナマエがやってくれていた。
「お前、自分の生活力の無さを自覚したほうがいいな」
朝から綺麗に着物を纏い、紅を引いた男に言われると、立つ瀬がない。
「……よい」
「お前から手放したのに、あいつはしっかりやってるだろ。マルコもしっかりしろよ」
そう言われて、キッチンの奥に目をやる。
汗を流しながら大きなフライパンを振るナマエの姿があった。
以前は、カウンター付近が彼女の持ち場で、楽しそうに働く姿を間近で見ていた。
4番隊の連中が気を利かせて、俺から距離を取らせているのだろう。
少し前までは、腫れたまぶたや目元の赤みが痛々しかった。
今はもう、そんな痕跡すらない。
ちゃんと前を向こうとしているんだろう。……俺だけが取り残されてるみてぇだよい。
……もう、俺を想って泣くこともねぇのかよい。
「チッ。うるせぇな。わかっているよい……」
飯もそこそこに席を立つ。
食事が喉を通らない。部屋で食おうかと思うほど、その場にいるのがいたたまれなかった。
あの帰還の日から数カ月も経つと、あらゆる歯車が噛み合わなくなってきた。
クルー同士の揉め事、補給物資のトラブル、怪我人や病人……。
何日もまともに眠れない日が続いていた。
1600人も居るんだ。何があってもおかしくはない。
そんなことは昔から理解している。
しかし、休むことを許されぬように、彼女との喧嘩が追加されていった。
「マルコさんがそんな人だと思いませんでした!!!!」
そう怒鳴り、泣きながら部屋を出ていった彼女。
静寂が戻った部屋。
椅子にもたれ、天井を仰ぐ。
一体、何が原因での喧嘩なのかすら覚えていない。
――もう、何も考えたくねぇよい。
――――――
どのくらいの時間、そうしていたのだろう……。
水が飲みてぇ、と思い部屋を見渡しても、空っぽのデキャンタと酒瓶しかない。
仕方なく、キッチンへ行くか、と重い腰を上げる。
キッチンまでの廊下を歩きながら、思うのはナマエのことだった。
仕事に行き詰まった俺に、絶妙なタイミングで「そろそろ寝ない?」とか「息抜きしてるの?」と声をかけてくれた。
徹夜の時には夜食や飲み物を用意してくれたり、「手伝えることある?」と、いつも俺を気遣い、支え続けてくれた。
俺はナマエの当たり前のような優しさに甘えきっていた。
キッチンの扉の隙間から、温かい明かりが溢れている。
――誰かいるんだな。
情けない顔をしている自覚があるから、誰とも会いたくはない。
けれど、喉が張り付いたように渇いている。
意を決して扉を開けると、室内の光が眩しくて一瞬目が眩んだ。
目を細めて前を見ると、視界に入ってきたのはナマエだった。
明日の仕込みにしては遅すぎる時間だが……。
キッチン内への一歩が、踏み出せない。それは、俺と彼女の間に境界線が引かれているように。
「……マルコ?」
「ああ……急にすまねぇ。水を……もらいに来ただけよい」
「そう」
彼女は冷蔵庫から、何の迷いもなく水が入ったデキャンタを取り出し、コトンとカウンターに置く。
あの日以来の会話だが、ナマエの声色は、以前と変わらない穏やかさだった。
「それは洗い物?」
「ああ……」
「頂戴。まとめて洗うから」
「ああ……」
空のデキャンタを持ったまま、ぼうっと突っ立っている俺を、彼女は不思議そうな顔で見つめている。
「ねぇ……大丈夫?熱あるんじゃないの?」
「……?」
「熱、測った?」
――そんなわけはない。俺は発熱なんかしねぇ……。
そう言いたいのに、喉が渇ききっていて言葉は音にならなかった。
「マルコ?大丈夫?」
ナマエの気遣いを含んだ声が耳に届いた途端、視界が揺れた。
「っ!マルコ!!!」
俺、発熱してたのか……。自分では全くわからなかったよい。
お前は、こんなにも俺のことを見ていてくれたんだな。
信じてやれなくて……泣かせて悪かった。
ごめんよい……。
目が醒めると、自室のベッドにいた。
あれは、夢だったのか?
体中がミシミシと音を立てるほど重だるい。
頭を持ち上げて部屋を見渡すと、結露して汗をかいたデキャンタが2本ある。
――夢、じゃねぇ。でも、記憶が曖昧で、頭が痛てぇ。
「おーい!マルコ、起きてるかぁー?」
サッチのでけぇ声が頭に響き、こめかみを押さえる。
「ちっ、うるせぇ……聞こえてるよい」
「あーはいはい。起きたのね」
勝手に入室してきたサッチは、いい香りを漂わせたトレーを手にしている。
「朝から、なんだよい?」
「お前、覚えてねぇの?食堂でぶっ倒れたんだぞ」
体調不良の時だけサッチが作る特製スープをベッドで飲みながら、昨夜のことを聞かされる。
「ナマエが介抱してた」と言われた瞬間、思わずむせてしまった。
俺の都合のいい夢かと思っていたが……違ったのか。
「マルコ、大丈夫?」そう言われ、突然体の力が抜けたんだ。
朦朧とする意識の中で、ナマエに抱きかかえられ、椅子に横にさせられ、熱を確認するように額を触られた気がする。
その手は、ひんやりとしていて気持ち良かった。
そして何よりも、彼女の手の感覚が懐かしくて、無意識に彼女の手首を掴んだ……。
彼女は俺の手を振り払うわけでもなく、「疲れが出たのかな?」と、その手をゆっくりと動かし、俺の目元を覆う。
いつもベットで聞いていた「おやすみ」が聞こえた。
その声、ナマエの行動、懐かしい香水の匂いに俺は安心して完全に意識を飛ばした。
「あとで礼言っとけよ。あとな、数日休めって。オヤジから伝言な」
医者の不養生とはまさにこのことだ。体調を崩すなんて、何年振りだろう……。
ナマエがいないと、こうもうまくいかねぇものなのか。
考えたいことは山ほどあるが、体が休みたいと訴えているようで、ひどく瞼が重い。
そういえば、俺はいつ着替えたんだ?
サッチが出ていく前には眠りに堕ちていた。
―――
「これ……私に?」
なんだこれ? 昔のナマエだ。
ああ……そうか、これこそ俺に都合のいい夢だねい。
付き合い始めてすぐの頃に、奮発してプレゼントしたネックレスを、彼女が手にしている。
奮発したと言っても、今ならいつだって買ってやれるような金額のものだ。
彼女はいつもそれを身に着けていた。
特に任務で船を空ける時は必ず。
目に涙を浮かべて「大切にするね」と笑う、今よりも少し幼いナマエの姿。
なぜ、信じてやれなかったんだよい。
くだらねぇ嫉妬なんかする必要なかったのに……。
ちゃんとお前は、俺だけを愛してくれていたのに。
あの日の「さようなら」の声が今でも響いている。
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