約束の残香
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明日から4番隊のコックとパティシエ合わせて10名で、とある島へ潜入する。
期間は約2カ月。
オヤジのナワバリを荒らすという噂の組織を調べるためだ。その組織をすぐに叩くのではなく、背後にいる黒幕を突き止める必要がある。
私たち4番隊は、表向きは料理人だが、実はスパイ活動や潜入を得意としている。
特に隊長のサッチは、どんな場所でもすぐに溶け込み、裏の仕事にかけては右に出る者がいない。
「サッチとナマエ、潜入中は常に一緒に行動しろ」
これはオヤジが決めたことだった。各隊の隊長とオヤジのミーティングで決定されたと聞いている。
以前からサッチとのペアは多かったが、同室で2カ月も過ごすのは初めてだ。
最長でも1週間だったのに。なぜ、マルコはこれを了承したんだろう…と疑問に思った。
マルコと私は10年来の付き合いで、恋人同士。
新鮮さはないかもしれなけれど、互いに大切に思い合っていると思っている。
良い時も、そうでない時も1番近くに居た。
だから、この件に関して彼は平気なんだと思ったし、サッチと私を信頼してくれているのだと心底感心していた。
――
いつもとは違った髪型のサッチ。
髪を下ろしているほうが絶対かっこいいのに。
パリッとしたスーツを着こなし、紳士らしい振る舞いで私をエスコートする。
「もう少しこっちにおいで」
そう言って、海賊とは思えない色気タップリの笑みのサッチに腰を引き寄せられる。
ドレス越しに感じる大きくて厚みのある温かい手。
チラリと見上げれば、目が合いニコリ柔らかい笑みを送られる。
少し背伸びをして、サッチの耳元へ口を寄せようとすれば、当たり前のようにサッチは屈んでくれる。
そっと耳打ちして、2人だけしかわからない会話をし、クスクス笑って、またゆっくりと歩き出す。
一見すれば素敵な夫婦。でも、実際は……
「右の奥に居たね。一旦引く?」
「いや、オレらでやれんだろ。動けるか?」
「いいけど、このドレス気に入ってるのになぁ」
「ナマエは後方な。オレっちが先手打つから」
「返り血とかダメだよ」
こんな物騒な会話ばかり。
ホテルの一室で2カ月過ごすといっても、サッチはとても気遣ってくれる。
私はベットで彼はソファ。
私が入浴する時間は外出している。
誰にも見られない時は、指1本触れこない。
そして、任務中、私達は絶対に酒を呑まない。
「明日帰れるー」
「一ヶ月半は長かったなぁ」
ちょっといい紅茶を飲みながら、テーブルを挟んで過ごし、眠っている電伝虫を指でつついて遊ぶ。
「マルコ何か言ってた?」
「いや。報告以外の話はしねぇし、今日はビスタだったな」
「へー。珍しいね」
「だなー。早く帰還して、マルコに安心させてやんねぇとな」
潜入捜査の時は、盗聴されない為に隊長しか電伝虫は使えない。自分達も使い捨ての電伝虫はあるが、モビーのクルー達とは連絡が取れない。
「マルコって意外と寂しがりやだし、ヤキモチ妬きだよね?」
「お前のことになると、ガキみてぇだよな」
「ずっと大切にしてくれてるからね。……こんな会えないのは、私もつらいよ」
「早く帰還しようぜ」
「今度休暇もらって、マルコと旅行したいなぁ」
「オヤジに相談しろよ。新婚旅行したいって」
「それいいかも〜!マルコにゆっくり休んでほしいし」
サッチはふわりと笑って、大きく伸びをした。
「明日の朝一でモビーに帰還しようぜ!」
――
しかし……
予定より少し早めの帰還が悪かったようだ。
モビーの甲板に漂う、ざわめき。
私を見た途端に焦る1番隊のクルー達。
「早く呼んでこい」「今はダメだろ」「いや、でも!」と波のように色々な声が聞こえる。
そして、いつもなら1番に出迎えてくれる見慣れた金髪は、どこにも見当たらなかった。
隊長格には連絡されているはずなのに……
寝坊と言うには遅すぎるし、昼寝には早すぎる。
本来ならすぐにオヤジへ潜入の結果を報告するべきなのだが…なぜかすぐにマルコの部屋に行かなければと強く思った。
胸の奥がザワザワと音を立てて、嫌な予感が頭をよぎる。
「ナマエ待て!」
誰かの必死な声が聞こえたけど、私の脚は止まらなかった。
コツ、コツ、コツとヒールを鳴らして向かうはマルコの部屋。
この音が早くなる鼓動と重なってさらに嫌悪感が増す。体の中から警告音が鳴り止まない。
ドクドクと心臓がけたたましく鳴っている。
息が吸いにくい…無理やり息を吐き、大きく吸い込む。
静かに合鍵で鍵を開け、扉を開ける。
そこから流れてくるのは、いつものマルコの部屋の香りでは無く、ムワッとした男女の独特の甘ったるい香りと、ラム酒の重たい匂いだった。
薄暗い部屋の床には見慣れたマルコのシャツと知らない服、そして大量のラム酒の瓶が散乱している。
「!!!マ…マルコさん…ちょっと!」
部屋の奥から聞こえたのは、マルコの隊の女の子の焦った声。
その彼女に覆いかぶさり胸に唇を寄せるのは――私が愛してやまない男。
女の子は慌ててマルコの背中を数回叩いている。
「なんだよい…」
マルコは、彼女の長い髪を優しい手つきで撫でた。
その声も、その優しくて甘ったるい目つきも、撫でる手のぬくもりも、優しさも、愛情も、全て知っている…。
それは、私だけに向けられていはずの、私の宝物だったはずのものだから。
私は一体どんな顔をしているのだろう。
無言で一歩ずつマルコへ近づく。
彼女は慌ててシーツを引っ張り身を隠し、マルコは彼女を庇うように自分の背後へ隠した。
どうして、あなたの見聞色はこういう時に使えないの?私の気配がわかっていたら、こんなことにはならなかったのに。
いや…それすらもわからないくらい彼女に夢中だということか。
あぁ……あなたのその目つきは、敵を前にした時のものだね。
この場で、私を敵と認識したと、鋭い目つきが語っていた。
「マルコ……歯ァ食いしばって」
古参のクルー達はよく知ってる。私の武装色が異常に強力で、接近戦を最も得意とすること。
私の声にマルコが一瞬だけ反応したのを見逃さなかった。
ぐしゃり、と何かが潰れるような音が、部屋に響く。
きっと彼の奥歯は抜けたか、割れただろう。
その感覚が私の拳に確かにあるから。でも本当は顎を砕くつもりだった。
――どうせすぐに再生するでしょ。
甘んじて私の拳を受け入れたマルコは、ちゃんと理解しているのだ。
これが私達の終わりだということを。
何も言わずにドアへ向かう。
脱ぎ散らかされた服を踏み、かつて、マルコが真っ赤な顔をしてプレゼントしてくれた大切なネックレスを力任せに引き千切った。
その壊れたネックレスを後ろ手に部屋へ投げ捨てる。
「さようなら」
ネックレスはゆっくりとして放物線を描き、ソファの下に溜まった埃だらけの床に転がっていった。
コツン…と、誰にも聞こえない、小さな、小さな音がした。
それは、まるで私の恋が終わったような音だった。
私の宝物だったネックレスは、今は誰にも見つから無いただのゴミと化した。
「マルコさん!!血が!」
後ろから悲鳴のような声が聞こえた気がした。
――あんたも海賊だろうが…いちいち騒ぐなよ。
こんな日も新世界の空はどこまでも真っ青で、雲一つなく美しい。その美しさが、私の傷を深く深く抉っていくようだった。
――――――――――
オヤジへの報告が終わり、潜入捜査をしていたクルー達は各々の部屋へ戻る中、私と私の異変に気付いてるサッチはオヤジの部屋に残った。
「明け方まで1人になりたいから、通船を出してほしい。必ず戻るから」
オヤジは何も聞かなかった。いい大人同士の恋愛だ。
オヤジといえど安易に立ち入ることはしない。
とても穏やかな声で、しかし深い心配を滲ませた温かい声で「ナマエの家はここだからな。」と言って、大きな手で私の頭を優しく撫でてくれる。
オヤジはいつだって家族皆の味方で、大きな愛情で包んでくれる。
太陽の匂いがして、暖かく、安心するこの部屋は、世界中どこを探してもここ以外に見つけられないだろう。
オヤジの優しさが、温かさが、胸にじんわりえと染みて苦しくなり、下唇を噛みしめながら「うん」とだけ返事をした。
部屋を出て、甲板へ向かう廊下。
オヤジとのやりとりを黙って聞いていたサッチが、困ったような顔で話しかけてきた。
「なぁ…オレっちも行こうか?」
その顔は、私なんかよりも悲しげで、なんだから少し可笑しかった。
「サッチ、ありがとう。少しだけ時間もらえれば、大丈夫になるから」
オヤジのビブルカードを確認して、人目につかない場所から通船へ降りる。
「やっぱり俺も行くわ」
サッチの声には、少しだけ怒りがを含まれていた。
この人怒らせると面倒なことになる、そう思いながら、「じゃあ、私の船のクルージングに招待しよう」と笑った。
「いや、俺が漕ぐのかよ」
「一緒に漕いでるじゃん」
「こうさ、自動になんねぇかな。これ?」
「サッチがそうゆう能力得ればいいじゃん。青雉の能力とかさ」
「あの能力でも海渡るのは人力だろ?あいつチャリじゃん。」
どうでもいい会話が、つらつらと続く。
これは、私が黙り込んでしまわないように、1人で抱え込まないようにという、サッチの優しい心遣いだった。
コックでありスパイでもある私は、常に内省を繰り返して生きてきた。
気付くと思考が内側へ向いていしまう癖がついている。コックとしての内省はポジティブだが、スパイとしての内省は、ネガティブでしかない。
いつも最悪の展開を想定し、そうならないように、あらゆることをシュミレーションして予防策を考えるから、自然とそれが癖になる。
それがツラくて稼業を辞める人もいると聞く。
サッチは、きっとわかっているんだろう。
1人になった私が、脳内でシュミレーションを何万回も繰り返し、結果的に自分を責めてしまうことを。
随分と遠くまで漕いできた。1600人も乗る巨大なモビーが、今は小さな明かりの点として見える。
「もっかい島戻るか?オヤジには連絡しておくからさ」
「ううん。大丈夫。このまま朝までプカプカ浮いていたい」
「それ漂流じゃね?」
「オヤジのビブルカードあるから大丈夫。帰る場所は見失わないよ」
「……酒持ってくりゃ良かったなぁ」
「すぐ酔うくせに?」
「だってよー、今日なんとかりゅーせーぐんだせ?」
「何それ?」
「知らね。でもさ、ビスタが言ってたから本当だろ」
少しずつ、少しずつ、海が漆黒に包まれていく。
やがてあたりは闇に包まれ、モビーからは温かな光と、微かに笑い声が聞こえてきた。白ひげのクルー達は、いつだった賑やかだ。
昼間の心地よい太陽の光と肌を滑る爽やかな風とは違い、全てを塗りつぶす漆黒の闇と、肌寒く感じる風が吹き抜ける。この暗闇の中でモビーだけが、まさに一筋の光だった。
「ナマエ……もういいだろ。よく我慢したな」
その声が号令となり、ポロリと雫が頬を伝って落ちた。
「……」
頭を撫でてくれるこの手は、マルコじゃない。
撫でてもらうことも、甘ったるい顔や腑抜けた顔を見ることも、柔らかな笑顔も、無防備な寝顔も…いつでも触れあえる距離に居たのに、その全てが許されなくなった。
私たちの10年が、一瞬で終わってしまったのだ。
あんな場面を見せられても、まだ好きと思ってしまう自分が苦しい。
マルコを初めて本気で殴った右手には、今もその衝撃が残っている。
彼を最後に感じるぬくもりが暴力だなんて……私はなんて海賊らしいんだろう。
漆黒の夜に、彼が飛行すると、蒼い炎が幻想的に輝いて……とても綺麗だった。
その蒼い光が、甲板に降りてくるのを待ち、力いっぱい抱きしめる時が、何よりも幸せだった。
モビーが皆の光なら、マルコの蒼は私だけの光だったのに……。
サッチは、私の頭や首、背中を子どもをあやすように撫でる。何度か首の後ろで手が止まるのは…ネックレスを引きちぎった時に出血した所なんだろう。
ジクジク、チクチクと、その痛みが私に現実を突きつけてくる。
「ネックレス…」
サッチがぽつり呟いた。
「…引きちぎって……捨てた」
「……だから、ここ切れてんのか」
「なぁ……取り返さねぇの?」
ネックレスではなく、マルコを、という意味だろう。
「うん。いらない」
「浮気だから?」
「それもあるけど……マルコの目が違ってた。敵に向ける目だった……」
あの時、何が起きているのか理解出来なかった。が、とにかく冷静に事実だけを見ることに努めた。
その結果、マルコは私を敵と見なし、浮気相手…いや本命の彼女を守るために後ろへ隠した。
私だとわかっても、言い訳ひとつせず、殴られることを受け入れた。
それは私の完敗を意味している。
マルコが私に言い訳したいと思うほどの気持ちが、もう残っていないという事実。
今更、何かを頑張ったところで、決して変わらないことだろう。
あの部屋での光景が、脳裏に焼きついて離れない。
これから先、マルコと顔を合わせる度に、あのシーンがフラッシュバックするのか。
「明け方には気持ちのリセットかけるから、もう少しだけ……」
私が声を上げて泣いている間、サッチはただ黙って隣で、背中を擦り続けてくれた。
私達の頭上を無数の流星群が流れていく。
こんなものが、いったい誰の願いを叶えてくれるというのだろう……
――
眩しくて目が覚めた。私は泣きつかれて通船の中で眠ってしまったようだ。
肩にはサッチの派手なシャツが掛けられていて、彼の優しさに、また涙腺が緩む。
しかし、肝心のサッチが見当たらない。
通船には彼の靴だけが置かれていた……。
「サッチ!!!」
ブハッと突然水面からサッチの顔が出てきた。
「お!起きたか!朝の海、すげー綺麗だせ。ナマエも潜る?」
ゲラゲラ笑うサッチを見て、腰が抜けるかと思った。
「居ないからびっくりしたんだけど!」
「わりぃわりぃ!ぐっすり寝てるナマエを起こすのも悪いと思ってさ〜」
サッチは、手で水鉄砲を作り、私目掛けて海水を飛ばしてくる。
「ちょっ!ちょっ!!サッチ!!」
「ナマエ、一緒に潜ろうぜ!」
そう言ったかと思うと、彼は通船を転覆させ、私はドボンと海へ滑り落ちた。
目を開けると、目の前のサッチが「上を見ろ」とジェスチャーしている。
彼の指す方を見ると、そこに広がっていたのは、透明に近いコルトブルーの世界。
朝日がキラキラと光の筋となって海の中へ降り注いでくる。私たちの服や髪についた気泡も、ゆらゆらと海面へ登っていく。
それはまるで魚人島のように幻想的だった。
昼間潜る海とは違う顔だ。
朝だからなのか、いつも以上に生命の息吹を肌で感じる。
「人は誰しも、海の子だ。」
オヤジの声が聞こえた気がした。
ここから生まれ変わればいい。
生命の息吹を感じるこの海から、また命を分け与えられた感覚になった。
それでも、泡沫のように消えていく想いが、胸の奥でまだ揺れている。
少しの間、2人で海に浮かんでいた。
サッチが大きなクシャミをして「そろそろ帰るか」というと、ひっくり返った通船を直し、びしょ濡れのまま乗船した。
「ありがとう、サッチ。すぐには元気になれないと思うけど、多分……大丈夫。本当に大丈夫……うん」
塩水にバリバリになった髪を、サッチが乱暴に撫でる。
まだ泣くことはあるだろう。けれど、いつかきっと乗り越えられる日がくる。
そう確信した。
マルコとの一件から数日後、彼の部屋に置いたままだった荷物を取りに行った。私の部屋にある彼の私物と交換するためだ。
置き手紙で時間を指定しておいたから、彼と二人きりになることはない。
もらった合鍵を回すと、施錠されていたことを確認してホッと胸を撫で下ろす。
しかし、扉を開けるのを躊躇した。
一度目を閉じ、意を決し扉を開けると、懐かしい香りが鼻の奥をくすぐる。
仕事以外の整理整頓が苦手なマルコの部屋は、放っておくと物が散乱していく。
洗濯したであろうシャツが、クローゼットでは無く椅子に無造作に掛かっている。
またシワになるよ、と心の中で思うけれど、もう私の仕事ではない。
見慣れたテーブルの上には、大きな木箱が一つ。
これが、私とマルコの10年分か。
持ってきたマルコの私物が入った木箱をテーブルへ置き、自分の木箱を抱えて部屋を出る。
もう一度だけ暗い部屋を見渡して、静かに扉を閉めた。
施錠し、合鍵は封筒に入れ扉へ挟む。
今日のモビーも、心地よい賑やかさに包まれている。
空っぽになったような、泣きたいような、誰かと一緒に騒ぎたいような、でも1人で過ごしたいような、不思議な感覚がする。
自室戻った途端に力が抜け、ズルズルと座りこみ、後頭部を扉へコツンと当てた。
この木箱をすぐに開ける気にはなれない。
鼻からゆっくり息を吸って、口から大きく息を吐く。
この部屋のルームフレグランスは、マルコが好きと言った香り。
ずっと買い足していたから、この匂いを嗅ぐと自分の部屋だと認識せざるを得ない。
嗅覚は一生の思い出になるらしい……。
居心地の良かった自室は、マルコとの思い出が多すぎて、今はひどく居心地が悪い。
さらに、隣の彼の部屋から戻ってきたばかりの私物たちが、更に居心地の悪さを強調しているようだった。
「ナマエー。一杯やろーぜー」
扉越しにラクヨウの声が聞こえた。
カツン、カツンと酒瓶同士がぶつかる音もする。どうやら一杯どころではないようだ。
「何本持っているのよ……」と思わず笑みがこぼれる。
「甲板?」
「おーう。待ってるぜー」
ラクヨウの陽気な足音が遠ざかっていく。
この船のクルー達のさり気ない優しさが、胸に染みる。
事情を知っていても、何も言わずにいつも通りに接してくれる。
フッと強く息を吐いて扉を開け、ラクヨウを追いかける。
「ねぇねぇ!イゾウのお酒飲んじゃう?」
「いいなそれ!」
「じゃあ、甲板行く前にキッチン行こう!」
ラクヨウから酒瓶を数本受け取り、この後が楽しみで自然と笑顔がこぼれる。
――――――モビーに乗っていて思うのは、私にとって大切なのは、マルコだけだったわけじゃない、ということだ。この船のクルーたちは、兄妹であり、家族であり、かけがえのない仲間なんだ。
どんな私でも受け止めてくれる。
マルコの隣で過ごした10年間も、確かに私の宝物だった。
でも、この船で過ごした日々も、同じくらい、いや、それ以上に大切なものだと、今、初めて気づいたのかもしれない。
期間は約2カ月。
オヤジのナワバリを荒らすという噂の組織を調べるためだ。その組織をすぐに叩くのではなく、背後にいる黒幕を突き止める必要がある。
私たち4番隊は、表向きは料理人だが、実はスパイ活動や潜入を得意としている。
特に隊長のサッチは、どんな場所でもすぐに溶け込み、裏の仕事にかけては右に出る者がいない。
「サッチとナマエ、潜入中は常に一緒に行動しろ」
これはオヤジが決めたことだった。各隊の隊長とオヤジのミーティングで決定されたと聞いている。
以前からサッチとのペアは多かったが、同室で2カ月も過ごすのは初めてだ。
最長でも1週間だったのに。なぜ、マルコはこれを了承したんだろう…と疑問に思った。
マルコと私は10年来の付き合いで、恋人同士。
新鮮さはないかもしれなけれど、互いに大切に思い合っていると思っている。
良い時も、そうでない時も1番近くに居た。
だから、この件に関して彼は平気なんだと思ったし、サッチと私を信頼してくれているのだと心底感心していた。
――
いつもとは違った髪型のサッチ。
髪を下ろしているほうが絶対かっこいいのに。
パリッとしたスーツを着こなし、紳士らしい振る舞いで私をエスコートする。
「もう少しこっちにおいで」
そう言って、海賊とは思えない色気タップリの笑みのサッチに腰を引き寄せられる。
ドレス越しに感じる大きくて厚みのある温かい手。
チラリと見上げれば、目が合いニコリ柔らかい笑みを送られる。
少し背伸びをして、サッチの耳元へ口を寄せようとすれば、当たり前のようにサッチは屈んでくれる。
そっと耳打ちして、2人だけしかわからない会話をし、クスクス笑って、またゆっくりと歩き出す。
一見すれば素敵な夫婦。でも、実際は……
「右の奥に居たね。一旦引く?」
「いや、オレらでやれんだろ。動けるか?」
「いいけど、このドレス気に入ってるのになぁ」
「ナマエは後方な。オレっちが先手打つから」
「返り血とかダメだよ」
こんな物騒な会話ばかり。
ホテルの一室で2カ月過ごすといっても、サッチはとても気遣ってくれる。
私はベットで彼はソファ。
私が入浴する時間は外出している。
誰にも見られない時は、指1本触れこない。
そして、任務中、私達は絶対に酒を呑まない。
「明日帰れるー」
「一ヶ月半は長かったなぁ」
ちょっといい紅茶を飲みながら、テーブルを挟んで過ごし、眠っている電伝虫を指でつついて遊ぶ。
「マルコ何か言ってた?」
「いや。報告以外の話はしねぇし、今日はビスタだったな」
「へー。珍しいね」
「だなー。早く帰還して、マルコに安心させてやんねぇとな」
潜入捜査の時は、盗聴されない為に隊長しか電伝虫は使えない。自分達も使い捨ての電伝虫はあるが、モビーのクルー達とは連絡が取れない。
「マルコって意外と寂しがりやだし、ヤキモチ妬きだよね?」
「お前のことになると、ガキみてぇだよな」
「ずっと大切にしてくれてるからね。……こんな会えないのは、私もつらいよ」
「早く帰還しようぜ」
「今度休暇もらって、マルコと旅行したいなぁ」
「オヤジに相談しろよ。新婚旅行したいって」
「それいいかも〜!マルコにゆっくり休んでほしいし」
サッチはふわりと笑って、大きく伸びをした。
「明日の朝一でモビーに帰還しようぜ!」
――
しかし……
予定より少し早めの帰還が悪かったようだ。
モビーの甲板に漂う、ざわめき。
私を見た途端に焦る1番隊のクルー達。
「早く呼んでこい」「今はダメだろ」「いや、でも!」と波のように色々な声が聞こえる。
そして、いつもなら1番に出迎えてくれる見慣れた金髪は、どこにも見当たらなかった。
隊長格には連絡されているはずなのに……
寝坊と言うには遅すぎるし、昼寝には早すぎる。
本来ならすぐにオヤジへ潜入の結果を報告するべきなのだが…なぜかすぐにマルコの部屋に行かなければと強く思った。
胸の奥がザワザワと音を立てて、嫌な予感が頭をよぎる。
「ナマエ待て!」
誰かの必死な声が聞こえたけど、私の脚は止まらなかった。
コツ、コツ、コツとヒールを鳴らして向かうはマルコの部屋。
この音が早くなる鼓動と重なってさらに嫌悪感が増す。体の中から警告音が鳴り止まない。
ドクドクと心臓がけたたましく鳴っている。
息が吸いにくい…無理やり息を吐き、大きく吸い込む。
静かに合鍵で鍵を開け、扉を開ける。
そこから流れてくるのは、いつものマルコの部屋の香りでは無く、ムワッとした男女の独特の甘ったるい香りと、ラム酒の重たい匂いだった。
薄暗い部屋の床には見慣れたマルコのシャツと知らない服、そして大量のラム酒の瓶が散乱している。
「!!!マ…マルコさん…ちょっと!」
部屋の奥から聞こえたのは、マルコの隊の女の子の焦った声。
その彼女に覆いかぶさり胸に唇を寄せるのは――私が愛してやまない男。
女の子は慌ててマルコの背中を数回叩いている。
「なんだよい…」
マルコは、彼女の長い髪を優しい手つきで撫でた。
その声も、その優しくて甘ったるい目つきも、撫でる手のぬくもりも、優しさも、愛情も、全て知っている…。
それは、私だけに向けられていはずの、私の宝物だったはずのものだから。
私は一体どんな顔をしているのだろう。
無言で一歩ずつマルコへ近づく。
彼女は慌ててシーツを引っ張り身を隠し、マルコは彼女を庇うように自分の背後へ隠した。
どうして、あなたの見聞色はこういう時に使えないの?私の気配がわかっていたら、こんなことにはならなかったのに。
いや…それすらもわからないくらい彼女に夢中だということか。
あぁ……あなたのその目つきは、敵を前にした時のものだね。
この場で、私を敵と認識したと、鋭い目つきが語っていた。
「マルコ……歯ァ食いしばって」
古参のクルー達はよく知ってる。私の武装色が異常に強力で、接近戦を最も得意とすること。
私の声にマルコが一瞬だけ反応したのを見逃さなかった。
ぐしゃり、と何かが潰れるような音が、部屋に響く。
きっと彼の奥歯は抜けたか、割れただろう。
その感覚が私の拳に確かにあるから。でも本当は顎を砕くつもりだった。
――どうせすぐに再生するでしょ。
甘んじて私の拳を受け入れたマルコは、ちゃんと理解しているのだ。
これが私達の終わりだということを。
何も言わずにドアへ向かう。
脱ぎ散らかされた服を踏み、かつて、マルコが真っ赤な顔をしてプレゼントしてくれた大切なネックレスを力任せに引き千切った。
その壊れたネックレスを後ろ手に部屋へ投げ捨てる。
「さようなら」
ネックレスはゆっくりとして放物線を描き、ソファの下に溜まった埃だらけの床に転がっていった。
コツン…と、誰にも聞こえない、小さな、小さな音がした。
それは、まるで私の恋が終わったような音だった。
私の宝物だったネックレスは、今は誰にも見つから無いただのゴミと化した。
「マルコさん!!血が!」
後ろから悲鳴のような声が聞こえた気がした。
――あんたも海賊だろうが…いちいち騒ぐなよ。
こんな日も新世界の空はどこまでも真っ青で、雲一つなく美しい。その美しさが、私の傷を深く深く抉っていくようだった。
――――――――――
オヤジへの報告が終わり、潜入捜査をしていたクルー達は各々の部屋へ戻る中、私と私の異変に気付いてるサッチはオヤジの部屋に残った。
「明け方まで1人になりたいから、通船を出してほしい。必ず戻るから」
オヤジは何も聞かなかった。いい大人同士の恋愛だ。
オヤジといえど安易に立ち入ることはしない。
とても穏やかな声で、しかし深い心配を滲ませた温かい声で「ナマエの家はここだからな。」と言って、大きな手で私の頭を優しく撫でてくれる。
オヤジはいつだって家族皆の味方で、大きな愛情で包んでくれる。
太陽の匂いがして、暖かく、安心するこの部屋は、世界中どこを探してもここ以外に見つけられないだろう。
オヤジの優しさが、温かさが、胸にじんわりえと染みて苦しくなり、下唇を噛みしめながら「うん」とだけ返事をした。
部屋を出て、甲板へ向かう廊下。
オヤジとのやりとりを黙って聞いていたサッチが、困ったような顔で話しかけてきた。
「なぁ…オレっちも行こうか?」
その顔は、私なんかよりも悲しげで、なんだから少し可笑しかった。
「サッチ、ありがとう。少しだけ時間もらえれば、大丈夫になるから」
オヤジのビブルカードを確認して、人目につかない場所から通船へ降りる。
「やっぱり俺も行くわ」
サッチの声には、少しだけ怒りがを含まれていた。
この人怒らせると面倒なことになる、そう思いながら、「じゃあ、私の船のクルージングに招待しよう」と笑った。
「いや、俺が漕ぐのかよ」
「一緒に漕いでるじゃん」
「こうさ、自動になんねぇかな。これ?」
「サッチがそうゆう能力得ればいいじゃん。青雉の能力とかさ」
「あの能力でも海渡るのは人力だろ?あいつチャリじゃん。」
どうでもいい会話が、つらつらと続く。
これは、私が黙り込んでしまわないように、1人で抱え込まないようにという、サッチの優しい心遣いだった。
コックでありスパイでもある私は、常に内省を繰り返して生きてきた。
気付くと思考が内側へ向いていしまう癖がついている。コックとしての内省はポジティブだが、スパイとしての内省は、ネガティブでしかない。
いつも最悪の展開を想定し、そうならないように、あらゆることをシュミレーションして予防策を考えるから、自然とそれが癖になる。
それがツラくて稼業を辞める人もいると聞く。
サッチは、きっとわかっているんだろう。
1人になった私が、脳内でシュミレーションを何万回も繰り返し、結果的に自分を責めてしまうことを。
随分と遠くまで漕いできた。1600人も乗る巨大なモビーが、今は小さな明かりの点として見える。
「もっかい島戻るか?オヤジには連絡しておくからさ」
「ううん。大丈夫。このまま朝までプカプカ浮いていたい」
「それ漂流じゃね?」
「オヤジのビブルカードあるから大丈夫。帰る場所は見失わないよ」
「……酒持ってくりゃ良かったなぁ」
「すぐ酔うくせに?」
「だってよー、今日なんとかりゅーせーぐんだせ?」
「何それ?」
「知らね。でもさ、ビスタが言ってたから本当だろ」
少しずつ、少しずつ、海が漆黒に包まれていく。
やがてあたりは闇に包まれ、モビーからは温かな光と、微かに笑い声が聞こえてきた。白ひげのクルー達は、いつだった賑やかだ。
昼間の心地よい太陽の光と肌を滑る爽やかな風とは違い、全てを塗りつぶす漆黒の闇と、肌寒く感じる風が吹き抜ける。この暗闇の中でモビーだけが、まさに一筋の光だった。
「ナマエ……もういいだろ。よく我慢したな」
その声が号令となり、ポロリと雫が頬を伝って落ちた。
「……」
頭を撫でてくれるこの手は、マルコじゃない。
撫でてもらうことも、甘ったるい顔や腑抜けた顔を見ることも、柔らかな笑顔も、無防備な寝顔も…いつでも触れあえる距離に居たのに、その全てが許されなくなった。
私たちの10年が、一瞬で終わってしまったのだ。
あんな場面を見せられても、まだ好きと思ってしまう自分が苦しい。
マルコを初めて本気で殴った右手には、今もその衝撃が残っている。
彼を最後に感じるぬくもりが暴力だなんて……私はなんて海賊らしいんだろう。
漆黒の夜に、彼が飛行すると、蒼い炎が幻想的に輝いて……とても綺麗だった。
その蒼い光が、甲板に降りてくるのを待ち、力いっぱい抱きしめる時が、何よりも幸せだった。
モビーが皆の光なら、マルコの蒼は私だけの光だったのに……。
サッチは、私の頭や首、背中を子どもをあやすように撫でる。何度か首の後ろで手が止まるのは…ネックレスを引きちぎった時に出血した所なんだろう。
ジクジク、チクチクと、その痛みが私に現実を突きつけてくる。
「ネックレス…」
サッチがぽつり呟いた。
「…引きちぎって……捨てた」
「……だから、ここ切れてんのか」
「なぁ……取り返さねぇの?」
ネックレスではなく、マルコを、という意味だろう。
「うん。いらない」
「浮気だから?」
「それもあるけど……マルコの目が違ってた。敵に向ける目だった……」
あの時、何が起きているのか理解出来なかった。が、とにかく冷静に事実だけを見ることに努めた。
その結果、マルコは私を敵と見なし、浮気相手…いや本命の彼女を守るために後ろへ隠した。
私だとわかっても、言い訳ひとつせず、殴られることを受け入れた。
それは私の完敗を意味している。
マルコが私に言い訳したいと思うほどの気持ちが、もう残っていないという事実。
今更、何かを頑張ったところで、決して変わらないことだろう。
あの部屋での光景が、脳裏に焼きついて離れない。
これから先、マルコと顔を合わせる度に、あのシーンがフラッシュバックするのか。
「明け方には気持ちのリセットかけるから、もう少しだけ……」
私が声を上げて泣いている間、サッチはただ黙って隣で、背中を擦り続けてくれた。
私達の頭上を無数の流星群が流れていく。
こんなものが、いったい誰の願いを叶えてくれるというのだろう……
――
眩しくて目が覚めた。私は泣きつかれて通船の中で眠ってしまったようだ。
肩にはサッチの派手なシャツが掛けられていて、彼の優しさに、また涙腺が緩む。
しかし、肝心のサッチが見当たらない。
通船には彼の靴だけが置かれていた……。
「サッチ!!!」
ブハッと突然水面からサッチの顔が出てきた。
「お!起きたか!朝の海、すげー綺麗だせ。ナマエも潜る?」
ゲラゲラ笑うサッチを見て、腰が抜けるかと思った。
「居ないからびっくりしたんだけど!」
「わりぃわりぃ!ぐっすり寝てるナマエを起こすのも悪いと思ってさ〜」
サッチは、手で水鉄砲を作り、私目掛けて海水を飛ばしてくる。
「ちょっ!ちょっ!!サッチ!!」
「ナマエ、一緒に潜ろうぜ!」
そう言ったかと思うと、彼は通船を転覆させ、私はドボンと海へ滑り落ちた。
目を開けると、目の前のサッチが「上を見ろ」とジェスチャーしている。
彼の指す方を見ると、そこに広がっていたのは、透明に近いコルトブルーの世界。
朝日がキラキラと光の筋となって海の中へ降り注いでくる。私たちの服や髪についた気泡も、ゆらゆらと海面へ登っていく。
それはまるで魚人島のように幻想的だった。
昼間潜る海とは違う顔だ。
朝だからなのか、いつも以上に生命の息吹を肌で感じる。
「人は誰しも、海の子だ。」
オヤジの声が聞こえた気がした。
ここから生まれ変わればいい。
生命の息吹を感じるこの海から、また命を分け与えられた感覚になった。
それでも、泡沫のように消えていく想いが、胸の奥でまだ揺れている。
少しの間、2人で海に浮かんでいた。
サッチが大きなクシャミをして「そろそろ帰るか」というと、ひっくり返った通船を直し、びしょ濡れのまま乗船した。
「ありがとう、サッチ。すぐには元気になれないと思うけど、多分……大丈夫。本当に大丈夫……うん」
塩水にバリバリになった髪を、サッチが乱暴に撫でる。
まだ泣くことはあるだろう。けれど、いつかきっと乗り越えられる日がくる。
そう確信した。
マルコとの一件から数日後、彼の部屋に置いたままだった荷物を取りに行った。私の部屋にある彼の私物と交換するためだ。
置き手紙で時間を指定しておいたから、彼と二人きりになることはない。
もらった合鍵を回すと、施錠されていたことを確認してホッと胸を撫で下ろす。
しかし、扉を開けるのを躊躇した。
一度目を閉じ、意を決し扉を開けると、懐かしい香りが鼻の奥をくすぐる。
仕事以外の整理整頓が苦手なマルコの部屋は、放っておくと物が散乱していく。
洗濯したであろうシャツが、クローゼットでは無く椅子に無造作に掛かっている。
またシワになるよ、と心の中で思うけれど、もう私の仕事ではない。
見慣れたテーブルの上には、大きな木箱が一つ。
これが、私とマルコの10年分か。
持ってきたマルコの私物が入った木箱をテーブルへ置き、自分の木箱を抱えて部屋を出る。
もう一度だけ暗い部屋を見渡して、静かに扉を閉めた。
施錠し、合鍵は封筒に入れ扉へ挟む。
今日のモビーも、心地よい賑やかさに包まれている。
空っぽになったような、泣きたいような、誰かと一緒に騒ぎたいような、でも1人で過ごしたいような、不思議な感覚がする。
自室戻った途端に力が抜け、ズルズルと座りこみ、後頭部を扉へコツンと当てた。
この木箱をすぐに開ける気にはなれない。
鼻からゆっくり息を吸って、口から大きく息を吐く。
この部屋のルームフレグランスは、マルコが好きと言った香り。
ずっと買い足していたから、この匂いを嗅ぐと自分の部屋だと認識せざるを得ない。
嗅覚は一生の思い出になるらしい……。
居心地の良かった自室は、マルコとの思い出が多すぎて、今はひどく居心地が悪い。
さらに、隣の彼の部屋から戻ってきたばかりの私物たちが、更に居心地の悪さを強調しているようだった。
「ナマエー。一杯やろーぜー」
扉越しにラクヨウの声が聞こえた。
カツン、カツンと酒瓶同士がぶつかる音もする。どうやら一杯どころではないようだ。
「何本持っているのよ……」と思わず笑みがこぼれる。
「甲板?」
「おーう。待ってるぜー」
ラクヨウの陽気な足音が遠ざかっていく。
この船のクルー達のさり気ない優しさが、胸に染みる。
事情を知っていても、何も言わずにいつも通りに接してくれる。
フッと強く息を吐いて扉を開け、ラクヨウを追いかける。
「ねぇねぇ!イゾウのお酒飲んじゃう?」
「いいなそれ!」
「じゃあ、甲板行く前にキッチン行こう!」
ラクヨウから酒瓶を数本受け取り、この後が楽しみで自然と笑顔がこぼれる。
――――――モビーに乗っていて思うのは、私にとって大切なのは、マルコだけだったわけじゃない、ということだ。この船のクルーたちは、兄妹であり、家族であり、かけがえのない仲間なんだ。
どんな私でも受け止めてくれる。
マルコの隣で過ごした10年間も、確かに私の宝物だった。
でも、この船で過ごした日々も、同じくらい、いや、それ以上に大切なものだと、今、初めて気づいたのかもしれない。
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