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――――あれから月日はゆっくりと流れ、気付けば半年ほど経っていた。
彼女の情緒不安定は落ち着き、マルコとも上手くいっているようだった。
私といえば、銃と戯れ、接近戦の訓練を続け、クルー達と笑い合う日々。
しかし、未だに1番隊と10番隊のわだかまりは残っている。1番隊というよりは……マルコ・彼女とクリエルを除いた10番隊クルーたちという感じだ。私が「気にしていない」と言っても、クルーたちは許しがたいと。
そんなある日、傘下からの連絡でオヤジのナワバリが荒らされていると連絡を受けた。すぐさま1番隊、6番隊、10番隊、12番隊、15番隊で駆けつけたが、島全体が見るも無惨な状態だった。
船内の空気がひりつく。それは怒りだけではない。私達は海賊だから、戦闘への興奮が止めらない。
10番隊は最前線の援護に回る。
――空を舞う蒼い鳥が横切った。
その背は美しく、何度狙撃されても炎に包まれ、再生していく。
スコープ越しに見えるのは、好戦的に笑う横顔――戦うことを楽しんでいる。
彼を狙撃するわけでは無いのに、双眼鏡やスコープで追いかけてしまう自分に嫌気がさす。
怒号、爆撃音、砂煙、剣の交わる音、うめき声、火薬の匂い……戦場の一つ一つが五感を刺激していく。
ライフルへ再装填中、視界の端で何かが墜落していくのが見えた。
金髪……紫のシャツ……
蒼い炎でも、不死鳥でもなく――マルコのまま堕ちていく。
双眼鏡で後を追うと、血が空を舞っていた。
――もしかして、海楼石!!
すぐさま銃を構えてスコープを覗く。
遠くでハイタッチをしている二人組の海賊が目に入った。
あれが犯人だろう。
照準を、二人の頭に合わせる。
息を吸い、呼吸を止める。
――平常心
トリガーに指を掛ける。
プシュッ!プシュッ!
マルコの落下地点はおおよそ見えていた。
すぐに銃を背負い、落下地点を目指して走る。
敵と対峙する度に、自然と身体が動く。
剣を捌き、殴り、投げ飛ばし、ハンドガンで撃つ。
接近戦に明け暮れていて良かった。
息が上がって苦しい。瓦礫に足が取られそうになる。それでも、マルコの元へ走った。
「マルコ!!!!」
血だらけでうずくまっていたマルコが、顔だけ持ち上げて私を見る。
一瞬、全ての血がスッと脚へ下りた気がした。
「……ナマエか?」
初めて耳にする、マルコの弱った声。
力が抜けそうな自分の太ももを力いっぱいに叩き、彼の隣へ駆け寄る。
銃創は3カ所。
肩とふくらはぎの弾は貫通しているが、太ももに弾が残っている。
「……海楼石だよね?」
「あぁ。……しくじったよい」
マルコの息はかなり上がっていた。そして出血も多い。体力も削られている。
「一発だけ残ってると思う」
「……摘出……できるかい?」
「うん。でも……麻酔ないよ」
「あぁ。……問題ねぇよい」
肩を貸し物陰に入り込むと、マルコは壁を背を預け、撃たれた脚を投げたした。じわりと赤黒い水溜りが出来ていく。
肩とふくらはぎの止血をしたいが、止血帯がない。
マルコは、少しだけ眉毛を下げて笑う。
「はぁ……はぁ……止血はいいから……先に弾を」
私は膝をついて彼の脚を跨ぐように座る。血で滑る手で、チェストリグからナイフとスキットルを取り出す。
「噛んで。ごめんね」と、息が上がっているマルコの口にタオルを押し込む。声を上げて敵に見つかってしまったら意味がない。
スキットルを傾けると、アルコールの刺す匂いが鼻をつく。傷口とナイフに振りかけ消毒をする。
呼吸を整え、海楼石が留まっている太ももに――刃を押し当てた。
刃先が肉を割くたび、ぐちゅりと湿った音が響く。
「っ……うぐッ!」
マルコの脚が突っ張り、思わず腰を蹴り飛ばされそうになる。必死に押さえ込む私の手を、彼が汗まみれの力で握りしめる。
「マルコ!力、抜いて……お願い!」
「っ!ふーーっ」
全身から汗が噴き出すマルコ。血の熱と香り、火薬の匂い、遠くで響く銃声――全てが混ざり、緊迫感を増す。
「上手。もう少しだけ我慢して」
彼が痛みから逃げるように、体に力を入れる度に弾が奥へ動く。
生温かい血、熱を帯びた筋肉、痛みの中で彼の生が手に伝わる。同時に死への恐怖を煽る。
――弾が見つからない。
汗で濡れたマルコは目を固く閉じているが、睫毛は濡れ涙が滲む。痛みから逃げるように、私のシャツを握りしめる指が真っ白になっている。そして、手やナイフが動くたび、体をよじり、喉の奥で呻いた。
――早くしなきゃ。どこにあるの?
ナイフの先にコツ、と硬い感覚が響いた。目を閉じていたマルコが痛みで目を開き、声にならない叫びを上げた。
「ゔッ!……んんーー!」
「ごめん!」
これだ。ぬちゃりとした肉の間に手を入れて弾を掴み、一気に引き抜いた。
その瞬間、ブワリと視界が蒼の炎に包まれる。
「はぁ…はぁ…ナマエ……助かったよい」
タオルを吐き捨てたマルコは息を荒げたまま、乱暴に腕で涙を拭い、私を力強く抱き締めた。
ドクン、ドクンと早いマルコの鼓動が聞こえる。
汗と血と火薬の匂い、鳴り響いていた銃声、怒号――全てが遠く感じる。
そっと背中に手を回し、私の全神経はマルコの鼓動だけに集中した。
途端に全身の力が抜け、震えた声がこぼれ墜ちていく。
「良かった……」
存在を確かめるように、彼のシャツをギュッっと握りしめた。
「……わりぃ。急に」
ゆっくりとマルコの温もりが遠ざかっていった。
傷が再生したことを知らせるかのように、蒼い炎が小さくなっていく。
服は血に染まり、ズボンは太もものところが大きく裂けている。
瞳に色が戻ったマルコ。
呼吸を整え、楽しそうに「あの野郎と遊んでこねぇとな」と、舌で唇を舐めた。
「もう居ないと思う。さっき撃ったから」
「ナマエがか?相変わらず、すげぇなぁ」
「リベンジの機会奪ってごめんね」
二人の額がつきそうな距離でクスクスと笑い合う。
戦場で笑っている場合ではないのだが、つかの間の安らぎが、一緒に勉強していたあの穏やかな時間に戻ったようだった。
「マルコー!!」
遠くで、彼女の声が響く。
「っ……ナマエ、ありがとよい」
そう言ってマルコは、寂しそうに笑った。それは、先に行けという合図でもあった。
私の服も手もマルコの血まみれだ。大きな赤黒い水溜りは、いつしか乾いていて、微かに鉄臭さだけが残った。乾いてガサガサになった血を洗わなきゃ…と、自身の手を見て、ギュッと握る。
自分から彼に初めて触れた温もりは、私が望んでいたものじゃない。
しかし、抱きしめられた時の安堵と幸福……。このぬくもりを、もう二度と感じられないと思うと、急に鼻の奥がツンとした。
マルコに貰ったキャップをかぶり直す。
「またモビーで。マルコ隊長」
マルコ"隊長"と言ったのは、彼との間に境界線を引くため。
意図を理解したのだろう。マルコは下唇を噛んだ後、低めの声で「あぁ」とだけ返す。
鼻を啜り、彼女の声が聞こえる方向とは逆から自分の配置へ走った。
——血の温度だけが、いつまでも手に残っていた。
夜が更ける頃、島の制圧が完了した。
瓦礫だらけの島になってしまったが、住民達は力強くて島の復興に向けて動きだす。
私はモビーに戻り、すぐさま自室に籠った。
今日はとにかく疲れた。
いつもなら、すぐに手入れをする銃達をテーブルへ並べ、装備を外し適当に置く。手榴弾だけは丁寧にケースへしまう。
ナイフがケースごと見当たらないが、あの場所に忘れてきてしまったのかもしれない。名前まで彫ったお気に入りだったのに。
次の島で、新しいナイフを探すしかない。
「マルコが無事で良かった……」
適当に服を脱ぎ捨て、深い眠りに落ちていった。
――――
マルコは、彼女と合流する前にシャツを脱ぎ、その辺に投げ捨てた。
そして、置き去りにされたナマエのナイフを拾い上げ、ズボンのポケットへしまった。
「マルコ!無事だったのね!良かった!」
「あぁ、心配かけたねい」
駆け寄ってきた彼女は、血まみれの体を構わず強く抱きしめてくる。
「血まみれだけど……」
「海楼石を食らっちまってねい。……自分で取り出したよい」
「大丈夫だったの?シャツは?」
「止血帯に使ったから捨てちまった。まだ終わってねぇから、オレは行くよい。……やられんなよ」
マルコは抱きしめ返すことはせずに、彼女の頭を一度撫でて、蒼い炎を纏って飛び立った。
――なぜだか、ナマエの名前は出せなかった。
――――
「絶対別れない!!」
「……もう終わりなんだよい。オレらは」
「私はマルコが好きなのに、なんで?私の何がいけなかったの?」
目に涙をいっぱいに溜めて、両手の拳が小さく震えている。以前のオレならその手を包み込み、涙を拭い、抱き締めていただろう。
だが今は、その気持ちが無い。
彼女をこんな風にしてしまった原因が、自分にあるとしても……
そして、今モビー内でもっとも危険なのは彼女だ。
本来なら排除する立場だが……情が邪魔をしている。
――そして、本当の気持ちは、口が裂けても言えない。
「あの女のせい?ナマエでしょ?」
「違うよい」
「誑かされたの?ねぇ!あの日だってあの女に助けられたんじゃないの?ねぇ!マルコ!」
「あの日?」
「海楼石で撃たれた日よ!」
「あの時か。アイツは関係ねぇだろい」
「……どうして嘘つくの?マルコ、ナイフなんて持ってなかったじゃない」
彼女はマルコのチェストポーチからケースに収められたナイフを取り出す。
綺麗に砥がれたナイフは鈍く光を反射させた。
「これナマエの名前……刻印されてるよ」
「お前……」
マルコの表情が固まった。
「嘘ついたこと……許すから……別れるなんて言わないで。私はマルコと居たいの」
服が破れそうな程強い力で、オレのシャツを掴み、揺さぶってくる。
「許さなくていいよい。お前を抱き締めてやる気持ちが、オレにはないよい」
「……あの女……殺してやる」
言葉の意味を理解するのに、一瞬遅れた。
彼女は自身の剣を手に走り出し、部屋を飛び出す。
「おい!!」
モビーは今日も宴の真っ最中。甲板にも廊下にもクルー達が溢れている。彼女は、それをすり抜けながらナマエの部屋へ駆ける。
「誰か止めろ!どけ!」
マルコら大声で叫び、必死に人をかき分ける。
――彼女が部屋へ向かってくる頃
宴に参加しようとドアノブを握った瞬間、急にゾクリと背筋が冷えた。
すぐさま、護身用のハンドガンを持ち、少しだけ開けたクローゼットへ潜り込む。
気のせいであってほしい。暗闇で息を殺して、待つ。
――ガシャン!!
鍵が壊され、扉は蹴り開けられた。
「はぁ…はぁ…ナマエ……ねぇ…話しましょう。どこに居るの?」
部屋にやってきたのは、殺気を纏った彼女。
手にしているのは、模擬刀ではなく本物。
コツ……コツ……
静かな部屋にゆっくり靴音が響く。
「出て来なさいよ!!!」
小さなランプの灯りがともる室内に静寂が広がる。
相手が殺る気なのだから、私もそのつもりで望まなくては。
私に背を向けたまま、室内を荒らす彼女。
クローゼットから無音で飛び出し、彼女の背中に銃口を突きつけた。
「動かないで。――実戦なら私の勝ちって言ったの覚えてないの?」
ニヤリと笑った彼女は、私の腕を取ろうとする。が、散々接近戦を訓練したのだ。ハンドガンをポケットへ差し込み、伸ばされた彼女の腕を取り、後ろからチョークを決める。
「ありがとう。あなたのおかげで強くなれた。感謝してるよ。でもね……殺気の消し方は、私のほうがうまいかもね」
「くっ!」
突然の襲撃される理由が全くわからない。私とマルコの接点は無いに等しいのに。
殺る気で来たから、こちらも応戦しているが、とにかく誰か早く来てほしい。彼女の動きを封じ、私は大声で叫ぶ。
「誰か来て!!お願い!」
締め上げて落とすのは簡単だが、それでは話しが聞けない。
「ナマエ!!!」
――マルコの声に彼女の動きが変わった!
次の瞬間、私は彼女に背負われたような体勢のまま、勢いよく壁に叩きつけられる。
ドガンッ――
「っ……!」
背中に鈍い衝撃が走り、肺の空気が一瞬抜ける。
もう一度、壁に叩きつけられる。
ドガンッ――
痛みで手が緩み、彼女から手を離してしまった。
「ゲホッ!」
私を振り返った彼女の表情は、まさに狂気だった。
そして、その手にはキラリと光った刃が。
振り落とされる――
そう思った瞬間、後ろからマルコが片手で刃を掴んでいた。
ポタ、ポタ……
血が滴り堕ちる。
そのまま剣はあらぬ方向へ曲がった。
「やめろい」
聞いたことのない、冷たく血の通わぬ声。
その声に、彼の表情に、助けられたはずの私の背中には冷や汗が一筋流れた。
他のクルー達も来て、力なく座り込む彼女は連れ出されていく。
「何度も……すまなかったよい。もう大丈夫だから……安心してくれ」
「助けてくれてありがとう。ねぇ……彼女の処分は?」
「下船……だろうねい。仲間殺しは重罪だ。……アイツは今、その危険因子だからな」
「マルコはいいの?恋人なのに……」
「ははは。別れるって話したらこれだよい」
「お前に迷惑かけてばっかりで……本当に悪かった」
「……マルコ……」
血だらけの手を再生させずにいるマルコ。
思わず、その手を取った。
「まずは手当てしよう。痛いでしょ」
「……お前は、いつも察しがよくて困るよい」
「能力使わないの?」
「……あぁ。使っちゃいけねぇ気がする」
「じゃあ、医務室行って手当てしよう」
冷えていた血だらけのマルコの指先が、少しだけ温かくなってきた。私の熱が、彼に吸い込まれいく。
「手……あったけぇな」
手を繋いだまま、急にしゃがみ込み頭を垂れるマルコ。
「マルコ!!大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよい……ナマエが無事で……本当に良かったよい」
その声はかすかに震えていた。
繋いだ手を、キュッと強く握られる。
「マルコ……助けにきてくれて、ありがと」
私はマルコの隣にしゃがみ、彼を覗き込む。
かち合った蒼い瞳は、少し揺れた。
互いの指を絡めたまま立ち上がると、繋いだ手の温度だけが、嵐の後の静けさの中で、確かにあった。
彼女の情緒不安定は落ち着き、マルコとも上手くいっているようだった。
私といえば、銃と戯れ、接近戦の訓練を続け、クルー達と笑い合う日々。
しかし、未だに1番隊と10番隊のわだかまりは残っている。1番隊というよりは……マルコ・彼女とクリエルを除いた10番隊クルーたちという感じだ。私が「気にしていない」と言っても、クルーたちは許しがたいと。
そんなある日、傘下からの連絡でオヤジのナワバリが荒らされていると連絡を受けた。すぐさま1番隊、6番隊、10番隊、12番隊、15番隊で駆けつけたが、島全体が見るも無惨な状態だった。
船内の空気がひりつく。それは怒りだけではない。私達は海賊だから、戦闘への興奮が止めらない。
10番隊は最前線の援護に回る。
――空を舞う蒼い鳥が横切った。
その背は美しく、何度狙撃されても炎に包まれ、再生していく。
スコープ越しに見えるのは、好戦的に笑う横顔――戦うことを楽しんでいる。
彼を狙撃するわけでは無いのに、双眼鏡やスコープで追いかけてしまう自分に嫌気がさす。
怒号、爆撃音、砂煙、剣の交わる音、うめき声、火薬の匂い……戦場の一つ一つが五感を刺激していく。
ライフルへ再装填中、視界の端で何かが墜落していくのが見えた。
金髪……紫のシャツ……
蒼い炎でも、不死鳥でもなく――マルコのまま堕ちていく。
双眼鏡で後を追うと、血が空を舞っていた。
――もしかして、海楼石!!
すぐさま銃を構えてスコープを覗く。
遠くでハイタッチをしている二人組の海賊が目に入った。
あれが犯人だろう。
照準を、二人の頭に合わせる。
息を吸い、呼吸を止める。
――平常心
トリガーに指を掛ける。
プシュッ!プシュッ!
マルコの落下地点はおおよそ見えていた。
すぐに銃を背負い、落下地点を目指して走る。
敵と対峙する度に、自然と身体が動く。
剣を捌き、殴り、投げ飛ばし、ハンドガンで撃つ。
接近戦に明け暮れていて良かった。
息が上がって苦しい。瓦礫に足が取られそうになる。それでも、マルコの元へ走った。
「マルコ!!!!」
血だらけでうずくまっていたマルコが、顔だけ持ち上げて私を見る。
一瞬、全ての血がスッと脚へ下りた気がした。
「……ナマエか?」
初めて耳にする、マルコの弱った声。
力が抜けそうな自分の太ももを力いっぱいに叩き、彼の隣へ駆け寄る。
銃創は3カ所。
肩とふくらはぎの弾は貫通しているが、太ももに弾が残っている。
「……海楼石だよね?」
「あぁ。……しくじったよい」
マルコの息はかなり上がっていた。そして出血も多い。体力も削られている。
「一発だけ残ってると思う」
「……摘出……できるかい?」
「うん。でも……麻酔ないよ」
「あぁ。……問題ねぇよい」
肩を貸し物陰に入り込むと、マルコは壁を背を預け、撃たれた脚を投げたした。じわりと赤黒い水溜りが出来ていく。
肩とふくらはぎの止血をしたいが、止血帯がない。
マルコは、少しだけ眉毛を下げて笑う。
「はぁ……はぁ……止血はいいから……先に弾を」
私は膝をついて彼の脚を跨ぐように座る。血で滑る手で、チェストリグからナイフとスキットルを取り出す。
「噛んで。ごめんね」と、息が上がっているマルコの口にタオルを押し込む。声を上げて敵に見つかってしまったら意味がない。
スキットルを傾けると、アルコールの刺す匂いが鼻をつく。傷口とナイフに振りかけ消毒をする。
呼吸を整え、海楼石が留まっている太ももに――刃を押し当てた。
刃先が肉を割くたび、ぐちゅりと湿った音が響く。
「っ……うぐッ!」
マルコの脚が突っ張り、思わず腰を蹴り飛ばされそうになる。必死に押さえ込む私の手を、彼が汗まみれの力で握りしめる。
「マルコ!力、抜いて……お願い!」
「っ!ふーーっ」
全身から汗が噴き出すマルコ。血の熱と香り、火薬の匂い、遠くで響く銃声――全てが混ざり、緊迫感を増す。
「上手。もう少しだけ我慢して」
彼が痛みから逃げるように、体に力を入れる度に弾が奥へ動く。
生温かい血、熱を帯びた筋肉、痛みの中で彼の生が手に伝わる。同時に死への恐怖を煽る。
――弾が見つからない。
汗で濡れたマルコは目を固く閉じているが、睫毛は濡れ涙が滲む。痛みから逃げるように、私のシャツを握りしめる指が真っ白になっている。そして、手やナイフが動くたび、体をよじり、喉の奥で呻いた。
――早くしなきゃ。どこにあるの?
ナイフの先にコツ、と硬い感覚が響いた。目を閉じていたマルコが痛みで目を開き、声にならない叫びを上げた。
「ゔッ!……んんーー!」
「ごめん!」
これだ。ぬちゃりとした肉の間に手を入れて弾を掴み、一気に引き抜いた。
その瞬間、ブワリと視界が蒼の炎に包まれる。
「はぁ…はぁ…ナマエ……助かったよい」
タオルを吐き捨てたマルコは息を荒げたまま、乱暴に腕で涙を拭い、私を力強く抱き締めた。
ドクン、ドクンと早いマルコの鼓動が聞こえる。
汗と血と火薬の匂い、鳴り響いていた銃声、怒号――全てが遠く感じる。
そっと背中に手を回し、私の全神経はマルコの鼓動だけに集中した。
途端に全身の力が抜け、震えた声がこぼれ墜ちていく。
「良かった……」
存在を確かめるように、彼のシャツをギュッっと握りしめた。
「……わりぃ。急に」
ゆっくりとマルコの温もりが遠ざかっていった。
傷が再生したことを知らせるかのように、蒼い炎が小さくなっていく。
服は血に染まり、ズボンは太もものところが大きく裂けている。
瞳に色が戻ったマルコ。
呼吸を整え、楽しそうに「あの野郎と遊んでこねぇとな」と、舌で唇を舐めた。
「もう居ないと思う。さっき撃ったから」
「ナマエがか?相変わらず、すげぇなぁ」
「リベンジの機会奪ってごめんね」
二人の額がつきそうな距離でクスクスと笑い合う。
戦場で笑っている場合ではないのだが、つかの間の安らぎが、一緒に勉強していたあの穏やかな時間に戻ったようだった。
「マルコー!!」
遠くで、彼女の声が響く。
「っ……ナマエ、ありがとよい」
そう言ってマルコは、寂しそうに笑った。それは、先に行けという合図でもあった。
私の服も手もマルコの血まみれだ。大きな赤黒い水溜りは、いつしか乾いていて、微かに鉄臭さだけが残った。乾いてガサガサになった血を洗わなきゃ…と、自身の手を見て、ギュッと握る。
自分から彼に初めて触れた温もりは、私が望んでいたものじゃない。
しかし、抱きしめられた時の安堵と幸福……。このぬくもりを、もう二度と感じられないと思うと、急に鼻の奥がツンとした。
マルコに貰ったキャップをかぶり直す。
「またモビーで。マルコ隊長」
マルコ"隊長"と言ったのは、彼との間に境界線を引くため。
意図を理解したのだろう。マルコは下唇を噛んだ後、低めの声で「あぁ」とだけ返す。
鼻を啜り、彼女の声が聞こえる方向とは逆から自分の配置へ走った。
——血の温度だけが、いつまでも手に残っていた。
夜が更ける頃、島の制圧が完了した。
瓦礫だらけの島になってしまったが、住民達は力強くて島の復興に向けて動きだす。
私はモビーに戻り、すぐさま自室に籠った。
今日はとにかく疲れた。
いつもなら、すぐに手入れをする銃達をテーブルへ並べ、装備を外し適当に置く。手榴弾だけは丁寧にケースへしまう。
ナイフがケースごと見当たらないが、あの場所に忘れてきてしまったのかもしれない。名前まで彫ったお気に入りだったのに。
次の島で、新しいナイフを探すしかない。
「マルコが無事で良かった……」
適当に服を脱ぎ捨て、深い眠りに落ちていった。
――――
マルコは、彼女と合流する前にシャツを脱ぎ、その辺に投げ捨てた。
そして、置き去りにされたナマエのナイフを拾い上げ、ズボンのポケットへしまった。
「マルコ!無事だったのね!良かった!」
「あぁ、心配かけたねい」
駆け寄ってきた彼女は、血まみれの体を構わず強く抱きしめてくる。
「血まみれだけど……」
「海楼石を食らっちまってねい。……自分で取り出したよい」
「大丈夫だったの?シャツは?」
「止血帯に使ったから捨てちまった。まだ終わってねぇから、オレは行くよい。……やられんなよ」
マルコは抱きしめ返すことはせずに、彼女の頭を一度撫でて、蒼い炎を纏って飛び立った。
――なぜだか、ナマエの名前は出せなかった。
――――
「絶対別れない!!」
「……もう終わりなんだよい。オレらは」
「私はマルコが好きなのに、なんで?私の何がいけなかったの?」
目に涙をいっぱいに溜めて、両手の拳が小さく震えている。以前のオレならその手を包み込み、涙を拭い、抱き締めていただろう。
だが今は、その気持ちが無い。
彼女をこんな風にしてしまった原因が、自分にあるとしても……
そして、今モビー内でもっとも危険なのは彼女だ。
本来なら排除する立場だが……情が邪魔をしている。
――そして、本当の気持ちは、口が裂けても言えない。
「あの女のせい?ナマエでしょ?」
「違うよい」
「誑かされたの?ねぇ!あの日だってあの女に助けられたんじゃないの?ねぇ!マルコ!」
「あの日?」
「海楼石で撃たれた日よ!」
「あの時か。アイツは関係ねぇだろい」
「……どうして嘘つくの?マルコ、ナイフなんて持ってなかったじゃない」
彼女はマルコのチェストポーチからケースに収められたナイフを取り出す。
綺麗に砥がれたナイフは鈍く光を反射させた。
「これナマエの名前……刻印されてるよ」
「お前……」
マルコの表情が固まった。
「嘘ついたこと……許すから……別れるなんて言わないで。私はマルコと居たいの」
服が破れそうな程強い力で、オレのシャツを掴み、揺さぶってくる。
「許さなくていいよい。お前を抱き締めてやる気持ちが、オレにはないよい」
「……あの女……殺してやる」
言葉の意味を理解するのに、一瞬遅れた。
彼女は自身の剣を手に走り出し、部屋を飛び出す。
「おい!!」
モビーは今日も宴の真っ最中。甲板にも廊下にもクルー達が溢れている。彼女は、それをすり抜けながらナマエの部屋へ駆ける。
「誰か止めろ!どけ!」
マルコら大声で叫び、必死に人をかき分ける。
――彼女が部屋へ向かってくる頃
宴に参加しようとドアノブを握った瞬間、急にゾクリと背筋が冷えた。
すぐさま、護身用のハンドガンを持ち、少しだけ開けたクローゼットへ潜り込む。
気のせいであってほしい。暗闇で息を殺して、待つ。
――ガシャン!!
鍵が壊され、扉は蹴り開けられた。
「はぁ…はぁ…ナマエ……ねぇ…話しましょう。どこに居るの?」
部屋にやってきたのは、殺気を纏った彼女。
手にしているのは、模擬刀ではなく本物。
コツ……コツ……
静かな部屋にゆっくり靴音が響く。
「出て来なさいよ!!!」
小さなランプの灯りがともる室内に静寂が広がる。
相手が殺る気なのだから、私もそのつもりで望まなくては。
私に背を向けたまま、室内を荒らす彼女。
クローゼットから無音で飛び出し、彼女の背中に銃口を突きつけた。
「動かないで。――実戦なら私の勝ちって言ったの覚えてないの?」
ニヤリと笑った彼女は、私の腕を取ろうとする。が、散々接近戦を訓練したのだ。ハンドガンをポケットへ差し込み、伸ばされた彼女の腕を取り、後ろからチョークを決める。
「ありがとう。あなたのおかげで強くなれた。感謝してるよ。でもね……殺気の消し方は、私のほうがうまいかもね」
「くっ!」
突然の襲撃される理由が全くわからない。私とマルコの接点は無いに等しいのに。
殺る気で来たから、こちらも応戦しているが、とにかく誰か早く来てほしい。彼女の動きを封じ、私は大声で叫ぶ。
「誰か来て!!お願い!」
締め上げて落とすのは簡単だが、それでは話しが聞けない。
「ナマエ!!!」
――マルコの声に彼女の動きが変わった!
次の瞬間、私は彼女に背負われたような体勢のまま、勢いよく壁に叩きつけられる。
ドガンッ――
「っ……!」
背中に鈍い衝撃が走り、肺の空気が一瞬抜ける。
もう一度、壁に叩きつけられる。
ドガンッ――
痛みで手が緩み、彼女から手を離してしまった。
「ゲホッ!」
私を振り返った彼女の表情は、まさに狂気だった。
そして、その手にはキラリと光った刃が。
振り落とされる――
そう思った瞬間、後ろからマルコが片手で刃を掴んでいた。
ポタ、ポタ……
血が滴り堕ちる。
そのまま剣はあらぬ方向へ曲がった。
「やめろい」
聞いたことのない、冷たく血の通わぬ声。
その声に、彼の表情に、助けられたはずの私の背中には冷や汗が一筋流れた。
他のクルー達も来て、力なく座り込む彼女は連れ出されていく。
「何度も……すまなかったよい。もう大丈夫だから……安心してくれ」
「助けてくれてありがとう。ねぇ……彼女の処分は?」
「下船……だろうねい。仲間殺しは重罪だ。……アイツは今、その危険因子だからな」
「マルコはいいの?恋人なのに……」
「ははは。別れるって話したらこれだよい」
「お前に迷惑かけてばっかりで……本当に悪かった」
「……マルコ……」
血だらけの手を再生させずにいるマルコ。
思わず、その手を取った。
「まずは手当てしよう。痛いでしょ」
「……お前は、いつも察しがよくて困るよい」
「能力使わないの?」
「……あぁ。使っちゃいけねぇ気がする」
「じゃあ、医務室行って手当てしよう」
冷えていた血だらけのマルコの指先が、少しだけ温かくなってきた。私の熱が、彼に吸い込まれいく。
「手……あったけぇな」
手を繋いだまま、急にしゃがみ込み頭を垂れるマルコ。
「マルコ!!大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよい……ナマエが無事で……本当に良かったよい」
その声はかすかに震えていた。
繋いだ手を、キュッと強く握られる。
「マルコ……助けにきてくれて、ありがと」
私はマルコの隣にしゃがみ、彼を覗き込む。
かち合った蒼い瞳は、少し揺れた。
互いの指を絡めたまま立ち上がると、繋いだ手の温度だけが、嵐の後の静けさの中で、確かにあった。
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