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――――あれから数週間後
久しぶりの演習日で相手は1番隊。
私は接近戦がとても苦手で、演習だけでも逃げ出したくなるくらい嫌。相手がマルコの彼女でないことを祈るばかり。
「ナマエ、少しは出来るようになったか?」
「なってないよ。私、銃だけでいいのに」
「体得しろっていつも隊長に言われてんだろ!」
訓練する理由はわかってる。でも苦手なものは苦手。殴るのも殴られるのも嫌。
銃なら冷静にいられるのに、接近戦だと頭が回らなくなってしまう。
「ほら、ナマエの番だぜ」
クルー達から背中を押されて渋々、甲板中央へ向かう。
そこには仁王立ちのマルコの彼女。
長い手足に、抜群のスタイル。タンクトップに、ショートパンツと模擬刀。接近戦をやるというのに、ヒール。
対する私は、どこをとっても平均な体型。非装填の銃を背負い、Tシャツとカーゴパンツにブーツだ。
「さっさとしてよ……すぐ終わらせるから」
「お手柔らかにお願いしまーす」
「よし!始めるぞ!!」
演習だし、うまくやり過ごそうなんて思っていると、彼女の先制攻撃は……模擬刀の峰が私の右上腕を叩く。
「痛っ!!」
「ナマエぼさっとしてんな!」
「いけいけー!」
接近戦は彼女のほうが確実に上手だ。模擬刀を使いながらも、拳や蹴りを繰り出してくる。私は背負っていた銃で応戦するが、打撃が当たるたびに呻き声が漏れる。
「下がってばかりで、反撃もできないの?」
立ち技のほうがまだマシだと思った矢先、脛を蹴られた勢いで体勢が崩れた。
ライフルは遠くへ転がっていく。彼女は模擬刀を投げ、私に馬乗りになり拳を何度も振り落とす。
「ムカつく!」「弱いクセに!」「銃しか使えないくせに!」「マルコにつけ込んでんじゃないわよ!……前からムカついてたんだよ!」
彼女は打撃に合わせて、私にしか聞こえない声で言った。――声は冷たく、顔は崩れていて、どこか泣きそうだった。マルコを失う恐怖が、暴力に変わってしまったの?
私の一方的な淡い気持ちだけで、彼女がこんなになるのだろうか?
やはり、大切なモノを失う怖さが強すぎるのだろうか。
それともただ、マルコの全てを掌握していたいのか?
さっきまで賑やかだったクルー達が、異様な空気を感じとったようで甲板は静まり返り、誰も声を上げない。
彼女の気迫に圧倒されて、止めに入るタイミングを完全に失って誰も動けないでいる。
ブリッジで抜け出そうと試みるが、最初に食らった右腕にうまく力が入らない。口の中が熱く、鉄臭いドロリとした液体が流れ込んでくる。
「ぐっ……」
――だから、接近戦なんてきらいなんだよ。
彼女は、ひとつ大きく息を吸って抑揚のない声で言った。
「……さっさと船から降りろよ」
更に上から拳が降ってくる。頭が床にゴツゴツとぶつかり、気が遠くなりそう。
言いたい放題、殴りたい放題やられて私の我慢の限界が近づく。左で顔をガードしたまま、慎重に右ポケットを探る。
――私はポケットに忍ばせているリボルバーを、彼女の腹に当てた。
「実戦なら、私の勝ち」
「ふっっざけんな!!!」
次の瞬間、腕を取られ腕ひしぎをかけられる。
――腕は私の命と同じ。このままじゃ、銃が握れなくなる。
必死にもがいて身体を起こしたが、さらにチョークが入り、そのまま仰向けにされた。グイグイと彼女の腕が喉に食い込んでいく。
息が……できない。
誰も助けに入ってくれず、私はタップする余裕もなくただ藻掻いた。次第に何も聞こえなくなり、真っ青な空が涙で滲んで見えた。
――本当に最悪な日だ。
私がちゃんと覚えているのはここまで。
――――「バカ野郎!!止めろよい!」
意識が遠ざかる瞬間、誰かが二人の間に割って入った。
マルコの手がナマエを抱き上げ、大きな手でナマエの顎を支え、首を反らせて気道を確保する。
彼にふっ飛ばされた彼女は、この行為にますます怒り、男数人で押さえても反抗していた。
その間、マルコは一度も彼女へ視線を返さなかった。
ナマエの自発呼吸を確認し、すぐに抱き上げ医務室へ走る。
バイタルチェックをしてナース達に止血、点滴の指示を出した。
「問題ない。ただの失神だ」と判っているのに、マルコはこの事態に動揺している自分に気づいた。理由なんて考えている暇はない。
とにかく、今はナマエが目覚めて後遺症がないことを確かめたい。そして、10番隊へ報告と謝罪。同時にオヤジへ報告。今後の自身の彼女の進退についても考えなけれならない。
――何故、こんなことになったのか……。
マルコはナマエの肩を叩きながら、何度も大声で名前を呼んだ。
「ナマエ!戻ってこい、しっかりしろい!」
マルコはとにかく必死だった。
「ゔ……痛っ……」とナマエはゆっくりと意識を取り戻した。
ナース達と安堵し、マルコはようやく肩を落とす。
診察をした結果、顔面と右上腕、腹部の打撲、右肘は靭帯損傷、頭を打ちつけているから72時間は絶対安静。
マルコを含めた医療チームの管理下におかれることが決定した。
―――
身体中が痛い。
手当てされても、痛いものは痛い。
消毒液の匂いに包まれた医務室のベッドは、どうしても好きになれない寝心地だ。
ベッドの横には、いつもよりも少し猫背なマルコが神妙な顔をしている。
「大丈夫。そのうち治るよ」
そう笑う私に、マルコは眉を寄せる。
「……悪かったな。こんなことになるとは思ってなかったよい。すぐに止めに入るべきだった、すまねぇ」
「私が接近戦、弱すぎなの!だから、彼女は悪くない。最後に銃出しちゃったし……」
彼女から言われたことは、誰にも言えない。マルコに知られたくないだろうし。
「いや……隊の問題でもあるからねい。クリエルやオヤジも関わることだよい」
自隊の隊員同士ならまだしも、他隊員を怪我させるのは禁止されている。それは昔から暗黙の了解だ。
「とりあえずは……大丈夫そうだが、3日間はここで過ごしてくれよい」
「ん。よろしくお願いします」
マルコは指先から蒼い炎をフワリと出し、私の腫れ上がった瞼に灯す。微かに温かい炎。
「少しだけ回復が早くなるからねい」
ホッとした顔のマルコに優しく頭を撫でられる。
キュッと鳴った恋心を悟られないように、毛布で口元を隠した。
「クリエルを呼んで来るよい」
――――
「ナマエの容態は?」
「骨に異常はねぇが、肘の靭帯損傷、顔、右上腕と腹部の打撲複数。肘は……当分銃は持てねぇと思うよい。あと、頭を打ってるから3日間は絶対安静で医務室で対応する。」
「……そうか。頼んだ」
「クリエル、すまねぇ」
「いや、俺も見ていなかったから。しかし……」
「マルコ、お前の女……どうしちまったんだ?」
「オレにもわからねぇよい。あいつ、何してくれてんだよい……本当に」
クリエルが唸るような声出した。
「わからねぇじゃ済まねぇんだよ!ウチの隊員がやられてんだぞ」
「……悪かったな。すぐに話しつけるよい」
「いいか、マルコ。管理できねぇなら、ウチも黙っちゃいねぇからな」
鋭い視線が刺さる。
「っ……。わかってるよい。ナマエには近づけねぇようにする」
「お前らがやってる勉強も、もうやめておけ」
「……あぁ」
クリエルは、大きく息を吐き体の緊張を解いた。そして、マルコに向かって頭を下げる。
「マルコ……止めに入ってくれてありがとう。おかげでナマエは助かった」
――医務室にクリエルとマルコが入室し、クリエルはすぐにベッドへ駆け寄る。
彼の酷く心配した表情に、胸の奥でズキリと音がする。
「クリエル、心配かけてごめんなさい」
「謝るなよ。容態は聞いた。ゆっくり休むといい。でもな…接近戦の重要性を少しは理解できたか?」
「うん。痛いから金輪際やりたくない……」
「ははは。そうじゃねぇだろ?」
クリエルは笑ったけど、サングラスの奥には、心配と少しの苛立ちの色が見える。
「ちゃんと身につけるよ。まともに戦えるくらいに」
「あぁ。期待してる。……しかし、顔、ひどく腫れちまったな」
クリエルの大きな手が腫れた頬を優しく撫でる。日頃、銃ばかり触って無骨な指だが、壊れ物を触るように優しかった。
「うん。ジンジンして痛いよ。でもさ……歯が抜けなくて良かったよね」
クリエルと二人で笑い少し和やかな医務室。しかし、壁に背中を預けて腕を組み一点を見つめるマルコだけは、全く違った空気を纏っていた。
――2日後、オヤジから今回の件の処分が伝えられた。
彼女は、30日間の自室謹慎。武器の没収、そして私への接近禁止。
私への処分は……何もなかった。
「ナマエちゃんは、納得できない?」
「そうだね……私も処分受けなきゃなのに」
クリエルにもマルコにも伝えたが、装填していないとはいえ、仲間に銃口を向けたんだ。同等の処罰があっていいはずなのに。
「どうみても、正当防衛だから。ナマエは被害者よ。」
「マルコ隊長の彼女、以前はいい子だったのよ。すごく優しくてね。ここにもよく遊びに来ていたわ。どうしちゃったのかしら?」
「何でも手伝ってくれたり、差し入れ持ってきてくれたりしてたわよね。」
「付き合ってから来てないんじゃない?」
「確かにいきなり態度変わったかもー」
「マルコ隊長が彼女に甘過ぎるのも良くないと思うなぁ」
――ガチャ
マルコが戻ってきて、ナース達は蜘蛛の子を散らすように仕事へ戻っていく。
「ふっ。随分と仲良くやってんだねい」
「ナースのみんなが、仲良くしてくれるんだよ」
「ナマエは、誰に対しても裏表がねぇから可愛がられるんだろうな」
マルコは笑みを保ったまま、視線を窓の外へ逃がした。背もたれに軽く体を預けると、肩がわずかに沈む。笑っているのに、瞳の奥はどこか遠くを見ているようだ。
「裏表がねぇから可愛がられる」
それはまるで、自身の彼女のことを含んだような言い方だった。
私がこの船に乗った時には、彼らは恋人同士だったし、その頃は彼女も私に優しくしてくれていた。いい姉貴分だった。
「マルコ……処分の件、聞いたよ。大事になってしまってごめんなさい」
「いや、オレの管理不足だから、お前は悪くねぇよい。」
マルコは椅子に座ったまま、両手を膝について頭を深々と下げる。
「ちょっと!やめてよ!頭上げて!」
「いや、本当にすまねぇと思ってる。あいつの代わりに謝罪させてくれ」
あぁ……マルコが優しすぎるとはこういうことなんだ。
そうやって、彼女の知らないところでもずっと守ってきたんだね。
「マルコ……私、マルコからの謝罪は受け付けないよ。私と彼女の問題でもあるから。それに彼女の問題を、マルコが背負っちゃダメだと思う。隊同士の問題ならクリエルを交えてオヤジと話してほしい」
「っ……」
だから、あなたからの謝罪は受け付けない。そう、きっぱりと伝えた。
――それからというもの、私とマルコは最低限の接点のみとなった。腕のリハビリが終われば、彼との接点はほぼなくなる。もちろん、彼女との接点も無くなった。
変わったことは、私が接近戦を学ぶ為にクルー達と手合わせをすることが増えた。彼女に負けたからではなくて、何もできなかった自分の弱さを知って、死なない為に、クルーを守る為にやる必要があると思ったから。
食堂や甲板、朝礼などでマルコを見かけると、少しだけ胸が痛む。
楽しそうに大きな口を開けて笑い、名前を呼んでくれていた頃が懐かしい。今更、彼に名前を呼ばれることが好きだったことを知った。
「なぁ……ナマエ」
あの声が恋しい。
――一方マルコにも、変化があった。
ナマエとは接点がなくなろうとも、補給リストを見ると思い出してしまう。
暗号かと思っていた弾薬やパーツがスラスラと読めるようになり、何の為に使うのか理解出来るようになった。
そのおかげで、弾薬の減りが多いから、陸での戦闘が多かったなども読み取れるようになった。
銃について目を輝かせて楽しそう話すナマエ。その表情がまるで写真の様に、瞼の裏に焼き付いている気がした。
久しぶりに勉強が楽しかったのは、彼女のおかげだ。
思い出すだけで、自然と頬が緩む。
あの時間は、オレにとって陽だまりのような穏やかで、温かい時間だった。
一度だけ、無意識に手を掴んだのは……
久しぶりの演習日で相手は1番隊。
私は接近戦がとても苦手で、演習だけでも逃げ出したくなるくらい嫌。相手がマルコの彼女でないことを祈るばかり。
「ナマエ、少しは出来るようになったか?」
「なってないよ。私、銃だけでいいのに」
「体得しろっていつも隊長に言われてんだろ!」
訓練する理由はわかってる。でも苦手なものは苦手。殴るのも殴られるのも嫌。
銃なら冷静にいられるのに、接近戦だと頭が回らなくなってしまう。
「ほら、ナマエの番だぜ」
クルー達から背中を押されて渋々、甲板中央へ向かう。
そこには仁王立ちのマルコの彼女。
長い手足に、抜群のスタイル。タンクトップに、ショートパンツと模擬刀。接近戦をやるというのに、ヒール。
対する私は、どこをとっても平均な体型。非装填の銃を背負い、Tシャツとカーゴパンツにブーツだ。
「さっさとしてよ……すぐ終わらせるから」
「お手柔らかにお願いしまーす」
「よし!始めるぞ!!」
演習だし、うまくやり過ごそうなんて思っていると、彼女の先制攻撃は……模擬刀の峰が私の右上腕を叩く。
「痛っ!!」
「ナマエぼさっとしてんな!」
「いけいけー!」
接近戦は彼女のほうが確実に上手だ。模擬刀を使いながらも、拳や蹴りを繰り出してくる。私は背負っていた銃で応戦するが、打撃が当たるたびに呻き声が漏れる。
「下がってばかりで、反撃もできないの?」
立ち技のほうがまだマシだと思った矢先、脛を蹴られた勢いで体勢が崩れた。
ライフルは遠くへ転がっていく。彼女は模擬刀を投げ、私に馬乗りになり拳を何度も振り落とす。
「ムカつく!」「弱いクセに!」「銃しか使えないくせに!」「マルコにつけ込んでんじゃないわよ!……前からムカついてたんだよ!」
彼女は打撃に合わせて、私にしか聞こえない声で言った。――声は冷たく、顔は崩れていて、どこか泣きそうだった。マルコを失う恐怖が、暴力に変わってしまったの?
私の一方的な淡い気持ちだけで、彼女がこんなになるのだろうか?
やはり、大切なモノを失う怖さが強すぎるのだろうか。
それともただ、マルコの全てを掌握していたいのか?
さっきまで賑やかだったクルー達が、異様な空気を感じとったようで甲板は静まり返り、誰も声を上げない。
彼女の気迫に圧倒されて、止めに入るタイミングを完全に失って誰も動けないでいる。
ブリッジで抜け出そうと試みるが、最初に食らった右腕にうまく力が入らない。口の中が熱く、鉄臭いドロリとした液体が流れ込んでくる。
「ぐっ……」
――だから、接近戦なんてきらいなんだよ。
彼女は、ひとつ大きく息を吸って抑揚のない声で言った。
「……さっさと船から降りろよ」
更に上から拳が降ってくる。頭が床にゴツゴツとぶつかり、気が遠くなりそう。
言いたい放題、殴りたい放題やられて私の我慢の限界が近づく。左で顔をガードしたまま、慎重に右ポケットを探る。
――私はポケットに忍ばせているリボルバーを、彼女の腹に当てた。
「実戦なら、私の勝ち」
「ふっっざけんな!!!」
次の瞬間、腕を取られ腕ひしぎをかけられる。
――腕は私の命と同じ。このままじゃ、銃が握れなくなる。
必死にもがいて身体を起こしたが、さらにチョークが入り、そのまま仰向けにされた。グイグイと彼女の腕が喉に食い込んでいく。
息が……できない。
誰も助けに入ってくれず、私はタップする余裕もなくただ藻掻いた。次第に何も聞こえなくなり、真っ青な空が涙で滲んで見えた。
――本当に最悪な日だ。
私がちゃんと覚えているのはここまで。
――――「バカ野郎!!止めろよい!」
意識が遠ざかる瞬間、誰かが二人の間に割って入った。
マルコの手がナマエを抱き上げ、大きな手でナマエの顎を支え、首を反らせて気道を確保する。
彼にふっ飛ばされた彼女は、この行為にますます怒り、男数人で押さえても反抗していた。
その間、マルコは一度も彼女へ視線を返さなかった。
ナマエの自発呼吸を確認し、すぐに抱き上げ医務室へ走る。
バイタルチェックをしてナース達に止血、点滴の指示を出した。
「問題ない。ただの失神だ」と判っているのに、マルコはこの事態に動揺している自分に気づいた。理由なんて考えている暇はない。
とにかく、今はナマエが目覚めて後遺症がないことを確かめたい。そして、10番隊へ報告と謝罪。同時にオヤジへ報告。今後の自身の彼女の進退についても考えなけれならない。
――何故、こんなことになったのか……。
マルコはナマエの肩を叩きながら、何度も大声で名前を呼んだ。
「ナマエ!戻ってこい、しっかりしろい!」
マルコはとにかく必死だった。
「ゔ……痛っ……」とナマエはゆっくりと意識を取り戻した。
ナース達と安堵し、マルコはようやく肩を落とす。
診察をした結果、顔面と右上腕、腹部の打撲、右肘は靭帯損傷、頭を打ちつけているから72時間は絶対安静。
マルコを含めた医療チームの管理下におかれることが決定した。
―――
身体中が痛い。
手当てされても、痛いものは痛い。
消毒液の匂いに包まれた医務室のベッドは、どうしても好きになれない寝心地だ。
ベッドの横には、いつもよりも少し猫背なマルコが神妙な顔をしている。
「大丈夫。そのうち治るよ」
そう笑う私に、マルコは眉を寄せる。
「……悪かったな。こんなことになるとは思ってなかったよい。すぐに止めに入るべきだった、すまねぇ」
「私が接近戦、弱すぎなの!だから、彼女は悪くない。最後に銃出しちゃったし……」
彼女から言われたことは、誰にも言えない。マルコに知られたくないだろうし。
「いや……隊の問題でもあるからねい。クリエルやオヤジも関わることだよい」
自隊の隊員同士ならまだしも、他隊員を怪我させるのは禁止されている。それは昔から暗黙の了解だ。
「とりあえずは……大丈夫そうだが、3日間はここで過ごしてくれよい」
「ん。よろしくお願いします」
マルコは指先から蒼い炎をフワリと出し、私の腫れ上がった瞼に灯す。微かに温かい炎。
「少しだけ回復が早くなるからねい」
ホッとした顔のマルコに優しく頭を撫でられる。
キュッと鳴った恋心を悟られないように、毛布で口元を隠した。
「クリエルを呼んで来るよい」
――――
「ナマエの容態は?」
「骨に異常はねぇが、肘の靭帯損傷、顔、右上腕と腹部の打撲複数。肘は……当分銃は持てねぇと思うよい。あと、頭を打ってるから3日間は絶対安静で医務室で対応する。」
「……そうか。頼んだ」
「クリエル、すまねぇ」
「いや、俺も見ていなかったから。しかし……」
「マルコ、お前の女……どうしちまったんだ?」
「オレにもわからねぇよい。あいつ、何してくれてんだよい……本当に」
クリエルが唸るような声出した。
「わからねぇじゃ済まねぇんだよ!ウチの隊員がやられてんだぞ」
「……悪かったな。すぐに話しつけるよい」
「いいか、マルコ。管理できねぇなら、ウチも黙っちゃいねぇからな」
鋭い視線が刺さる。
「っ……。わかってるよい。ナマエには近づけねぇようにする」
「お前らがやってる勉強も、もうやめておけ」
「……あぁ」
クリエルは、大きく息を吐き体の緊張を解いた。そして、マルコに向かって頭を下げる。
「マルコ……止めに入ってくれてありがとう。おかげでナマエは助かった」
――医務室にクリエルとマルコが入室し、クリエルはすぐにベッドへ駆け寄る。
彼の酷く心配した表情に、胸の奥でズキリと音がする。
「クリエル、心配かけてごめんなさい」
「謝るなよ。容態は聞いた。ゆっくり休むといい。でもな…接近戦の重要性を少しは理解できたか?」
「うん。痛いから金輪際やりたくない……」
「ははは。そうじゃねぇだろ?」
クリエルは笑ったけど、サングラスの奥には、心配と少しの苛立ちの色が見える。
「ちゃんと身につけるよ。まともに戦えるくらいに」
「あぁ。期待してる。……しかし、顔、ひどく腫れちまったな」
クリエルの大きな手が腫れた頬を優しく撫でる。日頃、銃ばかり触って無骨な指だが、壊れ物を触るように優しかった。
「うん。ジンジンして痛いよ。でもさ……歯が抜けなくて良かったよね」
クリエルと二人で笑い少し和やかな医務室。しかし、壁に背中を預けて腕を組み一点を見つめるマルコだけは、全く違った空気を纏っていた。
――2日後、オヤジから今回の件の処分が伝えられた。
彼女は、30日間の自室謹慎。武器の没収、そして私への接近禁止。
私への処分は……何もなかった。
「ナマエちゃんは、納得できない?」
「そうだね……私も処分受けなきゃなのに」
クリエルにもマルコにも伝えたが、装填していないとはいえ、仲間に銃口を向けたんだ。同等の処罰があっていいはずなのに。
「どうみても、正当防衛だから。ナマエは被害者よ。」
「マルコ隊長の彼女、以前はいい子だったのよ。すごく優しくてね。ここにもよく遊びに来ていたわ。どうしちゃったのかしら?」
「何でも手伝ってくれたり、差し入れ持ってきてくれたりしてたわよね。」
「付き合ってから来てないんじゃない?」
「確かにいきなり態度変わったかもー」
「マルコ隊長が彼女に甘過ぎるのも良くないと思うなぁ」
――ガチャ
マルコが戻ってきて、ナース達は蜘蛛の子を散らすように仕事へ戻っていく。
「ふっ。随分と仲良くやってんだねい」
「ナースのみんなが、仲良くしてくれるんだよ」
「ナマエは、誰に対しても裏表がねぇから可愛がられるんだろうな」
マルコは笑みを保ったまま、視線を窓の外へ逃がした。背もたれに軽く体を預けると、肩がわずかに沈む。笑っているのに、瞳の奥はどこか遠くを見ているようだ。
「裏表がねぇから可愛がられる」
それはまるで、自身の彼女のことを含んだような言い方だった。
私がこの船に乗った時には、彼らは恋人同士だったし、その頃は彼女も私に優しくしてくれていた。いい姉貴分だった。
「マルコ……処分の件、聞いたよ。大事になってしまってごめんなさい」
「いや、オレの管理不足だから、お前は悪くねぇよい。」
マルコは椅子に座ったまま、両手を膝について頭を深々と下げる。
「ちょっと!やめてよ!頭上げて!」
「いや、本当にすまねぇと思ってる。あいつの代わりに謝罪させてくれ」
あぁ……マルコが優しすぎるとはこういうことなんだ。
そうやって、彼女の知らないところでもずっと守ってきたんだね。
「マルコ……私、マルコからの謝罪は受け付けないよ。私と彼女の問題でもあるから。それに彼女の問題を、マルコが背負っちゃダメだと思う。隊同士の問題ならクリエルを交えてオヤジと話してほしい」
「っ……」
だから、あなたからの謝罪は受け付けない。そう、きっぱりと伝えた。
――それからというもの、私とマルコは最低限の接点のみとなった。腕のリハビリが終われば、彼との接点はほぼなくなる。もちろん、彼女との接点も無くなった。
変わったことは、私が接近戦を学ぶ為にクルー達と手合わせをすることが増えた。彼女に負けたからではなくて、何もできなかった自分の弱さを知って、死なない為に、クルーを守る為にやる必要があると思ったから。
食堂や甲板、朝礼などでマルコを見かけると、少しだけ胸が痛む。
楽しそうに大きな口を開けて笑い、名前を呼んでくれていた頃が懐かしい。今更、彼に名前を呼ばれることが好きだったことを知った。
「なぁ……ナマエ」
あの声が恋しい。
――一方マルコにも、変化があった。
ナマエとは接点がなくなろうとも、補給リストを見ると思い出してしまう。
暗号かと思っていた弾薬やパーツがスラスラと読めるようになり、何の為に使うのか理解出来るようになった。
そのおかげで、弾薬の減りが多いから、陸での戦闘が多かったなども読み取れるようになった。
銃について目を輝かせて楽しそう話すナマエ。その表情がまるで写真の様に、瞼の裏に焼き付いている気がした。
久しぶりに勉強が楽しかったのは、彼女のおかげだ。
思い出すだけで、自然と頬が緩む。
あの時間は、オレにとって陽だまりのような穏やかで、温かい時間だった。
一度だけ、無意識に手を掴んだのは……
