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彼女の肩を抱き、楽しそうに笑いながらクルー達とジョッキを傾ける横顔から目が離せなくなった。
いつからだろう……自然とマルコを追いかけるようになったのは……。
彼女と目を合わせて、笑い合う。マルコの口元に付いた泡を彼女の細い指が拭い、彼はその指先をペロリと舐める。そしてマルコの手は彼女の肩から頭へ滑り、クシャリと撫でていた。
幸せそうな二人。
笑い声が潮風に混ざって響く。その音が耳に届くたび、胸の奥がじわりと焼けるように痛んだ。
彼が――マルコが幸せなら、私はそれでいい。
この想いは、誰にも届かぬまま深く暗い海の底に沈めておこう。
時おり、その暗がりに彼の光が差し込むだけで――それで十分だった。
そう思っていたのに……。
――――――――――
モビーは今朝、大きな港がある島に寄港した。本当なら数日先の予定だったが、追い風のおかげで早く着いた。
今日の船番は、私たち10番隊。他のクルー達は早々に陸へ降りて行った。少し静かな船内で私は今、マルコの部屋の前に立っている。
予定より早く着いたせいで、補給のリストアップが終わっていなかった。10番隊は銃火器が多く、弾薬やメンテナンス用品など消耗品が多い。管理はしているが、数日前の戦闘で棚卸をやり直す必要があった。
そして、そのリストが今私の手元にある。これをマルコに提出しなければ――。
扉をノックしようとしたら、中から金切り声が聞こえた。
聞き耳を立てるつもりはないけれど、きっとマルコの彼女が怒鳴っているのだろう。
ドア越しでも耳が痛くなるような感覚がして、そっと目を閉じた。
「いい加減にしてよ!いつも仕事って」
静かな船内で響く声。タイミングが悪すぎた。
一度部屋に戻るか、ここで静かにして待つか……それとも、早急に書類を提出したら彼女は落ち着くだろうか……。
ノックをしようとしたこの手を下ろすか、それともこのままノックをするか……
ガチャ!!
「先に降りてるからね!!早く仕事終わらせてよ!!」
急に扉が開き、フワリと清潔なブーケの香りが漂い、セクシーなワンピースを纏った彼女が出てきた。整った綺麗な顔は、眉が不満げにきつく吊り上がり、眉間には微かに皺が寄っている。
「……」
無言で見下される。
「あー……お疲れ様」
出てきた声は、自分で思っているよりも掠れていた。
彼女の視線は書類と私の顔を何度か往復し、小さく舌打ちをした。
「クリエルの隊、遅すぎ……」
続けざまに「あなたが悪いんじゃないかもしれないけど、結局迷惑かけてるのは同じよね」とも言われた。
正論に何も言い返ずに居ると、鼻で笑った彼女は甲板へ向かって行く。その後ろ姿は、先ほどまでの苛立ちは顔を潜め、どこか満足そうだった。
はぁ、と溜息をつき、開いたままの扉をノックする。好きな男の彼女というのは、なかなか仲良くなれない。女の勘というやつだろうか、彼女は私がマルコに好意を持っていることを知っている気がする。だから、他よりも少しだけ当たりが強い。
ちょっとした嫌がらせに応戦するつもりはないし、彼が彼女と過ごすことで幸せならそれでいい。嫉妬しても、彼が私の手に入る可能性はとても低いし、そもそも想いを伝えるつもりもない。
彼が幸せなら……それでいい。そう思いつつ、下唇を噛む。
静かな部屋に響く穏やかな声。
「開いてるよい」
先ほどの彼女とは対象的で声にハリがない。
「失礼しまーす。遅くなってごめんね」
急いで補給の申請書類を束で渡す。急いだところで、マルコの処理速度が上がるわけではないが、なんとなく……早く渡すことが重要な気がした。
「大丈夫だよい。今回の戦闘はタイミングが悪かったねい」
受け取ったリストをパラパラと捲るマルコは、どこか疲れた様子で、やはり元気がない。
リストを見ながらコツ…コツ…と指先でテーブルを叩く。それは彼が感情を押し殺す時の癖だ。彼女への苛立ちか、面倒な仕事のせいか、それとも遅れた書類への苛立ちか――
「……本当に遅くなってごめんね。せめて、何か手伝わせて?」
この場の空気は、重たくてとても居づらいけれど、私は手伝いを申し出た。
コツコツという音が止み、マルコはプハッと声を出して笑う。
「……察しが良すぎて困るねい」
彼は小さく息を吐き、一瞬だけ力を抜いた。
「わりぃな。気遣わせちまって」
「早く終わったほうが、彼女の怒りも……ね?」
「すまねぇな」
察しがいいわけではない。
自分のせいで彼が不機嫌なのは嫌なだけ。それに後々、あの子に色々言われるも嫌だ。
船番で、今のところやることはほぼ無いのも事実。
――どんな理由であれ、不機嫌を押し殺すマルコを見ているのが嫌だった。それだけで自然に手伝うと口にしていた。
そして、こうして話す時間が好きだなんて、口が裂けても言えない。
彼にとって私は、あくまで「仲間」でなければならないのだから。
この本音だけは知られてはいけない。彼こそ察しが良くて、何でも抱え込むから。
「うちの隊の含めて弾薬、砲弾関係の書類は任せて!銃火器マニアだから、マルコより早くチェックできるよ!」
「そりゃ、助かるよい。オレからしたらどれも一緒に見えるからねい」
「……今度徹夜で説明しようか?」
「それは遠慮するよい」
少しでも、ほんの少しでも、彼の不機嫌で尖った心が丸くなればいい。マルコを見ると先ほどよりも表情が柔らかくなっている。――私と彼の丁度いい距離感。
――――あれから1時間ほどで、補給リストが完成した。補給は明日の朝からで、担当は事前に決まっている。
マルコは、ふーっと天井を仰ぎ、肩の力を抜く。
最後にコキンッと首を鳴らした。
「助かったよい」
「いいえ。手伝いが必要な時はいつでも言ってね?」
「あぁ。またお願いするよい」
「うん。早く行ってあげなきゃね」
「……あぁ。お前に礼もしなきゃなんねぇのに」
「大丈夫!彼女待ってるよ。仲直りしてきてね」
「あぁ。……今度、礼させてくれ」
マルコを甲板から見送る。
書類くらい手伝ったらいいのにな。なんで彼女は、あんなにわがままになってしまったのだろう。
彼女は剣術が達者で、その太刀筋はとても美しい。戦闘中に、何度もスコープ越しに見るから覚えている。
以前の彼女は優しくて笑顔が絶えなかった。
彼女が笑うと場が明るくなる程だったのに。
こうやってモヤモヤ考えてしまう時は…
自室から銃を持ち出して、甲板でメンテナンスをするのが最高の気分転換。風や潮の関係で細かい作業はできないけれど、太陽の下で見る自分の銃達の美しさに没頭するのがいい。
甲板に大きなメンテナンスマットを敷き、銃を並べていく。傷や汚れを確認し、ガンオイルを塗布して丁寧に磨き上げる。黒く鈍く光る銃身が美しい。構えてみたり、パーツを付け替えたり、消耗品を交換したり――無心になれる時間。
同隊のクルーたちも集まり弾薬を磨きながら、銃談義をして盛り上がった。片思いもいいけれど、やはり1番は銃が好きなのかもしれない。
翌日、マルコと腕を絡めて戻ってきた彼女を見て、昨日の争いはもう済んだのだとわかった。その光景に胸を撫で下ろしつつも、私の恋心は締めつけられて息をするのが苦しくなる。
……マルコがこちらを見たような気がした。
でも、その微笑みが誰に向けられたものなのか、考えるのはやめた。
――さっさと陸に降りて買い物に行こう。数日後には出港だから。
彼女と並んでモビーに戻ったマルコは、甲板に上がったところで視線を巡らせた。
引継ぎが終わった10番隊がぞろぞろと陸へ降りていく。その中に大男達に混ざって歩くナマエの姿を見つける。
その瞬間、彼の口元にふっと柔らかな笑みが浮かんだ。
――無意識のそれは、自身の彼女に向けた笑顔よりも、ずっと温度のあるものだった。
隣で腕を絡める彼女だけが、その小さな違いに気づいていた。
――出向して数日後、マルコから呼び出された。
「頼みてぇことがあるから、昼頃に医務室来れるかい?」
また銃の件だろうか?と、不思議に思いつつ約束の時間よりも少し早めに医務室へ到着。
ノックし入室すると、ツンとした消毒液の匂いに包まれる。
自分が消毒されてるようで少し苦手な匂いだ。
「呼び出して悪かった。まずはこの前の礼だ」
使ってくれと渡されたのは、サンドベージュのタクティカルキャップだった。
スナイパーは擬態のために、帽子をかぶることが多く、私もいつもベルトに帽子をつけている。
「クリエルに色々聞いたが、銃の好みはわかんねぇし……これなら使いやすいかと思ってな」
嬉しくなり、堪らずキャップを抱きしめた。
「ありがとう!大切に使うね!」
そして、祈るように「不死鳥のご加護がありますように……」と呟き、小さくキスをする。
マルコの前だと思い出し、慌てて彼を見上げる。
マルコは一瞬だけ目を見開いた。
そのあと、眉尻がふっと下がり、困ったように微笑む。
口元に手を添えた仕草は、照れを隠すためのものらしく、視線だけがそっと横に逸れた。
頬にはうっすら赤みが浮かび、それでも、私を見つめる瞳はやわらかい。
「……そんな丁寧に扱われるとは思わなかったよい」
「喜んでくれて良かったよい」
彼の目尻が緩むような笑みに、心臓がトクンっと鳴った。
同時に、この帽子のことを彼女が知ったら……と考えると、胸が少しざわつく。
それから、頼み事というのは、銃について教えてくれというものだった。
「私に?クリエルとか他のクルーのほうが詳しいよ」
「マニアックなのは勘弁してくれ。スタンダードなのを教えてほしいんだよい」
「じゃあ、うちの隊員が使ってるものから知るといいかも」
「あぁ。よろしく頼むよい」
若干の戸惑いと不安が頭を過ぎる。それは彼女のこと。
――ふたりで勉強することを彼女が知ったら……
だから、マルコに一つ提案をした。
「食堂で勉強しよう」
勘違いしちゃダメ。マルコの仕事が少しでも楽になるように手伝うだけ――と、自分に言い聞かせる。
―――
「違うよ。こっちはアサルトライフル用。そっちはスナイパーライフル用」
「わかんねぇよい。間違い探しかよ」
「全然違うから」
「同じに見えるよい……」
食堂のテーブルに雑誌を広げ、メンテナンスシートを敷き、その上に10番隊の隊員達の銃や弾薬も並べる。
ひとつずつ名称や特徴を説明していくが、マルコはなかなか覚えられずに毎回唸り声を上げる。
「おー!マルコが生徒でナマエが先生か?」
「マルコ、覚える気ねぇだろ?」
「うるせぇいよい。覚えらんねぇんだ」
クルー達は面白がって冷やかしに来る。拗ねてみたり、苦笑いしたりとマルコの表情が豊かで、私も楽しくなる。
定期的に彼女も声を掛けに来ていた。マルコが居る時は私に優しい笑顔を向けてくれる。しかし、その笑顔の裏に怖さを感じてしまう。
「マルコ、ナマエに無理させないようにね。ナマエだって色々仕事あるでしょうし」
「予定合わせてるから問題ねぇよ。何かあればオレも手伝えばいいからねい」
マルコは彼女からの言葉を特に気にせず、勉強時間を確保するから、彼女も観念したようである日からぱったり声を掛けてこなくなった。
ただ、時折遠くから鋭い視線を感じることが増えていた。私の中には、罪悪感に似た気持ちが芽生える。けれど、「やめよう」とは言えなかった。
「なぁナマエ……なんでスナイパーになったんだ?」
「スナイパーになった理由?」
「あぁ。なんか気になっちまったよい」
カチャカチャと銃をイジりながら、思い返してみた。
「んー」
遠い記憶を辿る。物心がつく頃には、銃で遊んでいた。
「両親が傭兵だったから、生まれた時から銃が身近にあったんだ。おもちゃのかわりみたいにね。だから、自然とこうなってたよ」
「……」
「ずっと陸で生きて、両親と同じように戦争で命を落とすと思っていたけど……オヤジに出会って、海賊やってるなんて人生って不思議だよね」
「初めて聞いた話しだねい」
「聞かれることも無いし。わざわざ話す必要もないじゃん?」
「確かにな。で、海での生活はどうだい?」
「それ、きいちゃう?……最高だよ。海に出て良かった」
自然と、笑顔になる。
私を見てマルコも釣られたように笑った。
「それなら良かったよい。海は最高だよな」
海に出て、マルコに出会えて良かった。そんなこと言えないけどね……。
勉強を開始してから3カ月経つ頃にあることに気付いた。
それは、マルコの為の勉強だったが、私にもとてもいい影響を与えてくれていたこと。
銃について更に詳しくなれたし、以前よりも自分の銃を好きになれた。他のモノにも興味が湧いたし、違うカスタムをしてみようとも思えたり。
この時間が楽しくて、話し込んでしまう。そして、1番嬉しいのは、やはりマルコが楽しそうに笑っていてくれることだった。彼の笑顔は、いつだって私の心を温かくする。
覚えの早いマルコと、少しマニアックな話しも出来るようになってきた頃、明日は互いに非番だからと深夜まで盛り上がってしまった。
――気づけば食堂には、自分たち二人だけ。
彼女にバレたらマズイと思い、慌てて「そろそろ終わろう」と、銃を片付ける為に席を立つ。
が、右手首を強い力で掴まれた。
「っ!」
――一瞬の沈黙。
真剣な蒼い瞳と視線が絡む。
目を反らしたいのに、それができない。息がつまる。掴まれた手首が熱い。
堪らず目を反らすと、手首が解放された……
「片付け…しねぇとな」
彼の声が少し掠れている。
「うん。」
――意識しちゃダメ。いつも通りに
頭の中で何度も繰り返す。
掴まれた右手首を無意識に擦る。
マルコの熱い手の感覚がいつまでも残っていた。
いつからだろう……自然とマルコを追いかけるようになったのは……。
彼女と目を合わせて、笑い合う。マルコの口元に付いた泡を彼女の細い指が拭い、彼はその指先をペロリと舐める。そしてマルコの手は彼女の肩から頭へ滑り、クシャリと撫でていた。
幸せそうな二人。
笑い声が潮風に混ざって響く。その音が耳に届くたび、胸の奥がじわりと焼けるように痛んだ。
彼が――マルコが幸せなら、私はそれでいい。
この想いは、誰にも届かぬまま深く暗い海の底に沈めておこう。
時おり、その暗がりに彼の光が差し込むだけで――それで十分だった。
そう思っていたのに……。
――――――――――
モビーは今朝、大きな港がある島に寄港した。本当なら数日先の予定だったが、追い風のおかげで早く着いた。
今日の船番は、私たち10番隊。他のクルー達は早々に陸へ降りて行った。少し静かな船内で私は今、マルコの部屋の前に立っている。
予定より早く着いたせいで、補給のリストアップが終わっていなかった。10番隊は銃火器が多く、弾薬やメンテナンス用品など消耗品が多い。管理はしているが、数日前の戦闘で棚卸をやり直す必要があった。
そして、そのリストが今私の手元にある。これをマルコに提出しなければ――。
扉をノックしようとしたら、中から金切り声が聞こえた。
聞き耳を立てるつもりはないけれど、きっとマルコの彼女が怒鳴っているのだろう。
ドア越しでも耳が痛くなるような感覚がして、そっと目を閉じた。
「いい加減にしてよ!いつも仕事って」
静かな船内で響く声。タイミングが悪すぎた。
一度部屋に戻るか、ここで静かにして待つか……それとも、早急に書類を提出したら彼女は落ち着くだろうか……。
ノックをしようとしたこの手を下ろすか、それともこのままノックをするか……
ガチャ!!
「先に降りてるからね!!早く仕事終わらせてよ!!」
急に扉が開き、フワリと清潔なブーケの香りが漂い、セクシーなワンピースを纏った彼女が出てきた。整った綺麗な顔は、眉が不満げにきつく吊り上がり、眉間には微かに皺が寄っている。
「……」
無言で見下される。
「あー……お疲れ様」
出てきた声は、自分で思っているよりも掠れていた。
彼女の視線は書類と私の顔を何度か往復し、小さく舌打ちをした。
「クリエルの隊、遅すぎ……」
続けざまに「あなたが悪いんじゃないかもしれないけど、結局迷惑かけてるのは同じよね」とも言われた。
正論に何も言い返ずに居ると、鼻で笑った彼女は甲板へ向かって行く。その後ろ姿は、先ほどまでの苛立ちは顔を潜め、どこか満足そうだった。
はぁ、と溜息をつき、開いたままの扉をノックする。好きな男の彼女というのは、なかなか仲良くなれない。女の勘というやつだろうか、彼女は私がマルコに好意を持っていることを知っている気がする。だから、他よりも少しだけ当たりが強い。
ちょっとした嫌がらせに応戦するつもりはないし、彼が彼女と過ごすことで幸せならそれでいい。嫉妬しても、彼が私の手に入る可能性はとても低いし、そもそも想いを伝えるつもりもない。
彼が幸せなら……それでいい。そう思いつつ、下唇を噛む。
静かな部屋に響く穏やかな声。
「開いてるよい」
先ほどの彼女とは対象的で声にハリがない。
「失礼しまーす。遅くなってごめんね」
急いで補給の申請書類を束で渡す。急いだところで、マルコの処理速度が上がるわけではないが、なんとなく……早く渡すことが重要な気がした。
「大丈夫だよい。今回の戦闘はタイミングが悪かったねい」
受け取ったリストをパラパラと捲るマルコは、どこか疲れた様子で、やはり元気がない。
リストを見ながらコツ…コツ…と指先でテーブルを叩く。それは彼が感情を押し殺す時の癖だ。彼女への苛立ちか、面倒な仕事のせいか、それとも遅れた書類への苛立ちか――
「……本当に遅くなってごめんね。せめて、何か手伝わせて?」
この場の空気は、重たくてとても居づらいけれど、私は手伝いを申し出た。
コツコツという音が止み、マルコはプハッと声を出して笑う。
「……察しが良すぎて困るねい」
彼は小さく息を吐き、一瞬だけ力を抜いた。
「わりぃな。気遣わせちまって」
「早く終わったほうが、彼女の怒りも……ね?」
「すまねぇな」
察しがいいわけではない。
自分のせいで彼が不機嫌なのは嫌なだけ。それに後々、あの子に色々言われるも嫌だ。
船番で、今のところやることはほぼ無いのも事実。
――どんな理由であれ、不機嫌を押し殺すマルコを見ているのが嫌だった。それだけで自然に手伝うと口にしていた。
そして、こうして話す時間が好きだなんて、口が裂けても言えない。
彼にとって私は、あくまで「仲間」でなければならないのだから。
この本音だけは知られてはいけない。彼こそ察しが良くて、何でも抱え込むから。
「うちの隊の含めて弾薬、砲弾関係の書類は任せて!銃火器マニアだから、マルコより早くチェックできるよ!」
「そりゃ、助かるよい。オレからしたらどれも一緒に見えるからねい」
「……今度徹夜で説明しようか?」
「それは遠慮するよい」
少しでも、ほんの少しでも、彼の不機嫌で尖った心が丸くなればいい。マルコを見ると先ほどよりも表情が柔らかくなっている。――私と彼の丁度いい距離感。
――――あれから1時間ほどで、補給リストが完成した。補給は明日の朝からで、担当は事前に決まっている。
マルコは、ふーっと天井を仰ぎ、肩の力を抜く。
最後にコキンッと首を鳴らした。
「助かったよい」
「いいえ。手伝いが必要な時はいつでも言ってね?」
「あぁ。またお願いするよい」
「うん。早く行ってあげなきゃね」
「……あぁ。お前に礼もしなきゃなんねぇのに」
「大丈夫!彼女待ってるよ。仲直りしてきてね」
「あぁ。……今度、礼させてくれ」
マルコを甲板から見送る。
書類くらい手伝ったらいいのにな。なんで彼女は、あんなにわがままになってしまったのだろう。
彼女は剣術が達者で、その太刀筋はとても美しい。戦闘中に、何度もスコープ越しに見るから覚えている。
以前の彼女は優しくて笑顔が絶えなかった。
彼女が笑うと場が明るくなる程だったのに。
こうやってモヤモヤ考えてしまう時は…
自室から銃を持ち出して、甲板でメンテナンスをするのが最高の気分転換。風や潮の関係で細かい作業はできないけれど、太陽の下で見る自分の銃達の美しさに没頭するのがいい。
甲板に大きなメンテナンスマットを敷き、銃を並べていく。傷や汚れを確認し、ガンオイルを塗布して丁寧に磨き上げる。黒く鈍く光る銃身が美しい。構えてみたり、パーツを付け替えたり、消耗品を交換したり――無心になれる時間。
同隊のクルーたちも集まり弾薬を磨きながら、銃談義をして盛り上がった。片思いもいいけれど、やはり1番は銃が好きなのかもしれない。
翌日、マルコと腕を絡めて戻ってきた彼女を見て、昨日の争いはもう済んだのだとわかった。その光景に胸を撫で下ろしつつも、私の恋心は締めつけられて息をするのが苦しくなる。
……マルコがこちらを見たような気がした。
でも、その微笑みが誰に向けられたものなのか、考えるのはやめた。
――さっさと陸に降りて買い物に行こう。数日後には出港だから。
彼女と並んでモビーに戻ったマルコは、甲板に上がったところで視線を巡らせた。
引継ぎが終わった10番隊がぞろぞろと陸へ降りていく。その中に大男達に混ざって歩くナマエの姿を見つける。
その瞬間、彼の口元にふっと柔らかな笑みが浮かんだ。
――無意識のそれは、自身の彼女に向けた笑顔よりも、ずっと温度のあるものだった。
隣で腕を絡める彼女だけが、その小さな違いに気づいていた。
――出向して数日後、マルコから呼び出された。
「頼みてぇことがあるから、昼頃に医務室来れるかい?」
また銃の件だろうか?と、不思議に思いつつ約束の時間よりも少し早めに医務室へ到着。
ノックし入室すると、ツンとした消毒液の匂いに包まれる。
自分が消毒されてるようで少し苦手な匂いだ。
「呼び出して悪かった。まずはこの前の礼だ」
使ってくれと渡されたのは、サンドベージュのタクティカルキャップだった。
スナイパーは擬態のために、帽子をかぶることが多く、私もいつもベルトに帽子をつけている。
「クリエルに色々聞いたが、銃の好みはわかんねぇし……これなら使いやすいかと思ってな」
嬉しくなり、堪らずキャップを抱きしめた。
「ありがとう!大切に使うね!」
そして、祈るように「不死鳥のご加護がありますように……」と呟き、小さくキスをする。
マルコの前だと思い出し、慌てて彼を見上げる。
マルコは一瞬だけ目を見開いた。
そのあと、眉尻がふっと下がり、困ったように微笑む。
口元に手を添えた仕草は、照れを隠すためのものらしく、視線だけがそっと横に逸れた。
頬にはうっすら赤みが浮かび、それでも、私を見つめる瞳はやわらかい。
「……そんな丁寧に扱われるとは思わなかったよい」
「喜んでくれて良かったよい」
彼の目尻が緩むような笑みに、心臓がトクンっと鳴った。
同時に、この帽子のことを彼女が知ったら……と考えると、胸が少しざわつく。
それから、頼み事というのは、銃について教えてくれというものだった。
「私に?クリエルとか他のクルーのほうが詳しいよ」
「マニアックなのは勘弁してくれ。スタンダードなのを教えてほしいんだよい」
「じゃあ、うちの隊員が使ってるものから知るといいかも」
「あぁ。よろしく頼むよい」
若干の戸惑いと不安が頭を過ぎる。それは彼女のこと。
――ふたりで勉強することを彼女が知ったら……
だから、マルコに一つ提案をした。
「食堂で勉強しよう」
勘違いしちゃダメ。マルコの仕事が少しでも楽になるように手伝うだけ――と、自分に言い聞かせる。
―――
「違うよ。こっちはアサルトライフル用。そっちはスナイパーライフル用」
「わかんねぇよい。間違い探しかよ」
「全然違うから」
「同じに見えるよい……」
食堂のテーブルに雑誌を広げ、メンテナンスシートを敷き、その上に10番隊の隊員達の銃や弾薬も並べる。
ひとつずつ名称や特徴を説明していくが、マルコはなかなか覚えられずに毎回唸り声を上げる。
「おー!マルコが生徒でナマエが先生か?」
「マルコ、覚える気ねぇだろ?」
「うるせぇいよい。覚えらんねぇんだ」
クルー達は面白がって冷やかしに来る。拗ねてみたり、苦笑いしたりとマルコの表情が豊かで、私も楽しくなる。
定期的に彼女も声を掛けに来ていた。マルコが居る時は私に優しい笑顔を向けてくれる。しかし、その笑顔の裏に怖さを感じてしまう。
「マルコ、ナマエに無理させないようにね。ナマエだって色々仕事あるでしょうし」
「予定合わせてるから問題ねぇよ。何かあればオレも手伝えばいいからねい」
マルコは彼女からの言葉を特に気にせず、勉強時間を確保するから、彼女も観念したようである日からぱったり声を掛けてこなくなった。
ただ、時折遠くから鋭い視線を感じることが増えていた。私の中には、罪悪感に似た気持ちが芽生える。けれど、「やめよう」とは言えなかった。
「なぁナマエ……なんでスナイパーになったんだ?」
「スナイパーになった理由?」
「あぁ。なんか気になっちまったよい」
カチャカチャと銃をイジりながら、思い返してみた。
「んー」
遠い記憶を辿る。物心がつく頃には、銃で遊んでいた。
「両親が傭兵だったから、生まれた時から銃が身近にあったんだ。おもちゃのかわりみたいにね。だから、自然とこうなってたよ」
「……」
「ずっと陸で生きて、両親と同じように戦争で命を落とすと思っていたけど……オヤジに出会って、海賊やってるなんて人生って不思議だよね」
「初めて聞いた話しだねい」
「聞かれることも無いし。わざわざ話す必要もないじゃん?」
「確かにな。で、海での生活はどうだい?」
「それ、きいちゃう?……最高だよ。海に出て良かった」
自然と、笑顔になる。
私を見てマルコも釣られたように笑った。
「それなら良かったよい。海は最高だよな」
海に出て、マルコに出会えて良かった。そんなこと言えないけどね……。
勉強を開始してから3カ月経つ頃にあることに気付いた。
それは、マルコの為の勉強だったが、私にもとてもいい影響を与えてくれていたこと。
銃について更に詳しくなれたし、以前よりも自分の銃を好きになれた。他のモノにも興味が湧いたし、違うカスタムをしてみようとも思えたり。
この時間が楽しくて、話し込んでしまう。そして、1番嬉しいのは、やはりマルコが楽しそうに笑っていてくれることだった。彼の笑顔は、いつだって私の心を温かくする。
覚えの早いマルコと、少しマニアックな話しも出来るようになってきた頃、明日は互いに非番だからと深夜まで盛り上がってしまった。
――気づけば食堂には、自分たち二人だけ。
彼女にバレたらマズイと思い、慌てて「そろそろ終わろう」と、銃を片付ける為に席を立つ。
が、右手首を強い力で掴まれた。
「っ!」
――一瞬の沈黙。
真剣な蒼い瞳と視線が絡む。
目を反らしたいのに、それができない。息がつまる。掴まれた手首が熱い。
堪らず目を反らすと、手首が解放された……
「片付け…しねぇとな」
彼の声が少し掠れている。
「うん。」
――意識しちゃダメ。いつも通りに
頭の中で何度も繰り返す。
掴まれた右手首を無意識に擦る。
マルコの熱い手の感覚がいつまでも残っていた。
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