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眠れない……
目を閉じて何度目かの寝返り。
時計は深夜1時をゆうに過ぎている。
明日は朝から大きなプロジェクトのプレゼン。その緊張からか一向にやって来ない眠気。
静まり返った深夜は、どうしてか孤独や不安まで大きくしてしまう。
考えすぎだとわかっているけれど、やはり明日への不安が押し寄せてくる。
「はぁ……」
深いため息が寝室に溶けていく。
寝ることを諦めて、ベッドを出る。
足の裏にふわりとしたスリッパの感覚が広がる。
カモミールティーでも飲みながら、いつまでも減らないと積読に手を出そうと決めた。
柔らかい暖色の照明を着けて、本棚から数冊取り出す。
ケトルのスイッチを入れて、ハーブティーの用意をする。
タブレットから静かなジャズを流し、ふと、ライターが視界に入った。
最近会えていない恋人の愛用のライター。
彼の仕事柄、頻繁に連絡をとることもない。寂しくないと言ったら嘘になるけど、会えた時の幸せはかけがえのないもの。
煙草なんて吸わないのに、カチリとライターに火を灯した。
ユラユラと揺れる炎を見て、寂しさまで押し寄せてきた。すぐに火を消し、壁にあるカレンダーに目をやる。
そこに書き込まれているのは、彼の勤務。いつからか、スモーカーが勝手に書き始めた。
アプリのカレンダー共有でいいのに、なぜか毎月書いていく。
今日は夜勤。そろそろ仮眠の時間だろうか。
「連絡してみようかな……」
甘えるほうではないけれど、少しだけスモーカーを感じたい。テキストでもいい、電話でもいい。スモーカーがいることに安心したい。彼の書いた文字だけじゃ、足りない。
そう、思ってしまうほど明日のプレゼンにプレッシャーを感じているのかもしれない。
スマホを取りに寝室へ向かうと、通知ライトが点滅していた。
アプリを開けば『週末予定あるか?』と、とても簡素で彼らしいメッセージに頬が緩む。
——タイミング良すぎだよ。
『お疲れ。新しいレシピに挑戦する予定』と返信。
最近の休日は、作ったことのない料理やお菓子に挑戦している。今週末もその予定だった。
既読が付いたと思ったら着信が……
「わりぃ、起こしちまったか?」
「違う違う!眠れなくて起きてただけ」
「明日仕事だろ?眠れねぇってのはどうした?」
「明日のプレゼンで緊張してるみたい。スモーカーは仕事大丈夫なの?電話しちゃって」
休憩時間で、今は喫煙室だから大丈夫だと聞いて、少し安心する。
ダイニングへ戻り、コポコポとガラス製のポットにお湯をたっぷり注ぐ。
「あぁ、最近忙しくしてたプロジェクトのか?」
「そうそう。失敗したくないんだよね」
「多方面にも顔出して、協力得て。時間かけてきたやつだろ?」
「そう……クライアントが首を縦に振るかどうかは、わかんないから」
カモミールティーは安眠効果があるし、花が開く過程を眺めるのも好きな理由のひとつだった。
「大丈夫だよ。お前の話し方は人を惹きつけるから」
「え?そう、なの?」
「あぁ。安心していつも通りプレゼンしてこい。前向いて」
「……うん。仕事してる所なんて見たことないでしょ?」
「見なくても、普段のお前見てたらわかるよ。俺だって部下抱えてんだぞ」
「確かに、……」
部下から絶大な信頼を得ているスモーカー。上司には噛み付くくせに、部下のフォローは絶対に忘れない。人をよく見ているからこそ、忖度なしで話してくれる言葉が沁みる。
「なんだよ。歯切れわりぃな」
「いや、スモーカーって人をノせるのうまいなって」
「なんだそれ」
「スモーカーに言われたら、明日大丈夫な気がしてきたってこと」
「そりゃ、なによりだ」
「ありがとう」
スマホの向こうでスモーカーが笑ったのがわかる。声が急にまろやかになったから。
ライターの着火音と、煙草を吸い込む音。煙草が小さく爆ぜる音も聞こえる。
「ねぇ…週末、久しぶりにうちに来る?」
「それなら、金曜日の夜に行けるがどうだ?」
「わかった。一緒に買い物行けるかな?食材足りないかも」
「あぁ。会社まで迎えに行く」
ポットの中のカモミールが少しずつ開いていき、いい香りが立ち上ってきた。
「嬉しいけど、恥ずかしいね」
「迎えに行くほうが、早くていいだろ?」
早く会いたいと思っていてくれた事が嬉しくて、心臓が小さな音を立てた。
「うん。早く会いたい。お迎え、お願いします」
「……あぁ。時間がわかったら教えてくれ」
「うん」
「ふぅ」
スモーカーがため息をついた。
「何かあった?ため息ついて」
「あー……お前の声、久しぶりに聞いたな、と」
「スモーカーも忙しかったもんね。どう?久しぶりに聞く私の声は」
「……あぁ」
「ん?」
「……会いたくなるよ」
「っ……ス、モーカー、さん?」
「あ?会いてぇし、すぐ抱きてぇよ」
「ス、スモーカー……今、職場でしょ?な、何言ってんの?」
「俺だって我慢の限界があんだよ」
この深夜に何を言っているんだ……しかも職場で。
「金曜日、迎えに行く。週末は……ゆっくり、過ごそうな」
「……うん」
スモーカーの後ろから誰かが彼を呼んでいる。
「出動みてぇだ。じゃあ、ナマエ、ゆっくり休めよ」
「うん、ありがとう。スモーカー……気をつけてね?」
「あぁ。ナマエ、おやすみ」
プツリと切れて、部屋に静寂が訪れる。
目の前には、心を静めるために読むはずだった本と、ゆっくり飲むはずだったカモミールティー。
たった1本の電話で、心は静まり、違う意味で心は賑やかになった。
カップを回し熱を冷まして、さっと飲んでいく。
「週末……楽しみ」
明日の不安は払拭されて、すぐにベッドへ入り瞼を閉じた。
——
金曜日の終業後、会社の近くの駐車場に見慣れた白いランクルを見つける。
ドアを開け助手席に乗り込む。
「スモーカー!お待たせ、お迎えありがとう」
「お疲れ」
特に何も言わないスモーカーの大きな手に引き寄せられ、触れるだけのキスを落とされる。
「っ……、ん」
「さっさと帰るぞ」
少しだけ熱っぽい声に、電話のことを思い出した。
『会いてぇし、すぐ抱きてぇよ』
シートベルトを締めて彼を見上げれば、少しだけ口角が上がっている。絶対、人前でキスなんてしないのに。
エンジンがかかり、車がゆっくりと走り出す。
「早く帰ろうね……」
「あぁ、渋滞がじれってぇな」
目を閉じて何度目かの寝返り。
時計は深夜1時をゆうに過ぎている。
明日は朝から大きなプロジェクトのプレゼン。その緊張からか一向にやって来ない眠気。
静まり返った深夜は、どうしてか孤独や不安まで大きくしてしまう。
考えすぎだとわかっているけれど、やはり明日への不安が押し寄せてくる。
「はぁ……」
深いため息が寝室に溶けていく。
寝ることを諦めて、ベッドを出る。
足の裏にふわりとしたスリッパの感覚が広がる。
カモミールティーでも飲みながら、いつまでも減らないと積読に手を出そうと決めた。
柔らかい暖色の照明を着けて、本棚から数冊取り出す。
ケトルのスイッチを入れて、ハーブティーの用意をする。
タブレットから静かなジャズを流し、ふと、ライターが視界に入った。
最近会えていない恋人の愛用のライター。
彼の仕事柄、頻繁に連絡をとることもない。寂しくないと言ったら嘘になるけど、会えた時の幸せはかけがえのないもの。
煙草なんて吸わないのに、カチリとライターに火を灯した。
ユラユラと揺れる炎を見て、寂しさまで押し寄せてきた。すぐに火を消し、壁にあるカレンダーに目をやる。
そこに書き込まれているのは、彼の勤務。いつからか、スモーカーが勝手に書き始めた。
アプリのカレンダー共有でいいのに、なぜか毎月書いていく。
今日は夜勤。そろそろ仮眠の時間だろうか。
「連絡してみようかな……」
甘えるほうではないけれど、少しだけスモーカーを感じたい。テキストでもいい、電話でもいい。スモーカーがいることに安心したい。彼の書いた文字だけじゃ、足りない。
そう、思ってしまうほど明日のプレゼンにプレッシャーを感じているのかもしれない。
スマホを取りに寝室へ向かうと、通知ライトが点滅していた。
アプリを開けば『週末予定あるか?』と、とても簡素で彼らしいメッセージに頬が緩む。
——タイミング良すぎだよ。
『お疲れ。新しいレシピに挑戦する予定』と返信。
最近の休日は、作ったことのない料理やお菓子に挑戦している。今週末もその予定だった。
既読が付いたと思ったら着信が……
「わりぃ、起こしちまったか?」
「違う違う!眠れなくて起きてただけ」
「明日仕事だろ?眠れねぇってのはどうした?」
「明日のプレゼンで緊張してるみたい。スモーカーは仕事大丈夫なの?電話しちゃって」
休憩時間で、今は喫煙室だから大丈夫だと聞いて、少し安心する。
ダイニングへ戻り、コポコポとガラス製のポットにお湯をたっぷり注ぐ。
「あぁ、最近忙しくしてたプロジェクトのか?」
「そうそう。失敗したくないんだよね」
「多方面にも顔出して、協力得て。時間かけてきたやつだろ?」
「そう……クライアントが首を縦に振るかどうかは、わかんないから」
カモミールティーは安眠効果があるし、花が開く過程を眺めるのも好きな理由のひとつだった。
「大丈夫だよ。お前の話し方は人を惹きつけるから」
「え?そう、なの?」
「あぁ。安心していつも通りプレゼンしてこい。前向いて」
「……うん。仕事してる所なんて見たことないでしょ?」
「見なくても、普段のお前見てたらわかるよ。俺だって部下抱えてんだぞ」
「確かに、……」
部下から絶大な信頼を得ているスモーカー。上司には噛み付くくせに、部下のフォローは絶対に忘れない。人をよく見ているからこそ、忖度なしで話してくれる言葉が沁みる。
「なんだよ。歯切れわりぃな」
「いや、スモーカーって人をノせるのうまいなって」
「なんだそれ」
「スモーカーに言われたら、明日大丈夫な気がしてきたってこと」
「そりゃ、なによりだ」
「ありがとう」
スマホの向こうでスモーカーが笑ったのがわかる。声が急にまろやかになったから。
ライターの着火音と、煙草を吸い込む音。煙草が小さく爆ぜる音も聞こえる。
「ねぇ…週末、久しぶりにうちに来る?」
「それなら、金曜日の夜に行けるがどうだ?」
「わかった。一緒に買い物行けるかな?食材足りないかも」
「あぁ。会社まで迎えに行く」
ポットの中のカモミールが少しずつ開いていき、いい香りが立ち上ってきた。
「嬉しいけど、恥ずかしいね」
「迎えに行くほうが、早くていいだろ?」
早く会いたいと思っていてくれた事が嬉しくて、心臓が小さな音を立てた。
「うん。早く会いたい。お迎え、お願いします」
「……あぁ。時間がわかったら教えてくれ」
「うん」
「ふぅ」
スモーカーがため息をついた。
「何かあった?ため息ついて」
「あー……お前の声、久しぶりに聞いたな、と」
「スモーカーも忙しかったもんね。どう?久しぶりに聞く私の声は」
「……あぁ」
「ん?」
「……会いたくなるよ」
「っ……ス、モーカー、さん?」
「あ?会いてぇし、すぐ抱きてぇよ」
「ス、スモーカー……今、職場でしょ?な、何言ってんの?」
「俺だって我慢の限界があんだよ」
この深夜に何を言っているんだ……しかも職場で。
「金曜日、迎えに行く。週末は……ゆっくり、過ごそうな」
「……うん」
スモーカーの後ろから誰かが彼を呼んでいる。
「出動みてぇだ。じゃあ、ナマエ、ゆっくり休めよ」
「うん、ありがとう。スモーカー……気をつけてね?」
「あぁ。ナマエ、おやすみ」
プツリと切れて、部屋に静寂が訪れる。
目の前には、心を静めるために読むはずだった本と、ゆっくり飲むはずだったカモミールティー。
たった1本の電話で、心は静まり、違う意味で心は賑やかになった。
カップを回し熱を冷まして、さっと飲んでいく。
「週末……楽しみ」
明日の不安は払拭されて、すぐにベッドへ入り瞼を閉じた。
——
金曜日の終業後、会社の近くの駐車場に見慣れた白いランクルを見つける。
ドアを開け助手席に乗り込む。
「スモーカー!お待たせ、お迎えありがとう」
「お疲れ」
特に何も言わないスモーカーの大きな手に引き寄せられ、触れるだけのキスを落とされる。
「っ……、ん」
「さっさと帰るぞ」
少しだけ熱っぽい声に、電話のことを思い出した。
『会いてぇし、すぐ抱きてぇよ』
シートベルトを締めて彼を見上げれば、少しだけ口角が上がっている。絶対、人前でキスなんてしないのに。
エンジンがかかり、車がゆっくりと走り出す。
「早く帰ろうね……」
「あぁ、渋滞がじれってぇな」
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