Short
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「誕生日おめでとう」
「おめでとうございまーす」
出社すると挨拶と一緒にお祝いの言葉をたくさん貰った。
先輩、同期、プロジェクトメンバー。プチプレゼントもたくさん頂いた。
「ありがとうー。嬉しい!!」
離職率の低い会社だから、みんな仲良くて仕事がしやすい。めちゃくちゃ忙しいし、給料が超高額なわけでもない。やりがいと、会社のみんなの人の良さで続けられている。
貰ったプレゼントをデスクに置きながら、斜め前の席を見る。同期のスモーカー。確か今日まで出張だった。
ポケットのスマホを一度見るが、通知は何もない。
——待ってるわけじゃないし。
たった一言「おめでとう」って言って欲しかった。PCを立ち上げて、プレゼントを大きめな紙袋にまとめる。
プレゼントがほしいとか、デートしたいとか、そこまでは望んでいない。ただ、今日は顔を見て「おめでとう」って言ってもらいたかった。
年に一度の誕生日。気づいたら好きになっていた同期に、祝ってもらいたいって思うくらい許されたい。
色々考えながらも仕事は進んでいく。メールとチャットの返信、チームの進捗状況、ミーティングに、後輩指導。
あっという間に時計は16時を過ぎていた。
「ふぅ……やっと落ち着けるぅ」
「お疲れさま、ナマエ」
「あ、ヒナ〜!朝から現場お疲れ」
「はい。誕生日おめでとう。欲しがってた口紅よ」
「本当??何色??」
「1番似合う色だから安心しなさいよ」
「ありがとう!!大切に使う!」
「それでもつけて、スモーカーくんが何か気付けばいいけどね」
「……それは無理でしょ?あのスモーカーだよ?」
「そうかしら?まぁ、いいわ。来週はヒナとのディナー忘れないでね?」
「もちろん!ワインたくさん飲むぞ」
ヒナと別れて残りの時間まで、仕事に勤しむ。
残業なしで帰ろうと荷物をまとめていると……きっちりとスーツを着ているスモーカーが見えた。
いつもならノーネクタイ、ワイシャツも第3ボタンくらいまで開けている。
出張先から直帰せずに会社へ戻ってきたらしい。
「ナマエお疲れ。お前帰んのか?」
「スモーカー、おかえり。帰るよー。直帰じゃなかったの?」
「あぁ。ちょっと用事があったからな」
「そっか。お疲れー」
用事?もしかしてと、淡い期待をしてしまう。
しかし、スモーカーは「これ、土産な」と言って出張先で人気の焼き菓子の紙袋を差し出す。大量にあるから、会社のみんなへって意味ね。
「お前とヒナが好きそうなやつだから、先に選んでおけよ」
ポンっと頭を軽く撫でられて、スモーカーは上司のところへ向かって行った。
サラッとさぁ……。
「なんで私がやるの?」なんて悪態をつきながら、お土産3箱を開ける。有名店の焼き菓子セット。あの凶悪面が、どんな顔して買っているのか一度くらいは見てみたいと思っているが、未だにお目にかかれたことはない。
自分の分とヒナの分を確保して「皆さんでどうぞ。スモーカー」と付箋を貼る。当社自慢のお菓子スペースに設置完了。
「ナマエ、飯行かねぇか?腹減った」
おぉ、これはちょっと期待していいのでは?
——
っていつものラーメン屋かよ……。いいんだよ。常連だし、ここの美味しいし、店主と仲良しだしね。
カウンターに並んで、出張の話になる。暫くすると
「そう言えば、今日荷物多くねぇか?なんかあったのか?」と、私の紙袋を気にし始めるスモーカー。
「えっと……」
「お待たせ!いつものね!!ナマエちゃん、誕生日でしょ?煮卵とチャーシューはサービスね」
「あ、ありがとうーー」
「……」
黙ってるスモーカーを見るとポカンとし、目だけ動いた。そして、大きな手が目元を覆う。
「……今日、だったか?わりい、てっきり来週だと……」
「え?なんで謝るの?ラーメン好きだしサービスして貰ったし」
「スモーカー、忘れてたのかよ?」
スモーカーの大盛りラーメン、餃子、チャーハンセットが次々と目の前に並べられていく。
「いや、……まぁそうだな。今回の出張ですっかり失念していた」
結構大きなプロジェクトに関する出張で、準備も大変だったのは知っている。
「今度ランチ奢って?サッチくんのお店で」
サッチのカフェはちょっと高いけど、凄く美味しくて私とヒナの推しカフェだ。
「悪かった。それでもいいが……この後に美味い酒奢る。明日休みだろ?」
とりあえず、と言って餃子を分けられた。なんだそれ?と思って吹き出してしまう。
「っ!!餃子ありがとう。休みだけどスモーカー疲れてるでしょ?」
「いや、午前しか仕事してねぇから問題ねぇよ」
私はズルズルと可愛げもなくラーメンを啜る。遠慮なく餃子も2つ貰った。
「ねぇ、1本だけビール飲まない?」と笑ってみれば、チャーハンを頬張っているスモーカーが頷いて、ゴクリと嚥下した。大きな喉仏が動くのを横目で追ってしまう。
キンキンに冷えた瓶ビールをコップに注ぐ。綺麗な黄金色と細やかな白い泡。
「あー……わりぃな。ラーメン屋で。誕生日おめでとう」
「おい!なんだよ、その言い方!スモーカー!ラーメン屋で誕生日祝ってもいいだろう!!」
「あははは!嬉しいよ!ありがとうー」
カチンッとビールメーカーのロゴ入りのコップを鳴らした。
——
「今から行く店はヒナには言うなよ。あいつにバレたらめんどくせぇから」
キャリーケースを引きずりながら、私が貰ったプレゼントたちをスモーカーはさり気なく持っている。
「そんなにいいBARなの?私が行っていいの?」
「あぁ。腹いっぱいだろ?食い物はそんなにねぇからな」
「答えになってなーい」
重厚感のある扉を開けると、ドラマや映画で見たような世界が広がっていた。足元からの照明が織りなす光と影。大きめのカウンター、革張りのソファ、白髪交じりで背筋の伸びたバーテンダーと、穏やかに微笑む長身、長髪を結んだバーテンダー。彼等の後ろには大小さまざまなグラスがキラキラとライトアップされている。
軽くドレスアップした女性に、質のいいスーツを身に纏った男性。小さく音楽が流れていて、お客さんたちの話し声すらもBGMのように聞こえる。
「いらっしゃいませ。スモーカーさん」
「荷物を預かってもらえると助かるんだが」
「ええ、もちろん。……本日はお二人ですので、奥のお席はいかがでしょうか?」
「あぁ。ありがたい。それと……」
スモーカーが少しだけ屈んで、バーテンダーに何かを耳打ちする。声は小さくて、私には聞こえない。
「かしこまりました」
長髪のバーテンダーにキャリーケースとジャケット、私が貰ったプレゼントいっぱいの紙袋を渡し、スモーカーは私の背中をそっと押した。押した、ではないかな。彼の大きな手は、エスコートするように私の背中に添えられていた。
案内された席は、死角になりそうでならない。でも、他のお客さんとは視線が絡まないようなテーブル席。
「素敵な所だね。よく来るの?」
「週1くらいか。何飲む?」
「常連じゃん。スモーカーは何飲むの?」
「俺は、ラフロイグ。お前は?」
「ラフロイグ?初めて聞いたお酒。私ね、せっかくだからお任せしたい。こんな素敵な所初めてだし、よく見るカクテルじゃないのがいい」
「わかった。シャンパン好きだよな?」
「好き。辛口のが好き」
すると、さっきのバーテンダーがスッと近付いてくる。
「お決まりでしょうか?」
「あぁ。俺はいつもので、彼女にはシャンパンベースのカクテルで、スッキリしたものを」
「かしこまりました」
バーテンダーが微笑んで席を離れる。
手慣れた様子でオーダーして、スモーカーはホッと一息ついた。ポケットから煙草を出して、鈍く輝くZippoで火をつけた。ふわりと舞う紫煙を目で追う。
「いつもと違うお店だと、スモーカーもなんか違うね。……そんなことないか。いつも通りだった」
「何言ってんだ?」
咥え煙草のままシュルリと、ネクタイとボタンを緩める。
カフスを外し、腕まくりをする。いつもの見慣れたスモーカーがそこには居る。
なのに、店内の雰囲気が違うから、白銀の髪が一層綺麗に見えた。いつもは鋭い眼光すら、柔らかい気がする。
「お待たせいたしました。シャンパンベースのカクテル、キール・ロワイヤルでございます。シャンパンにカシスを加えております。カクテル言葉は祝福でございます。お口に合いますと幸いです。」
透き通った綺麗な赤。カシスの色って実はこんなに美しいんだね。ルビーを思い浮かべるような赤。シャンパンの小さな泡も幻想的。
「こちらは、ラフロイグのストレートでございます。
それと、こちらは当店から」
コトリと中央に置かれてたのは、一口サイズのフルーツが散りばめられたプレートだった。Happy Birthdayとペンで書かれている。
「お誕生日おめでとうございます」
「え……」
驚いて、スモーカーを見る。彼はグラスをゆっくり回しながら、素知らぬ顔。
「ありがたくもらっとけよ」
——さっきの耳打ちは、これだったのか。サプライズとか気付く私だけど、全くわからなかった。こいつ……
口元を隠すように手を添えた。特別な日に、彼の特別な場所でお祝いして貰えたことに。ゆるゆるな顔のままバーテンダーへお礼を伝える。彼も、また優しい笑顔を返してくれて、席を離れていった。
「ありがとうございます。美味しくいただきます」
満面の笑みでグラスを持つ。
「スモーカー、乾杯しよ?で、もう一回おめでとうって言って?」
向かいのスモーカーが、グラスを持ち一瞬だけ目が細くなった。ゆっくりと口元が動き、落ち着いた声が耳に届く。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう。……嬉しい」
スモーカーの分厚いロックグラスと、私の薄いシャンパングラスが触れ合うと、ビールグラスとは違う澄んだ音が響いた。
「んっ、美味しい……」
「そりゃ良かった。ゆっくり飲めよ」
「うん。スモーカーのも少し飲みたい」
グラスを受け取って香りを嗅ぐ。ちょっと変わった香りだけど、ウイスキーなら大丈夫だろうと……
「っ……ケホッ。私には無理だ」
「ひでぇ顔」
クスリと笑って目を逸らされる。
スモーカーが居ない間の会社の話や、出張先で食べたお店など話題は尽きない。
次の1杯もバーテンダーにお任せした。キール・ロワイヤルが美味しかったことを伝え、シャンパン以外でと。スモーカーは同じものを。
暫くして出てきたのは、淡いピンクのカクテルだった。
「ベリーニになります。スパークリングワインと白桃のピューレを合わせたものです。先程よりも柔らかくフルーティになります。カクテル言葉は、実りや豊かさですね。ご賞味ください」
「凄くいい香り。スモーカーも飲む?」
「いや、俺はいい」
「じゃあ……スモーカーの今回のプロジェクトが実りますよーに。ふふふ」
乾杯するようにグラスを軽く持ち上げて、口をつけた。
「美味しい……さっきよりフルーティーだけど、嫌な甘さがない。桃ってこんなに合うんだね」
「良かったな。
俺のことよりも、お前の1年が……色々豊かだといいな」
「初日から豊かですけど?幸せな誕生日だよ」
大変満足して、BARを出た。駅まで歩いて改札をくぐる。
私とスモーカーの帰る方向は真逆だった。自分達が向かうホームへの分岐点で立ち止まる。
「はぁ、本日美味しかったー。スモーカーありがとう」
「いや、急な感じで悪かった。あ゙ー、プレゼントは後日な。準備はしてるんだが」
ガシガシと後頭部を掻いて、居心地悪そうなスモーカーに笑いが出てしまう。
「謝らないでよ。今日本当楽しかったし、美味しかったし。ありがとう。でも、プレゼント用意してくれてるなら遠慮なくいただきます」
「あぁ。月曜日に会社持っていく」
ちょっとだけ酔ってる気がした。素敵なBarと美味しいカクテルのせいだろう。ずいぶん遅い時間だから、人もまばらだ。
眉間にシワがなくて、少しだけ目尻が下がっているスモーカーを見ていると、勘違いしそうになる。彼も私の誕生日を一緒に過ごすことを、少なからず望んでくれていたのではないかと。お気に入りの場所に連れていってくれたのも、少しだけ特別扱いしてくれているかも……なんて。
少し酔ってると言い訳しながらも、思考回路が自分本位になっていく。
「今日は出張後なのに本当ありがと。……ねぇ、スモーカー、好きだよ」
「あ、……じゃあ、お疲れ!ご馳走様でした!また来週!!」
手を振ってホームへ歩き出すが、「ナマエ」と呼ばれて立ち止まる。俯き加減で振り返れば、私のプレゼントが入った紙袋を手にしているスモーカー。
「あ!わ、えっと……忘れてた」
なんて間の悪い人間なんだろう。
彼に近付いて返してもらおうと手を出せば、手首を掴まれる。
「ふぇっ?」
「好きなんだろ?……俺もだ。お前のこと」
「おめでとうございまーす」
出社すると挨拶と一緒にお祝いの言葉をたくさん貰った。
先輩、同期、プロジェクトメンバー。プチプレゼントもたくさん頂いた。
「ありがとうー。嬉しい!!」
離職率の低い会社だから、みんな仲良くて仕事がしやすい。めちゃくちゃ忙しいし、給料が超高額なわけでもない。やりがいと、会社のみんなの人の良さで続けられている。
貰ったプレゼントをデスクに置きながら、斜め前の席を見る。同期のスモーカー。確か今日まで出張だった。
ポケットのスマホを一度見るが、通知は何もない。
——待ってるわけじゃないし。
たった一言「おめでとう」って言って欲しかった。PCを立ち上げて、プレゼントを大きめな紙袋にまとめる。
プレゼントがほしいとか、デートしたいとか、そこまでは望んでいない。ただ、今日は顔を見て「おめでとう」って言ってもらいたかった。
年に一度の誕生日。気づいたら好きになっていた同期に、祝ってもらいたいって思うくらい許されたい。
色々考えながらも仕事は進んでいく。メールとチャットの返信、チームの進捗状況、ミーティングに、後輩指導。
あっという間に時計は16時を過ぎていた。
「ふぅ……やっと落ち着けるぅ」
「お疲れさま、ナマエ」
「あ、ヒナ〜!朝から現場お疲れ」
「はい。誕生日おめでとう。欲しがってた口紅よ」
「本当??何色??」
「1番似合う色だから安心しなさいよ」
「ありがとう!!大切に使う!」
「それでもつけて、スモーカーくんが何か気付けばいいけどね」
「……それは無理でしょ?あのスモーカーだよ?」
「そうかしら?まぁ、いいわ。来週はヒナとのディナー忘れないでね?」
「もちろん!ワインたくさん飲むぞ」
ヒナと別れて残りの時間まで、仕事に勤しむ。
残業なしで帰ろうと荷物をまとめていると……きっちりとスーツを着ているスモーカーが見えた。
いつもならノーネクタイ、ワイシャツも第3ボタンくらいまで開けている。
出張先から直帰せずに会社へ戻ってきたらしい。
「ナマエお疲れ。お前帰んのか?」
「スモーカー、おかえり。帰るよー。直帰じゃなかったの?」
「あぁ。ちょっと用事があったからな」
「そっか。お疲れー」
用事?もしかしてと、淡い期待をしてしまう。
しかし、スモーカーは「これ、土産な」と言って出張先で人気の焼き菓子の紙袋を差し出す。大量にあるから、会社のみんなへって意味ね。
「お前とヒナが好きそうなやつだから、先に選んでおけよ」
ポンっと頭を軽く撫でられて、スモーカーは上司のところへ向かって行った。
サラッとさぁ……。
「なんで私がやるの?」なんて悪態をつきながら、お土産3箱を開ける。有名店の焼き菓子セット。あの凶悪面が、どんな顔して買っているのか一度くらいは見てみたいと思っているが、未だにお目にかかれたことはない。
自分の分とヒナの分を確保して「皆さんでどうぞ。スモーカー」と付箋を貼る。当社自慢のお菓子スペースに設置完了。
「ナマエ、飯行かねぇか?腹減った」
おぉ、これはちょっと期待していいのでは?
——
っていつものラーメン屋かよ……。いいんだよ。常連だし、ここの美味しいし、店主と仲良しだしね。
カウンターに並んで、出張の話になる。暫くすると
「そう言えば、今日荷物多くねぇか?なんかあったのか?」と、私の紙袋を気にし始めるスモーカー。
「えっと……」
「お待たせ!いつものね!!ナマエちゃん、誕生日でしょ?煮卵とチャーシューはサービスね」
「あ、ありがとうーー」
「……」
黙ってるスモーカーを見るとポカンとし、目だけ動いた。そして、大きな手が目元を覆う。
「……今日、だったか?わりい、てっきり来週だと……」
「え?なんで謝るの?ラーメン好きだしサービスして貰ったし」
「スモーカー、忘れてたのかよ?」
スモーカーの大盛りラーメン、餃子、チャーハンセットが次々と目の前に並べられていく。
「いや、……まぁそうだな。今回の出張ですっかり失念していた」
結構大きなプロジェクトに関する出張で、準備も大変だったのは知っている。
「今度ランチ奢って?サッチくんのお店で」
サッチのカフェはちょっと高いけど、凄く美味しくて私とヒナの推しカフェだ。
「悪かった。それでもいいが……この後に美味い酒奢る。明日休みだろ?」
とりあえず、と言って餃子を分けられた。なんだそれ?と思って吹き出してしまう。
「っ!!餃子ありがとう。休みだけどスモーカー疲れてるでしょ?」
「いや、午前しか仕事してねぇから問題ねぇよ」
私はズルズルと可愛げもなくラーメンを啜る。遠慮なく餃子も2つ貰った。
「ねぇ、1本だけビール飲まない?」と笑ってみれば、チャーハンを頬張っているスモーカーが頷いて、ゴクリと嚥下した。大きな喉仏が動くのを横目で追ってしまう。
キンキンに冷えた瓶ビールをコップに注ぐ。綺麗な黄金色と細やかな白い泡。
「あー……わりぃな。ラーメン屋で。誕生日おめでとう」
「おい!なんだよ、その言い方!スモーカー!ラーメン屋で誕生日祝ってもいいだろう!!」
「あははは!嬉しいよ!ありがとうー」
カチンッとビールメーカーのロゴ入りのコップを鳴らした。
——
「今から行く店はヒナには言うなよ。あいつにバレたらめんどくせぇから」
キャリーケースを引きずりながら、私が貰ったプレゼントたちをスモーカーはさり気なく持っている。
「そんなにいいBARなの?私が行っていいの?」
「あぁ。腹いっぱいだろ?食い物はそんなにねぇからな」
「答えになってなーい」
重厚感のある扉を開けると、ドラマや映画で見たような世界が広がっていた。足元からの照明が織りなす光と影。大きめのカウンター、革張りのソファ、白髪交じりで背筋の伸びたバーテンダーと、穏やかに微笑む長身、長髪を結んだバーテンダー。彼等の後ろには大小さまざまなグラスがキラキラとライトアップされている。
軽くドレスアップした女性に、質のいいスーツを身に纏った男性。小さく音楽が流れていて、お客さんたちの話し声すらもBGMのように聞こえる。
「いらっしゃいませ。スモーカーさん」
「荷物を預かってもらえると助かるんだが」
「ええ、もちろん。……本日はお二人ですので、奥のお席はいかがでしょうか?」
「あぁ。ありがたい。それと……」
スモーカーが少しだけ屈んで、バーテンダーに何かを耳打ちする。声は小さくて、私には聞こえない。
「かしこまりました」
長髪のバーテンダーにキャリーケースとジャケット、私が貰ったプレゼントいっぱいの紙袋を渡し、スモーカーは私の背中をそっと押した。押した、ではないかな。彼の大きな手は、エスコートするように私の背中に添えられていた。
案内された席は、死角になりそうでならない。でも、他のお客さんとは視線が絡まないようなテーブル席。
「素敵な所だね。よく来るの?」
「週1くらいか。何飲む?」
「常連じゃん。スモーカーは何飲むの?」
「俺は、ラフロイグ。お前は?」
「ラフロイグ?初めて聞いたお酒。私ね、せっかくだからお任せしたい。こんな素敵な所初めてだし、よく見るカクテルじゃないのがいい」
「わかった。シャンパン好きだよな?」
「好き。辛口のが好き」
すると、さっきのバーテンダーがスッと近付いてくる。
「お決まりでしょうか?」
「あぁ。俺はいつもので、彼女にはシャンパンベースのカクテルで、スッキリしたものを」
「かしこまりました」
バーテンダーが微笑んで席を離れる。
手慣れた様子でオーダーして、スモーカーはホッと一息ついた。ポケットから煙草を出して、鈍く輝くZippoで火をつけた。ふわりと舞う紫煙を目で追う。
「いつもと違うお店だと、スモーカーもなんか違うね。……そんなことないか。いつも通りだった」
「何言ってんだ?」
咥え煙草のままシュルリと、ネクタイとボタンを緩める。
カフスを外し、腕まくりをする。いつもの見慣れたスモーカーがそこには居る。
なのに、店内の雰囲気が違うから、白銀の髪が一層綺麗に見えた。いつもは鋭い眼光すら、柔らかい気がする。
「お待たせいたしました。シャンパンベースのカクテル、キール・ロワイヤルでございます。シャンパンにカシスを加えております。カクテル言葉は祝福でございます。お口に合いますと幸いです。」
透き通った綺麗な赤。カシスの色って実はこんなに美しいんだね。ルビーを思い浮かべるような赤。シャンパンの小さな泡も幻想的。
「こちらは、ラフロイグのストレートでございます。
それと、こちらは当店から」
コトリと中央に置かれてたのは、一口サイズのフルーツが散りばめられたプレートだった。Happy Birthdayとペンで書かれている。
「お誕生日おめでとうございます」
「え……」
驚いて、スモーカーを見る。彼はグラスをゆっくり回しながら、素知らぬ顔。
「ありがたくもらっとけよ」
——さっきの耳打ちは、これだったのか。サプライズとか気付く私だけど、全くわからなかった。こいつ……
口元を隠すように手を添えた。特別な日に、彼の特別な場所でお祝いして貰えたことに。ゆるゆるな顔のままバーテンダーへお礼を伝える。彼も、また優しい笑顔を返してくれて、席を離れていった。
「ありがとうございます。美味しくいただきます」
満面の笑みでグラスを持つ。
「スモーカー、乾杯しよ?で、もう一回おめでとうって言って?」
向かいのスモーカーが、グラスを持ち一瞬だけ目が細くなった。ゆっくりと口元が動き、落ち着いた声が耳に届く。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう。……嬉しい」
スモーカーの分厚いロックグラスと、私の薄いシャンパングラスが触れ合うと、ビールグラスとは違う澄んだ音が響いた。
「んっ、美味しい……」
「そりゃ良かった。ゆっくり飲めよ」
「うん。スモーカーのも少し飲みたい」
グラスを受け取って香りを嗅ぐ。ちょっと変わった香りだけど、ウイスキーなら大丈夫だろうと……
「っ……ケホッ。私には無理だ」
「ひでぇ顔」
クスリと笑って目を逸らされる。
スモーカーが居ない間の会社の話や、出張先で食べたお店など話題は尽きない。
次の1杯もバーテンダーにお任せした。キール・ロワイヤルが美味しかったことを伝え、シャンパン以外でと。スモーカーは同じものを。
暫くして出てきたのは、淡いピンクのカクテルだった。
「ベリーニになります。スパークリングワインと白桃のピューレを合わせたものです。先程よりも柔らかくフルーティになります。カクテル言葉は、実りや豊かさですね。ご賞味ください」
「凄くいい香り。スモーカーも飲む?」
「いや、俺はいい」
「じゃあ……スモーカーの今回のプロジェクトが実りますよーに。ふふふ」
乾杯するようにグラスを軽く持ち上げて、口をつけた。
「美味しい……さっきよりフルーティーだけど、嫌な甘さがない。桃ってこんなに合うんだね」
「良かったな。
俺のことよりも、お前の1年が……色々豊かだといいな」
「初日から豊かですけど?幸せな誕生日だよ」
大変満足して、BARを出た。駅まで歩いて改札をくぐる。
私とスモーカーの帰る方向は真逆だった。自分達が向かうホームへの分岐点で立ち止まる。
「はぁ、本日美味しかったー。スモーカーありがとう」
「いや、急な感じで悪かった。あ゙ー、プレゼントは後日な。準備はしてるんだが」
ガシガシと後頭部を掻いて、居心地悪そうなスモーカーに笑いが出てしまう。
「謝らないでよ。今日本当楽しかったし、美味しかったし。ありがとう。でも、プレゼント用意してくれてるなら遠慮なくいただきます」
「あぁ。月曜日に会社持っていく」
ちょっとだけ酔ってる気がした。素敵なBarと美味しいカクテルのせいだろう。ずいぶん遅い時間だから、人もまばらだ。
眉間にシワがなくて、少しだけ目尻が下がっているスモーカーを見ていると、勘違いしそうになる。彼も私の誕生日を一緒に過ごすことを、少なからず望んでくれていたのではないかと。お気に入りの場所に連れていってくれたのも、少しだけ特別扱いしてくれているかも……なんて。
少し酔ってると言い訳しながらも、思考回路が自分本位になっていく。
「今日は出張後なのに本当ありがと。……ねぇ、スモーカー、好きだよ」
「あ、……じゃあ、お疲れ!ご馳走様でした!また来週!!」
手を振ってホームへ歩き出すが、「ナマエ」と呼ばれて立ち止まる。俯き加減で振り返れば、私のプレゼントが入った紙袋を手にしているスモーカー。
「あ!わ、えっと……忘れてた」
なんて間の悪い人間なんだろう。
彼に近付いて返してもらおうと手を出せば、手首を掴まれる。
「ふぇっ?」
「好きなんだろ?……俺もだ。お前のこと」
1/11ページ