真っ直ぐな正義
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この軍艦でお世話になって2週間。
仕事とランニングのルーティンに慣れた頃、初めて嵐に見舞われた。
「お前、昼まで俺の部屋から出るなよ。嵐があるから」
そう言われたのは昨夜。
シャワールームから出ると、ソファに寝転ぶスモーカーさんから言われた。
タオルで髪を拭きながら窓の外へ視線を移す。雲はあるが、細い三日月も星も出ていて嵐が来そうな気配は無い。
「わかりました。ハリーさんに午後から伺うこと伝えてきます」
「航路上通らなきゃならん海域で、朝方から遅くとも昼までには通過する。ハリーには俺から伝えた」
「ありがとうございます」
「海の嵐……どんな感じですか?」
「あー。……お前は寝込むんじゃねぇか?」
「そんなに?私、絶叫マシンとか平気ですよ!」
この世界に絶叫マシンがあるのか知らないけれど。
――――まぁ、大丈夫でしょ。海の嵐はTVで見たことあるし。
激しい波の音で目が覚めた。目眩と間違う程に軍艦が大きく揺れている。
わたしの知っている陸の嵐では無い。
海で遭遇する嵐には高波がついてまわる。
TVで見た嵐と……全く違っている。
「……どういうこと?」
激しい雨が窓を叩き、近くで凄まじい雷の音がした。
慌ててベッドから出ようと体を起こすが、揺れが大きくて上手く動けない。ベッドからズルズルと滑り落ち、床を這ってドアを目指す。
寝室を出たが、ソファにもデスクにもスモーカーさんの姿は見えない。
窓の外は暴風雨、雷、高波、全部がいっぺんに起こっているようだ。
ジェットコースターなんて比じゃない。
コンコンコン
ドアをノックする大きな音と共に「ナマエさん!ナマエさん!」とたしぎさんが大声でわたしを呼ぶ。
「はい!!」
返事をして、四つん這いのままドアへ移動。
胃の辺りに違和感があることに気付いたが、今は無視する他無かった。
ドアノブと壁を掴み立ち上がる。
解錠し、ドアを開けるとびしょ濡れのたしぎさんがドアの枠に掴まって立っていた。
「ナマエさん!大丈夫ですか?」
「たしぎさん!濡れちゃってますよ!」
「合羽なのでご安心下さい。さっきまで外に居たのですが、ナマエさんの安否確認に伺いました」
合羽を脱いだたしぎさんに支えてもらい、もう一度寝室へ戻る。
「軍医に酔い止めもらってきますから、このまま部屋に居てくださいね」
「たしぎさん達は?」
「私達は慣れてますので、大丈夫です」
安心させるように笑顔を送ってくれた。
「すいません……」
「初めての嵐は、私も同じでしたからお気になさらず」
することもないからベッドへ潜り込む。
どの姿勢が1番落ち着くのかわからず、何度も寝返りをうつ。気持ち悪さを抑えるように、努めてゆっくり呼吸を続ける。
目を瞑って過ごしているが、浮遊感と、船体にぶつかる波の衝撃や音が、不安を煽る。
「はぁ、はぁ…」と、少しずつ息が上がる。
寝ていたところで吐き気は治まらず更に強くなる。とうとう胃から嫌なものが上ってきてしまった。
「っ……吐き、そう」
這いつくばって、トイレへ向かう。何度も上ってくる胃液が気持ち悪くて、涙が出る。
ゴクっと喉を鳴らして飲み込み、なんとか我慢してトイレへ。
一度吐いてしまえば、少しは変わるかと思ったが、悲しいことに吐き気は変わらなかった。
壁に寄りかかり、目を閉じ、ゆっくり呼吸をした。
本当はこのまま寝てしまいたい……。
「ナマエさん!どこですか?」
たしぎさんが薬を持って戻ったようで、わたしを探している。
体が限界で動けるような状態ではない。知らせるためにトイレのドアを力一杯叩いた。
気づいて、すぐにトイレへ来てくれる。
たしぎさんに、もう一度支えてもらい、寝室へ移動。移動というより引きづられて……。
窓を見ると、雨なのか波なのかわからない水が何度も窓を叩いていた。
「食べられそうなら」と少しのフルーツと、お水の入ったボトルと薬。
「ありがとうございます」
「この海域を抜ければ穏やかになります。それまでは強い揺れや雷がありますが、あと4時間程です。少し休んでいてくださいね」
ブドウを一粒口に入れ、薬を飲む。
「怪我……しないで下さいね」
「もちろんです。ありがとうございます」
頭を撫でられて、わたしは眠りに落ちた。
気持ち悪さに目を覚ます。
夢でも揺れていた気がするのに、起きても状況は変化無し。
気持ち悪くて胃が痛い。更に息も上がる。
重たい身体をなんとか動かし、這いつくばってトイレへ向かう。
途中で、何度も止まり、口を押さえる。その度、涙がじわりと滲む。
「うっ……んっ。気持ち悪い……」
ドアをなんとか開けて、トイレを抱き抱えるようにして、えづく。
うまく吐けなくて涙も溢れる。
結局、2回吐いた。
食事を摂ってないなら胃液しか出なくて、胃液の酸が喉を焼く。
「ゔぅ……」
口元をペーパーで拭って、トイレの壁に保たれる。
自分の荒い呼吸音を聞きながら、心拍数を測る。
換気扇の音なのか、嵐の音なのか、全部が騒音に聞こえる。
酷く孤独に感じた。
軍艦の外の嵐と、閉鎖されたこの部屋。
誰も居ない大きな部屋。
床と壁の冷たさと硬さが、更に孤独感を強めた……。
「……気持ちわるい…」
声に出したところで、体調に変化が起こるはずもなく。
力ない声は、さっきから聞こえる換気扇の音だか、波の音だかにかき消されていった。
――――寂しい……寒い……
荒い呼吸のまま、自分を抱き締めるように抱え、意識を失うように眠ってしまった。
「ナマエ!!」
スモーカーさんの声がした気がする。
でも瞼を上げること出来そうになくて、壁をコツコツと叩いた。それは、力なく小さな音しか鳴らない。
ガチャ!!
「ナマエ……」
肩を揺らされているのか、まだ高波にやられているのかわからなくて、吐き気を催す。
「ゔぅっ」
薄目を開けトイレを探すが、見つからず、宙に浮いたままのわたしの手を大きな温もりが包む。
「吐くか?」
右目をゆっくり開けるとスモーカーさんが居た。
「だい……じょぶ……です」
「わかった。動けそうか?」
「無理……です。まだ……気持ち悪い」
瞼が重くて、視界が狭くなっていく。
正面から小さなため息が聞こえた後、急に浮遊感が襲った。
「!!」
パッと目を開けると、眼の前にスモーカーさんの横顔が…
「わっ!スモ」
「大人しくしてろ」
被せ気味に言われたその声は、いつもより少し優しく聞こえた、気がする。
抱えられて、俗に言うお姫様抱っこをされている。
「……下ろして、ください。重いから」
「どこが?」
「恥ず……かしい」
「だったら、寝たフリしてろ」
「でも……」
「黙って寝てろ」
降ろしてもらえそうに無く、仕方なく瞼を閉じた。
冷え切った体に、スモーカーさんの温かい体温が馴染んでいく。強張っていた体が解れていくような感覚。
しっかりと抱えてくれているようで、揺れは小さい。
ゆっくり呼吸をすると、スモーカーさんの香りに包まれた。
ドアを開けた音と嗅ぎ慣れた消毒の匂い。
ウトウトしている間に医務室に到着していたようだ。
ゆっくりと体が降ろされる。背中に冷たいシーツの感触が広がって、離れていく体温を少しだけ名残惜しく感じた。
「ハリー。あとは任せた」
「はいはい。お前さんが珍しいな」
「うるせえよ」
ゴツゴツとブーツの足音が遠ざかり、ドアが閉まる音と同時に、あのブーツの足音は聞こえなくなった。
「で、いつまで狸寝入りしてんだ?ナマエ」
片目を開けてハリーさんを見る。
「恥ずかしいって……言ったんですよ……」
「あー。そうかい。で、何回吐いた?」
「……3回ですけど」
「お!!そりゃいい!」
――なんで笑ってんのこの人?
「お前、海軍入った方がいいんじゃねぇか?」
「……なんで?」
笑いながらバイタル確認をし、カチャカチャと点滴の準備を始めるハリーさん。
ニヤニヤと笑っていて、至極嬉しそうだ。
「この海域の嵐は初見殺しでな、たしぎは4回。新入りは最低でも5回は吐いてるぞ」
「意味……わかん……ない.」
「お前さんは海と相性いいってことだよ」
――こんな嵐で相性決められたくないんですけど。言いたいけど、言い返す元気が無い。
「脱水してるから、点滴してやる。あとは寝てろ」
「ありがとうございます」
目が覚めたのは、太陽が真上に登りきった後。
窓から温い風が入ってきている。
「ハリーさん、すいませんでした」
医療用ベッドから上半身を起こして、ハリーさんに声を掛ける。
「起きたか。どうだ?」
「9割回復してます」
「起きられそうなら、スープでも準備させるが?」
「いただきます」
空っぽの胃にとろみのあるタマゴスープが染み渡る。
――この世界の食事は、本当に美味しい……。
「海兵の皆さんは、あんな嵐慣れてるって超人ですね」
「慣れねぇと仕事になんねぇだろ」
確かにそうだけど、軍人さん三半規管強すぎだよ。
スープをゆっくり口に運ぶ。
「スモーカーとの同居はどうだよ?」
「同居って!!……居候させてもらってるだけです」
ニヤニヤ笑うハリーさんを無視して、目の前のスープに集中する。
――――遡ること数日前
「お前部屋どうしたい?」
「部屋ですか?」
「今まで通りでもいいが、お前はどうしたい?」
「お邪魔になるのは申し訳ないので、救護室で過ごせたらいいのかなーと」
「今は誰も寝てねぇが、戦いがあれば怪我人だらけになるぞ」
「そうでしたね……簡易ベッドがあれば大丈夫ですよ」
スモーカーさんは、葉巻を手に持ち、ふわりと煙を吐く。
「寝室使うか?おれは、艦長室か、ここで寝ることが多いし」
「え?」
「気に入ってんだろ?」
「そうですね……可愛くて。あと……ベッドの寝心地が良くて……」
「明日から自由に使え。おれの私物が置いてあるから、時折部屋に入る。その際は、必ず事前に伝える」
「いいんですか?本当に?」
「あぁ。こっちはいままで通りおれが使うから、デスク周りは触るなよ」
ゆっくりと葉巻を吸い込み、煙を燻らせる。
今日の葉巻の香りはいつもと違う。俗に言うチルタイムなのか?
いつもの海軍支給のものではない気がする。
「お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます」
深く頭を下げた。
私とスモーカーさんの同居?生活の始まりだった。
――――
「同居じゃないです」
もう一度ハリーさんに言うけれど、その声はさっきの否定だけとは違ったモノを含んでいた。
――――スモーカーさんの部屋での居候は……結構居心地がいい。
仕事とランニングのルーティンに慣れた頃、初めて嵐に見舞われた。
「お前、昼まで俺の部屋から出るなよ。嵐があるから」
そう言われたのは昨夜。
シャワールームから出ると、ソファに寝転ぶスモーカーさんから言われた。
タオルで髪を拭きながら窓の外へ視線を移す。雲はあるが、細い三日月も星も出ていて嵐が来そうな気配は無い。
「わかりました。ハリーさんに午後から伺うこと伝えてきます」
「航路上通らなきゃならん海域で、朝方から遅くとも昼までには通過する。ハリーには俺から伝えた」
「ありがとうございます」
「海の嵐……どんな感じですか?」
「あー。……お前は寝込むんじゃねぇか?」
「そんなに?私、絶叫マシンとか平気ですよ!」
この世界に絶叫マシンがあるのか知らないけれど。
――――まぁ、大丈夫でしょ。海の嵐はTVで見たことあるし。
激しい波の音で目が覚めた。目眩と間違う程に軍艦が大きく揺れている。
わたしの知っている陸の嵐では無い。
海で遭遇する嵐には高波がついてまわる。
TVで見た嵐と……全く違っている。
「……どういうこと?」
激しい雨が窓を叩き、近くで凄まじい雷の音がした。
慌ててベッドから出ようと体を起こすが、揺れが大きくて上手く動けない。ベッドからズルズルと滑り落ち、床を這ってドアを目指す。
寝室を出たが、ソファにもデスクにもスモーカーさんの姿は見えない。
窓の外は暴風雨、雷、高波、全部がいっぺんに起こっているようだ。
ジェットコースターなんて比じゃない。
コンコンコン
ドアをノックする大きな音と共に「ナマエさん!ナマエさん!」とたしぎさんが大声でわたしを呼ぶ。
「はい!!」
返事をして、四つん這いのままドアへ移動。
胃の辺りに違和感があることに気付いたが、今は無視する他無かった。
ドアノブと壁を掴み立ち上がる。
解錠し、ドアを開けるとびしょ濡れのたしぎさんがドアの枠に掴まって立っていた。
「ナマエさん!大丈夫ですか?」
「たしぎさん!濡れちゃってますよ!」
「合羽なのでご安心下さい。さっきまで外に居たのですが、ナマエさんの安否確認に伺いました」
合羽を脱いだたしぎさんに支えてもらい、もう一度寝室へ戻る。
「軍医に酔い止めもらってきますから、このまま部屋に居てくださいね」
「たしぎさん達は?」
「私達は慣れてますので、大丈夫です」
安心させるように笑顔を送ってくれた。
「すいません……」
「初めての嵐は、私も同じでしたからお気になさらず」
することもないからベッドへ潜り込む。
どの姿勢が1番落ち着くのかわからず、何度も寝返りをうつ。気持ち悪さを抑えるように、努めてゆっくり呼吸を続ける。
目を瞑って過ごしているが、浮遊感と、船体にぶつかる波の衝撃や音が、不安を煽る。
「はぁ、はぁ…」と、少しずつ息が上がる。
寝ていたところで吐き気は治まらず更に強くなる。とうとう胃から嫌なものが上ってきてしまった。
「っ……吐き、そう」
這いつくばって、トイレへ向かう。何度も上ってくる胃液が気持ち悪くて、涙が出る。
ゴクっと喉を鳴らして飲み込み、なんとか我慢してトイレへ。
一度吐いてしまえば、少しは変わるかと思ったが、悲しいことに吐き気は変わらなかった。
壁に寄りかかり、目を閉じ、ゆっくり呼吸をした。
本当はこのまま寝てしまいたい……。
「ナマエさん!どこですか?」
たしぎさんが薬を持って戻ったようで、わたしを探している。
体が限界で動けるような状態ではない。知らせるためにトイレのドアを力一杯叩いた。
気づいて、すぐにトイレへ来てくれる。
たしぎさんに、もう一度支えてもらい、寝室へ移動。移動というより引きづられて……。
窓を見ると、雨なのか波なのかわからない水が何度も窓を叩いていた。
「食べられそうなら」と少しのフルーツと、お水の入ったボトルと薬。
「ありがとうございます」
「この海域を抜ければ穏やかになります。それまでは強い揺れや雷がありますが、あと4時間程です。少し休んでいてくださいね」
ブドウを一粒口に入れ、薬を飲む。
「怪我……しないで下さいね」
「もちろんです。ありがとうございます」
頭を撫でられて、わたしは眠りに落ちた。
気持ち悪さに目を覚ます。
夢でも揺れていた気がするのに、起きても状況は変化無し。
気持ち悪くて胃が痛い。更に息も上がる。
重たい身体をなんとか動かし、這いつくばってトイレへ向かう。
途中で、何度も止まり、口を押さえる。その度、涙がじわりと滲む。
「うっ……んっ。気持ち悪い……」
ドアをなんとか開けて、トイレを抱き抱えるようにして、えづく。
うまく吐けなくて涙も溢れる。
結局、2回吐いた。
食事を摂ってないなら胃液しか出なくて、胃液の酸が喉を焼く。
「ゔぅ……」
口元をペーパーで拭って、トイレの壁に保たれる。
自分の荒い呼吸音を聞きながら、心拍数を測る。
換気扇の音なのか、嵐の音なのか、全部が騒音に聞こえる。
酷く孤独に感じた。
軍艦の外の嵐と、閉鎖されたこの部屋。
誰も居ない大きな部屋。
床と壁の冷たさと硬さが、更に孤独感を強めた……。
「……気持ちわるい…」
声に出したところで、体調に変化が起こるはずもなく。
力ない声は、さっきから聞こえる換気扇の音だか、波の音だかにかき消されていった。
――――寂しい……寒い……
荒い呼吸のまま、自分を抱き締めるように抱え、意識を失うように眠ってしまった。
「ナマエ!!」
スモーカーさんの声がした気がする。
でも瞼を上げること出来そうになくて、壁をコツコツと叩いた。それは、力なく小さな音しか鳴らない。
ガチャ!!
「ナマエ……」
肩を揺らされているのか、まだ高波にやられているのかわからなくて、吐き気を催す。
「ゔぅっ」
薄目を開けトイレを探すが、見つからず、宙に浮いたままのわたしの手を大きな温もりが包む。
「吐くか?」
右目をゆっくり開けるとスモーカーさんが居た。
「だい……じょぶ……です」
「わかった。動けそうか?」
「無理……です。まだ……気持ち悪い」
瞼が重くて、視界が狭くなっていく。
正面から小さなため息が聞こえた後、急に浮遊感が襲った。
「!!」
パッと目を開けると、眼の前にスモーカーさんの横顔が…
「わっ!スモ」
「大人しくしてろ」
被せ気味に言われたその声は、いつもより少し優しく聞こえた、気がする。
抱えられて、俗に言うお姫様抱っこをされている。
「……下ろして、ください。重いから」
「どこが?」
「恥ず……かしい」
「だったら、寝たフリしてろ」
「でも……」
「黙って寝てろ」
降ろしてもらえそうに無く、仕方なく瞼を閉じた。
冷え切った体に、スモーカーさんの温かい体温が馴染んでいく。強張っていた体が解れていくような感覚。
しっかりと抱えてくれているようで、揺れは小さい。
ゆっくり呼吸をすると、スモーカーさんの香りに包まれた。
ドアを開けた音と嗅ぎ慣れた消毒の匂い。
ウトウトしている間に医務室に到着していたようだ。
ゆっくりと体が降ろされる。背中に冷たいシーツの感触が広がって、離れていく体温を少しだけ名残惜しく感じた。
「ハリー。あとは任せた」
「はいはい。お前さんが珍しいな」
「うるせえよ」
ゴツゴツとブーツの足音が遠ざかり、ドアが閉まる音と同時に、あのブーツの足音は聞こえなくなった。
「で、いつまで狸寝入りしてんだ?ナマエ」
片目を開けてハリーさんを見る。
「恥ずかしいって……言ったんですよ……」
「あー。そうかい。で、何回吐いた?」
「……3回ですけど」
「お!!そりゃいい!」
――なんで笑ってんのこの人?
「お前、海軍入った方がいいんじゃねぇか?」
「……なんで?」
笑いながらバイタル確認をし、カチャカチャと点滴の準備を始めるハリーさん。
ニヤニヤと笑っていて、至極嬉しそうだ。
「この海域の嵐は初見殺しでな、たしぎは4回。新入りは最低でも5回は吐いてるぞ」
「意味……わかん……ない.」
「お前さんは海と相性いいってことだよ」
――こんな嵐で相性決められたくないんですけど。言いたいけど、言い返す元気が無い。
「脱水してるから、点滴してやる。あとは寝てろ」
「ありがとうございます」
目が覚めたのは、太陽が真上に登りきった後。
窓から温い風が入ってきている。
「ハリーさん、すいませんでした」
医療用ベッドから上半身を起こして、ハリーさんに声を掛ける。
「起きたか。どうだ?」
「9割回復してます」
「起きられそうなら、スープでも準備させるが?」
「いただきます」
空っぽの胃にとろみのあるタマゴスープが染み渡る。
――この世界の食事は、本当に美味しい……。
「海兵の皆さんは、あんな嵐慣れてるって超人ですね」
「慣れねぇと仕事になんねぇだろ」
確かにそうだけど、軍人さん三半規管強すぎだよ。
スープをゆっくり口に運ぶ。
「スモーカーとの同居はどうだよ?」
「同居って!!……居候させてもらってるだけです」
ニヤニヤ笑うハリーさんを無視して、目の前のスープに集中する。
――――遡ること数日前
「お前部屋どうしたい?」
「部屋ですか?」
「今まで通りでもいいが、お前はどうしたい?」
「お邪魔になるのは申し訳ないので、救護室で過ごせたらいいのかなーと」
「今は誰も寝てねぇが、戦いがあれば怪我人だらけになるぞ」
「そうでしたね……簡易ベッドがあれば大丈夫ですよ」
スモーカーさんは、葉巻を手に持ち、ふわりと煙を吐く。
「寝室使うか?おれは、艦長室か、ここで寝ることが多いし」
「え?」
「気に入ってんだろ?」
「そうですね……可愛くて。あと……ベッドの寝心地が良くて……」
「明日から自由に使え。おれの私物が置いてあるから、時折部屋に入る。その際は、必ず事前に伝える」
「いいんですか?本当に?」
「あぁ。こっちはいままで通りおれが使うから、デスク周りは触るなよ」
ゆっくりと葉巻を吸い込み、煙を燻らせる。
今日の葉巻の香りはいつもと違う。俗に言うチルタイムなのか?
いつもの海軍支給のものではない気がする。
「お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます」
深く頭を下げた。
私とスモーカーさんの同居?生活の始まりだった。
――――
「同居じゃないです」
もう一度ハリーさんに言うけれど、その声はさっきの否定だけとは違ったモノを含んでいた。
――――スモーカーさんの部屋での居候は……結構居心地がいい。
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