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今日は初めてスモーカーさんの部屋に伺う。
正確には初めてではないが、よく覚えていないので初めてということで。
前を歩くスモーカーさんのブーツが一定のリズムでコツコツと音を立てて進んでいく。彼の歩幅はわたしの倍はあるため、いつもより早いペースで歩かなくてはならない。
先程の急患対応の興奮がまだ続いているのか、心拍数が上がり、息も上がっていく。
ハァ……ハァ……
左右の肩に大きなバッグを持っているから、更に心拍数が上がる。
急に立ち止まるスモーカーさんに対応出来ずに、彼の背中に顔から突っ込んでしまった。
鼻に鈍い痛みが走り、思わず左手で顔を覆った。
「すいません…」
振り返ったスモーカーさんは、ちょっと怖い顔で「悪い。早すぎたな。」と言った後、わたしのバッグを1つ持つ。
「すいません!!」
「そっちは自分で持てよ。」
医務室から借りた医学書を入れたバッグは有に10kgを超えてる。
それを軽々持つスモーカーさんにお礼を言うが返ってきた言葉は素っ気ないもの。
抑揚の無い声で「これくらい持てるようにトレーニングしろよ。」と。
素っ気ない対応に、迷惑だったかな…申し訳ないな…と心苦しくなるけれど、スモーカーさんの場合は表面上だけを受け取ってしまうのは良くない。
だって、先よりゆっくりなリズムで歩いているし、「早すぎた」と言ったのはしっかり聞いていた。
彼も口が悪くてわかりにくいけど、優しい人なのだと思う。
少し軽くなった体でもう一度「ありがとうございます」と彼の後姿へ声を掛けた。
それ以上は話すことも無く、無言のままスモーカーさんのお部屋に到着。
中に入ると、スモーカーさんは医学書の入ったバッグを入口近くの部屋へ運んでいった。
わたしといえば、「お邪魔します」と呟いてドアの前で立ち往生。
ズカズカと入るのも申し訳ないし、どこへ行けばいいのか…
スモーカーさんは、部屋から出てきて早々に室内の説明を始める。
「シャワールームは左。便所は右の扉。お前はこっちの寝室で寝てくれ。おれはソファで寝るから、あとは好きに過ごせばいい。デスク周りは触るなよ。」
この船の指揮官なのに、ソファで寝るのは良くないでしょ。保護して貰っている身なのに、本来彼が寝るはずのベッドを使えと言われても無理がある。
「スモーカーさん、わたしはソファがいいです。」
ソファにドカリと座り葉巻を蒸し始めたスモーカーさんは、わたしの言葉で一気に不機嫌モードへ。
眉間のしわが怖い。なんでよ?
「あぁ?保護対象が我儘言うな。お前はベッド使え。」
わたしの申し出は拒まれてしまい、嫌なら床で寝ろと…
床は嫌だし、顔が怖いし…
「お言葉に甘えて…」と、仕方なく寝室をお借りすることにした。
開け放たれたドアから寝室見る。ダブルベッドとシックなサイドテーブルがあり、中央には可愛らしい猫脚のアンティーク調のテーブルセット、奥の壁際にはドレッサー台まである。
こんな可愛い部屋だったのか。
この寝室に入るのは2度目。1度目は気が動転していて分からなかったが…
ソッとスモーカーさんの方を見ればギロリと睨まれ「おれの好みじゃねぇよ。」と
もしそうだとしても、好みは人それぞれだしね。うん。無骨な人でも好みは色々。
そんな事を考えてい、返答が遅れてしまった。
微妙な間を察すスモーカーさんだから、更に眉間のしわが深くなっているのだろう。視線が背中に刺さってくるが、そっとドアを閉めた。
ゆっくりと室内を見回すと、可愛らしくて品のある家具達。
自分の世界でこれらを買うのは、難しいくらい高価な物というのが感じ取れた。
だったら、思う存分使わせてもらおう!
荷物をテーブルに置き、サイドテーブル近づき見覚えのあるランプをソッと撫でる。
自分の日常とは異なる世界に来た場所なんだと、不思議な気分になった。
ベッドを見れば、シーンは全て洗いたてのものでパリっとしている。寝転ぶのがもったいない程に。
壁掛けの時計を見るとまだ夜は深くない。
スモーカーさんとゆっくり話したのは、初日だけだ。
今日のこともあるし、話したいことがあるから、お時間いただきたいな。
一度閉めたドアを静かに開ける。
スモーカーさんは変わらずソファに座り、葉巻片手に何かを読んでいた。
「あの、スモーカーさん。」
視線だけこちらへ向けてくれる。
「シャワーか?」
「いえ…コーヒーでも淹れましょうか?」
一瞬驚いたように目を開いたが、すぐに真顔に戻って、手元へ視線を戻した。
「気遣ってんじゃねぇよ。何かあったか?」
話すきっかけが欲しかったのは、バレてそう。
「ちょっとお話しをしたいと思って‥」
「そうか。おれも話してぇことがある。座れよ。」
そう言うと読んでいた紙の束を閉じて、自分の隣へ置く。
「やっぱりコーヒーとかあった方がいいですよね?豆とかありますか?」
「わかった。わかった。」
まだ気を遣うのかと言いたげな顔のスモーカーさんはソファから立ち上がり、ポケットから出したカタツムリを使って話しだした。
カタツムリが眼鏡かけて話す、その声はたしぎさん。何度見ても、さっきまで変哲もないカタツムリだったのにと、わたしは首を傾げた。
「あぁ。よろしく。」と受話器のような物を切り「少し待ってろ。」とソファに座る。
ソファに向かい合わせに座ったはいい。しかし、自分からお誘いしたくせにいざ話すとなると何から話せばいいのか迷ってしまう。
わたしの挙動を察したスモーカーさんから、話題を提供してくれた。
「さっきの奴の件は感謝する。ハリーから聞いた。」
「勝手にお手伝いしてすいません。」
お礼を言われることをしたつもりも無く、それよりも禁止されていたのに行動したことを謝罪しなくちゃ。
鼻で笑ったスモーカーさんはどこか穏やかだ。
「ハリーの指示だろ?気にすんな。で、軍艦は慣れたか?」
「少しずつですけど慣れてきました。」
「そうか。お前……電伝虫見たことねぇのか?」
不思議でいつも凝視していたことがバレていた。わたしがこの世界で今1番不思議なことは、あのカタツムリ。
「見たことないです。あれ何なんですか?」
「通信機器。」
「生き物なのに?」
「あぁ。」
不思議で仕方がない。仕組もわからないけど、こっちでいう電話なんだよね。
「お前の分は、今取り寄せているから暫く待ってろ。支給品は渡せねぇからな。」
「わたしの分ですか?」
「通信機器がねぇと色々不便だろ。」
「通信する人居ないですよ…」
「これから使うだろ。この世界で生きていくなら。」
「そうでした。」
カタツムリ触ったことないし、ちょっとやだなぁと思っていると「顔に出てるぞ」と言われてしまい、得意じゃない旨を伝えた。
スモーカーさんが吐く紫煙がフワリと宙を舞うのを目で追った。葉巻の薫りって落ち着く…‥
「2日後補給で島に着港するから、たしぎと買物行ってこい。その日、あいつは非番だ。」
「でも…お金が…」
この世界に身一つで来てしまったから、何も無い。来ていたパジャマは取り上げられたままだし。だからと言って、いつまでもたしぎさんの私服を借りているわけにもいかないし。
「貸してやるよ。」
「え?」
「働きてぇんだろ?軍医の手伝い。」
葉巻を灰皿に押し付けて、あまりに普通に言うから反応が遅れた。
「……ダメって。」
「あぁ。船に慣れるほうが先だ。」
1つため息をつかれて、膝の上に置いている手に力が籠もった。
「普通軍人になるには時間がかかるんだよ。だが、お前はそういった工程がねぇ。まぁ、ハリーのジジイの希望もある。」
「互いに言ってるなら、やらせたほうがいい」と言いながら後頭部を搔き、「報酬は生活費程度だ。」と付け加えた。
暇を潰す為に医学書を読んでいたわけではない。この世界で生きていくための術を得る為だった。この軍艦を降りたら一般人として暮らしていくから、何も出来ないのは死に直結する。
「嬉しいです!ありがとうございます!」
思わずテーブルに手を付き、身を乗り出してしまった。
スモーカーさんは、そんなわたしを見て少し頬を緩める。
初めて目にした表情に心臓がギュッと鳴った自分に気づき、途端に恥ずかしくなって俯きながらお尻をソファへ沈める。
「そのお金で返済します。」
カチッカチッと葉巻をカットし、マッチを擦り、葉巻に炎が灯った。
葉巻2本を咥え、ゆっくり問うてきた。
「仕事が好きか?」
「好きかと聞かれれば好きです。この世界で生きていくにはこれしかないですし…」
実は、看護師と云う仕事に意味がないのではと悩んでいた。
毎日のカンファレンスにオペ、医局のゴタゴタに巻き込まれる日々、制限される生活、医師と看護師の差別、軽んじられる自分達の立場。
看護師としてプライドを持ってやってきたが、必要な仕事なのか悩んでいた。
わたしの返答をじっと聞いていたスモーカーさんに、この胸の内を知られたくはない。
「まぁ、本部に戻ればなんとかなるだろう。安心しとけ。」
紫煙がゆっくりと天井に広がる。
コンコンコン
「たしきです!」
ドアの外からたしぎさんの声。
「スモーカーさーん!開けてくださーい!」と随分大きな声で呼んでいて、スモーカーさんは小さく舌打ちをした。
「わたし開けてきますね。」
さっとドアを開けると、たしぎさんが軽食が乗ったワゴンと、瓶やコップなどが乗ったトレーを持ってニコニコと立っていた。
「ナマエさんありがとうございます!こちらコーヒーとウイスキーと、軽食です。」
たしぎさんに頼んでいたの?
「たしぎ。ありがとな。」
「はい!」
満面の笑みとはこれだ、と言わんばかりのたしぎさんの笑顔が眩しい。
やり取りについていけず、キョロキョロしているとたしぎさんは小さく「失礼します!」と敬礼をしていった。
「スモーカーさん、これって?」
「お前が欲しがったコーヒーと、おれは酒。他はたしぎが気を利かせたんだろう。」
たしぎさんに後でお礼しなきゃ。
持ってきていただいた品々をテーブルに並べる。
「で、お前が話したいことは?」
「2ヶ月間お世話になるにあたって、少し体力をつけたくて…」
「トレーニングしたいと?」
「はい。」
「毎日軍艦内、走ってろ。」
「即答ですか!メニューとか色々あるじゃないですか。」
「基礎体力なら、まずは走れ。トレーニング用のも調達しろよ。」
「わかりました。もっと筋トレとか教えて欲しかったです…」
ははっと笑って「必要ねぇな。」と言うスモーカーさんは少し楽しげだ。
明日から医務室勤務と、軍艦内ランニングが決定事項となった夜。
スモーカーさんの距離が少し縮まった夜でもあった。
正確には初めてではないが、よく覚えていないので初めてということで。
前を歩くスモーカーさんのブーツが一定のリズムでコツコツと音を立てて進んでいく。彼の歩幅はわたしの倍はあるため、いつもより早いペースで歩かなくてはならない。
先程の急患対応の興奮がまだ続いているのか、心拍数が上がり、息も上がっていく。
ハァ……ハァ……
左右の肩に大きなバッグを持っているから、更に心拍数が上がる。
急に立ち止まるスモーカーさんに対応出来ずに、彼の背中に顔から突っ込んでしまった。
鼻に鈍い痛みが走り、思わず左手で顔を覆った。
「すいません…」
振り返ったスモーカーさんは、ちょっと怖い顔で「悪い。早すぎたな。」と言った後、わたしのバッグを1つ持つ。
「すいません!!」
「そっちは自分で持てよ。」
医務室から借りた医学書を入れたバッグは有に10kgを超えてる。
それを軽々持つスモーカーさんにお礼を言うが返ってきた言葉は素っ気ないもの。
抑揚の無い声で「これくらい持てるようにトレーニングしろよ。」と。
素っ気ない対応に、迷惑だったかな…申し訳ないな…と心苦しくなるけれど、スモーカーさんの場合は表面上だけを受け取ってしまうのは良くない。
だって、先よりゆっくりなリズムで歩いているし、「早すぎた」と言ったのはしっかり聞いていた。
彼も口が悪くてわかりにくいけど、優しい人なのだと思う。
少し軽くなった体でもう一度「ありがとうございます」と彼の後姿へ声を掛けた。
それ以上は話すことも無く、無言のままスモーカーさんのお部屋に到着。
中に入ると、スモーカーさんは医学書の入ったバッグを入口近くの部屋へ運んでいった。
わたしといえば、「お邪魔します」と呟いてドアの前で立ち往生。
ズカズカと入るのも申し訳ないし、どこへ行けばいいのか…
スモーカーさんは、部屋から出てきて早々に室内の説明を始める。
「シャワールームは左。便所は右の扉。お前はこっちの寝室で寝てくれ。おれはソファで寝るから、あとは好きに過ごせばいい。デスク周りは触るなよ。」
この船の指揮官なのに、ソファで寝るのは良くないでしょ。保護して貰っている身なのに、本来彼が寝るはずのベッドを使えと言われても無理がある。
「スモーカーさん、わたしはソファがいいです。」
ソファにドカリと座り葉巻を蒸し始めたスモーカーさんは、わたしの言葉で一気に不機嫌モードへ。
眉間のしわが怖い。なんでよ?
「あぁ?保護対象が我儘言うな。お前はベッド使え。」
わたしの申し出は拒まれてしまい、嫌なら床で寝ろと…
床は嫌だし、顔が怖いし…
「お言葉に甘えて…」と、仕方なく寝室をお借りすることにした。
開け放たれたドアから寝室見る。ダブルベッドとシックなサイドテーブルがあり、中央には可愛らしい猫脚のアンティーク調のテーブルセット、奥の壁際にはドレッサー台まである。
こんな可愛い部屋だったのか。
この寝室に入るのは2度目。1度目は気が動転していて分からなかったが…
ソッとスモーカーさんの方を見ればギロリと睨まれ「おれの好みじゃねぇよ。」と
もしそうだとしても、好みは人それぞれだしね。うん。無骨な人でも好みは色々。
そんな事を考えてい、返答が遅れてしまった。
微妙な間を察すスモーカーさんだから、更に眉間のしわが深くなっているのだろう。視線が背中に刺さってくるが、そっとドアを閉めた。
ゆっくりと室内を見回すと、可愛らしくて品のある家具達。
自分の世界でこれらを買うのは、難しいくらい高価な物というのが感じ取れた。
だったら、思う存分使わせてもらおう!
荷物をテーブルに置き、サイドテーブル近づき見覚えのあるランプをソッと撫でる。
自分の日常とは異なる世界に来た場所なんだと、不思議な気分になった。
ベッドを見れば、シーンは全て洗いたてのものでパリっとしている。寝転ぶのがもったいない程に。
壁掛けの時計を見るとまだ夜は深くない。
スモーカーさんとゆっくり話したのは、初日だけだ。
今日のこともあるし、話したいことがあるから、お時間いただきたいな。
一度閉めたドアを静かに開ける。
スモーカーさんは変わらずソファに座り、葉巻片手に何かを読んでいた。
「あの、スモーカーさん。」
視線だけこちらへ向けてくれる。
「シャワーか?」
「いえ…コーヒーでも淹れましょうか?」
一瞬驚いたように目を開いたが、すぐに真顔に戻って、手元へ視線を戻した。
「気遣ってんじゃねぇよ。何かあったか?」
話すきっかけが欲しかったのは、バレてそう。
「ちょっとお話しをしたいと思って‥」
「そうか。おれも話してぇことがある。座れよ。」
そう言うと読んでいた紙の束を閉じて、自分の隣へ置く。
「やっぱりコーヒーとかあった方がいいですよね?豆とかありますか?」
「わかった。わかった。」
まだ気を遣うのかと言いたげな顔のスモーカーさんはソファから立ち上がり、ポケットから出したカタツムリを使って話しだした。
カタツムリが眼鏡かけて話す、その声はたしぎさん。何度見ても、さっきまで変哲もないカタツムリだったのにと、わたしは首を傾げた。
「あぁ。よろしく。」と受話器のような物を切り「少し待ってろ。」とソファに座る。
ソファに向かい合わせに座ったはいい。しかし、自分からお誘いしたくせにいざ話すとなると何から話せばいいのか迷ってしまう。
わたしの挙動を察したスモーカーさんから、話題を提供してくれた。
「さっきの奴の件は感謝する。ハリーから聞いた。」
「勝手にお手伝いしてすいません。」
お礼を言われることをしたつもりも無く、それよりも禁止されていたのに行動したことを謝罪しなくちゃ。
鼻で笑ったスモーカーさんはどこか穏やかだ。
「ハリーの指示だろ?気にすんな。で、軍艦は慣れたか?」
「少しずつですけど慣れてきました。」
「そうか。お前……電伝虫見たことねぇのか?」
不思議でいつも凝視していたことがバレていた。わたしがこの世界で今1番不思議なことは、あのカタツムリ。
「見たことないです。あれ何なんですか?」
「通信機器。」
「生き物なのに?」
「あぁ。」
不思議で仕方がない。仕組もわからないけど、こっちでいう電話なんだよね。
「お前の分は、今取り寄せているから暫く待ってろ。支給品は渡せねぇからな。」
「わたしの分ですか?」
「通信機器がねぇと色々不便だろ。」
「通信する人居ないですよ…」
「これから使うだろ。この世界で生きていくなら。」
「そうでした。」
カタツムリ触ったことないし、ちょっとやだなぁと思っていると「顔に出てるぞ」と言われてしまい、得意じゃない旨を伝えた。
スモーカーさんが吐く紫煙がフワリと宙を舞うのを目で追った。葉巻の薫りって落ち着く…‥
「2日後補給で島に着港するから、たしぎと買物行ってこい。その日、あいつは非番だ。」
「でも…お金が…」
この世界に身一つで来てしまったから、何も無い。来ていたパジャマは取り上げられたままだし。だからと言って、いつまでもたしぎさんの私服を借りているわけにもいかないし。
「貸してやるよ。」
「え?」
「働きてぇんだろ?軍医の手伝い。」
葉巻を灰皿に押し付けて、あまりに普通に言うから反応が遅れた。
「……ダメって。」
「あぁ。船に慣れるほうが先だ。」
1つため息をつかれて、膝の上に置いている手に力が籠もった。
「普通軍人になるには時間がかかるんだよ。だが、お前はそういった工程がねぇ。まぁ、ハリーのジジイの希望もある。」
「互いに言ってるなら、やらせたほうがいい」と言いながら後頭部を搔き、「報酬は生活費程度だ。」と付け加えた。
暇を潰す為に医学書を読んでいたわけではない。この世界で生きていくための術を得る為だった。この軍艦を降りたら一般人として暮らしていくから、何も出来ないのは死に直結する。
「嬉しいです!ありがとうございます!」
思わずテーブルに手を付き、身を乗り出してしまった。
スモーカーさんは、そんなわたしを見て少し頬を緩める。
初めて目にした表情に心臓がギュッと鳴った自分に気づき、途端に恥ずかしくなって俯きながらお尻をソファへ沈める。
「そのお金で返済します。」
カチッカチッと葉巻をカットし、マッチを擦り、葉巻に炎が灯った。
葉巻2本を咥え、ゆっくり問うてきた。
「仕事が好きか?」
「好きかと聞かれれば好きです。この世界で生きていくにはこれしかないですし…」
実は、看護師と云う仕事に意味がないのではと悩んでいた。
毎日のカンファレンスにオペ、医局のゴタゴタに巻き込まれる日々、制限される生活、医師と看護師の差別、軽んじられる自分達の立場。
看護師としてプライドを持ってやってきたが、必要な仕事なのか悩んでいた。
わたしの返答をじっと聞いていたスモーカーさんに、この胸の内を知られたくはない。
「まぁ、本部に戻ればなんとかなるだろう。安心しとけ。」
紫煙がゆっくりと天井に広がる。
コンコンコン
「たしきです!」
ドアの外からたしぎさんの声。
「スモーカーさーん!開けてくださーい!」と随分大きな声で呼んでいて、スモーカーさんは小さく舌打ちをした。
「わたし開けてきますね。」
さっとドアを開けると、たしぎさんが軽食が乗ったワゴンと、瓶やコップなどが乗ったトレーを持ってニコニコと立っていた。
「ナマエさんありがとうございます!こちらコーヒーとウイスキーと、軽食です。」
たしぎさんに頼んでいたの?
「たしぎ。ありがとな。」
「はい!」
満面の笑みとはこれだ、と言わんばかりのたしぎさんの笑顔が眩しい。
やり取りについていけず、キョロキョロしているとたしぎさんは小さく「失礼します!」と敬礼をしていった。
「スモーカーさん、これって?」
「お前が欲しがったコーヒーと、おれは酒。他はたしぎが気を利かせたんだろう。」
たしぎさんに後でお礼しなきゃ。
持ってきていただいた品々をテーブルに並べる。
「で、お前が話したいことは?」
「2ヶ月間お世話になるにあたって、少し体力をつけたくて…」
「トレーニングしたいと?」
「はい。」
「毎日軍艦内、走ってろ。」
「即答ですか!メニューとか色々あるじゃないですか。」
「基礎体力なら、まずは走れ。トレーニング用のも調達しろよ。」
「わかりました。もっと筋トレとか教えて欲しかったです…」
ははっと笑って「必要ねぇな。」と言うスモーカーさんは少し楽しげだ。
明日から医務室勤務と、軍艦内ランニングが決定事項となった夜。
スモーカーさんの距離が少し縮まった夜でもあった。