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何度目かのタンデムツーリング。
今までバイクに乗ったのは、気温が心地良い時期に近場で食事をする時や、日帰りで遊びに行く時くらい。
今回は一泊二日で紅葉を観に行く。
初めての長距離で、山道デビューだ。
道中は楽しみであり、少し不安でもある。
――当日の早朝
静かな空気の中、聞き慣れたエンジン音が響く。
マルコが自宅マンションまで迎えに来てくれた。
ヘルメットを脱ぐ姿だけでも、かっこいいから……自分の目を覆いたくなる。
「おはよい。荷物はそれかい?」
車と違って積載量が少ないから、荷物は最小限にした。
それでも、ゲレンデに行くのかと言われるくらい、防寒対策もしたし、グッズも持ってきた。
ヘルメットでメイクがボロボロになるのは学習済みだから、最低限のメイク。スキンケアなども最小限だ。
日焼け止めだけはしっかり塗ってる。
「おはよ。うん。なんとか、この量になったよ」
マルコはサイドスタンドを立てて、ゆっくりとバイクから降りる。
スラリとした長い脚が羨ましい。
私の荷物は、バイクシートの後方にあるパニアケースへすっぽりと入った。
ヘルメットを受け取り、インカムに電源を入れる。
この作業だけは慣れたものだ。
インカムのおかげでマルコとずっと話せるから、ツーリングが嫌になったことはない。
「せっかくの旅行だけど、可愛い格好させてやれなくて悪ぃな」
「え?全然気にしてないよ!」
少しだけ申し訳なさそうな顔のマルコ。
バイクに乗る時は、そこまでオシャレができない。
色々コーディネートは考えたけれど、結局は防寒重視で防風加工された服になるから、デートっぽい可愛い服は着れない。
それでも、今日の為に何度もバイク用品店に行った。
「このアウターもパンツも結構気に入ってるよ。変かな?」
「いや……それも可愛いよい」
「それなら良かった。今日楽しみにしてたんだよ?だから、服のこととか気にしないでね」
本当に服装について、気にしていない。
ツーリングのほうが楽しみだよと、私がニッコリ笑うとマルコは安堵した表情になった。
初めてバイクの後ろに乗った時はぎこちなかったけれど、今はマルコの運転に合わせて体重移動もできるようになった。おかげでタンデムも楽しくなってきている。
「急ぐ旅じゃねぇから、休憩したい時はいつでも言ってくれ」
「はーい。この前話したサービスエリア寄ってね?」
「はいよい。とりあえず、朝飯とコーヒーだな。すぐ高速乗るよい」
運転中、私達はインカムで延々と話している。
仕事のこと、今日の日程や旅館のこと、くだらない話。
ヘルメットの中にマルコの声が響く。耳元で聞こえる感じが心地よくて、結構好き。
声だけで彼の表情が思い浮かぶ。
そして、声が少しだけ電話の時みたいだけど、目の前に居るから不思議な感じもする。
「渋滞してねぇといいなぁ」
「その為に早朝出発でしょ?」
「目的地は、混んでそうだよい」
「スピード違反しない程度にお願いします」
「しねぇよい」
信号で止まる度、マルコのお腹に回した私の手をマルコが優しく撫でる。
安否確認なのか、彼の愛情表現なのかはわからないけど、この動作に私の心はいつもほっこりする。
高速に乗ると、マルコはスムーズに加速していく。
エンジンの振動が心地いい。
サービスエリアでコーヒーを飲んだり、御当地グルメやお土産を見て回った。
都心からだいぶ離れて、だんだんと木々が増え、景色が変わってきた。
少しずつ風が冷たくなり、空気が澄んでいる。
「高速降りたら山道だから、楽しみにしとけよい」
「スピード出してギュンギュン登るの?」
「危なぇ運転はしねぇよい」
「わかってるよー。紅葉しているといいね」
「あぁ。上の方だから、そう願うよい。紅葉を見せたくて来たんだからねい」
――マルコが今回のツーリングを企画したのは、「紅葉を見せたい」というものだった。
紅葉は去年も温泉旅行で見たけれど、マルコは「バイクだからいいんだよい!すげぇ綺麗だから」と目を輝かせていた。
彼は、頭が良くて仕事もできるし、何でも卒なくこなすところがあるのに、この時だけは語彙が行方不明になっていた。
きっと、それだけ綺麗なんだろう。
だから、ふたつ返事で承諾した。
その時のマルコの嬉しそうな笑顔を思い出す。
「紅葉見て、うまい和牛食いに行こうねい」
――――
【***ライン】
標識が見えた。マルコが私を連れて来たかった目的地。
「安全運転で行くけど、キツい時は早めに言ってくれよい」
「うん。無理しないようにする」
「旅館行くルートは別にもあるからな」
「オッケー!出発ー!」
木々の中をゆったりと滑るように進んでいく。
高速や一般道とは違い、勾配を合わせてシフトチェンジをする。その度にエンジンの音が変わり、マルコの一挙手一投足が私の身体に伝わってくる。
――運転の邪魔にならないように、と、少しの緊張感が走る。マルコの背中にピタリと体を預けた。
土の香り、空気の冷たさ、空の広さを肌で感じる。
そばに見える大きな川や、そびえ立つ大木が、どんどん後ろへ流れていく。
山道はカーブが多い。
カーブが近づき減速をすると、低く響くエンジンの唸りが、身体の芯まで振動させる。
右、左、右――マルコの動きに合わせて体重移動をしていく。バイクと私たちが一緒に一体となって、心地よく山道を駆けていく。
「カーブの体重移動うまくなったねい」
「本当?」
「後ろに乗せてねぇかと思うくらいスムーズに動けてるよい」
「それだけマルコの後ろに乗ってるってことだね」
「だねい。じゃあ……少しスピード上げるか?」
「無理無理!このままがいい!」
少しずつ山頂が近づくと、木々の色が変わってきた。
緑だった木々が、カーブを抜けると全く違った世界に変わった。
「え?すご……」
……それ以外の言葉が出なかった。
"綺麗"とか"すごい"とか陳腐な言葉しか思い浮かばなかった。
でも、それを声に出すのも憚れる景色だった。
視界が開けた瞬間に現れた真っ直ぐ伸びる道。
両側には燃えるような橙、金色。
見上げれば、光を含んだ黄葉と澄んだ青空。
道路の端には、黄金の絨毯が敷き詰められている。
――ガラス越しじゃない、遮るものが何もない世界。
少しだけスピードを落としてくれる。
「綺麗だろ?見せてぇなって思ってねい」
「……綺麗」
「だろ?他に車もねぇし、ゆっくり行くよい」
「うん……ありがとう」
――写真に残したい
そう思ったけど……写真よりも、今を瞼に焼き付けたい。
写真には写らない美しい景色だと思った。
マルコの語彙が行方不明になったのもわかる。
心地よい速度で景色が流れていく。
空気が切れる音、自然の香り、肌に感じる風圧。
自分が風になったような、鳥になったような……。
空を飛んで見る景色は、こんな感じなのかもと思った。
「マルコ……連れてきてくれてありがとう。この景色一生忘れないと思う」
お腹に回した腕の力を強め、ヘルメットごしに彼の背中に頬を押し付ける。
「どういたしまして。見せてぇ景色もあるし、これから先もいろんな所行こうな」
「うん」
「日が落ちるから、旅館に向かうよい」
名残惜しくて、一度振り返った。
――また、一緒に観に来たいな。
このまま山をゆっくりと下っていく。
途中で野生の猿の親子が毛繕いしていて、ふたりで笑った。
旅館は、老舗とまではいかないが、たまに雑誌にも乗る有名なところ。
とろみのある美肌の湯が有名な旅館だ。
温泉付きの部屋に宿泊しようとしていたマルコを止めたのもいい思い出。
部屋に通してもらい、バイクで冷え切った体を温め、凝り固まった身体をほぐし、化粧を直す。
今回の旅行の第二の目的は、A5ランクの黒毛和牛。
超有名なお肉屋さんの予約をしたのだ。
旅館から歩いて15分ほどのところにある。
予約時間まで、町並みを楽しみながら、散策する。
知らない街を彼と歩くのは、とても楽しい。
可愛いお店や昔ながらの名物なお店、オシャレなカフェや、変わったデザインのギャラリーとか。
その街の景観が好きだから、公園や歴史的なところも寄るし、マンホールのデザインも違うから、写真に残したり。
「そろそろ時間かも」
「あぁ。じゃあこの茶葉だけ買うか」
「私、払うよ」
「ありがとよい。オレは道検索しとくねい」
「ありがと。よろしくー」
立派な門構えで、駐車場も満車みたい。
店内も満席のようで、予約なしだとかなり待つ感じだった。
通された席は、落ち着いた座敷の個室。
牛肉屋さんらしい、牛の陶器の置物が鎮座している。
「凄えな。予約して正解だったねい。静かで落ち着くな」
「さすが超有名なお店。予約ありがとね」
「今回はオレのワガママみてぇな旅行だからな。それくらいやるよい」
「ワガママじゃないよ。連れて来てくれて、本当に嬉しかったんだよ」
その言葉にマルコは、目を細くして満足そうに言う。
「ああ。連れてこれてよかったよい。……一緒に見られてよかった」
そんなこと言っても、いつでも予約も計画も完璧なマルコには、感謝しかない。
運ばれてきたステーキを見て、互いに目を丸くした。
艶やかな焼き色と、立ち上る香ばしい香り。
マルコは、シャトーブリアンのステーキ。
私は、ヒレのステーキ。
「美味しそう……」
「旅行の楽しみは美味いもんだよな。いただきます」
「いただきます」
ふたりとも、手を合わせる。
ナイフを入れると、スッと刃が沈んでいく。
切り口から溢れた肉汁が、ジュワッと鉄板の上で音を立てた。
「……っ」
口に入れた瞬間、思わず目を見開いた。
肉の甘みと旨味が、口の中いっぱいに広がる。
噛むというより、舌の上でほろりと崩れていく。
「うまっ……」
「ヒレなのに、口の中で溶けた。……美味しい」
「シャトーブリアンもだよい。想像以上だな……」
「ねぇ、一切れ交換しよ?」
「はいよい。交換な」
美味しいお肉に満足して、旅館へ戻る。
温泉にゆっくりと浸かり、体も心もポカポカと温まった。美肌の湯というだけあって、肌が生き返ったみたいに滑らかだった。
大浴場を出て、飲み物を買いに行くと、湯上がりのマルコを見つけた。
「マルコ!」
「早かったねい。ゆっくり入ってきて良かったのに」
「ううん。ちょっと眠くなっちゃって」
「朝早かったもんな。すぐ休むかい?」
マルコの大きな手が、私の少しだけ湿っている額を撫でる。彼の手から、温泉と石鹸の香りがかすかに香る。
「まだ寝ないよ。マルコは眠い?」
「どうだろうねい。明日もあるから早めに寝ようとは思ってるけどな」
飲み物を買って、互いの指を繋いで歩く。
それは、隣を歩く時の癖のよう。
部屋に戻り、まったりとした時間を過ごす。
スマホから小さく音楽を流して、今日を振り返る。
――バイク、山道、紅葉、散歩、牛肉に温泉。
話題は尽きない。
「ふふふ〜」
マルコの浴衣姿が大好きな私にとって、ご褒美みたいな時間。
「なんだよい?」
「マルコの浴衣姿好きだから、嬉しくて。目の保養になるから、家でも浴衣にしない?」
「何言ってんだよ。アホンダラ」
私の髪をクシャクシャと乱暴に撫でるマルコは、まんざらでもない表情。
話しているうちに、言葉が少しずつ減っていく。
音楽だけが、部屋に小さく流れていた。
時計を見ると、夜が深くなる時間だった。
並べて敷かれた布団に潜りこむ。
「またバイクで遠出しようね?色々行ってみたい」
「お前が望むならどこだって連れていくし、迎えにだって行ってやるよい」
さも当たり前のようにサラッと言うから……キュンとした。
「うん。ありがとう
マルコ……チューしたいんだけど」
「……キスだけな?」
呆れるような、困ったような、そんな笑顔。
だけど、声だけがいつもより少し甘くて、低かった。
「善処します」
「……お互いにな」
ふたりで吹き出して、ソッと唇を重ねた。
――明日は帰るだけ。
ゆっくりと景色を見ながら帰れたらいいよね。
今までバイクに乗ったのは、気温が心地良い時期に近場で食事をする時や、日帰りで遊びに行く時くらい。
今回は一泊二日で紅葉を観に行く。
初めての長距離で、山道デビューだ。
道中は楽しみであり、少し不安でもある。
――当日の早朝
静かな空気の中、聞き慣れたエンジン音が響く。
マルコが自宅マンションまで迎えに来てくれた。
ヘルメットを脱ぐ姿だけでも、かっこいいから……自分の目を覆いたくなる。
「おはよい。荷物はそれかい?」
車と違って積載量が少ないから、荷物は最小限にした。
それでも、ゲレンデに行くのかと言われるくらい、防寒対策もしたし、グッズも持ってきた。
ヘルメットでメイクがボロボロになるのは学習済みだから、最低限のメイク。スキンケアなども最小限だ。
日焼け止めだけはしっかり塗ってる。
「おはよ。うん。なんとか、この量になったよ」
マルコはサイドスタンドを立てて、ゆっくりとバイクから降りる。
スラリとした長い脚が羨ましい。
私の荷物は、バイクシートの後方にあるパニアケースへすっぽりと入った。
ヘルメットを受け取り、インカムに電源を入れる。
この作業だけは慣れたものだ。
インカムのおかげでマルコとずっと話せるから、ツーリングが嫌になったことはない。
「せっかくの旅行だけど、可愛い格好させてやれなくて悪ぃな」
「え?全然気にしてないよ!」
少しだけ申し訳なさそうな顔のマルコ。
バイクに乗る時は、そこまでオシャレができない。
色々コーディネートは考えたけれど、結局は防寒重視で防風加工された服になるから、デートっぽい可愛い服は着れない。
それでも、今日の為に何度もバイク用品店に行った。
「このアウターもパンツも結構気に入ってるよ。変かな?」
「いや……それも可愛いよい」
「それなら良かった。今日楽しみにしてたんだよ?だから、服のこととか気にしないでね」
本当に服装について、気にしていない。
ツーリングのほうが楽しみだよと、私がニッコリ笑うとマルコは安堵した表情になった。
初めてバイクの後ろに乗った時はぎこちなかったけれど、今はマルコの運転に合わせて体重移動もできるようになった。おかげでタンデムも楽しくなってきている。
「急ぐ旅じゃねぇから、休憩したい時はいつでも言ってくれ」
「はーい。この前話したサービスエリア寄ってね?」
「はいよい。とりあえず、朝飯とコーヒーだな。すぐ高速乗るよい」
運転中、私達はインカムで延々と話している。
仕事のこと、今日の日程や旅館のこと、くだらない話。
ヘルメットの中にマルコの声が響く。耳元で聞こえる感じが心地よくて、結構好き。
声だけで彼の表情が思い浮かぶ。
そして、声が少しだけ電話の時みたいだけど、目の前に居るから不思議な感じもする。
「渋滞してねぇといいなぁ」
「その為に早朝出発でしょ?」
「目的地は、混んでそうだよい」
「スピード違反しない程度にお願いします」
「しねぇよい」
信号で止まる度、マルコのお腹に回した私の手をマルコが優しく撫でる。
安否確認なのか、彼の愛情表現なのかはわからないけど、この動作に私の心はいつもほっこりする。
高速に乗ると、マルコはスムーズに加速していく。
エンジンの振動が心地いい。
サービスエリアでコーヒーを飲んだり、御当地グルメやお土産を見て回った。
都心からだいぶ離れて、だんだんと木々が増え、景色が変わってきた。
少しずつ風が冷たくなり、空気が澄んでいる。
「高速降りたら山道だから、楽しみにしとけよい」
「スピード出してギュンギュン登るの?」
「危なぇ運転はしねぇよい」
「わかってるよー。紅葉しているといいね」
「あぁ。上の方だから、そう願うよい。紅葉を見せたくて来たんだからねい」
――マルコが今回のツーリングを企画したのは、「紅葉を見せたい」というものだった。
紅葉は去年も温泉旅行で見たけれど、マルコは「バイクだからいいんだよい!すげぇ綺麗だから」と目を輝かせていた。
彼は、頭が良くて仕事もできるし、何でも卒なくこなすところがあるのに、この時だけは語彙が行方不明になっていた。
きっと、それだけ綺麗なんだろう。
だから、ふたつ返事で承諾した。
その時のマルコの嬉しそうな笑顔を思い出す。
「紅葉見て、うまい和牛食いに行こうねい」
――――
【***ライン】
標識が見えた。マルコが私を連れて来たかった目的地。
「安全運転で行くけど、キツい時は早めに言ってくれよい」
「うん。無理しないようにする」
「旅館行くルートは別にもあるからな」
「オッケー!出発ー!」
木々の中をゆったりと滑るように進んでいく。
高速や一般道とは違い、勾配を合わせてシフトチェンジをする。その度にエンジンの音が変わり、マルコの一挙手一投足が私の身体に伝わってくる。
――運転の邪魔にならないように、と、少しの緊張感が走る。マルコの背中にピタリと体を預けた。
土の香り、空気の冷たさ、空の広さを肌で感じる。
そばに見える大きな川や、そびえ立つ大木が、どんどん後ろへ流れていく。
山道はカーブが多い。
カーブが近づき減速をすると、低く響くエンジンの唸りが、身体の芯まで振動させる。
右、左、右――マルコの動きに合わせて体重移動をしていく。バイクと私たちが一緒に一体となって、心地よく山道を駆けていく。
「カーブの体重移動うまくなったねい」
「本当?」
「後ろに乗せてねぇかと思うくらいスムーズに動けてるよい」
「それだけマルコの後ろに乗ってるってことだね」
「だねい。じゃあ……少しスピード上げるか?」
「無理無理!このままがいい!」
少しずつ山頂が近づくと、木々の色が変わってきた。
緑だった木々が、カーブを抜けると全く違った世界に変わった。
「え?すご……」
……それ以外の言葉が出なかった。
"綺麗"とか"すごい"とか陳腐な言葉しか思い浮かばなかった。
でも、それを声に出すのも憚れる景色だった。
視界が開けた瞬間に現れた真っ直ぐ伸びる道。
両側には燃えるような橙、金色。
見上げれば、光を含んだ黄葉と澄んだ青空。
道路の端には、黄金の絨毯が敷き詰められている。
――ガラス越しじゃない、遮るものが何もない世界。
少しだけスピードを落としてくれる。
「綺麗だろ?見せてぇなって思ってねい」
「……綺麗」
「だろ?他に車もねぇし、ゆっくり行くよい」
「うん……ありがとう」
――写真に残したい
そう思ったけど……写真よりも、今を瞼に焼き付けたい。
写真には写らない美しい景色だと思った。
マルコの語彙が行方不明になったのもわかる。
心地よい速度で景色が流れていく。
空気が切れる音、自然の香り、肌に感じる風圧。
自分が風になったような、鳥になったような……。
空を飛んで見る景色は、こんな感じなのかもと思った。
「マルコ……連れてきてくれてありがとう。この景色一生忘れないと思う」
お腹に回した腕の力を強め、ヘルメットごしに彼の背中に頬を押し付ける。
「どういたしまして。見せてぇ景色もあるし、これから先もいろんな所行こうな」
「うん」
「日が落ちるから、旅館に向かうよい」
名残惜しくて、一度振り返った。
――また、一緒に観に来たいな。
このまま山をゆっくりと下っていく。
途中で野生の猿の親子が毛繕いしていて、ふたりで笑った。
旅館は、老舗とまではいかないが、たまに雑誌にも乗る有名なところ。
とろみのある美肌の湯が有名な旅館だ。
温泉付きの部屋に宿泊しようとしていたマルコを止めたのもいい思い出。
部屋に通してもらい、バイクで冷え切った体を温め、凝り固まった身体をほぐし、化粧を直す。
今回の旅行の第二の目的は、A5ランクの黒毛和牛。
超有名なお肉屋さんの予約をしたのだ。
旅館から歩いて15分ほどのところにある。
予約時間まで、町並みを楽しみながら、散策する。
知らない街を彼と歩くのは、とても楽しい。
可愛いお店や昔ながらの名物なお店、オシャレなカフェや、変わったデザインのギャラリーとか。
その街の景観が好きだから、公園や歴史的なところも寄るし、マンホールのデザインも違うから、写真に残したり。
「そろそろ時間かも」
「あぁ。じゃあこの茶葉だけ買うか」
「私、払うよ」
「ありがとよい。オレは道検索しとくねい」
「ありがと。よろしくー」
立派な門構えで、駐車場も満車みたい。
店内も満席のようで、予約なしだとかなり待つ感じだった。
通された席は、落ち着いた座敷の個室。
牛肉屋さんらしい、牛の陶器の置物が鎮座している。
「凄えな。予約して正解だったねい。静かで落ち着くな」
「さすが超有名なお店。予約ありがとね」
「今回はオレのワガママみてぇな旅行だからな。それくらいやるよい」
「ワガママじゃないよ。連れて来てくれて、本当に嬉しかったんだよ」
その言葉にマルコは、目を細くして満足そうに言う。
「ああ。連れてこれてよかったよい。……一緒に見られてよかった」
そんなこと言っても、いつでも予約も計画も完璧なマルコには、感謝しかない。
運ばれてきたステーキを見て、互いに目を丸くした。
艶やかな焼き色と、立ち上る香ばしい香り。
マルコは、シャトーブリアンのステーキ。
私は、ヒレのステーキ。
「美味しそう……」
「旅行の楽しみは美味いもんだよな。いただきます」
「いただきます」
ふたりとも、手を合わせる。
ナイフを入れると、スッと刃が沈んでいく。
切り口から溢れた肉汁が、ジュワッと鉄板の上で音を立てた。
「……っ」
口に入れた瞬間、思わず目を見開いた。
肉の甘みと旨味が、口の中いっぱいに広がる。
噛むというより、舌の上でほろりと崩れていく。
「うまっ……」
「ヒレなのに、口の中で溶けた。……美味しい」
「シャトーブリアンもだよい。想像以上だな……」
「ねぇ、一切れ交換しよ?」
「はいよい。交換な」
美味しいお肉に満足して、旅館へ戻る。
温泉にゆっくりと浸かり、体も心もポカポカと温まった。美肌の湯というだけあって、肌が生き返ったみたいに滑らかだった。
大浴場を出て、飲み物を買いに行くと、湯上がりのマルコを見つけた。
「マルコ!」
「早かったねい。ゆっくり入ってきて良かったのに」
「ううん。ちょっと眠くなっちゃって」
「朝早かったもんな。すぐ休むかい?」
マルコの大きな手が、私の少しだけ湿っている額を撫でる。彼の手から、温泉と石鹸の香りがかすかに香る。
「まだ寝ないよ。マルコは眠い?」
「どうだろうねい。明日もあるから早めに寝ようとは思ってるけどな」
飲み物を買って、互いの指を繋いで歩く。
それは、隣を歩く時の癖のよう。
部屋に戻り、まったりとした時間を過ごす。
スマホから小さく音楽を流して、今日を振り返る。
――バイク、山道、紅葉、散歩、牛肉に温泉。
話題は尽きない。
「ふふふ〜」
マルコの浴衣姿が大好きな私にとって、ご褒美みたいな時間。
「なんだよい?」
「マルコの浴衣姿好きだから、嬉しくて。目の保養になるから、家でも浴衣にしない?」
「何言ってんだよ。アホンダラ」
私の髪をクシャクシャと乱暴に撫でるマルコは、まんざらでもない表情。
話しているうちに、言葉が少しずつ減っていく。
音楽だけが、部屋に小さく流れていた。
時計を見ると、夜が深くなる時間だった。
並べて敷かれた布団に潜りこむ。
「またバイクで遠出しようね?色々行ってみたい」
「お前が望むならどこだって連れていくし、迎えにだって行ってやるよい」
さも当たり前のようにサラッと言うから……キュンとした。
「うん。ありがとう
マルコ……チューしたいんだけど」
「……キスだけな?」
呆れるような、困ったような、そんな笑顔。
だけど、声だけがいつもより少し甘くて、低かった。
「善処します」
「……お互いにな」
ふたりで吹き出して、ソッと唇を重ねた。
――明日は帰るだけ。
ゆっくりと景色を見ながら帰れたらいいよね。
