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大浴場から自室へ戻る廊下の真ん中にポツンと手帳が落ちていた。
――いつもなら女部屋のシャワーで済ませる。けれど、今日はゆっくりと湯船に浸かりたくて、久しぶりに大浴場へ。
その帰り道のことだった。
ポツンと落ちていた手帳を拾い上げると、それは厚みがあり、ずっしりとしている。
質のいい革、こっくりとした深みのあるブラウン。革特有のスモーキーでドライな香りがする。
ブックバンドには、小さなラピスラズリと加工されたコインが着いている。
長年使われているのだろう、所々に傷はあるが、大切にそして丁寧に使われていることがわかる。それは、しっとりとした革の感覚と手入れのいき届いたツヤから容易に想像できた。
男性は、エイジングを好むらしい。そして、愛着が湧いたり大切なものは丁寧にメンテナンスして、いつまでも自分の手元においておくそうだ。
確かに、クルー達も武器のメンテナンスは怠らない。いつもどこかで誰かがやっている。
でも…海賊だから、武器のメンテナンスは理解出来るが、手帳までも丁寧に扱う人物は誰なんだろうと、興味が湧いた。
……こんな素敵な手帳を使うのはと、クルー達の顔を思い浮かべる。
思い当たるのは、マルコ、ビスタ、イゾウ。
サッチの手帳はレシピ集だろうから部屋かキッチンに置いたままで、持ち歩かないだろうと推測。
そして、多分オヤジも持っているだろうが、これはあまりにも小さすぎる。
「んー…」
相変わらず手帳とにらめっこ。
手に馴染む革の質感が心地いい。私もこういう手帳欲しいなぁ。
考えていても仕方ないし、落とし主も困っているだろう。
中身を見ることはせず、ここから1番近いイゾウの部屋へ向かった。
――コンコン
「イゾウー居る?」
ガチャリと顔を出したイゾウは、髪を下ろしてすっぴんだ。
一瞬驚いたようだが、「どうした?」と男前な声で問われる。女性よりも綺麗な顔立ちから発せられる、低くハリのある声。そのミスマッチが、イゾウの魅力でもある。
「ん?ナマエ、風呂上がりか?」
「そう。あのさ。これイゾウの?」
さっき拾った手帳を差し出し確認してもらう。
「いや、俺のでは無いな。」
「そっか。誰のかわかる?」
イゾウもわからないようで、この後も持ち主を探すと言ったら、彼はドアを開けたまま、何かを探しに戻っていった。部屋から流れてくる「香」のいい香り。瑞々しい香りは、まさにイゾウらしかった。少しだけ部屋を覗くと、ワノクニにあると言われる畳や色鮮やかなインテリア、優しい光が灯った灯籠がある。同じ船なのに、ここまで世界感が変わるんだなと感心する。
「湯冷めするなよ。」
そう言って、肩に柔らかいショールを掛けてくれた。温かいショールから、かすかにイゾウの部屋の香りがする。
「ありがとう。明日返しにくるね。」
―――
手の中にある手帳を見返し、革の傷をなぞってみる。この手帳は持ち主と、どんな旅路を歩んできたのだろう……。
キラッと月の光を反射させたのは、加工されたコインチャーム。何気なく目を凝らすと、そこには数字の刻印。無意識に指先でなぞると、『XXXX』。驚いて、もう一度見直す。それは、私の生まれた年だった。こんな偶然があるなんて……と自然と笑みがこぼれた。早く、持ち主に返してあげたくなる。
手帳を撫でて「大切にしてもらうんだよ」と、抱き締めた。
――ビスタの部屋の前
「ビスター。起きてるー?」
コンコン。
「これビスタの?」
「いや、俺のじゃないな。」
同じ形の手帳を持っているようだけど、チャームが薔薇だと教えてくれた。
「マルコかジョズだろう」
「3人お揃いなの?」
「あ…」
絶対に他のクルーには秘密だと念を押された。
それは懐かしい話。彼らが見習い頃。
3人で成果を上げたからと、オヤジに強請って買ってもらった手帳だった。
ケチ……ではなく、節約家のオヤジがプレゼントしてくれるなんて羨まし過ぎる……
そして、お店の前で強請る3人と困るオヤジを想像すると、可愛くて笑いが止まらなかった。
「絶対に他のクルーは言うなよ?」
ビスタが少し困ったように笑うから、「秘密にするよ」と約束した。
「風邪ひくなよ」と、タンブラーに入ったローズティーを渡される。
「ありがとう。ビスタがブレンドしたローズティー美味しいから好きなんだよね」
私の手にはお風呂セット、手帳、タンブラー、それに部屋着におしゃれなショールとモコモコスリッパという不思議な出で立ちだ。
――手帳の持ち主の部屋へ到着。
多分、持ち主で間違いないだろう。間違えてたらジョズの部屋へ行かなきゃ。
「マルコー。居るー?」
コンコン
ドアの更に遠くの方から「鍵空いてる。今、手が離せねぇんだ。」とくぐもった声で返答がきた。
「失礼しまーす。」
扉を開けると……空き巣でも入った?と思うくらい部屋がゴチャゴチャになっていた……
デスク、テーブル、ソファの上には本やノートが散らばっている。当の本人を探すと、床に膝をつき、腹ばいになるようにして身体をかがめていた。チェストの下の暗闇を必死に覗き込んでいる。
「マルコ……どうしたの?」
「探しものだよい。要件ならこのまま聞くでもいいか?」
マルコは相変わらず、背を向けたままで、「チッ……見えねぇ」とボヤいている。
「あのさ、これマルコの?」
廊下にぽつねんと落ちていた手帳を差し出す。
ギュン!と音が聞こえるんじゃないかと言う速度で、私の方を見た。表情は真剣そのもの。その眼差しが私の手元に注がれる。そして、その表情は一瞬で、安堵と喜びが入り混じったものに変わった。
「それだよい!!」
おっさんなのに少年みたいな可愛い顔して笑うマルコを見て、胸がキュンと小さく鳴った。彼の素顔が垣間見える瞬間がとても好き。1番隊隊長でも、海賊でも、不死鳥マルコでなく、ただのマルコが私は好きだった。
矢継ぎ早に「どこにあった?」「大切な手帳なんだ」と聞かれ、何度も感謝を述べられる。
嬉しそうに手帳を見るマルコを見ていると、早く届けて良かったと思う。
「お礼に一杯どうだい?」
少し片付けるから待っててくれと言われる。
座る所がない為、ドア付近から室内をキョロキョロ見渡していると、マルコが小さく笑った。
「イゾウとビスタの所行って来たのかい?そのショールとタンブラー」
「そう。手帳を拾った時に、マルコ、イゾウ、ビスタかな?って思ったからね」
キュッとタンブラーの蓋を開けると、薔薇のいい香りが湯気と共に広がる。「風邪ひくからって渡された」と笑った。
マルコは、散らかしていた本や資料などを丁寧に棚の定位置へ戻している。中身をさらっと確認して、迷いなく各々の棚へ。相変わらず整理整頓が上手だなと感心した。
肩をすくめて「風邪ひいたら、責任取るよい」と笑うから、看病してもらえるなら、風邪ひきたいななんて馬鹿な事が頭を過ぎる。
「待たせて悪かったねぃ。座ってくれ」
あっという間に綺麗になったソファを勧められた。マルコは、お気に入りのお酒が並ぶワインシェルフからボトルを出し1本1本ラベルを確認しながら選んでいる。
「さみぃからグリューワインかな……。ナマエ、ビスタからもらったやつは、いつものやつかい?」
「そうだよ。なんで?」
いつものとは、ビスタブレンドのローズティーで間違いない。彼は微笑みながら「じゃ、これだな」と1本のワインをこちらへ持ってきた。
テーブルの向かいに座り、テーブルの隅に並ぶ、コーヒー用の道具から手入れの行き届いた小型コンロと小ぶりのミルクパンを取り出した。光を受けて鈍く輝くグラインダーや、注ぎ口が細く曲がったドリップポットもあり、どの道具もピカピカに磨かれていて、そこに反射するランプの灯りも綺麗。
「ちょっと待ってろい」
キュポっとワインのコルクを開け、トプトプといい音を鳴らしステンレスのミルクパンに注いでいく。カチリと音を立てて火を灯すと、小さな炎がゆらゆらと揺らめく。そこに、シナモンスティックと一緒に、星の形をしたスターアニスと、オレンジの皮をひとかけら入れた。鍋から立ち上る湯気とともに、甘くスパイシーな香りが部屋に広がる。
「いい香り……」
「だろ?楽しみにしてな。」
彼が柔らかく微笑むから、ふと空気が緩んだ気がする。
マルコは迷いのない手つきで、厚手のマグを二つ並べた。
まずはローズティーの入ったタンブラーの蓋を外し、花の香りを零さぬようにゆっくりと注ぎ入れる。次いで、温めておいた赤ワインの入ったミルクパンを傾け、細い流れをすべらせるように注ぎ足していった。
その手首の角度はごく自然で、泡立ちを避けるためのわずかな調整すら淀みがない。ハンドドリップで珈琲を淹れるときと同じ、静かな集中が宿っていた。
液体が混ざり合うと、ローズティーの柔らかな甘い香気とスパイスを含んだ赤ワインの熱が、ふわりと立ちのぼって広がる。
「……ちょうどいい色になったよい」
マルコはマグを傾け、光に透かす。その仕草があまりにさりげなく美しくて、思わず見とれてしまう。
「熱すぎると香りが飛ぶからねい……ローズティーと合わせるときは、このくらいがちょうどいいんだよい」
ひと呼吸おいて、鼻先に漂う香りを確かめると、満足げにマグを差し出してきた。
お礼を言ってじんわりと温かいそれを受け取った。
「わぁ……」思わず小さな歓声が漏れ、慌てて口を押さえる。マルコが目を細めて笑った。
液面がランプの灯りに透けて、薔薇の花びらを溶かしたような透明感のある赤がマグの中に揺れている。
「凄く綺麗……」
「だろ?」
マルコは少し笑って自分のマグも灯りに照らし、少し揺らしその香りを楽しんでいる。
グリューワインは、アルコールが飛んだブドウの柔らかな甘みと、ほのかな渋み、鼻を抜けるスパイス、そしてローズティーの優雅な香りがゆっくりと口の中に広がる。
「美味しい……」
「そうかい?……まぁ……ビスタの真似だけどねい」
今度は照れ笑いだった。マルコは自室に居るとリラックスしているのか、表情がくるくると変わる。これだけで、私は彼に酔いそうになる。アルコールが飛んだはずのグリューワインのせいにしたいくらいだ。
けれど本当は、目の前の彼に酔っているだけなのだと、自分でもわかっていた。
「……ビスタに聞いたけど、オヤジに買ってもらったんでしょ?あの手帳」
一瞬びっくりしてから、少しだけ照れたように笑ったマルコ。
「他のクルーには秘密でねぃ。あとにも先にも、それってきりだからな。俺にとっては、この手帳は宝なんだよい」
彼はソファに置いていた手帳を手に取り、顔の高さに掲げると、ランプの柔らかい灯りを受けて、革の表面が鈍い光を返す。マルコは手帳を確かめるようにゆっくり回す。角は使い込まれて少し丸くなり、擦れ跡や傷が柔らかく浮かんでいる。見つめる眼差しは懐かしむように慈しむようで、その動きは、まるで大切な思い出をたどるようだった。
そんな彼を見ていると胸の奥がホワッと温かくなり、頬までじんわりと熱が広がるようで、自然と笑みが溢れる。
「早く渡せて良かったよ」
「あぁ。本当にありがとねい」
オヤジにどんな風にお願いしたのか聞いてみたが、少し考えた末「それは言えねぇな」と笑うマルコ。きっと、私が知らない幼い日の彼らと若いオヤジだけが知る大切な思い出なのだろう。
「ちなみに、手帳って何書いてるの?航海日誌とか医学のこと?」
「……大したことじゃねぇよい。行った島で気に入った飯屋とか酒場、雑貨屋とか薬屋とか。……あと、貰ったプレゼントとかだな。
たまに見返すと、匂いや景色まで思い出せるから……捨てられねぇんだろうねい。まぁ……人に見られたくねぇ内容だな」
「そういう使い方、素敵だね。実は、手帳を新調したいなって思ってて。同じような手帳が欲しくなっちゃった。」
「こんな男っぽいもんを?」
少し驚いた顔をされた。
マルコの手に収まると小さく見える手帳。私が持つと結構なサイズだし、素材は革なのでいかにも男性的な感じ。
「流れる時間を、ちゃんと残したいんだ。過ぎていくのを追いかけるんじゃなくて、楽しみたい。あと、革の味?っていうの?傷とか汚れとか、手間をかけたり…そういうのを通じて、時間を楽しみたいなって。
マルコの話を聞いたら、余計に欲しくなっちゃった。でも革のことはわからないから……」
「……そっか」
マルコはしばらく私を見つめて、急にフワリと口元を和らげた。
「次の島に、いい革細工の店があるんだ。案内するよい」
「えっ……本当に?いいの?」
「俺も、ノートを追加しようと思ってたからねい。……一緒に選んだら、きっと楽しいよい」
「手入れの道具も必要だな」と、マルコは少し楽しそうに話してくれる。
「ブックバンドに付いてるチャームはマルコが選んだの?ラピスラズリとコイン」
「あぁ。ラピスラズリは、色と石言葉が気に入ってな」
「石言葉って?」
「健康、崇高、幸運、真実だったはずだよい」
「初めて知った!石言葉ってロマンチックだね。オヤジに対しての気持ちとか?」
「そうだねい。改めて口に出すとなんか恥ずかしいな……」
「そう?マルコの内面を知れて私は嬉しいけどなぁ。あのコインの意味は?」
「あー……あれは、戦利品で……気に入ったから加工してもらったんだよい……」
とても歯切れの悪い返答だ。いい思い出じゃないのかな?
「そっか……」
聞かないほうが良かったのか、マルコの表情が複雑だ。でも、意を決して続けた。
「あのね、コインの刻印された数字って私の産まれた年なの!すごい偶然だと思わない?見た時、うれしくなっちゃった!」
「……」
マルコは目をまんまるにして、耳まで真っ赤になったかと思うと、視線を逸らされた。
「え?」
「……あ、いや……なんでもねぇよい」
口元を手で抑えて俯くマルコ。どうしていいのかわからず固まる私。
一瞬だけ絡んだ視線は、すぐに逸らされる。
マルコの大きな手が、首の後ろを無意識に擦る。
――サッチが笑いながら話してた癖だ。照れてる時にしか出ないって。
何だ?どうしてマルコが照れるの?
私の産まれた年……だから?
ポンッ!と音がしそうな速度で、顔に熱が集まった。
いや!そんなはず……でも――
「あー……わりぃ。こんなタイミングじゃねぇと思ってはいるんだが……」
「……え?」
心臓が破裂しそうなくらい跳ねた。
次の瞬間、マルコの口から飛び出したのは――
「仕切り直させてくれねぇか?」
――いつもなら女部屋のシャワーで済ませる。けれど、今日はゆっくりと湯船に浸かりたくて、久しぶりに大浴場へ。
その帰り道のことだった。
ポツンと落ちていた手帳を拾い上げると、それは厚みがあり、ずっしりとしている。
質のいい革、こっくりとした深みのあるブラウン。革特有のスモーキーでドライな香りがする。
ブックバンドには、小さなラピスラズリと加工されたコインが着いている。
長年使われているのだろう、所々に傷はあるが、大切にそして丁寧に使われていることがわかる。それは、しっとりとした革の感覚と手入れのいき届いたツヤから容易に想像できた。
男性は、エイジングを好むらしい。そして、愛着が湧いたり大切なものは丁寧にメンテナンスして、いつまでも自分の手元においておくそうだ。
確かに、クルー達も武器のメンテナンスは怠らない。いつもどこかで誰かがやっている。
でも…海賊だから、武器のメンテナンスは理解出来るが、手帳までも丁寧に扱う人物は誰なんだろうと、興味が湧いた。
……こんな素敵な手帳を使うのはと、クルー達の顔を思い浮かべる。
思い当たるのは、マルコ、ビスタ、イゾウ。
サッチの手帳はレシピ集だろうから部屋かキッチンに置いたままで、持ち歩かないだろうと推測。
そして、多分オヤジも持っているだろうが、これはあまりにも小さすぎる。
「んー…」
相変わらず手帳とにらめっこ。
手に馴染む革の質感が心地いい。私もこういう手帳欲しいなぁ。
考えていても仕方ないし、落とし主も困っているだろう。
中身を見ることはせず、ここから1番近いイゾウの部屋へ向かった。
――コンコン
「イゾウー居る?」
ガチャリと顔を出したイゾウは、髪を下ろしてすっぴんだ。
一瞬驚いたようだが、「どうした?」と男前な声で問われる。女性よりも綺麗な顔立ちから発せられる、低くハリのある声。そのミスマッチが、イゾウの魅力でもある。
「ん?ナマエ、風呂上がりか?」
「そう。あのさ。これイゾウの?」
さっき拾った手帳を差し出し確認してもらう。
「いや、俺のでは無いな。」
「そっか。誰のかわかる?」
イゾウもわからないようで、この後も持ち主を探すと言ったら、彼はドアを開けたまま、何かを探しに戻っていった。部屋から流れてくる「香」のいい香り。瑞々しい香りは、まさにイゾウらしかった。少しだけ部屋を覗くと、ワノクニにあると言われる畳や色鮮やかなインテリア、優しい光が灯った灯籠がある。同じ船なのに、ここまで世界感が変わるんだなと感心する。
「湯冷めするなよ。」
そう言って、肩に柔らかいショールを掛けてくれた。温かいショールから、かすかにイゾウの部屋の香りがする。
「ありがとう。明日返しにくるね。」
―――
手の中にある手帳を見返し、革の傷をなぞってみる。この手帳は持ち主と、どんな旅路を歩んできたのだろう……。
キラッと月の光を反射させたのは、加工されたコインチャーム。何気なく目を凝らすと、そこには数字の刻印。無意識に指先でなぞると、『XXXX』。驚いて、もう一度見直す。それは、私の生まれた年だった。こんな偶然があるなんて……と自然と笑みがこぼれた。早く、持ち主に返してあげたくなる。
手帳を撫でて「大切にしてもらうんだよ」と、抱き締めた。
――ビスタの部屋の前
「ビスター。起きてるー?」
コンコン。
「これビスタの?」
「いや、俺のじゃないな。」
同じ形の手帳を持っているようだけど、チャームが薔薇だと教えてくれた。
「マルコかジョズだろう」
「3人お揃いなの?」
「あ…」
絶対に他のクルーには秘密だと念を押された。
それは懐かしい話。彼らが見習い頃。
3人で成果を上げたからと、オヤジに強請って買ってもらった手帳だった。
ケチ……ではなく、節約家のオヤジがプレゼントしてくれるなんて羨まし過ぎる……
そして、お店の前で強請る3人と困るオヤジを想像すると、可愛くて笑いが止まらなかった。
「絶対に他のクルーは言うなよ?」
ビスタが少し困ったように笑うから、「秘密にするよ」と約束した。
「風邪ひくなよ」と、タンブラーに入ったローズティーを渡される。
「ありがとう。ビスタがブレンドしたローズティー美味しいから好きなんだよね」
私の手にはお風呂セット、手帳、タンブラー、それに部屋着におしゃれなショールとモコモコスリッパという不思議な出で立ちだ。
――手帳の持ち主の部屋へ到着。
多分、持ち主で間違いないだろう。間違えてたらジョズの部屋へ行かなきゃ。
「マルコー。居るー?」
コンコン
ドアの更に遠くの方から「鍵空いてる。今、手が離せねぇんだ。」とくぐもった声で返答がきた。
「失礼しまーす。」
扉を開けると……空き巣でも入った?と思うくらい部屋がゴチャゴチャになっていた……
デスク、テーブル、ソファの上には本やノートが散らばっている。当の本人を探すと、床に膝をつき、腹ばいになるようにして身体をかがめていた。チェストの下の暗闇を必死に覗き込んでいる。
「マルコ……どうしたの?」
「探しものだよい。要件ならこのまま聞くでもいいか?」
マルコは相変わらず、背を向けたままで、「チッ……見えねぇ」とボヤいている。
「あのさ、これマルコの?」
廊下にぽつねんと落ちていた手帳を差し出す。
ギュン!と音が聞こえるんじゃないかと言う速度で、私の方を見た。表情は真剣そのもの。その眼差しが私の手元に注がれる。そして、その表情は一瞬で、安堵と喜びが入り混じったものに変わった。
「それだよい!!」
おっさんなのに少年みたいな可愛い顔して笑うマルコを見て、胸がキュンと小さく鳴った。彼の素顔が垣間見える瞬間がとても好き。1番隊隊長でも、海賊でも、不死鳥マルコでなく、ただのマルコが私は好きだった。
矢継ぎ早に「どこにあった?」「大切な手帳なんだ」と聞かれ、何度も感謝を述べられる。
嬉しそうに手帳を見るマルコを見ていると、早く届けて良かったと思う。
「お礼に一杯どうだい?」
少し片付けるから待っててくれと言われる。
座る所がない為、ドア付近から室内をキョロキョロ見渡していると、マルコが小さく笑った。
「イゾウとビスタの所行って来たのかい?そのショールとタンブラー」
「そう。手帳を拾った時に、マルコ、イゾウ、ビスタかな?って思ったからね」
キュッとタンブラーの蓋を開けると、薔薇のいい香りが湯気と共に広がる。「風邪ひくからって渡された」と笑った。
マルコは、散らかしていた本や資料などを丁寧に棚の定位置へ戻している。中身をさらっと確認して、迷いなく各々の棚へ。相変わらず整理整頓が上手だなと感心した。
肩をすくめて「風邪ひいたら、責任取るよい」と笑うから、看病してもらえるなら、風邪ひきたいななんて馬鹿な事が頭を過ぎる。
「待たせて悪かったねぃ。座ってくれ」
あっという間に綺麗になったソファを勧められた。マルコは、お気に入りのお酒が並ぶワインシェルフからボトルを出し1本1本ラベルを確認しながら選んでいる。
「さみぃからグリューワインかな……。ナマエ、ビスタからもらったやつは、いつものやつかい?」
「そうだよ。なんで?」
いつものとは、ビスタブレンドのローズティーで間違いない。彼は微笑みながら「じゃ、これだな」と1本のワインをこちらへ持ってきた。
テーブルの向かいに座り、テーブルの隅に並ぶ、コーヒー用の道具から手入れの行き届いた小型コンロと小ぶりのミルクパンを取り出した。光を受けて鈍く輝くグラインダーや、注ぎ口が細く曲がったドリップポットもあり、どの道具もピカピカに磨かれていて、そこに反射するランプの灯りも綺麗。
「ちょっと待ってろい」
キュポっとワインのコルクを開け、トプトプといい音を鳴らしステンレスのミルクパンに注いでいく。カチリと音を立てて火を灯すと、小さな炎がゆらゆらと揺らめく。そこに、シナモンスティックと一緒に、星の形をしたスターアニスと、オレンジの皮をひとかけら入れた。鍋から立ち上る湯気とともに、甘くスパイシーな香りが部屋に広がる。
「いい香り……」
「だろ?楽しみにしてな。」
彼が柔らかく微笑むから、ふと空気が緩んだ気がする。
マルコは迷いのない手つきで、厚手のマグを二つ並べた。
まずはローズティーの入ったタンブラーの蓋を外し、花の香りを零さぬようにゆっくりと注ぎ入れる。次いで、温めておいた赤ワインの入ったミルクパンを傾け、細い流れをすべらせるように注ぎ足していった。
その手首の角度はごく自然で、泡立ちを避けるためのわずかな調整すら淀みがない。ハンドドリップで珈琲を淹れるときと同じ、静かな集中が宿っていた。
液体が混ざり合うと、ローズティーの柔らかな甘い香気とスパイスを含んだ赤ワインの熱が、ふわりと立ちのぼって広がる。
「……ちょうどいい色になったよい」
マルコはマグを傾け、光に透かす。その仕草があまりにさりげなく美しくて、思わず見とれてしまう。
「熱すぎると香りが飛ぶからねい……ローズティーと合わせるときは、このくらいがちょうどいいんだよい」
ひと呼吸おいて、鼻先に漂う香りを確かめると、満足げにマグを差し出してきた。
お礼を言ってじんわりと温かいそれを受け取った。
「わぁ……」思わず小さな歓声が漏れ、慌てて口を押さえる。マルコが目を細めて笑った。
液面がランプの灯りに透けて、薔薇の花びらを溶かしたような透明感のある赤がマグの中に揺れている。
「凄く綺麗……」
「だろ?」
マルコは少し笑って自分のマグも灯りに照らし、少し揺らしその香りを楽しんでいる。
グリューワインは、アルコールが飛んだブドウの柔らかな甘みと、ほのかな渋み、鼻を抜けるスパイス、そしてローズティーの優雅な香りがゆっくりと口の中に広がる。
「美味しい……」
「そうかい?……まぁ……ビスタの真似だけどねい」
今度は照れ笑いだった。マルコは自室に居るとリラックスしているのか、表情がくるくると変わる。これだけで、私は彼に酔いそうになる。アルコールが飛んだはずのグリューワインのせいにしたいくらいだ。
けれど本当は、目の前の彼に酔っているだけなのだと、自分でもわかっていた。
「……ビスタに聞いたけど、オヤジに買ってもらったんでしょ?あの手帳」
一瞬びっくりしてから、少しだけ照れたように笑ったマルコ。
「他のクルーには秘密でねぃ。あとにも先にも、それってきりだからな。俺にとっては、この手帳は宝なんだよい」
彼はソファに置いていた手帳を手に取り、顔の高さに掲げると、ランプの柔らかい灯りを受けて、革の表面が鈍い光を返す。マルコは手帳を確かめるようにゆっくり回す。角は使い込まれて少し丸くなり、擦れ跡や傷が柔らかく浮かんでいる。見つめる眼差しは懐かしむように慈しむようで、その動きは、まるで大切な思い出をたどるようだった。
そんな彼を見ていると胸の奥がホワッと温かくなり、頬までじんわりと熱が広がるようで、自然と笑みが溢れる。
「早く渡せて良かったよ」
「あぁ。本当にありがとねい」
オヤジにどんな風にお願いしたのか聞いてみたが、少し考えた末「それは言えねぇな」と笑うマルコ。きっと、私が知らない幼い日の彼らと若いオヤジだけが知る大切な思い出なのだろう。
「ちなみに、手帳って何書いてるの?航海日誌とか医学のこと?」
「……大したことじゃねぇよい。行った島で気に入った飯屋とか酒場、雑貨屋とか薬屋とか。……あと、貰ったプレゼントとかだな。
たまに見返すと、匂いや景色まで思い出せるから……捨てられねぇんだろうねい。まぁ……人に見られたくねぇ内容だな」
「そういう使い方、素敵だね。実は、手帳を新調したいなって思ってて。同じような手帳が欲しくなっちゃった。」
「こんな男っぽいもんを?」
少し驚いた顔をされた。
マルコの手に収まると小さく見える手帳。私が持つと結構なサイズだし、素材は革なのでいかにも男性的な感じ。
「流れる時間を、ちゃんと残したいんだ。過ぎていくのを追いかけるんじゃなくて、楽しみたい。あと、革の味?っていうの?傷とか汚れとか、手間をかけたり…そういうのを通じて、時間を楽しみたいなって。
マルコの話を聞いたら、余計に欲しくなっちゃった。でも革のことはわからないから……」
「……そっか」
マルコはしばらく私を見つめて、急にフワリと口元を和らげた。
「次の島に、いい革細工の店があるんだ。案内するよい」
「えっ……本当に?いいの?」
「俺も、ノートを追加しようと思ってたからねい。……一緒に選んだら、きっと楽しいよい」
「手入れの道具も必要だな」と、マルコは少し楽しそうに話してくれる。
「ブックバンドに付いてるチャームはマルコが選んだの?ラピスラズリとコイン」
「あぁ。ラピスラズリは、色と石言葉が気に入ってな」
「石言葉って?」
「健康、崇高、幸運、真実だったはずだよい」
「初めて知った!石言葉ってロマンチックだね。オヤジに対しての気持ちとか?」
「そうだねい。改めて口に出すとなんか恥ずかしいな……」
「そう?マルコの内面を知れて私は嬉しいけどなぁ。あのコインの意味は?」
「あー……あれは、戦利品で……気に入ったから加工してもらったんだよい……」
とても歯切れの悪い返答だ。いい思い出じゃないのかな?
「そっか……」
聞かないほうが良かったのか、マルコの表情が複雑だ。でも、意を決して続けた。
「あのね、コインの刻印された数字って私の産まれた年なの!すごい偶然だと思わない?見た時、うれしくなっちゃった!」
「……」
マルコは目をまんまるにして、耳まで真っ赤になったかと思うと、視線を逸らされた。
「え?」
「……あ、いや……なんでもねぇよい」
口元を手で抑えて俯くマルコ。どうしていいのかわからず固まる私。
一瞬だけ絡んだ視線は、すぐに逸らされる。
マルコの大きな手が、首の後ろを無意識に擦る。
――サッチが笑いながら話してた癖だ。照れてる時にしか出ないって。
何だ?どうしてマルコが照れるの?
私の産まれた年……だから?
ポンッ!と音がしそうな速度で、顔に熱が集まった。
いや!そんなはず……でも――
「あー……わりぃ。こんなタイミングじゃねぇと思ってはいるんだが……」
「……え?」
心臓が破裂しそうなくらい跳ねた。
次の瞬間、マルコの口から飛び出したのは――
「仕切り直させてくれねぇか?」
