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――ミーンミーン ジリジリ
朝から蝉がうるさい程に鳴いている。
今日は待ちに待った花火大会の日。仕事ばかりの私達が連休を勝ち取っためでたい日でもある。奇跡の三連休!
花火の前に浴衣でランチに行きたいと言ったら、マルコの友人・イゾウさんが着付けとヘアセットをしてくれることになった。ありがたい。
鏡に映った自分を見て「わぁ……」と、思わず声が漏れた。
それほど浴衣が似合っていた。
ーーレンタルだけど、薄藤色の浴衣には、水面に浮かぶように桜と藤の花が描かれている。
帯は深緑で、普段よりも落ち着いた女性に見える。
自分では選ばない柄だが、「絶対似合う」とイゾウさんが太鼓判を押してくれたもの。
髪はふんわりまとめられ、小さな簪が涼しげに揺れている。
「気に入ったかい?この柄で間違いなかったな。……早くマルコに見せてやんな」
「イゾウさんありがとう!自分じゃないみたい!」
マルコの待つ部屋まで、はやる気持ちを抑え、なるべくゆったりと歩いた。
……襖の前で一呼吸。
「お待たせ!どう?」
私を見てポカンとしたマルコは、口元を覆い「あぁ…いいんじゃねぇかい。」と、少し素っ気ない返答をする。
後ろからイゾウさんが、からかうように笑った。
「お前は言葉が足らねェんだよ。照れてねぇで、ちゃんと言えよ」
「うるせぇな……あとで言うよい」
私を見ないでアイスコーヒーに口をつけるマルコの顔を覗き込んだ。
「ねぇマルコ…可愛くないってこと?」
「ちがっ!!」
真っ赤な顔をそらしながら、「……似合ってるよい……」と呟くマルコ。
その顔に胸がキュッとなり、つられて赤くなった。
次はマルコの着付け。
彼の浴衣もイゾウさんが選んでくれたそう。
プロの見立てに間違いはないだろう。
―――
「お待たせ。どうだい?」
イゾウさんの声に、後ろを振り返ると…
彼の纏う浴衣は、藍から水色へと溶けるように染められ、羽根のような、炎のような模様が揺れていた。
白い帯がその姿を凛と引き締めていて、目を離せないほど美しい。
「……かっこいい……」
意図せぬ時に本音は溢れていくものだ。
真っ赤な顔をしてイゾウさんの着物屋さんから出るふたり。
そんな私達をイゾウさんはずっと笑っていて、お菊ちゃんは興奮してキャーキャー言っていた。
「……気を取り直して、予約してた店行くかねい。」
照れたままのマルコを見上げ、「この人のこと好きだなぁ」と返事の変わりないにそっと指を繋いだ。
――
花火までの時間はあっという間に過ぎていく。
夕暮れ前に会場へ。
浴衣の裾を少し持ち上げながら、人混みを抜けて土手に着く。
屋台から漂う甘い綿菓子や香ばしい焼き物の香り、川面から吹く湿った風、活気のある人々の楽しそうな声。
やがて夜空に、大きな花が咲いた。
オレンジ、紫、群青……光が川面に揺れて、マルコの横顔も淡く染める。
「すげぇな……」と見上げるその瞳に映る花火が、私には一番綺麗に見えた。
それに気づかれて「そんな見るなよい」って肩を抱かれる。
……こっちの心臓の音が花火に負けてないの、気づかないでよね。
――――
花火が終わり、夏の夜の空気を味わいながらゆっくり歩く。
マルコの家までもう少しという頃、ぽつりと冷たいものが頬を打った。
「やべぇ、雨だ!」
「きゃー!」
「走るよい!」
ザーっと音を立てて雨が降り出す。
いい歳の大人二人が手を繋ぎ、豪雨の中を全力疾走。
大粒の雨が叩きつけるように降り、もう笑うしかない。
髪も浴衣も下駄もずぶ濡れ。
でも、人混みと夏の暑さで火照った体に雨が心地よかった。
急いで鍵を開け、玄関に入る。その時も私達は笑っていた。
「やばかったねぃ。」
「びしょ濡れだね」
電気をつけてお互いの顔を見て、思わず吹き出した。それはそれは子供みたいな笑顔で。
セットした髪がおでこに張り付いているマルコと、化粧が落ちてヘアセットもめちゃくちゃであろう私。
浴衣は身体にペタリと張り付き、雨が滴っている。なんて不格好なんだ。
二人でクスクス笑いあって、目が合う。
声を掛け合うこともなく、自然に……互いに吸い寄せられるようにキスをした。
一度離れた唇は、もう一度……もう一度と、深くなっていく。
雨で冷えた唇や鼻先が少しずつ熱を帯びていく――その時、私が思わずくしゃみをした。
びっくりして離れ、そしてまた笑った。
「……まず、風呂……だねい」
「だね。風邪引いちゃう」
「このまま風呂行くよいっと」
言われたと、思ったらお姫様抱っこをされる。
「わぁ!!廊下濡れちゃうよ!」
「あとで拭けばいいよい。くそ。浴衣がへばりついて歩きにくい……」
「自分で歩くってー」
脱衣場で鏡に写った自分を見て驚く。
アイラインも眉毛も落ちて髪もボロボロの私。
マルコも自分の髪形を見て「こりゃ。ひでえ」と笑った。
濡れて重たくなった浴衣を脱いで、湯気が立ちこめる浴室に入り、シャワーを浴びる。
「あれだな……濡れた浴衣ってのもいいねい……」
おっさん発言をするマルコの顔めがけてシャワーを掛ける。
「おまっ!!ぶはっ!やめろい!」
シャワーの水しぶきの中で笑うマルコは、子供みたいで愛おしくなった。
挑発するように見上げると、髪をかき上げたマルコは口元を緩めて私の顎を指でなぞる。
「でもねい……ずぶ濡れのお前、なんか……反則だよい」
耳元で低く囁かれて、心臓が跳ねた。
お湯が髪を伝って背中を滑り落ちる感覚に、ようやく冷えた身体がほぐれていく。
背後からマルコの腕がそっと回され、腰を抱き寄せられた。
「風邪ひく前に、ちゃんと温めねぇとな……」
その言葉と同時に、肩口に柔らかい唇が触れる。
濡れた髪が頬にかかってくすぐったいのに、胸の奥まで熱くなっていく。
入浴中も笑い声は絶えなかった。
けれど、笑いの合間に落とされるキスは、さっきよりも少し深くて——甘い。
「……やっぱ、こうしてると……三連休にしてよかったって思うよい」
小さく笑いながらそう言うマルコの瞳は、花火よりも綺麗で目が離せなくなる。
そして私は、今日のすべて——笑い声も雨も、手を繋いだ感触も——を胸に刻んだ。
この温もりと幸福を、ずっと忘れたくないと思った。
