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所用を済ませた帰り道、土砂降りに見舞われた。
さっきまでの晴天が嘘の様に、目の前は大粒の雨。
けたたましく降りつけ、視界が白くにじむ。
慌ててコンビニへ駆け込んだが、考えることは皆同じでビニール傘は完売。
雨の予報も無く、大気が不安定とも言っていなかったはず。通り雨だろうか、まだ止む気配はない。
コンビニの屋根の下で雨宿り。
バッグから小さなタオルを取り出し、髪や顔を押さえるように拭く。あっという間にタオルはしっとりと濡れた。
肩も裾もびしょ濡れだ。使い物にならないタオルで洋服を拭く気にはなれなかった。
パンプスの中にまで水が入り込んでぐしゅっと湿ってとても不快だ。
黒のパンツで良かったと思うのは、泥跳ねしても目立たないから。
そして、合皮のバッグにも感謝。
太陽に照らされ熱をため込んでいたアスファルトは、雨に冷やされると、夏特有のムワッとした湿気を含んだ空気に変わった。
カラッとした暑さで汗をかくのは気持ちいいのに、湿気で汗をかくのはどうも好きになれない。
隣で雨宿りするのは、しかめっ面で空を睨むサラリーマン。何度かため息を吐き、時計をチラチラと見て、電話で、帰社が遅れる旨を伝えていた。
わたしは、ただぼんやりと空を眺めていた。
早く止んで欲しいなぁ。帰ったらお気に入りの入浴剤でお風呂入ろう。
―――カチンッ
金属音で我に返る。
見ると、サラリーマンが煙草を吸おうとしていた。
咥え煙草の横顔は不思議と綺麗で、シルバーのジッポの火をのぞき込む仕草が絵になっていた。
あ、ここ灰皿あるんだ。と思っていたら目が合ってしまう。
「煙草いいかい?」
「あ!はい。どうぞ」
「ありがとうねい」
咥え煙草と、目尻が下がった屈託のない笑顔。
そのミスマッチに私の心が震えた。
フワッと紫煙がわたしの前を通り抜けていく。
――「アンタは、いつまで雨宿りするんだい?」
アンタとはわたしのことで間違い無いと思い、彼の方へ向き直す。
「あー。雨が弱くなるまでですかね。あなたは?」
片眉を下げ、さも困りましたと云う顔をして「おれもだよい」と呟く。
初対面なのに、なぜかその表情に親しみを覚えてしまう。
「お仕事大丈夫なんですか?」
「あぁ。さっきの電話聞こえてたかい?アンタは仕事か?」
「今日は休みです」
「せっかくの休みが台無しだねい」
お互いに手持ち無沙汰で、つらつらと他愛の無い会話を続けていた。
「煙草買ってくる。」
「いってらっしゃいませ。」
なぜいってらっしゃいなどと言ったのか、自分でも不思議だった。
先程までむせ返るような湿度と気温だったのに、少し肌寒く感じるくらい気温が下がっていた。無意識にしっとりと濡れたままの腕を擦る。
戻って来た彼が手にしていたのは、コーヒーのカップが2つ。そのひとつをわたしに差し出した。
「カフェラテで良かったかい?」
「ありがとうございます。おいくらでしたか?」
「いいよい。雨宿りを付き合ってくれてる礼だよい」
「ありがとうございます」
「いえいえ。あとコンビニにもタオル売ってるんだよな」
ほら、とビニール袋から真新しいタオルまで渡された。ありがたいことに、包装は剥がされていてそのまま使用できる状態だ。
「すいません!何から何まで。ありがとうございます」
「女は体冷やしちゃいけねぇだろ?兄弟の受け売りだがな。」
彼は、そう笑ってコーヒーに口をつけ、柔らかな笑みを浮かべた。
寒かったことに気付いていたのか、真意はわからないけれど、本当にありがたかった。頂いたタオルを肩に掛け、カフェラテに口をひとくち。たった1枚のタオルでも暖かく、カフェラテはお腹を温めてくれて、頬が緩んでいく。
「美味しい…」
普通のコンビニコーヒーが、今日程美味しく感じた時は無いだろう。
その後も変わらず他愛の無い話が続いた。
時折笑い合ったり、共感したり、互いの意見を聞いたりと。彼の話は、どれも勉強になった。人生で大切にするべきモノゴト、仕事の姿勢、拘りや意志を強く持ちつつ柔軟であること。
知らない人同士、二度と会うことは無いからこそ、こんなにも深く話し合えたのではないか、そんな気さえした。
ーー強かった雨が落ち着き、空が少し明るくなった。
「お。そろそろ上がるかねぃ」
「そうみたいですね」
空を見上げると、薄っすらと虹が架かっている。
「「虹」」
同時に言って顔を見合わせて笑う。
そろそろ楽しかった時間は終わりだ。
「タオルもコーヒーもありがとうございました。雨宿り楽しかったです」
「こちらこそ楽しかったよい。ありがとねい。相手がアンタで良かったよい。これもなにかの縁だな」
「わたしもです。お礼させて下さいね」
「んーーー。名前教えてくれ。それでいいよい」
「え?」
「おれはマルコ。アンタは?」
「ナマエです。」
「ナマエ、今日はありがとうねぃ。」
「こちらこそ、本当にありがとうございました」
なかなか別れが切れ出せないわたし達の横を、親子が賑やかに通過していった。
「それじゃあ……」
「そうですね……」
互いに小さく会釈をして、私は左へ、彼は右へと歩いていく。
バッグを開けて、頂いたタオルを畳み直す。その手触りが、彼の温もりを思い出させた。
少しだけ寂しく感じるたけれど、その感情は見ないふりをした。
でも、やはりどうにかして。また彼に会いたいと思った。勇気を振り絞って、数歩進んで、振り返る。
けれどそこにあるのは、背中だけ。彼は前を向いたまま歩いている。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
……でも、やっぱり。
勇気を振り絞ってもう一度振り返る。
その瞬間、彼がこちらを見ていた。
ばっちりと目が合い、ふたりして小さく吹き出す。
同じタイミングで笑ったのが、なんだか可笑しかった。
ゆっくりと歩いてくる彼に対して、私は少し早足で駆け寄る。
「マルコさん!やっぱり代金お返ししますね!すいません!」
言いたいことは別にあるのに、下手な言い訳が口を出る。
「そんなのはいらねぇんだが、連絡先教えてくれ」
顔を上げると、マルコさんは穏やかな顔でわたしを見下ろしていた。その蒼い瞳には、真剣な光が宿っている。
「繋いでおきてぇ縁なんだよい。また逢える時を待つのは性に合わねぇ」
その言葉に、わたしの心臓が飛び跳ねる。
まるで、止んでいた雨が再び降り出したかのように、胸の奥で高鳴りの音が響いた。
「それ、勘違いしちゃいますよ?」
精一杯の強がりだ。けれど、彼の蒼い瞳から目が離せない。
「してくれていいよい」
その笑みと声が、雨上がりの空に柔らかく溶けていった。
ふと見上げた空には、まだ消えかけの虹がかかっていた。
その虹の下で、ふたりの物語は静かに始まろうとしていた。
さっきまでの晴天が嘘の様に、目の前は大粒の雨。
けたたましく降りつけ、視界が白くにじむ。
慌ててコンビニへ駆け込んだが、考えることは皆同じでビニール傘は完売。
雨の予報も無く、大気が不安定とも言っていなかったはず。通り雨だろうか、まだ止む気配はない。
コンビニの屋根の下で雨宿り。
バッグから小さなタオルを取り出し、髪や顔を押さえるように拭く。あっという間にタオルはしっとりと濡れた。
肩も裾もびしょ濡れだ。使い物にならないタオルで洋服を拭く気にはなれなかった。
パンプスの中にまで水が入り込んでぐしゅっと湿ってとても不快だ。
黒のパンツで良かったと思うのは、泥跳ねしても目立たないから。
そして、合皮のバッグにも感謝。
太陽に照らされ熱をため込んでいたアスファルトは、雨に冷やされると、夏特有のムワッとした湿気を含んだ空気に変わった。
カラッとした暑さで汗をかくのは気持ちいいのに、湿気で汗をかくのはどうも好きになれない。
隣で雨宿りするのは、しかめっ面で空を睨むサラリーマン。何度かため息を吐き、時計をチラチラと見て、電話で、帰社が遅れる旨を伝えていた。
わたしは、ただぼんやりと空を眺めていた。
早く止んで欲しいなぁ。帰ったらお気に入りの入浴剤でお風呂入ろう。
―――カチンッ
金属音で我に返る。
見ると、サラリーマンが煙草を吸おうとしていた。
咥え煙草の横顔は不思議と綺麗で、シルバーのジッポの火をのぞき込む仕草が絵になっていた。
あ、ここ灰皿あるんだ。と思っていたら目が合ってしまう。
「煙草いいかい?」
「あ!はい。どうぞ」
「ありがとうねい」
咥え煙草と、目尻が下がった屈託のない笑顔。
そのミスマッチに私の心が震えた。
フワッと紫煙がわたしの前を通り抜けていく。
――「アンタは、いつまで雨宿りするんだい?」
アンタとはわたしのことで間違い無いと思い、彼の方へ向き直す。
「あー。雨が弱くなるまでですかね。あなたは?」
片眉を下げ、さも困りましたと云う顔をして「おれもだよい」と呟く。
初対面なのに、なぜかその表情に親しみを覚えてしまう。
「お仕事大丈夫なんですか?」
「あぁ。さっきの電話聞こえてたかい?アンタは仕事か?」
「今日は休みです」
「せっかくの休みが台無しだねい」
お互いに手持ち無沙汰で、つらつらと他愛の無い会話を続けていた。
「煙草買ってくる。」
「いってらっしゃいませ。」
なぜいってらっしゃいなどと言ったのか、自分でも不思議だった。
先程までむせ返るような湿度と気温だったのに、少し肌寒く感じるくらい気温が下がっていた。無意識にしっとりと濡れたままの腕を擦る。
戻って来た彼が手にしていたのは、コーヒーのカップが2つ。そのひとつをわたしに差し出した。
「カフェラテで良かったかい?」
「ありがとうございます。おいくらでしたか?」
「いいよい。雨宿りを付き合ってくれてる礼だよい」
「ありがとうございます」
「いえいえ。あとコンビニにもタオル売ってるんだよな」
ほら、とビニール袋から真新しいタオルまで渡された。ありがたいことに、包装は剥がされていてそのまま使用できる状態だ。
「すいません!何から何まで。ありがとうございます」
「女は体冷やしちゃいけねぇだろ?兄弟の受け売りだがな。」
彼は、そう笑ってコーヒーに口をつけ、柔らかな笑みを浮かべた。
寒かったことに気付いていたのか、真意はわからないけれど、本当にありがたかった。頂いたタオルを肩に掛け、カフェラテに口をひとくち。たった1枚のタオルでも暖かく、カフェラテはお腹を温めてくれて、頬が緩んでいく。
「美味しい…」
普通のコンビニコーヒーが、今日程美味しく感じた時は無いだろう。
その後も変わらず他愛の無い話が続いた。
時折笑い合ったり、共感したり、互いの意見を聞いたりと。彼の話は、どれも勉強になった。人生で大切にするべきモノゴト、仕事の姿勢、拘りや意志を強く持ちつつ柔軟であること。
知らない人同士、二度と会うことは無いからこそ、こんなにも深く話し合えたのではないか、そんな気さえした。
ーー強かった雨が落ち着き、空が少し明るくなった。
「お。そろそろ上がるかねぃ」
「そうみたいですね」
空を見上げると、薄っすらと虹が架かっている。
「「虹」」
同時に言って顔を見合わせて笑う。
そろそろ楽しかった時間は終わりだ。
「タオルもコーヒーもありがとうございました。雨宿り楽しかったです」
「こちらこそ楽しかったよい。ありがとねい。相手がアンタで良かったよい。これもなにかの縁だな」
「わたしもです。お礼させて下さいね」
「んーーー。名前教えてくれ。それでいいよい」
「え?」
「おれはマルコ。アンタは?」
「ナマエです。」
「ナマエ、今日はありがとうねぃ。」
「こちらこそ、本当にありがとうございました」
なかなか別れが切れ出せないわたし達の横を、親子が賑やかに通過していった。
「それじゃあ……」
「そうですね……」
互いに小さく会釈をして、私は左へ、彼は右へと歩いていく。
バッグを開けて、頂いたタオルを畳み直す。その手触りが、彼の温もりを思い出させた。
少しだけ寂しく感じるたけれど、その感情は見ないふりをした。
でも、やはりどうにかして。また彼に会いたいと思った。勇気を振り絞って、数歩進んで、振り返る。
けれどそこにあるのは、背中だけ。彼は前を向いたまま歩いている。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
……でも、やっぱり。
勇気を振り絞ってもう一度振り返る。
その瞬間、彼がこちらを見ていた。
ばっちりと目が合い、ふたりして小さく吹き出す。
同じタイミングで笑ったのが、なんだか可笑しかった。
ゆっくりと歩いてくる彼に対して、私は少し早足で駆け寄る。
「マルコさん!やっぱり代金お返ししますね!すいません!」
言いたいことは別にあるのに、下手な言い訳が口を出る。
「そんなのはいらねぇんだが、連絡先教えてくれ」
顔を上げると、マルコさんは穏やかな顔でわたしを見下ろしていた。その蒼い瞳には、真剣な光が宿っている。
「繋いでおきてぇ縁なんだよい。また逢える時を待つのは性に合わねぇ」
その言葉に、わたしの心臓が飛び跳ねる。
まるで、止んでいた雨が再び降り出したかのように、胸の奥で高鳴りの音が響いた。
「それ、勘違いしちゃいますよ?」
精一杯の強がりだ。けれど、彼の蒼い瞳から目が離せない。
「してくれていいよい」
その笑みと声が、雨上がりの空に柔らかく溶けていった。
ふと見上げた空には、まだ消えかけの虹がかかっていた。
その虹の下で、ふたりの物語は静かに始まろうとしていた。
