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「サッチと付き合ってんのかい?」
深夜、食堂で仲良く肩を並べて酒を呑むわたしとサッチに唐突に降って来た質問。いつもの飄々としたマルコの声ではなかった。苛立ちを隠せない、低く不機嫌な響きだった。水でも取りに来たのだろうが、険しい表情をしている。質問と呼べるようなものではないが、私たちが付き合っているかいないかであれば、後者が正しい。
「ないないない」
左手を顔の前でヒラヒラとさせて、否定する。そもそもわたしはクルーと付き合うなんてしたくない。
「おい!何回言ってんだよ!オレっち傷つく!」
まったく傷付いてなんていないサッチは、わざとらしくうつむき加減で涙を拭う仕草をする。突っ込みを入れて、私とサッチの笑い声が食堂に響く。
マルコは表情も声色も変えずに続ける。
「ナマエは、いいやつに居ねぇのかい?」
「えー?居ないし、モビーのクルーと付き合うとか無いよ」
「なんでだい?」
質問攻めが面倒になって、ラム酒の入った瓶をクルクルと回して遊んでしまう。
「恋愛って大変じゃない?喧嘩したら皆に気遣わせるし、そもそも家族だし」
結婚する気になったら船は降りるつもり。わたしが1番大切なのはオヤジ。それ以上に大切にしたい人が出来たら、船は降りるよ。まぁ、未だかつてそんな人いた事を無いけどね。
「なぁ……」
マルコが私の横に来て、片膝をつく。その真剣な眼差しは、ただの冗談ではないと告げていた。
「冗談じゃねぇんだ。おれと、付き合ってみねぇか……?」
場の空気が一瞬で凍りつく。マルコは手のひらを上に向けて差し出した。それは、まるで私を大切にエスコートする男の誠実さを示す手つき。しかし私はただ、その手を見つめることしかできなかった。
「……遠慮させていただきます」
私の言葉は、宙に浮いたままのマルコの手を、ただ虚しさだけが乗る場所へと変えた。
「マルコ、節操なしじゃん」
瓶をカウンターに置いたコツンという音が、静まり返った食堂に酷く響いた。
わたしが何年この船に乗っていると思っているんだ。15年も乗っている。その間、どれだけのクルーから下世話な話を聞かされていたか。当然、マルコの話も知っている。
「あちゃー」、とサッチが小さく言う。
「今からでも、お前の知ってるマルコを変えてやるよい」
そう声を張られても、わたしの心は動かない。
「他当たって。ムキにならないでよ」
あーシラケた。もう寝るわ。と、わたしは席を立ち、部屋に戻った。
「おはよい」
朝食の為に食堂へ向かおうと自室のドアを開ける。眩しい朝日よりも先に目に入ったのは、眩しい金髪と派手なシャツ。
ん?昨夜の続きかな?
「おはよ」
「今日、非番だろい?少し話そうよい」
「今日はナースにネイルやってもらう」
「俺も行くよい」
「男子禁制」
「……よい」
それからというものマルコはことあるごとに、わたしの回りをウロウロするようになった。手合わせと言えば、誘ってくる。非番だと日向ぼっこしていれば、「隣に失礼するよい」と隣に寝転がってくる。島に降りると言えば「荷物持ちが必要だろい?」と強引についてくる。毎日が追いかけっこのようだった。自分の仕事で寝不足なんだから、私を追いかけるより寝てほしいもんだ。ふと、昔を思い出す。マルコ、ジョズ、ビスタ、私はいつも一緒だったなと…。
そんなわたし達の行動はクルーやナース達も知っている。あの日から2ヶ月程経ってもマルコの行動は変わらない。
「あっさり振られたから、振り向かせたいんじゃないの?」
「なにそれ?最悪じゃん」
「マルコ隊長に口説かれるって羨ましーい!」
「ナマエは自分のモノとか思ってるんじゃないかなー。サッチと仲良くしているのが気に食わないんでしょ」
「とりあえず、1回シテみたら?」
「無い無い。マルコだよ?」
「アンタ、マルコ隊長と同時期に乗ったんだよね?」
「今更好きって?それ無いわー」
「マルコ隊長って私が誘ってもいいんですかね?」
今日も、非番に合わせてナース部屋に籠もりネイルを直してもらっている。長い航海での楽しみのひとつ。ナース達とのガールズトークは割りと下世話で、マルコの件も言いたい放題だ。きっとこの会話を見聞色で聞いているんだろうな。
「本当に嫌なら、嘘でもつきなさい。」
付き合いの長いナースのジジは、わたし達の話を聞いていて、キッパリと言った。その声に、さっきまで賑やかだった室内に静寂が訪れた。私は、はっきりと無いと言ったのに…何故か叱られた。
月が明るくて星が見えないそんな夜。
賑やかな甲板を抜けて、マルコの仕事場の医務室へ向かった。モビーは巨大な船だから廊下が長いし、そこかしこに誰かが居る。廊下だったり、部屋の前だったり。書庫やオヤジの部屋、会議質もあるから、どこに居ても誰かと会う。その1番奥の安全な場所。そこがマルコの仕事部屋兼医務室。
そろそろ日が変わる時間だ。こんな時間にここを訪れるのは、夜食を届けるため。不寝番のクルーにだけ配られる夜食が、マルコだけは特別にいつでも提供されるという高待遇。それだけ、彼の仕事量が多いという証拠だろう。
ここはとても静かで、波の音が少しの聞こえる。医務室の扉をノックをしたが肝心の返事がない。施錠しないことが多いから、扉をソッと押してみると、室内はランプの柔らかな灯りが広がっている。ランプがついているなら、マルコは在室している。扉をノックしながら、名前を呼んでも返事がない。仕方なく勝手に入室し、ランプの灯りの方へ進むと
デスクに突っ伏して寝ているマルコがいた。山積みの書類に右頬を押し付け、無防備に開いた口からは、クークーと規則正しい寝息が聞こえてくる。寝るつもりはなかったのだろう。その証拠に医務室には温かなコーヒーの香りが漂っている。疲れて眠る彼の姿に、胸の奥が温かくなるのを感じた。
夜食はデスクの端に置き、ベットにあった毛布をマルコの肩に掛ける。マグカップいっぱいのコーヒーは、零したら大変だから、キッチンへ持っていこう。転がった羽根ペンを元に戻し、ランプを消す。
「マルコ……いつもお疲れ。おやすみなさい」
いつもなら、私よりも高い位置にある頭が目の前にあることが新鮮だった。眠るマルコの頭を優しく撫でてから医務室を出る。彼の頭を撫でるなんて、いつぶりだろう。相変わらずサラサラした金髪で少し羨ましく思う。
穏やかな海域だから、今日はゆっくり本を読んで過ごそうと思っているとコンコンと自室の扉をノックされた。
「ナマエ。ちょっと甲板行かねぇか?」
風呂上がりのマルコが、酒瓶2本を持ってドアの前に居た。
食堂から椅子を拝借して、甲板に並べる。カチンと小さな乾杯をした。
「お疲れよい。」
「マルコもお疲れー。」
久しぶりに他愛ない会話をした。付き合ってくれとか、考えくれとかではなく、普通の話だ。次の島のこと、昨日のくだらない話、今日の夕飯が美味しかったこととか。ゆったりとした時間が流れている。私もマルコも自然体で、とてもリラックスしている。
「マルコとはさ、ずっとこうしていたいんだよね。」
「どういうことだい?」
ほぼ同期の私達は、毎日毎日こうやって空き時間に色々なことを話したり、時に喧嘩したり、慰めあったり、悲しみを共有したり、2人だけが知ってる思い出が多すぎる。15年も一緒に居て、マルコをマルコとして見る以外出来ないのだ。異性でも家族でもない。マルコはマルコ。下世話な話を聞いても、それは私の知らないマルコだけど、それを含めてマルコだと受け入れてきた。
うまく言葉に出来なくて、「あー」とか「んー」とか言っていると痺れを切らしたマルコから「男として見れねぇかい?」と聞かれた。
マルコはマルコだけど、マルコが男になるのは、私ではない他の誰に対してだと思っていた。マルコからの質問の答えはちゃんとあるけど…
「そもそもなんだけど!……なんで私なの?今までは他の女の人達だったでしょ?ナースとか、色んな島の女の子とか、ほかのクルーとかさ。ベイ姉さんと私以外だったのに…マルコの矛先が私になった理由が全く理解できない」
マルコはとてもとてもバツの悪い顔をして、後頭部をポリポリと掻いた。
ナースの中でマルコ狙ってる可愛い子も居るし、クルーにだっている。欲を発散させたいなら次の島で娼館へ行けばいいし、ナンパでもすればいいんじゃないのか?
私は、満月を見ながらラムをコクリと飲む。
「おれはとにかく、お前がいいんだよい!」
「話し聞いてた?このパイナップル」と、イラッとして睨みつけると、そこには懐かしいほど純粋な笑顔のマルコが居た。
良く知ってる無邪気な笑顔。
「ナマエがいいんだよい。お前が、おれの初恋なんだ」
そこからはマルコのターン。
突然、マルコが思う私の良いところを挙げだした。
3回くらい顔がいいって言ってたけど。聞いてる私は耳まで真っ赤になる。
キラキラした瞳で楽しそうに言うマルコは、年相応では無く、とても幼く見える。瞳がクリクリだったあの頃みたいに。
「わかった。わかったから……」
マルコの眼前に両手でストップをかけた。
「ちょっ……」
ちょっと黙って。と言いたかったのに、私の手を握って、満足そうに目を細めたマルコが居て、言葉を飲み込んだ。
途端に周囲の音が無くなった。
甘く低い声が囁く。それは、私にだけ聞こえるほどの囁き。
「だから……」
掴まれた指先がゆっくりとマルコの唇へ誘導されていく。私は、それをじっと見ることしかできない。
「ナマエ……お前が……好きよい」
蒼い瞳は、私を見つめたまま指先へ小さくキスを落とした。
マルコの唇の熱が指先に広がる。
カァーっと頬や耳に熱が集まるのは、恥ずかしさだけではないはず……
「ゆっくりでいいから…俺に堕ちてくれよい」
指先にマルコの吐息がかかる。
もう一度の指先へキスされるが、先ほどよりも少しだけ長い。
唇が離れる瞬間、わざとなのだろうが、チュッとリップ音を鳴らされた。
「身体が冷えちまうから、そろそろ部屋に戻るかい?」
「……あれ……なんなのよ……」
「ん?俺の本気だよい。覚悟しとけよい」
マルコの言葉に、私は何も言い返せなかった。熱を持った指先をぎゅっと握りしめる。
覚悟なんて、できるはずがない。でも、このまま彼の背中を追いかけていく未来を、ほんの少しだけ、想像してしまった。
