白銀の氷河(10年後瀬人夢)

「うわ暑っ!暑っつ!…ゲホッ、ゲホッ…くっそ…マジでなんなんだよココ…喉が焼けそうだぜ…」

瀬人がヘリを止めたその隣にもう一機のヘリが着陸した。そしてそこから文句を言いながら(?)一人の青年が降り立った。
肩に掛かる長さの髪を後ろで束ね、白いワイシャツに紫のネクタイ、そして灰色のビジネススラックスとベストを着用した、海馬瀬人の実弟、海馬モクバだ。

「兄様が気になって後を追って来たは良いものの…冗談じゃねーぜこんなの…。"Grau, teurer Freund, ist alle Theorie, Und grün des Lebens goldner Baum.(日本語訳:すべての理論は灰色であり、生(いのち)の黄金の樹は緑に輝いている)"、ってか?とはいえここまで来ちまった以上、引き返す気にもならないけどな…」

モクバはそう文句を言いながらも瀬人とカサンドラが居る診療所を目指して歩き始めた。

(それにしても妙だな…こんな文明の空洞みたいな所なのにスマホの電波はしっかり届いてるし…居住区の住民達もみんなスマホを持ってる…場所、間違ってないよな?兄様の所在地もちゃんと表示されてるし…)

モクバが横目でチラチラと周りを見ながら歩いていると、背後に何やら不審な気配を感じた。

「・・・・・」

モクバがピタリと止まると、後ろの気配もピタリと止まる。そしてまた歩き出すと後ろの気配も付いてくる。そしてその気配は少しずつモクバとの距離を縮めていた。

「……ダルマさんが……」

モクバは少し俯きながら口元にフッと瀬人譲りの不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、急にピタッと足を止めた。その瞬間――…

「転んだッ!!」

モクバがそう言いながら振り返ると、後ろから付けて来ていたであろう現地の人物がモクバに襲い掛かって来た。モクバはそれをサッと躱すと、足払いをして相手をその場に転ばせた。そして地面に倒れた相手の背中を片足で踏みつけながら、怒りに満ちた氷の視線をぶつけた。
その瞳からはスッと光が完全に消えている。それは、いつも温厚で人懐っこいモクバの中にある、ドス黒く、それでいて攻撃的な闇の一面であった。

「へぇ…いい度胸だな、お前。」

モクバは両手をスラックスのポケットに入れて、犯人を踏みつけたまま、冷徹に、尚且つ相手を嘲笑うようにそう言った。地面に這いつくばっている犯人を不敵な笑みで見下ろすと、「わ、悪かった…だから命だけは…」と犯人がモクバの圧倒的な戦闘力の高さと、瀬人譲りの覇気を前に懇願し始めた。

「は?何言ってんだお前。こんな治安の悪い場所でそんな事言われても信用する訳ないだろ。事実、お前は俺を襲撃してんだから。バカか。」

モクバの情け容赦ない冷たく、低い声が犯人を絶望の深淵に突き落として行く。
恐怖と絶望に震える犯人を見下ろしながら、モクバは更に続けた。

「俺を襲撃したその度胸だけは認めてやるよ。ま、助けて欲しけりゃ、神にでも祈るんだな。」

そう言って犯人を踏みつける足に体重を乗せ、犯人が「ギャァァ…」とうめき声を上げたその時だった。

「嫌だ!!やめてよ!!離してよ!!」

モクバの耳に幼い子供の必死な叫び声が聞こえた。モクバは犯人を足で踏みつけたまま、その声がした方をバッと振り向いた。

「嫌だったら!!僕はここを離れる訳には行かないんだ!だから離して!!嫌だ!!嫌だ!!」

モクバは踏み付けていた犯人を思いっきり蹴り飛ばし、「命拾いしたな!」と吐き捨てると、その子供の声がした方に向かって走り出した。

(――どこだ!どこに居る!!)

難民居住地の乾ききった大地を蹴り、赤土の砂煙を巻き上げながら無我夢中で駆け抜けるモクバ。駆け抜けた先にはテントの前で今にも連れ去られそうになっている、幼い少年が必死に抵抗している姿が見えた。

「お前!何やってるんだよ!!」

モクバは走りながらそう叫んで誘拐犯に体当たりをして吹っ飛ばすと、幼い少年の元に駆け寄った。

「おい!大丈夫か!?」

そう言って触れた少年の体は驚くほど細く、小さなものだった。モクバはそんな少年を抱き寄せると、胸の奥からなんとも言い難い感情が溢れ出た。

「…怖かったよな…よく…頑張ったな……」

そう言って少年を抱き締めるモクバの顔からは先程までの闇の顔は消え、元の優しい光のモクバに戻っていた。
するとそんなモクバの顔を見上げた少年は、モクバのシャツを掴んで、縋るように言った。

「…お願いだよお兄さん…僕の弟を助けて…」

モクバは涙ながらにそう懇願する少年を前に一瞬戸惑ったが、すぐに冷静さを取り戻した。

「…弟…?」

「…僕の弟が死んじゃいそうなんだ…ずっと苦しそうにしてて…だからお願いだよお兄さん、僕はいいから…弟を…助けて……」

「…分かった。弟はどこ?」

モクバが優しくそう聞くと、少年は力無くテントを指さした。モクバが少年を抱き上げテントの中に入ると、見た目的に3~4歳くらいであろう小さな子供が、大量の汗をかいて苦しそうに浅い呼吸を繰り返しているのが見えた。
モクバは少年を下ろすと、その小さな子供に駆け寄った。

「おい!しっかりしろ!」

モクバはその幼い子供に呼び掛けながら体に触れた。

(!?……嘘だろ…なんだよこれ…すごい熱じゃんか……)

モクバはポケットにしまっていた端末を改めて確認し、診療所の場所とそこまでの最短ルートを瞬時に頭にインプットすると、すぐに幼い子供を抱き上げた。そして先程の少年に振り向くと、その少年もその場に倒れていた。

「…マジか…」

モクバは思わずそう漏らすと、少年の口元に手を翳した。……呼吸が、弱っている。

「ッ…クソッ……!!」

モクバは持っていた水をグイッと飲むと、迷うことなく2人の子供を抱き(担ぎ)上げ、必死に診療所への最短ルートを駆け抜けた。まだ幼い子供達と言え、ここは灼熱のアフリカの地。容赦なく照りつける太陽の熱と、子供達の体重がモクバから確実に体力を奪って行く。
そんな過酷な状況だが、モクバはこの幼い2つの命のバトンを繋ぐため、診療所の扉を蹴破った。
その大きな物音に驚くスタッフ達。そして奥で話し合いをしていた瀬人とカサンドラもその音を聞いてスタッフルームから飛び出して来た。

「ハァ…ハァ……この子達を…お願いします…」

モクバはそう言って子供達をスタッフに託すと、その場で目眩を起こして倒れ込み、それを瀬人が抱き止めた。

「この…大バカ者めがッ!!」

「…あはは…言われると思った…。けど…今日は大バカ者でいいや…ハハ…」

瀬人はモクバに肩を貸すと、診療所の椅子に座らせた。
そしてカサンドラがすかさずモクバに水を差し出すと、モクバはそれを受け取った。

「…カーサ…俺が連れてきた子供達を頼む…何があったかは後で話すから…」

「…モクバ君…。分かった。あの子達は私に任せなさい。…瀬人、ビジネスの話は一旦ストップさせて貰うから。」

カサンドラはそう言うと、スタッフ達に指示を出しながら子供達の元に向かって行った。
モクバが必死で繋いだ小さな命のバトンは、カサンドラという最強の医者の元に渡って行ったのだった――……
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