ウクライナのひまわり(高校生モクバ夢)

モクバとソフィヤを乗せたリムジンが海馬邸へと滑り込んだ。
学校を休んでKCで仕事をしていた、KC副社長のモクバは、白いジャケットに濃いめの紫のベスト。そこに青いネクタイでビシッと決めたスリーピーススーツを纏い、ジャケットの左襟には兄・瀬人と同じ銀色に光るKCバッジをつけている。
一方、ソフィヤはピンク色に白の縁取りが入ったブレザー、明るい紺色の大きめのリボン、そして同じ紺色の短め(ふくらはぎくらいまでの長さ)のスカートにローファーという、童実野高校の制服姿のままだ。

「(兄サマ…頼むから変な方向に全速前進しないでくれよ…。)着いたよ、ソフィヤ。」

「Wow! モクバ、ココってお家ナノ? まるでリヴィウの歴史博物館みたいネ!」

広大なエントランス。そしてその中央、大理石の階段の上から、冷徹な視線と共に帝王のオーラを放つ兄・瀬人が白いロングコートを揺らしながらゆっくりと降りて来た。
襟にはモクバと同じ、銀色のKCバッジが光っている。

「ソフィヤ、俺の兄サマだよ。ソフィヤが兄サマと会うのは6年振りだけど…覚えてる?」

「もちろんネ!私"記憶力イイ"言ったデショ?」

ソフィヤは笑顔でモクバにそう言うと、瀬人の方を向いた。

「Hi!お久しぶりネ!私ソフィヤ・シェフチェンコ!モクバのお兄サン、私お兄サンのコト覚えてるヨ!6年前、ウクライナのPartyで、私のパパと何カ話してたネ!」

(……はぁ! ?ソフィヤ、いきなり兄サマに笑顔で突っ込んでいくなよッ!? 命知らずかよ……!!)

モクバはソフィヤの帝王(瀬人)に対するフレンドリーな挨拶を見て何かがサーッと音を立てて引いていく感覚を覚えた。
そんなモクバの様子を見た瀬人はフンッと鼻で笑った。

「Вітаю у моєму домі, Софіє. ...Твій батьк — людина великої мудрості. Ситуація в Україні складна, але лікарня у Львові залишається пріоритетом для KC. Я не дозволю жодним зовнішнім факторам перешкоджати нашому бізнесу.」

瀬人のウクライナ語を聞いたソフィヤは目を大きく見開き、嬉しそうに歓喜の声を上げた。
愛する祖国(ウクライナ)が戦火にさらされて日本に逃げてきたソフィヤにとって、自分の母国語を理解してくれる人は少ない。
それを「モクバの兄」という比較的近いポジションにいる瀬人が理解してくれたのが嬉しかったのである。
それを見たモクバはその場で絶句した。

「Неймовірно! Ви розумієте українську! Ваша вимова чудова, і я така щаслива!」

「(……嘘だろ兄サマ……ビジネスの話とはいえ、ソフィヤの故郷の言葉で、あんなに堂々と『守る(ビジネスを守る)』なんて……!! かっこよすぎるだろ……ッ!!)」

「ネイモヴィールノ!モクバ、モクバのお兄さん、ウクライナの人みたいネ!ウクライナ語、とっても上手ヨ!私トッテモ嬉しいだヨ!」

「…Хм, дурниця. Для мене це дрібниці... Йди за мною! Я все тобі покажу.」

瀬人はそう言うと白いロングコートを翻し、邸宅内に入って行った。
モクバとソフィヤもその後に続いた。

「……マジかよ……。兄サマ、いつの間にウクライナ語まで……」

豪華絢爛な廊下を歩きながら、モクバは独り言のように呟いた。
横ではソフィヤが「お兄サン、本当に凄いネ! 私、日本で自分の言葉聞けると思わなかったヨ!」とはしゃいでいる。その無邪気な喜びが、今のモクバには少しだけ、パフェのあとのコーヒーみたいに苦かった。

(……俺が『世界を敵に回しても守る』とか日本語でモタモタ言ってる間に、兄サマは母国語で『ビジネス(病院)を守る』って断言しちまうんだもんな。……勝てるわけねーだろ、こんなの)

モクバはスリーピースのベストの裾をぐいっと引っ張り、気合を入れ直した。背筋を伸ばし、副社長としてのプライドを無理やり奮い立たせる。
瀬人は巨大な二枚扉の前で立ち止まると、音もなくそれを開け放った。

「ここが貴様の『戦場』だ。……入れ」

そこは、最新鋭のホログラムプロジェクターと、KCが開発した超高速演算デバイスが並ぶ、海馬邸専用のプライベート・スタディルームだった。

「Wow... 博物館じゃないネ。……まるで、SF映画の宇宙船みたい!」

「フン、バカめ。これは我が社の最新学習アーキテクチャ『デュエル・リンガ』のプロトタイプだ。……いいか、ソフィヤ。貴様の日本語能力が低いことは、モクバとの、ひいては我が社との円滑なコミュニケーションにおける致命的なバグだ」

「ちょ、兄サマ! 言い方! ……ソフィヤ、怖がらなくていいからな? 兄サマは、お前の日本語が上手くなれば、リヴィウの親父さんとの連絡ももっとスムーズになるって言いたいんだよ。……な?」

モクバは必死にフォローを入れるが、瀬人は構わずホログラムのスイッチを入れた。

「黙れモクバ! 貴様の甘い教育では、この女が日本のシステムに適応するのに数年かかるわッ! ……ソフィヤ、このニューラルリンク・デバイスを装着しろ。俺が開発したこのプログラムなら、日本語もすぐに理解できるはずだ。」

「……Ah, 詰め込み教育ネ! お兄サン、とっても教育熱心ネ! モクバ、お兄サンも一緒に勉強するデスか?」

(……いや、それ兄サマの『支配欲』だからな?それをを全部『親切心』に変換するとか……ある意味、最強だな……)

モクバは呆れつつも、兄サマが用意した「最高級の椅子」にソフィヤを座らせた。

「……ソフィヤ、無理はしなくていいからな。もし疲れたら、すぐに俺に言えよ。俺が、兄サマのプログラムを止めてやるから」

モクバはソフィヤの肩にそっと手を置き、優しく微笑んだ。
その瞬間、瀬人の鋭い視線がモクバの手元に突き刺さる。

「……フン。モクバ、貴様もそこに座れ。……この女の学習効率を上げるため、貴様が対話相手を務めろ。……ただし、無駄な感情を挟むことは許さん。」

「わかってるよ、兄サマ。……ソフィヤ、やろうぜ。……俺が、ずっと横にいてやるからさ」

モクバはソフィヤに視線を合わせ、少しだけ照れくさそうに笑った。

数時間のスパルタ学習(ブートキャンプ)を終え、ホログラムの光が収束していく。
瀬人は手元の端末でソフィヤの学習ログを一瞥すると、モクバを追い詰めるように鼻で笑った。

「フン……。言語の文法構造は理解したようだな。だが、言葉とは『生きたデータ』だ。実戦で使えんプログラムなど、ただのジャンクに過ぎん。」

瀬人は白いロングコートを翻し、重厚な扉へと歩き出す。去り際、立ち止まることもなく、その背中で言い放った。

「あとは貴様の『実技』次第だ。……せいぜい、無様にバグを起こしてその女を失望させないことだな。」

バタン、と重い扉が閉まる。
瀬人が去った瞬間、モクバは張り詰めていた肩の力を抜き、ジャケットを脱いで椅子にかけた。

「……ったく、兄サマは。……ごめんな、ソフィヤ。……あんな詰め込み教育、嫌になっちゃっただろ?」

「Ah…少シ疲れたネ…。モクバのお兄サン、なんだかチョット怖かったヨ…。日本語の勉強、チョット大変だけど、私、頑張るネ。」

「……あ、ああ。……兄サマのやり方は、世界一効率的だけど……世界一疲れるからな。あんまり無理すんなよ?」

モクバはそう言うと、ソフィヤがウクライナ人らしく、知的で向上心が高い事を改めて感じた。

「…あ、そうだソフィヤ。久しぶりに『カプモン』やらないか?俺の部屋にカプモンのフルセットがあるんだ。6年前、プレイ中にゲームが吹っ飛んだだろ?あれの続きみたいな感覚でさ。」

「カプモン!懐かしいネ!うん、やるヨ!」

モクバがソフィヤを誘うと、ソフィヤはパッと明るく笑って、ふたつ返事を返した。
モクバはそんなソフィヤのひまわりのような笑顔に、自分の顔がポッと火照ったのを感じ、それを隠すようにソフィヤから視線を外すと、椅子にかけていたジャケットを取って立ち上がった。

「…よし!じゃあ続きやりに行こうぜ!部屋に案内してやるから付いてこいよ。(ちくしょう…マジで理性が飛ぶところだったぜ…あんな笑顔を向けられたら…そんなの無理に決まってんだろ……。)」

モクバが重い扉を開けると、ソフィヤは立ち上がり、小走りでモクバの元に駆け寄った。そして二人は扉を抜け、再び豪華絢爛な廊下を歩き始めた。
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