リヴィウの少女(10歳モクバ夢)

翌日。リヴィウの公園は、昨日と変わらぬ穏やかな風が吹いていた。

(…兄サマはああ言ったけど…くそっ、落ち着け。俺は海馬コーポレーションの副社長だ。1ピクセルの動揺も見せるな……。今日は、ソフィヤにカプモンの深淵を見せつけるんだ……!)

モクバが待ち合わせ場所で一人で必死に平常心を取り戻そうとしていると、少し離れた所からソフィヤの声が聞こえてきた。

「モクバ、おはよー! 今日もそのケース、持ってきてくれたんだね!」

向こうから駆けてくるソフィヤ。昨日と同じ、太陽のような笑顔。
モクバは顔が熱くなるのを必死に隠し、芝生の上に「バトル・フィールド」を展開した。

「……ああ。今日は昨日教えた基本ロジックの応用編だ。さあ、ソフィヤ。さっそくお前のモンスターを召喚してみろ!」

「うん! じゃあ…昨日気に入ったこの『ぴょんぴょん跳ねる子』にするよ!」

ソフィヤが弾き出したのは、可愛いだけのレベル1の最弱モンスター。対するモクバは、あえて「手加減」を組み込んだ中堅デッキで応戦した。
……はずだった。

「……ねえ、モクバ。こっちの道を通れば、その強そうなドラゴンの後ろに回り込めるんじゃない? ほら!」

「……は? 待て、そこは地形効果で……」

ソフィヤの放った最弱モンスターが、偶然(バグ)か天賦の才か、モクバの布陣の死角を突いた。
さらには、彼女が何気なく選んだ「水辺のボーナス」によって、攻撃力が想定外の数値を叩き出してしまった。

(……嘘だろ!? レベル1のラビットが、俺の『ガーディアン・キマイラ』を撃破した!?)

「わあ! すごい、モクバ! 私、なんか知らないけど、勝てそうな気がする!」

モクバの頬に、冷や汗が流れる。
そしてモクバはソフィヤには、セオリーを無視して直感で最短ルートを撃ち抜く「天然の勝負強さ」があることに気づいた。

(……クソッ、可愛いからって甘く見すぎていたッ! 兄様が昨日言ってた"甘い初恋などという幻想は捨てろ"って、そういう意味だったのか!?…こんな事を兄様に知られたら何て言われることか…!……いや、それ以上に、ソフィヤの前でカッコ悪い姿は見せられない……!!)

モクバの瞳の奥に、カプモンのスペシャリストの炎」宿った。モクバは震える手でデッキの深層にある「ガチ構成」に指をかけた。

「……ソフィヤ。……認めてやるよ、お前はただのビギナーじゃない。……ここからは、俺もカプモンのスペシャリストとして、最高精度のタクティクスでお前を迎え撃たせてもらう!!」

「最高のタクティクスって何?どんなことが起きるの?」

ソフィヤは怖気付く事なく、頭に"?"を浮かべて小首を傾げた。

「ごめんソフィヤ、俺も負けたくないんだ!!(※クリティカル・ヒット)」

その時、公園の植え込みの影。
超高性能の集音マイクを片手に、黒服の磯野が通信機に向かって囁いていた。

「……報告します。モクバ様、現在『ガチ勢』の顔になっております。対戦相手の令嬢に、レベル12の神の宣告を叩き込もうとしておられますが……いかがいたしましょうか?」

通信機の向こうから、瀬人の高笑いが響く。

「……フハハハハ! 面白いッ! モクバめ、女の『直感』という名のイレギュラーな攻勢に追い詰められたか! だが、それでいい。惚れた女を屈服させるには、まずその魂を盤面で支配しろッ! 磯野、そのまま観測を続けろ。モクバが負けそうになったら……公園の照明を全てハックして、強引に『ノーゲーム』に持ち込めッ!!」

瀬人はそう磯野に指示を出すと再び高笑をあげた。

「……召喚だ、ソフィヤ! 『地獄の門番・デビルゾア』! この圧倒的なパワーの前に、お前のラビットは塵と化す!」

モクバの指先から放たれたホログラムが、公園の芝生を焼き尽くさんばかりの威圧感で巨大な悪魔を具現化させた。10歳の少年が放つにはあまりに鋭い、勝利への執念だ。

「わあ……! すごい迫力! でも……モクバ、そのモンスターなんだか寂しそうな顔をしてるね。…よーし、じゃあ私のラビットで、その子の『心のトゲ』を抜いてあげるよ!」

「……は? 心のトゲ? 何を言ってるんだ、お前…これはゲームだ!ステータスの殴り合いなんだぞ!」

しかし、ソフィヤが放ったラビットは、モクバが計算に入れていなかった「フィールドの隠しギミック」を起動させてしまった。

「嘘だろ!?なんで…こんな事が…!」

「……こちら磯野! 社長、緊急事態です! モクバ様のガチデッキが、令嬢の最弱モンスターによって完全沈黙! 次のターンで、モクバ様は敗北を喫することになります!」

通信機の向こうで、瀬人の笑い声がピタリと止まった。

「……何だと? 貴様、今なんと言った、磯野。……モクバが、負ける……? あの娘の『直感』に屈するというのか!?認めん……そんなことは断じて認めんぞ!」

瀬人の怒号と共に、リヴィウの街中の電力が一瞬、激しく明滅した。

「磯野ッ! 予定変更だ! 公園の照明を落とすだけでは生温い! 今すぐKCの衛星軌道から高エネルギー干渉波を叩き込み、その場のホログラム・システムを強制終了(シャットダウン)させろ!」

「はっ、了解です! ……衛星、照準固定(ロックオン)! 照射ッ!!」

ドォォォォォン……ッ!!

公園に、雷鳴のような轟音が響き渡った。
直後、モクバとソフィヤの間に展開されていたバトル・フィールドが、激しい火花を散らして霧散する。

「な、何!?……あれ?フィールドのモンスター達が…消えちゃった…?」

「…停電か……? いや、今の衝撃は一体…?」

煙が漂う中、モクバは片膝をつき、激しく高鳴る鼓動を抑えつつ周りを見渡した。

「モクバ、大丈夫?」

ソフィヤが心配そうに顔を覗き込んだ。彼女のビー玉のように青く、澄んだ瞳がモクバを映す。
その瞬間、モクバの脳内には「敗北の悔しさ」を上書きするほどの、強烈な「独占欲」が目を覚ました。
モクバは顔を上げると、昨日よりも深く、そして仄暗い情熱を瞳に宿して微笑んだ。

「……ああ、大丈夫だよ。このゲームは中断になっちゃったけど……。次は、もっと広い場所で、もっと凄いゲームをしよう。……例えば、俺たちが大人になった時の、世界っていう名の盤面でさ。」

「世界?大人?…うーん…モクバって時々何言ってるかわからないや! でも、楽しみにしてるね!」

遠くのリムジンの中で、瀬人が不敵な笑みを浮かべながら2人を眺めていた。

「……フン。敗北を認め、更なる執着へと昇華させたか。モクバ……貴様、少しは成長したようだな。」

瀬人は少し満足気に口角を上げると、持っていたミネラルウォーターを一口飲んで、再び2人の様子を捉えた。
2人はさっきの出来事もあまり深く考えず、平然と言葉を交わし、カプモンのフィールドを片付け始めていた。

「…なぁ、俺、明日日本に帰るんだ。仕事も溜まってるし、しばらくウクライナには来れなくなるかも知れないけど…もしまた会ったら今日の決着、付けさせてもらうからな!」

モクバがそう言うと、ソフィヤは「うん!またやろうね!」とひまわりのような笑顔をモクバに向けた。
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