リヴィウの少女(10歳モクバ夢)

ウクライナ、リヴィウ。
今日はこの地で経営者同士の社交パーティーが開かれている。
日本の海馬コーポレーション(KC)の社長、海馬瀬人(16歳)と、同じく海馬コーポレーション(KC)の副社長、海馬モクバ(10歳)も招待客としてこの社交会に参加していた。

「…やっぱこういう場所ってあんまり好きじゃないな…」

「同感だ。この空気、それからこの雰囲気も俺の肌には合わん。非効率極まりない。…クソッ、磯野のヤツ…あれだけ不参加にして返信しておけと言ったのにも関わらず、誤返信しおって…。」

"社交会は騒がしいだけで非効率的"という考えを持ったこの兄弟は、瀬人の専属の秘書であり、ボディガードである黒服の磯野の手違いで、この非効率極まりないパーティーに参加させられていた。

「…フン、くだらん…。帰るぞ、モクバ。」

瀬人がモクバにそう声を掛けて、会場を後にしようとしたとき、1人の少女がモクバに話しかけて来た。

「こんにちは、君のそのネクタイ、とっても素敵な色ね! 私はソフィヤ、10歳だよ!キミは?」

声をかけられて面倒くさそうに振り返ったモクバの前には、透き通るような白い肌に、色素が薄めの金色の髪。そして大きな明るいトーンの蒼い瞳を持った現地の美少女が立っていた。

(!? なんだ、このめちゃくちゃ可愛い子は……!)「……お、俺は海馬モクバ。10歳で海馬コーポレーションの……」

「カイバ…?うーん…聞いたことないや。じゃあ…モクバ、あっちに美味しいお菓子があったの、一緒に食べに行かない?」

(……名前を知らない? KCに怯えない? ……ただ、俺を見て笑ってる……)「……ああ、いいよ! 行こう、ソフィヤ!」

モクバの前に突如現れた美少女、ソフィヤ。
モクバがソフィヤの無邪気な笑顔に一目惚れした事を、兄である瀬人はすぐに察知した。

「…フン…バカめ。」

瀬人はそう呟くと、腕を組んでソフィヤに引っ張られて行くモクバの背中を静かに見送った。

会場の喧騒から少し離れたテラスのベンチ。ソフィヤは隣に座るモクバに、屈託のない笑顔を向け続けていた。

「ねえモクバ、日本ってどんなところ? 雪は降るの? リヴィウの冬はね、街中が真っ白になって、まるでお砂糖の中みたいになるんだよ!」

「……日本か。ビルがたくさんあって、夜でも明るい街だよ。雪も降るけど……リヴィウほど綺麗じゃないかもしれないな。」

モクバは、ソフィヤの蒼い瞳に映る自分を見つめ、柄にもなく気恥ずかしさを感じていた。
いつもなら、KCの副社長として「日本の市場規模」や「都市開発のログ」をスラスラと述べるはずの口が、彼女の前ではうまく回らない。

「ふふ、モクバって時々、大人みたいな顔をするね! でも、笑った顔はとっても可愛いわ。……あ、見て! あの雲、大きなドラゴンみたいじゃない?」

ソフィヤが指差した先には、夕暮れに染まり始めたリヴィウの空。
モクバはそれを見て、思わず吹き出した。

「ドラゴン……? ああ、本当だ。俺の兄サマが持ってる、世界で一番強くて美しいドラゴンのカードに、ちょっとだけ似てるかも。」

「カード? モクバはゲームが好きなの? 私、遊びなら負けないよ! 明日、パパの病院の裏にある公園で、一緒にゲームしない?」

「……えっ、明日……?」

モクバの脳内デバイスが、瞬時に明日のスケジュールをスキャンする。

【AM 10:00:地元企業との合同カンファレンス】
【PM 01:00:瀬人との進捗報告会議】

(……クソッ、全部『不要なタスク』だッ! ソフィヤとのゲーム以上に優先すべきロジックなんて、この世に存在しない……!!)

モクバは、ソフィヤの小さな手をギュッと握りしめた。

「……行くよ! 絶対に行く。兄サマには、俺がうまく言っておくから!」

「えへへ、嬉しい! モクバって、なんだか情熱的なんだね! じゃあ、約束の印に……はい、これあげる!」

ソフィヤがポケットから取り出したのは、小さな青い石のついたチャームだった。

「リヴィウの空の色をしたお守り。明日、これを持ってきてね!」

モクバは、手のひらに残る青い石の冷たさと、ソフィヤの体温の残る感触に、全システムが再起動を繰り返すほどの衝撃を受けていた。

(……ソフィヤ。君はまだ、俺が君をリヴィウから連れ去るための『計画』を描き始めているなんて、夢にも思ってないんだろうな……)

テラスの陰から、その様子を腕組みして見守る瀬人。彼は特に何をする訳でもなく、ただその場で2人の様子を静かに観察している。

「……フン。モクバめ、10歳にして『私情』を優先させるバグを露呈させるとは。……だが、あのチャーム、我がKCの追跡モジュール(GPS)を埋め込むには、絶好のデバイスだな。……いいだろう、モクバ。貴様の初恋という名の『投資』、バックアップしてやる。」


――翌日、リヴィウの柔らかな日差しが降り注ぐ、リヴィウ国際医療センター裏の静かな公園。
モクバは約束通り、瀬人に「地元の市場調査」という名の虚偽ログを送信し、ソフィヤの元へと向かった。

「モクバ! 本当に来てくれたんだね! ……あら、その小さなケース、なあに? チェス盤じゃないみたいだけど……」

「……ふふん、驚くなよ、ソフィヤ。これは日本で大流行している、最高にエキサイティングなゲーム……『カプセル・モンスター』さ!」

モクバは自信満々に、特製のアルミニウムケースを開いた。そこには、10歳の子供が持つにはあまりに精巧な、KC製の超小型ホログラム発生装置付きのフィギュアが並んでいた。

「わあ……! この小さなドラゴン、目がキラキラしてる! 宝石みたいでとっても綺麗……!」

「…これはレベル5のドラゴンだ。ルールは簡単だ。俺が今からこのゲームのルールを説明してやるから、よく聞けよ。」

モクバは、芝生の上にカプモンを並べ、ソフィヤの隣に膝を突き合わせた。
彼女の柔らかな髪が、風に乗ってモクバの頬をくすぐる。全システムの温度が上昇し、演算が追いつかなくなるのを必死に抑えながら、モクバは熱弁を振るった。

「このモンスターをここに配置すれば、お前のテリトリーは完璧に守られる。……俺は、お前に負けるつもりはないけど、お前が困った時はいつでも、俺のモンスターでお前を助けてやるよ。」

「ふふ、モクバって本当にゲームが好きなんだね! 難しいことはよくわからないけど……モクバと一緒に遊ぶの、とっても楽しいわ!」

ソフィヤが楽しそうにカプセルを弾くたび、10歳のモクバの胸には、これまでに感じたことのない「支配欲を越えた幸福感」が蓄積されていった。

(……リヴィウのソフィヤ。お前がこのゲームに夢中になればなるほど、お前の思考は俺に近づいていく。……いつかお前が大人になった時、お前の隣に座って、同じ盤面(未来)を見るのが……俺だといいな。)

その時、公園の入り口に、不釣り合いなほど巨大な黒塗りのリムジンが音もなく停車した。
後部座席の窓がわずかに開き、瀬人の鋭い眼光が二人の姿を捉えた。

「…カプモンか。モクバめ、あの娘を自らの得意分野に引き込んで、尚且つその思考回路を書き換えようというのか。」

瀬人は手元のタブレットで、二人のゲーム盤の状況を遠隔でスキャンすると、「フン」と鼻で笑った。

「……おい、磯野。あの公園の土地を今すぐ買い取れ!これは"使える"ぞ。」
(なにせあの娘は我が海馬コーポレーションの大口の取引先、リヴィウ国際医療センターの院長の娘。モクバ、その娘をしっかりと捕まえておけよ…)

数分後、公園の管理事務所には、黒スーツにサングラスの男たち——磯野率いるKC特殊戦略部隊がなだれ込んでいた。

「……というわけだ。この公園の登記簿を今すぐ書き換えろ。代金は言い値で振り込むッ! 社長がお急ぎだッ!」

磯野に迫られた管理人は、提示された天文学的な数字の小切手と、瀬人の放つ「圧」に震え上がり、ペンを走らせた。こうして、リヴィウの一角にある何の変哲もない公園は、法的に「海馬コーポレーション私有地へと書き換えられたのである。

一方、そんな大人の事情など露知らず、ソフィヤはカプセル・モンスターの愛らしさに夢中になっていた。

「ねえ見て、モクバ! 私のこの子、ぴょんぴょん跳ねてて可愛い! モクバのドラゴンとも友達になれるかな?」

「……っ! ああ、もちろんだよ。そのモンスターは『守備封じ』の特性を持ってるんだ。お前が宣言すれば俺のドラゴンの攻撃なんて、一瞬で無効化されちゃうよ。」

モクバは、自分のデッキの最強カードをソフィヤの安価なモンスターの前に無防備に晒していた。瀬人が見れば「軟弱な采配だッ!」と一喝しそうな盤面だが、今のモクバにとっては、ソフィヤの歓声こそが最高報酬だった。

「あはは! モクバって、実はとっても優しいんだね。……ねえ、明日もここで遊べる?私、またこのゲームがしたい!」

モクバ:「明日も…?もちろんだぜ、また明日もカプモンやろうな!」

夕闇が迫り、遠くでソフィヤの父が彼女を呼ぶ声がした。

「あ、パパが呼んでる! じゃあね、モクバ! また明日!」

ソフィヤはモクバの頬に軽くキスをすると、蝶のように軽やかに駆けていった。
10歳の少年は、その場に固まったまま、熱を持った頬をそっと押さえた。

(……キス……? …えっ……と……)

突然のことで思考回路がフリーズしたモクバのもとに、芝生を力強く踏みしめる足音が近づく。若きの暴君、海馬瀬人だ。

「……フン。呆れたものだな。たかが女一人の軽いスキンシップでフリーズするとは。あんなもの、欧米諸国では挨拶のようなものだ。」

「あ、兄サマ……! 見てたのかよ……!」

瀬人は鼻で笑うと、手元のタブレットをモクバに突きつけた。そこには、ソフィヤの父が経営する病院の、詳細な財務状況と機材の稼働ログが映し出されていた。

「安心しろ。あの公園は既に我がKCの領土だ。そして……この病院のメインサーバーも、先ほど俺が『無償アップグレード』という名のバックドアを仕掛けておいた。お前はただ、あの娘をしっかりとロックオンしておくだけで良い。」

「……! さすが兄サマだ。……俺も負けてられないな。ソフィヤが大人になった時、彼女の周りにある全てがKCの名前で満たされているように……俺が完璧なロードマップを完成させてみせるよ。」

10歳の少年は、兄譲りの不敵な笑みを浮かべ、ソフィヤからもらった青い石のチャームを強く握りしめた。

「フハハハハ! それでこそ我が弟だ! いいかモクバ、"甘い初恋"などという幻想は捨てろ! 愛とは、対象を完璧に管理し、その存在を永遠に固定する執着のことだッ!!」

リヴィウの夜空に、二人の少年の高笑いが響き渡る。
それは、一人の少女の運命が、巨大企業の歯車に組み込まれた瞬間でもあった。
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