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最後のわがまま、最期の感謝

「ぅ、…?」
 ふと目を開けると、暗いコックピットの中に居た。見回さずともそれが愛機のものだと分かり、アスランはぼんやりと目を瞠目させた。
――一体自分に、何があったのだろう。
 身体を軽く動かしてみたが、特に怪我を負っている様子も無い。次にイージスの計器へと目をやり、ボタンを適当に押してみたがいずれも反応は無く、完全にエネルギーが切れているのが分かった。――戦闘中に気絶でもしたのだろうか。しかし、それなら何故気を失っている間敵に攻撃されていないのだろうか。そもそも自分は、何と戦っていたんだろう。
 考えても仕方が無い、とアスランは銃を携帯していることを確認し、ハッチ開閉用のボタンを押した。
「っつ…」
 ハッチを開いて最初にアスランの瞳に飛び込んできたのは、太陽の眩い輝きだった。つい先ほどまで暗いコックピットの中に居たアスランにはいささか刺激が強く、思わず目を腕で覆った。
 けれど少しすれば目はその明るさにも慣れ始め、そこで初めてアスランは外の様子を確認した。
 吸い込まれそうな、雲ひとつ無い青い空。下を覗けばその空ととてもよく似た澄んだ色をした海。それから、緑が鬱蒼と生い茂った森に、白い浜辺。岩なんかも見える。…島、だろうか。それも無人島。自分は、この無人島に不時着でもしたのだろうか。
 アスランは首をひねりながらコックピットを飛び出し、所々に飛び移りながら下へと降りた。下から見上げたイージスの灰色の巨体は、傷一つ無いとは言えないがそれでもエネルギーさえあればすぐにで戦えるほど、というのがありありと分かるほどに損壊は見られなかった。
――しかし、本当に自分は何と戦っていたんだろうか。エネルギーを切らしているということは、スキュラの連続使用でもしたのだろうか。
 首をひねりながら、アスランは何とはなしに島をぐるりと見回した。すると、ここからそう遠く離れてない所に、沢山の瓦礫が散乱しているのが見えた。戦闘の跡だろうか。アスランは何を考えるでもなくその場所へと歩みを進めた。


 近づくにつれて、地面にぽろぽろ落ちている鉄くずの量が増えていく。アスランはそれを一瞥しながら、一際大きい鉄の塊を目指して歩き続けた。
――けれど、これは元々一体何だったのだろうか。量からして輸送機か、それともモビルスーツか…
「…?」
 そのくずの中に一つ、見覚えのある形を見つけアスランは思わず立ち止まった。
 機械で造られた翼のようにも見える、赤と黒の二色で彩られた鉄くず。それにはモビルスーツ用のバーニアも取り付けられていて。アスランはその翼を、何度も目にしてきた。
 忘れるはずがない。だって、この翼は――この翼を持った機体を駆る人間は、自分がずっと想い続けてきた幼馴染なのだから。
 この鉄くずはストライクだ。ストライクの成れの果てだ。そう脳が理解したと同時に、アスランは忘れていたかった、けれど絶対に忘れられない光景が瞳の奥に蘇ってきた。
 嵐の中、理性をなくした獣のように我武者羅に目の前の敵――ストライクに襲い掛かるイージス。傷つけられてどんどんと動きが鈍くなっているのをモニター越しに見つめるアスランの瞳には冷たい焔が灯っていて。
 弱ったストライクに組み付き、何の容赦も無くスキュラを発射して――
「――ッ!」
 アスランは体温が一気に冷えていくのを感じた。あのとき自分は何をした?ストライクを討った?――キラを、討ったのか?
 アスランは目前まで迫っていた鉄の塊の元へと走った。近づいて分かったが、この大きな塊はストライクの胸部だった。当然そこにはコックピットも含まれている。アスランは食らいつくように塊を駆け上がり、コックピットを覗き込んだ。ハッチは戦闘の影響で大部分を失くしてしまっていて、中が丸見えになっていた。
――けれど、そこはもぬけの殻だった。主がいないそこは随分と凄惨な状態で、シートは熱でどろどろに溶け、ベルトは千切れてもはやその役割を果たせない。――まさか、キラも。
 アスランは震える足で塊から降り、呆然と辺りを見回した。
――あいつは、キラはどこに行ったんだ。いないなんてこと、あるわけ無いじゃないか。それとも、もう、熱で爛れて肉になって、キラではなくなってしまったのだろうか。
「…!」
 ぼんやりと見た瓦礫の中に、人影を見た。アスランはゆっくりと、一歩一歩踏みしめてそこへ近づいてゆく。携帯していた銃を手に取ったのは、それがキラではない可能性を信じたかったからか。
「ぅ…っア…」
 赤い吐瀉物が吐き出されるのが、いやにゆっくりに見えた。
「……キ、ラ…?」
 そこに、彼は居た。求めた彼は、けれど望んでいない変わり果てた姿でそこに居た。
 右半身は爛れて赤黒く変色していて、少し触れればぼろぼろと崩れてしまいそうだった。右足に至っては、もう存在すらしていなかった。右目も爛れて潰れていて、そこに紫水晶を見つけることはできない。――それから、腹部。大きく鋭い鉄くずが深く刺さっていて、それがキラを貫いていた。
 かなり血を流したのだろう。彼の青いパイロットスーツは真っ赤に染まっていて、それはどういうわけか、アスランの着ているものと同じザフトのスーツにも見えた。
 キラはかろうじで無事な、左に嵌った紫水晶でぼんやりとアスランを見上げた。それから、ゆっくりと左腕を縋るようにこちらへ伸ばしてきた。…実際はほんの少し、腕が上がっただけだったが。
「っあ、す……ご、っ…なさ……」
「ッ――!」
 キラの蚊の泣くような小さな、とてつもなく頼りない声にアスランは何かを考える前にその伸ばされた手を握っていた。
――どうして、どうしてお前が謝るんだ!?俺はお前を殺そうとしたんだぞ、今お前がこんな状態になっているのも、全部俺のせいなんだぞ!?
 言いたいことは沢山あったけれど、喉はただひゅうひゅうと音を立てるだけで言葉を紡いではくれなく、アスランは壊れた人形のように、ただ何度も何度も首を横に振り続けた。
 そんなアスランを見てキラは何を思ったのか、ゆっくりと指を動かし、そっと、小さな力で握り返してきた。それから、笑ったつもりなのだろう、眉を下げ、口角を上げてはいたけれどそれはとても笑顔と呼べるものではなかった。
「っあ…す、らん……ありが、とう」
 その一言だけは、とてもしっかりと耳に届いた。
 けれど、それからいくら待ってもキラはもう喋ってはくれなかった。
「…キ…ラ…?…キラ、なあ、キラ」
 壊れたように、ただそれだけをとうとうと口に出し続ける。握っていた彼の手がひんやりと冷たくなっていることにも気づかずに、アスランは何度も何度もキラの名前を呼び続けた。
――どうしてキラは動かないんだ、どうして血に塗れているんだ。
――全部、俺がやったのか?
「あ…あああぁぁあああッッ!!」
 アスランの慟哭は、美しい青空に吸い込まれていった。



――あれから、どれくらい経ったのだろうか。
 アスランは依然として、キラの隣に座り込んで手を握ったままでいた。
 澄み渡る青空は暗い闇に色を変えて、俯いているアスランを優しい月明かりでそっと照らしていた。
「……キラ。謝るのは俺のほうだ」
 ずっと口を閉ざしていたアスランが、ゆっくりと口を開いた。その声はひどく掠れていて、一体どれくらい咽び泣いたのだろうか。
「お前が戦いたくないのに戦わされてることなんて、分かってた。心も、ぼろぼろだったんだろう?オーブで会ったとき…お前の腕、びっくりするほど細くなってた。――俺が、お前を無理やりにでもこちらへ連れてくればよかったんだ」
 アスランは愛しむようにキラの冷たい頬を撫でた。
「ああ…それだと、お前は怒るかな。ナチュラルの友達がいるんだっけ?…けど、それでもよかったんじゃないかって、思うんだ」
 キラを抱きしめようとキラの上体を起こさせかけたが、腹部に刺さった鉄が邪魔をして抱きしめることは叶わない。アスランは切なそうに笑うと、握った手はそのままにキラの頭を己の膝へと移した。
「お前にどれだけ怒られても、憎まれても、お前が生きていればそれでよかった。俺の傍で生きていてくれるなら、それで――」
 キラの髪を優しく梳くその手つきは、優しさに溢れていた。
「…ニコルのことは、気にするなとは言えないけど。けど、あれだってお前の意思じゃないんだろう?…俺はニコルを討たれたことで、ストライクを敵だとしか思えなくなってしまって…その中にキラが乗っていることなんて、忘れてしまっていたんだ」
 髪を梳いていた手を止め、近くに放り投げていた銃を手に取った。セーフティを外し、ゆっくりと己の米神へと銃口を向けた。
「――駄目だな。ここでただお前に聞いてもらうだけじゃ。…俺、キラに話したいこと沢山あるんだ。キラと離れていたときのことと、それからお前と戦うようになってからのこと。思い出話なんかもいいな」
「お前は怒るだろう、俺がこうすること。けど、俺は弱いから。駄目なんだ、キラがいないと駄目なんだよ。だから――最後のわがままだと思って、許してくれ」
 アスランは優しく、やさしく微笑んで、何のためらいもなくトリガーを引いた。



「――カガリ様!単独行動は危険です!」
「うるさいっ!ここにあいつらが居るはずなんだ!早く見つけてやらなきゃ…っ」
「…カガリ様?」
「――うそ、だ…っなんで、なんでこんなッ…!」
 へたり込むカガリの視線の先には、寄り添うようにして眠る二人の少年の姿があった。
 宵闇の髪の少年の片手には銃が、もう片方の手は、もう離さないとでも言うかのように鷺色の髪の少年の手が握られていた。
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